163 五年前の出来事
「空を飛ぶ乗り物って!」
「この国の連中は、そんな恐ろしいものを作っていたのですか!」
馬車に戻り、酒場で得た情報を話していると、ユズルとラヴィーが顔を真っ青にして驚愕していた。対してフィアナは、「だから何?」と言った風に馬車の天井を眺めていた。余裕で撃墜できると思っているのだろう。
「ご主人様の住んでいた世界では、国と国を行き来する際に活用されている乗り物ですが、同時に上空から爆弾を落とすなどの攻撃手段としても用いられている物だそうです」
初めて聞きましたという風に説明するミユキ。転生者で、前世の記憶を持つミユキも当然知っていたが、ユズルとラヴィーもいるから知らんフリをしているようだ。
「そんな技術を、よりにもよってこの国に提供するなんて!」
怒り心頭のユズルは、拳を馬車に叩き付ける勢いで振り下ろした。幸い、寸止めしてくれたお陰で壊れずに済んだが、馬車が思い切り揺れたぞ。
怒る気持ちは分かるが、それにしては怒り具合が尋常ではない。やはり、五年前に何か腹を立てるような出来事があり、それがきっかけでこの国を心底嫌っている可能性が高い。
詳しくは、やはり直接本人に聞いた方が良いだろう。
「ミユキ、馬車を走らせてくれ。この村を出て先へ進む」
「分かりました」
ここで話すのはマズいと思い、ミユキに馬車を走らせるように指示を出し、再び高い通行税を支払い、村を後にした。
周りに人がいない事を確認してから、俺は改めてユズルに聞いた。
「デリウスから聞いたけど、五年前ユズルはこの国の王女を斬り殺したと。戦いが始まる前に詳しく聞きたいんだが」
「デリウス様から聞いたのか?」
俺が五年前の事を口にした瞬間、ユズルは戦闘時に見せる虎のような鋭い目付きに変わり、重苦しい雰囲気が馬車全体を覆った。
「この国に一度来た事があるからこそ聞きたいんだ。その時、何があったのかを」
「ん‥‥‥」
ユズルはしばらく黙り込んだ後、諦めたように大きく溜息を吐いて話してくれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
五年前。
当時十四歳で、まだ赤ランクの冒険者だったユズルは、ミヤビとユウタの兄弟と共にエルト大陸に渡り、センティオに召喚されたという勇者三人の事を調べに行ったそうだ。
勇者なんて呼ばれているけど、後でデリウスから聞いた話によると、彼等は正確にはただの転移者であって、勇者召喚されてこの世界に来た訳ではないそうだ。
だが、召喚の儀式は失敗したものの行われていた事は間違いなかったそうだ。だが、その失敗の影響でこの世界に転移される筈だった三人を、事故でここに呼び寄せただけだったそうだ。
当時はそんな事とは知らず、三人でその勇者の事を調査しにセンティオに入国してきたのだそうだ。
「うわぁ、入国料だけで金貨六枚って」
「帰ったらたくさん依頼を受けて、また稼がないといけないわね」
「姉さん、鬼だね」
その当時ユズルの仲間は、まだこの二人しか仲間がいなかった為まだ金貨六枚で済んだが、それでも当時の彼等にとってはかなり痛い出費であった。
「それにしても、酷い有様ね」
「確かに、草木が殆どない。これでは焦土と変わらないぞ」
その当時からセンティオは、過度な土地開発と資源の採取により環境破壊が進んでおり、奪った土地に住んでいた人達は皆奴隷として働かされていた。
特に亜人の扱いが酷く、亜人というだけでこの国の人にとって卑しい魔物と同類に扱われ、国絡みで差別を行っていたそうだ。
「こんな所に召喚された勇者が、この国に染まってしまっていないか心配だ」
「聞いていた以上に最低な国だね」
「二人とも、そういうのは思っていても口に出さない方が良いと思うよ」
あまりにも酷い状況に顔を顰めるユズルとミヤビだが、こんなのはほんの前哨戦にすぎず、村や町に入ってからこの国の実態を知る事になった。
「もおぉ!何なのよこの国は!」
「宿を取っても全然休めないな‥‥‥」
