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168 最後のチャンス

 正面のソファーに座るのは、ボロボロの奴隷服を着た秋葉と、センティオの元王女殿下であった。

 あの戦争の後二人は、見せしめとして奴隷に落とされ、処刑よりも残酷な鉱山島で死ぬまで重労働を課せられる事になった。

 しかも、その罪が非常に重く、一週間も経たないうちに鉱山島に送られる事となったのだ。


「何しに来たのよ。奴隷に落とされた私とこの男を笑いに来たの?」


 ついこの間まで秋葉の事を「時治様」と呼んでいた王女は、敗戦して奴隷に落とされていてから秋葉の事を名前で呼ばなくなったみたいだ。嫌な女だ。

 対して秋葉は、ソルエルティに裏切られ、女に裏切られ、王に裏切られてとたくさんの人に裏切られてしまった事と、自身が道化として連中の良い様に操られていた事に深く絶望し、まるで別人みたいになっていた。


「言っておくけど、アンタ達が卑怯な手を使わなければこんな事には」

「まだそんな事を言うか。お前等は戦争を仕掛けようとした。そして負けたのだ」

「だからって、一国の女王となる偉人を奴隷に落として許されると思っているの!」

「あの場で首を刎ねられるよりはマシだと思うがな」


 この王女以外の王族は全員公開処刑され、貴族達もその場で殺されたのだ。それを考えると、かなり温情な処置だと思うがな。生きているのだから。

 それでも納得いかない王女は、奥歯を噛み締めながら俺を睨み付けていた。


「この人はダメ。まったく反省していない」

「私もそう思います。こんな女と話をするだけ時間の無駄です」

「と言うか、自分が置かれている状況を全く理解していないみたいだぞ」


 うちのお嬢様方からは、こんな辛辣なお言葉を頂きましたが、デリウスの判定は?


《私から見ても女はダメだね。そもそも奴隷に落とされる前までは、贅沢放題とワガママ放題を当たり前だと考えていて、その上女王になればそれが更に出来るって考えていたみたいだね。奴隷となった今でも、そういう生活が忘れられないみたいだね。こんな状況になっているにも拘らず、自分が置かれている立場を全く理解もしていないみたいだし》


 そうか。

 となると、引き取った相手に取り繕って再び国を牛耳ろうと企んでいてもおかしくないな。

 改心していたら、せめてもの情けで引き取ってやろうと思ったけど、これではうちのメイドと執事が危ない目に遭うだけだ。やっぱりパスだ。

 次に、秋葉はというと目が死んでいて、こちらの言葉を聞いているのかどうかわからなかった。


「おい」

「あぁ」


 声からも生気が感じられず、顔もやつれ切っていて言い方が悪いがとても生きている様には見えなかった。

 さて、こういう相手にはどう声をかけたらいいのだろうか?地球でまともに人と接してこなかったツケが、こんな所で出るなんて!


「無様だな。散々偉そうな態度を取っておいて」


 おい、フィアナさん!いきなりそれは無いでしょ!


「俺は‥‥‥ただ‥‥‥」


 ん?なんか秋葉が語り出したぞ。


「ただ、正しい事をして誰かに認めてもらいたかった。正しい事をやると皆が俺を称賛してくれて、それを求めてひたすら頑張ってきた」


 強すぎる承認欲求が、秋葉の暴走を引き起こしてしまったのだな。


「だからあの時も、万引きしたやつを断罪したら、ソイツから恨みを買ってしまい、腹を刺されてしまった」


 それがきっかけで、この世界に召喚してしまったのだったな。

 それにしても、断罪した万引き犯に逆恨みをされてしまうなんて、秋葉はソイツに一体何をしたと言うのだ?


「それからこの世界に召喚されるまで、俺は何処で道を間違えてしまったのか分からないまま、真っ暗な空間の中を漂っていた。どの位漂っていたのか分からないが、ある時目の前に光が見えて、それに向かって手を伸ばしたんだ。そしたら、見た事も無い部屋に俺は立っていた」


 ウェスティラに勇者召喚された時だな。


「そこで俺は勇者として召喚された、皆が俺を崇拝してくれる。可愛い女の子達がいっぱい寄ってくる。今思えば俺は、あの時すごく舞い上がっていたのだと思う」


 確かに、俺のフィアナをナンパするくらいだからな。その時から、ラノベやエロゲのようなハーレム願望を抱いてしまったのだろう。


「でも、帯刀が来てから俺は自分が行った事が本当に正しかったのか揺らいでしまった。ソルエルティ様から貰ったと思っていた加護も、実は無意識のうちの強奪してしまったものだと知り、何が正しいのかもう分らなくなってしまった。でも、せっかく手に入れた力を手放したくないとあの時思ってしまい、俺は必死になって逃げた」


