162 センティオ戦王国
休養を取った次の日の朝。
俺達は女王やウォンテンの住民から感謝され、その日は町全体を上げてのお祭り騒ぎとなった。何だか、ジーガの時と同じだな。
同時に女王から報酬を受け取り、姉に会いたいというリメイアの希望を叶えてあげる為に、彼女も一緒に連れて俺達はシンテイ大陸へと戻った。シンテイ大陸に渡る際、きちんと休暇届を出してきたそうだ。帰るとすぐに、リメイアをユズルに丸投げするのも忘れずに。
その後、センティオ戦王国との戦争に備える為に、俺達は王城へと足を運び詳しい情報を国王陛下とシュウラに聞きに行った。紛い物であっても、勇者が関与している以上同じ勇者である俺と神宮寺と水島も駆り出される事になるというのも聞き、俺はそれを承諾した。
それから十日後。
「やっぱり来たか。そりゃ来るよな」
自室のベッドに寝転がりながら、六日前に国王から届いた書状に目を通した。
内容は、センティオ戦王国が開戦を宣言する前に、自国の衛兵を現地に送り内側から敵を殲滅させるという内容であった。その際、俺達金ランク冒険者を現地に入り込み、予め支給された使い捨てゲートを一つ設置し、そこから兵を徐々に送り込むというものであった。
そして言うまでも無く、その金ランク冒険者の中に俺と神宮寺とフィアナも入っている訳だ。
作戦の決行日は、今日の正午。
先遣隊が事前に設置したゲートを潜り、センティオ戦王国へと入り、他の場所に使い捨てのゲートを設置しなければならない。
「国王陛下も、すごく申し訳なさそうにしていたな」
帰ってきてすぐ、国王陛下は土下座をしてしまいそうな勢いで頭を下げ、俺達に謝罪をした。本当なら、俺達勇者や金ランク冒険者を戦争に駆り出したくなかったみたいだが、秋葉が関与してしまっている以上そういう訳にもいかなくなってしまった。
《国王陛下を恨むんじゃないよ。彼だって辛い決断をしたのだから。本当は、君達勇者と金ランク冒険者を戦争に巻き込みたくなかったのだから》
「恨んでなんかいないし、センティオが戦争を仕掛けていると聞いた時点で覚悟はしてたから」
そもそも、俺達までもが派遣する羽目になったのは、紛い物勇者の一人である秋葉時治がセンティオ国王と手を結び、国王の甘言に惑わされてしまったせいでもあるからな。
それに、紛い物とはいえ勇者である事には変わりない。勇者が起こした問題は、勇者がケリを付けないといけない。
その為、俺も神宮寺も水島も参戦する事に異議はなかった。
《センティオの開戦も、もしかしらたカリンヴィーラの思い描いたシナリオに入っているのかもしれないわね》
「だとしても、センティオの身勝手を見過ごすわけにはいかない」
デリウスの懸念は分かるが、このまま放っておいても被害が広がって三大陸全体に負のレイキュラが漂ってしまう。
どっちに転んでも、カリンヴィーラの計画通りに進んでしまう。虫唾が走る。
だが、これ以上センティオの横行を野放しにするわけにもいかない。それに、秋葉も関与しているのが分かったし。
《まぁ、他の大陸にも広まってしまうよりはマシだけど、本当に良いの?無報酬でこの依頼を受けて》
「良いんだ」
俺だけじゃなく、他の金ランク冒険者も今回の戦争を納める事に対する報酬は受け取らないと言った。
今回の戦争で得る報酬はとんでもない金額で、この先依頼を受けなくても良いくらいのものだった。
そんなお金を受け取ると、また戦争がしたくなるという欲求に駆られると思い、戦争をしても一文にもならないと思い込ませるために受け取らないと言ってきた。彼等も、本音を言うと戦争なんてしたくなかったのだ。
そんな俺達の気持ちを戦争に参加する兵士達も理解し、彼等も報酬を受け取らないと言いだしてきたのだ。無論、全員が納得してくれたわけではないが、周りが受け取らずに自分だけ受け取ると後味が悪くなる為渋々という兵士もいる。
つまり、今回の戦争で得るものなんて何もないということだ。それなのに兵士達は、俺達の覚悟を知って改めて士気を高めてくれた。
《周りにいる人達が良い人ばかりで良かったね》
「たまたまだよ」
先程も言った様に、無報酬で戦争を行うことを全員が納得した訳ではない。
その上、センティオの領地にも手を付けないというのだから、本当に何の得もしない戦闘となる。ノースティル鉄鋼国とサウスティス夏王国、ウェスティラ神王国はそれぞれ奪われた領地は取り戻すが、それ以外の土地には手を付けないと言っている。それに、勝ったらセンティオから莫大な賠償金の請求はある。
「人間同士の戦争程、愚かでバカらしいことはないな」
《仕方ないでしょ。人間というのはそういう生き物なのだから。どの世界でもそうだし、君の住んでいた世界の人間だってそんな感じでしょ》
それだと、人間全てが戦争好きに聞こえてムカッとなったが、これまでの歴史を振り返ると絶対にそうではないと言い切る自信も無かった。
《自尊心、自己の正当化、自己の利益のために他者を貶め踏みにじる卑劣さ、人間が持つ最も汚く醜い部分ね。今回の戦争だって、その三つの要素全てが入っているからね。結果的に、良い事なんて何一つ存在しないのよね。それで得た名声なんて、神から言わせれば悪名だもんね》
「それでも、戦争に参加した人達はそうは思わないだろうな」
結果的に悪い方向に走ってしまうが。
《そんな事より、そろそろ準備しなさい。他の国の金ランク冒険者は、既にセンティオに潜入しているわ。それに、屋敷の外ではユズルとミヤビと美穂子も、君を待っているわ》