宿の個室と廊下には、寝込みを襲おうと入り込んだチンピラ達が全員白目を向いて気絶していた。幸い三人ともすぐに気付いて応戦したが、連中の殺す事を快楽としか感じない思想に嫌気がさしていたそうだ。
こんな事なら野宿した方がマシだと、次の日から町や村で宿を取らず、入ってもすぐに出て野宿するようにしたが、今度は盗賊や魔物達の襲撃に頭を抱えることとなった。
「ああぁもう!この国に来てから殆ど休めていないわ!」
「住民は一体こんな国でどうやって過ごしているんだ?」
「それなら僕が説明するよ。ユズルと姉さんは、イライラしていてあまり見向きもしなかったけど、この国の住民全てが殺人衝動に駆られている訳でもないよ」
どうやら、一部の弱い人は殺されないように怯えながら過ごしていて、殺人衝動が強い人は目に付いたからという理由だけで通りかかった人を殺し、それに悦楽を感じているのだそうだ。
つまり、身分の低い人にとってこの国は地獄そのものであって、毎日怯えているそうだ。町や村で重労働を課せられている人達は、身分が最も低い人達ばかりなのだそうだ。
「酷い国だな」
「まったくね。ユウタ、王都まであとどのくらい掛かりそう?」
「歩いたら二週間も掛かるよ」
「よし、次の町で馬と馬車を買おう」
三人ともこの国にあまり長くいたくない為、町で馬と馬車を購入し、王都・リッファへとかなりの早く着く事が出来た。予想外の痛い出費に、パーティーの財布を握っていたミヤビは血の涙を流していたみたいだ。
「ここに来るまでに立ち寄った町とはずいぶん違うな」
「格差が酷過ぎるわよ」
王城が見える所で軽食を取り、長旅の休憩をしていた。
これまで立ちよった町は、道があまり舗装されておらず、建物も石造りの物が多く、住民に活気は感じられなかった。
それに対して王都は、道がレンガでしっかり舗装され、建物も華美で大きな物が多く、人々が活気に溢れていた。
王都だからそこまで殺人が横行していないだろうと思ったが、路地裏では普通に人殺しが行われ、中には自分の親でさえ笑いながら殺すという異常な光景が目に入っていた。
王都では、殺人が行われていても殺される方が悪い、殺人は娯楽だとほざく人で溢れかえっていて、今まで訪れたどの町よりも酷かった。
「よくもまぁ、こんな国が国家として成り立ったわね」
「姉さん」
「はぁ‥‥‥」
クフォト王国も酷かったけど、この国は輪をかけて酷いなとユズルは心底思った。
「そんな事より、早く調べて早く帰ろうか」
「賛成~‥‥‥」
「僕も賛成。流石にここまでとは思わなかったよ」
ミヤビもユウタも、ユズルの意見に賛同してくれて、会計を済ませて早速現地の人に聞き込みをしようとしたその時であった。
「見つけたぞ!囲い込め!」
店を出てすぐ、ユズル達の前に一人の青年を大勢の騎士達が剣を抜いて囲んでいるのが見えた。騎士達の指揮を執っているのは、豪奢な鎧と剣を身に着けた金髪の女性であった。彼女が、センティオ戦王国第一王女で王位継承権第一位の王女であった。
そんな王女の両脇には、これまた高そうな鎧を身に着けた男が一人ずつ立っていた。
「この国の勇者でありながら、数多くの強盗や殺人を犯した犯罪者。いえ、偽勇者でしたわね。もう逃げられないわよ」
状況から察するに、追い詰められているあの男性と、王女の隣に立っている二人の男性が勇者なのだとユズルはすぐに分かった。
「何度も言わせるな!このままいったらこの国は破滅する!だから俺は、国王にこの国を変えてもらおうと直談判しただけなのに!」
「何を訳の分からない事を。我が国の輝かしき栄光と伝統を貶すなど、勇者としてあるまじき行為だ」
「はぁ‥‥‥」
何であの男性が追い詰められているのか、先程の会話を聞いてユズルはすぐに理解し、頭を横に振って呆れていた。
どうやらあの男性は、この国の異常な思想に危機感を抱き、王に何とかしてもらう様に頼み込んだのだろう。
でも、国王と王女はそれが気に食わず、無実の罪を着せて公開処刑にさせようと企んでいるのだろう。