 それであの時逃げたのか。本当に身勝手な理由だな。


「どうせなら、帯刀の手の及ばない所へ逃げようとセンティオに来たら、そこでは皆が俺を称えてくれた。勇者として実績を残すと、皆が俺を崇拝してくれた。そして、ソルエルティ様の声を初めて聞いて俺は自分が行ったことが、何一つ間違っていないのだと確信して、帯刀を一方的に悪と決め付けて自分の正しさを証明したかったのだ」


 だが、その感情が暴走してしまい今回のような大戦争の引き金になってしまったのだろう。いずれにせよ、許される行為ではない。


「俺は、自分が正しい事をしていると信じていた。でも、実際はあの国の王に良い様に利用され、俺を支えてくれたソルエルティ様も実は悪魔になってしまっていて、更に悪い方向へと誘導させられて、こんな事になってしまった。もう、何が正しいのか分からなくなってしまった」


 評価されたい、皆にすごいねと言われたい、聖人君子でありたい、その思いが強すぎたのだな。その代り、悪を徹底的に追い詰めて断罪してしまうところがあるから、恨みを買われやすい。

 この世界で言えば、盗賊を殺す事は罪に問われないが、同時に他の盗賊から恨みを買ってしまう事がある。それに該当するだろうな。

 ギルドからも、その覚悟が無い冒険者は盗賊退治の依頼を受けるべきではないと言われていた。徹底的に追い詰めれば、それ相応の報復を受ける事があるからだ。

 断罪される側だって人の子。仲間が殺されれば、殺した相手を恨むのは当たり前。

 秋葉はただ称賛されたい、その一心で万引き犯を追い詰めすぎてしまい相手に恨まれてしまった。地球では、何が理由で恨まれるのか分からないからな。断罪するにしても、それをただ自分の欲求を満たす為だけに行えば尚更だ。

 悪人を断罪するということは、困っている人や被害を受けた人を助けるのが目的であって、自分の承認欲求だけを満たす為のものではない。


「なぁ帯刀、俺、一体何処で間違えてしまったんだ?」


 死んだ魚の様に濁った眼で俺を見て、何が悪かったのかを聞いてきた。

 そんな秋葉に、俺は何て言ったら良いのか分からなかった。本当に、自分が情けなかった。


「ご主人様の言葉をきちんと聞かず、自分が犯した罪とも向き合おうとしなかった事です」


 悩んでいる俺に代わって、ミユキが毅然とした態度で答えた。内容がかなり容赦ないけど。


「ご主人様の言うこと全てが正しいとは言いません。ご主人様とて人の子ですから、間違う事だってあります。けど、それでもアナタの事を心配していろいろと言ってくださった筈です。なのにアナタは、そんなご主人様の言ったことを真剣に取り合わず、自己愛のまま逃亡してしまった。それが全ての間違いなのです。そもそも、センティオがいろんな意味で悪い国だってことは知っていた筈なのに、そんな所に逃げて、あのクソッタレ国王の意のままに操られてしまった」

「何ですって!っ!?」

「黙りなさい」

「ううぅっ!」


 自分の国を悪い国って言われて怒り狂う元王女を、奴隷商人が奴隷術を使って無理矢理黙らせた。


「その上、堕天したと知らなかったといえ、あのクソ女神にそこを付け込まれ、意のままに操られてしまった。その結果、アナタはとんでもない過ちを犯してしまった」

「戦争、か‥‥‥」

「シュウラ王子も言っていたように、戦争というのは、そもそも起こさないようにするのが大切なの。その上、飛行機をあんな形で悪用してしまった。まぁ、それは地球でも言えることだけど、アンタの場合は飛行機の第一印象を悪くさせてしまった。あれでは飛行機の普及が難しくなるでしょ」

「ん?何で君が地球のことを知っているの?」


 そりゃそうだよな。ミユキが転生者だということは、俺の他にはパートナーの誓いを結んだ面々しか知らないからな。ここにいるフィアナとローリエは知っているけど。


「私も地球人だからだよ」

「え?」

「正確には、クソ女神に殺されてミユキとして転生した元日本人なのだけどね」

「元日本人?」

「カリンヴィーラは、転生させた人を気分良く上げた後、どん底へと落として絶望させるのが好きなクソみたいな女神なのよ。その上今回は、ご主人様に娯楽の邪魔を何度もされたから、そのことを逆恨みしてイースティア崩壊の原因を作ったの」