「ミヤビ、ユウタ」
「うん」
「はぁ、また余計なことに首を突っ込んで」
ミヤビは呆れていたが、これは情報を楽に入手できるチャンスだとも思った。だからユズルは、あの男性を助ける事にしたのだ。
ユズルとミヤビとユウタは、騎士達をかき分けて輪の中に入り、男性の前に立った。
「あら、見慣れ無い格好ね。余所者かしら」
「一人に対して寄ってたかって」
「この男は勇者と偽って我が国を貶めようと企んだ犯罪者で、町でもこの男の悪行が絶えず流れていたわ」
「王女様から聞かなかったら、俺達はコイツに騙されたままだったんだよ」
「そこを退け。コイツのせいでこの国が危機的状況に陥ろうとしているのだ」
他の二人の話を聞いて、ユズルは怒りでどうかなりそうになった。
「お前等、この国の実態を何も知らないのか?」
何処までも勝手で、何処までも人の命を玩具にする。王がその態勢を変えようとしないから、男性はこの国の現状を事細かく報告して何とかしようと動いてくれていたのだろう。
そんな人の意見を聞かず、彼を追い詰めるこの国の闇を目の当たりにして、ユズルは怒らずにはいられなかった。
「かかれ!この余所者のガキ共も一緒に殺せ!」
女王が命令した瞬間、騎士達は歓喜にも似た奇声を上げて襲い掛かってきた。コイツ等も、人殺しを楽しんでいる。
「これまでは殺さないようにしてやったが、もう限界だ」
完全にキレたユズルは、腰に差してあった二振りの刀のうち鉄製の刀の方を抜いて、襲い掛かってくる騎士達を次々と斬り殺していった。こんな連中の血で、愛刀の花月を汚したくないと思いサブウェポンの刀を抜いた。
騎士達も、自分達がやられるなんて露程も思っていなかったのか、驚愕の表情を浮かべて一斉に引いた。
「何て子なの!ボウヤ一体何者なの!」
「トウラン武王国の冒険者、ユズル」
「ユズルって、あの最強の冒険者の!?」
当時はまだ赤だったが、最強の冒険者ユズルの名は世界各地に広まっていて、その異常な強さは金ランク冒険者すらも凌駕すると噂されていたほどだ。
ユズルの名前を聞いた瞬間、騎士達はもちろん王女もまた怯えて後退っていった。
「チッ!一旦引くのです!」
王女の指示で、騎士と男性二人は悔しそうにしながらその場を立ち去っていった。
懐から布を取り出し、刀に付いた血脂を拭き取りながらユズルは男性の方を向いた。
「あなたに聞きたい事があります。一緒に来てもらえないでしょうか」
「俺を殺すのか?」
「いいえ」
殺すのか?という質問を否定し、ユズルは静かに刀を納めた。
「あなたからいろいろとお話を伺いたいのです」
「‥‥‥分かった」
男性は少し悩んだが、あのユズルと一緒に行動すれば大丈夫だろうという考えだっただろうか、今としては分からないが男性はユズルの馬車に乗って王都を後にした。手綱を握りながらミヤビは、「やっと帰れる!」と喜びながら馬を走らせた。
道中でユズルは、男性からこの世界に来てからの話を聞いた。彼の言葉は、今でも鮮明に覚えているそうだ。
男性は地球で大学に通っていて、ある日研究課題のために川を調査していたら突然空に黒い穴の様なものが開き、その穴はブラックホールみたいに男性を吸い込んでいったそうだ。
穴に飲み込まれた男性は、どのくらい何もない真っ暗な世界に漂っていたのか分からなかったという。気が付いたら小さな光が見え、今度はその光に吸い込まれ、この国の王城に落とされたのだ。
見た事も無い風景、両隣には何処の誰とも知らない男性が二人。この世界に来た当初、男性は酷く混乱したそうだ。
対して、他の二人は異世界に召喚されたということと、この国の王から勇者として召喚されたと聞いてすっかり舞い上がっていたが、男性は王の言葉に疑問を感じていたのだという。
だけど、そんな疑問で悩む事さえ男性には許されなかった。この国の民の異常なまでの殺人欲求、歪んだ思想と理念、そして戦争をやたらやりたがる国の方向性。