「そうか。俺もそのクソみたいな女神の思惑通りに操られてしまったのか」


 いや、今回は秋葉だけでなく、俺達もカリンヴィーラの思惑通りに動いてしまった。絶対に避けられない状況を作って、より多くの負のレイキュラを集められるようにする為に。

 でも、そのツケはキッチリ払うつもりだ。


「カリンヴィーラが俺を恨むのは勝手だが、その為に関係ない人達を大勢犠牲にするのは許せない。だから俺は、いろんな国を回って協力を仰ぎ、カリンヴィーラを討つ。そして、魔王戦にも備えることが出来る」


 その為に俺は、スワガロ大陸に渡ってその国とも同盟を結ぶのが目的だ。


「本当に翔馬は強くなった」

「ん。とても勇敢になった。去年よりカッコいい」


 そう評価されるのは、いささかむず痒いと言うか、自分でも大それたことを言っているという自覚はある。部不相応である事も。


「すごいな。流石は本物の勇者だ」

「まっ、女に関してはヘタレな所がありますけど」

「いい加減にしないとお仕置きするぞ」

「喜んで」


 あぁ、もういい。こんな所で漫才をする為に来たのではない。

 それでデリウス、秋葉はどうなんだ?


《空虚になってはいるけど、以前のような妄信も自己愛も無くなっているわね。まぁ、それはそれで問題なのだけど。とりあえず大丈夫ね。仮に反旗を翻そうとしても、奴隷の身ではそれは叶わないし、それ以前にレベル1では何も出来ないわよ》


 デリウスがそう判断をしたのなら、もう大丈夫だろう。俺としても、紛い物とはいえ勇者仲間をこのまま見捨てることは出来ないからな。改心する気持ちがなかったら、その限りではなかったけど。

 フィアナとローリエ、ミユキも頷いているし問題ないだろう。


「そろそろお時間です」

「そうか。その前に、男の方の奴隷を買いたいのだが」

「よろしいのですか?重い罪を犯した犯罪奴隷ですよ」

「構わない」


 奴隷商人と交渉して、秋葉を銀貨二枚で買い取る事にした。犯罪奴隷の場合は、相場よりも安く売られる事があり、その罪の重さによって更に値が下がる事がある。

 その為、奴隷商としては犯罪奴隷を一般で販売するのはあまり望ましくないのだ。赤字になるから。


「奴隷魔法を済ませました。これでこの奴隷はあなた様の物です」

「サンキュウ」


 まっ、奴隷だからと言って縛るつもりは毛頭ないから、この先秋葉が何をしようが自由なのだ。屋敷のために働いては貰うけど。


「ところで、こちらの女奴隷の方は?」

「買わない」


 あの王女は御免被る。反省の「は」の字も存在しない。そんな奴を迎え入れても、他のメンツが迷惑するだけだ。


「私も、アンタみたいなダサ男に買われるなんて御免だわ」

「「「あぁ?」」」


 おいおいお三方、うら若き乙女がそんな顔で人を見てはいけません。気持ちは嬉しいけど、ダメなものはダメ。


「まっ、私を買いたいという人ならたくさんいるでしょうし、もっとお金があってイケメンな男に買われた方がよっぽどマシだわ」


 そんで、その男に取り入って豪遊三昧しようという魂胆なのだろう。見え見えなのだよ。

 そんな王女を、ミユキが憐れむ様な目で見た後、俺にピタリと張り付いて挑発するような口調で言い放った。


「それはどうかしら?いくら相場より安値で売られているとはいえ、重い犯罪を行った奴隷をわざわざ買おうという物好きなんていませんからね」

「え?」

「その上、アナタの場合は戦争を起こそうとした国の元王女様。本来なら三年の執行猶予があるけど、アナタの場合は明後日にでも鉱山島に送られるでしょうね」

「えぇ!?」


 その瞬間、それまで余裕こいていた態度が一変し、顔を真っ青にして狼狽しだした。


「あそこは最悪ですよ。まさにこの世の地獄。特に、女性にとってはね。あの島で重労働を課せられる犯罪奴隷の七割以上が男だから、女の奴隷、特にアナタみたいな若い女の子はまさに女神様。そんな所に放り込まれて、無事で済む訳がない。毎晩違う男にレイプされ、セクハラや性的暴行も毎日の様に受け、身体全体を舐め回される事は間違いないでしょうね」