これ等に男性はどうしようもない危機感を抱き、何度か王に方針を変える様何度か直談判しに行ったのだそうだ。このままいったら、いずれこの国は滅んでしまうと。
けれど、王は頑なに男性の声を聞こうとせず、それどころか男性に無実の罪を着せて追い詰めていった。
それが、この事件の始まりでもあった。
「何でそこまでして戦争をしたがるのか、俺には理解できなかった。一度町に出れば、殺人を快楽と称して平然と行う異常な国民たちのせいで全然気が休まる時は無かったぞ」
「確かに」
話を聞いた段階で、ユズルはこの男性も含めた後三人が勇者召喚で召喚された勇者ではない事が分かった。
黒色の穴というのは、実はユズルも以前一度だけ目撃した事があって、その穴に男の子が一人吸い込まれてしまうのを見た事があった。そのことをミヤビに話したら、「寝言は寝て言え」と言ってバカにされてしまったが。
「ユズルが以前言っていた戯言が、実は現実だったなんてね」
「戯言って、酷くない」
「ユズルは一応僕たちのリーダーだけど、姉さんの尻に敷かれっぱなしだもんね」
「あ、それいいかも。ユズルが馬で、私が騎手」
「何で僕が馬なの!」
そんなユズル達のやり取りを見て、男性は少しだけ気持ちが解れたのかクスクスと笑みを浮かべた。
それから八日間、馬車で北のノースティル鉄鋼国を目指してひたすら走らせて行った。
だが、検問所まであと少しというところでユズルは油断してしまった。
「やはりここに来ましたか。トウランに、シンテイ大陸に行くには、ノースティル鉄鋼国から出る船に乗らないといけませんからね」
数千の兵士を引き連れた王女が、二人の勇者、否、ただの転移者と一緒に来ていた。
その後ろの豪奢馬車からは、髭を生やした五十代前半の男性が王尺をもってユズル達を見下ろしていた。一見温厚そうに見えるが、目は鋭く濁っているように見えた。
「私は、センティオ戦王国国王、アブソート・カウ・センティオだ。我が国に反旗を翻す国賊を引き渡して欲しい」
「アンタがこの国の王か?」
こちらを見下すセンティオ国王に対しユズルは、虎の様な目付きで睨み付け、スッと刀を抜いた。左右では、ミヤビとユウタがそれぞれ剣を抜いていた。
「あなたは馬車から出ないでください」
「無茶だけはしないでください」
馬車から出ないように男性に指示を出し、ユズルは王女たちを鋭い眼光で睨み付けた。
「そう警戒しないでください。私達はただそこにいる国賊を引き渡して欲しいだけです」
「お前はソイツに騙されているのだよ。ソイツはこの国を貶めようと企んでいた犯罪者なんだよ」
「ソイツを引き渡せば、お前達はこのままトウランへと帰すと約束する」
王女と二人の転移者は、あくまでユズル達が匿っている男性の方が悪く、自分達は何も悪くないと言い張っていた。第三者から見ても、向こうが嘘を付いているのは明白。
だが、それをコイツ等に言っても聞き入れる事は無い。それを分かっているユズルは、フンと鼻で笑った後自分の心からの本心を告げた。
「どっちが悪いかどうかなんてどうでもいい。ハッキリ言って、僕からすればこんな国なんて存在しても百害あって一利なしだ!」
「「「「っ!?」」」」
予想もしていなかった言葉を聞いて、国王と王女、二人の転移者は言葉を失った。
「些細な理由ですぐに殺人衝動に走り、自己の快楽の為だけに弱者を虐げ惨い虐殺を行う。こんな異常な国なんて滅んでくれた方が世の中のためになるというもんだ」
「貴様!我が国を愚弄する気か!」
「戦争を頻繁に行い、大量虐殺を悦楽と称するような国に何の価値がある」
「勝てばいい!我が国はこの世界でトップの軍事力を誇り、日々行われるふるいの中生き残った真に強い者が、この国を世界最強の国家に成長させるのだ!」
「ふるいだと!」
それを聞いたユズルは、これまで感じたことが無いくらいに激しい怒りを覚えた。
そして、その後起こる悲劇により、ユズルはこの国を滅ぼしたいと思う程憎むようになった。
「妖しの魔鏡」と「鬼嶋の鬼」も是非読んでみて下さい。