 うわぁ、なにそれ。男の奴隷にとっても地獄だが、女奴隷にとってはまさに地獄そのものじゃないか。しかも、奴隷魔法には奴隷が自殺しないように呪いも掛けられているらしいから、過労死するか年老いて老衰で死ぬまでは強制的に働かされるらしいからな。

 それを聞いた王女が全身を震わせて、目尻には涙を浮かべていた。


「それに、仮に誰かに買ってもらったとしても奴隷をまともに扱う人なんている訳がないし、こちらの言い分なんて聞いてはくれません。大抵は性奴隷として毎晩レイプされ、もっと酷い場合は魔物や盗賊共の盾代わりに使われ無残な死に方をする事間違いなしでしょうね」


 うわぁ、何て酷い扱いをするのだろうか。特に女奴隷の末路が最悪だ。鉱山島に送られても、誰かに買われても結局はレイプされる運命にあるなんて最悪過ぎる。秋葉が奴隷を従えている俺を嫌悪していたのが、今ようやく分かった気がする。


「いやあああああああああああああああああああああああああ!」


 ようやく自分が置かれている立場を理解した元王女は、頭を抱えて膝を付いてしゃがみ込んだ後悲鳴を上げた。


「それを考えると、私達はこのご主人様に買っていただいて本当に幸せね。奴隷紋で苦痛を与える事もないし、夜伽をしなくても良いし、お腹いっぱい美味しいご飯も食べられるし、しっかりお仕事をこなせば高額の給料が貰えるから好きな物も買えるし、本当に自由なのよね。良くない事だけど、時々奴隷である事を忘れてしまうくらいにね」


 挑発するように元王女に言い放つミユキが、俺に身体をピタリと密着させてきた。


「ん。本当に良いご主人様に出会えた。髪も梳いてくれるし、やりたい事も自由にさせてくれる。大好き」


 ローリエまでもくっ付いて来て、ミユキの意見に同意した。


「まっ、そんなんだから奴隷達に玩具にされる事も多いけどね」

「ははは‥‥‥」


 フィアナさん、手厳しいです。怒ってる?怒ってますよね、ね。

 それを聞いた元王女が、四つん這いになって俺に懇願してきた。


「お願いします。何でも言う事を聞きますから、私のことも買ってください」


 滅茶苦茶必死で懇願?それとも命乞い?をしてきた元王女が、俺の足に縋り付こうとしたらミユキが蹴飛ばしてきた。


「バカ言わないで。アナタみたいな重罪人なんか、うちの優しいご主人様にはふさわしくありません。ご主人様は慈悲深いお方だから、私達がしっかり守って悪い虫が付かないようにしないといけないからね」

「何でアンタが決めるのよ!」

「嘘は付けないけど、発言と行動の自由は認められているから、こうしてご主人様に意見する事が出来るの。アナタみたいな悪い女がご主人様に付かないようにする為にね」

「お願いだから助けて!牛馬のように働くから助けて!」


 ミユキの発言を聞いて元王女は、奴隷商人に取り押さえられながらも俺に縋り付こうと必死になっていた。

 そんな元王女を一瞥した後、ミユキは俺の背中を押して外に出る様に促した。


「ささ、もう帰りましょう。こんな女なんて買う必要なんてありません。鉱山島で地獄のような毎日を送る運命にあるみたいなので、助ける必要などありません」


 そう言った後ミユキは、元王女に向かってアカンベェをした。それを見た元王女は、怒り狂った顔でミユキに吠えた。


「このぉ!殺してやる!絶対に殺してやる!この性悪女狐!」

「女狐と言う言葉なら、耳にタコができるくらい言われているから今更何とも思いません」

「うわあああああああああああああああああああああああああ!」


 その悲鳴を最後に、元王女は退室され、俺達も奴隷商を後にした。


「本当に性悪女狐だな。元王女の恨みを自分に向ける為にあんな演技をするなんて」

「まぁ、二度と会う事も無いでしょうけど、念には念を入れませんとね。報復されるリスクを背負ったうえで悪い事をするものです」

「ふん」


 その後、元王女を買ってくれる人は現れず、二日後の早朝呆気なく鉱山島に送られてしまったそうだ。



「妖しの魔鏡」と「鬼嶋の鬼」も是非読んでみて下さい。

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