「分かってる」
ベッドから起き上がり、虎鉄と金鉄と海鉄を腰に差し、アイテムボックスを背負ってすぐに部屋を出た。
今回の戦いで、色付きアイアンで鍛えた刀と剣は使わない事にした。というより、使いたくないという方が正しい。あんな奴らの血で、俺が丹精込めて鍛えた刀を汚したくなかったから。
だからと言って、今回使う刀がどうでも良い訳でもないがな。
外に出ると、すでに全員が準備を終えて待っていた。うちの身内からは、お馴染みの四人の他、十四歳以上で戦闘向けのメイドと執事全員が付いて来ることになった。それ以外のメイドと執事は、屋敷で留守番となった。って言うか、こんな時でもこいつ等はメイド服と燕尾服を着るのかよ。
そんな俺達と一緒にセンティオに行くは、ユズルとミヤビと神宮寺とリィーシャであった。他の金ランク冒険者、キリカとゴルディオは既にセンティオに潜入していた。
総勢十五人が、玄関の前で待機していた。
「グルガ達には先に行ってもらった」
「あいつ等までショーマのゲートを使わせると、いろいろ迷惑をかけそうだから」
こんな時に辛辣な言葉を言うミヤビ。場を和ませようとしているのかもしれないが、今はその言葉が少し癇に障った。
「ご主人様。全ての準備が整いました。あとは、センティオに向かうだけです」
「先遣隊の方から、事前にこちらのゲートとも繋いであるそうです」
「分かった」
メリーとヴィイチの報告を聞き、俺達は早速馬車を引いて地下のゲートへと向かった。
今回馬車は三台用意された。うちから二台と、ユズルから一台。馬は合計で六頭だ。無論、うちからは桜と紅葉、桃と椿の四頭だ。
全員がゲートを潜ると、そこには草一つ生えていない荒野が広がっていた。
「何だ、これ?」
「センティオの住民達が、手に入れた領地の資源を貪り尽した結果、自然環境は破壊されこんな姿になったの。半年後には、ここにも新たな町が建設されるでしょうね」
眉間に皺を寄せて、塵と石ころだけとなった大地に手を触れて言うミヤビ。随分詳しいな。
「よし。じゃあ、予定通り三手に分かれるぞ。俺とメリーとアリシアさんが、それぞれ指示を出す様に」
「承知」
「分かりました」
俺と一緒に行動するのは、ユズルとフィアナとラヴィーとミユキの四人。
メリーと行動するのは、カナデとファルガとローリエとリィーシャの四人。
最後にアリシアさんの方には、神宮寺とヴィイチとミヤビとエリの四人だ。
「安心してください。メリーさんのことは、この俺が必ずお守りいたします」
「貴様に守られるほど落ちぶれていない」
ファルガをメリーと一緒に行動させるのは少々不安だが、これから向かう場所によって組ませる相手を決めたのだからどうする事も出来ない。
「そんじゃ、予定通り頼むぞ」
「はい」
「ご主人様、無理だけはされないでください」
「分かってる」
アリシアさんのグループは、西側の比較的センティオ兵が少ない所に行かせた。隣国なら何時でも攻め滅ぼせると踏んだのだろう、その油断が命取りとなると知らずに。
メリーのグループには、北側の多くの兵士が駐屯している所に行かせた。シンテイ大陸に最も近い為、多くの兵が招集されていると聞いた為、殲滅戦の得意なメンバーを送り込んだ。
そして俺達のグループは、兵士が最も多く、王侯貴族が滞在している王都・リッファに向かった。王族関連には、俺やユズルやフィアナと言った主要メンバーが派遣される事になり、護衛にミユキとラヴィーが就く事になった
王都に着いたら、向こうで使い捨てゲートを設置した後、シュウラとナーナを加えて王都を散策する事になっている。まぁ、だから俺とユズルとフィアナが王都に行く事になったのだけど。
「寝泊まりをするのなら、町や村には極力入らない方が良いよ。寝込みを襲われては元も子もないし、馬や馬車を持って行かれる事は日常茶飯事だから」
何処かで聞いたような言葉を、ユズルが俺に言ってきた。って事は、宿は取らない方が良いと。
「町に入るだけでしたら大丈夫だと思いますけど、この国は何がきっかけで殺人衝動に走ってしまうのか分からないから、周辺の警戒はした方が良いと思います」
「例えばどんな理由で?」
「ちょっと肩がぶつかったから、とか」
「おいおい‥‥‥」
ラヴィーの補足情報を聞いて、俺は益々嫌になるぞ。肩がぶつかったくらいで人を殺すなんて、危険すぎるだろ。
「どちらにしても、調査の為に町や村に入らないわけにもいきません。ちょうど目の前に、小さいですけど村があります」
桜と紅葉を走らせていたミユキが、比較的小さい村に向かって走らせて行った。
事前に手渡された地図によると、この村の次に王都のリッファがあるそうだ。あのゲートを設置した先遣隊も、それを見越した上であそこに設置したのだろう。それでも、馬車で二日は掛かるけど。
「開戦まであと五日しかないのに」
「先遣隊がうまく他の国に進軍しないようにしているから、まだ大丈夫だよ」
「ユズル様のおっしゃる通りです。そもそもセンティオは、四方を他の国で囲まれた内陸の国ですので、船は一隻も所有していません」
「それもそうだな」
だったら何故、他の大陸にまで進軍しようと考えたのだろうか?海に面していない国が、一体どうやって船を操るのだ?そもそも、大陸間の距離は船で二十日以上も掛かるのだ。半年でどうやって、他の大陸に進軍するつもりだったのだろうか?
「まっ、それを知るための調査だけどな」
「楽観的に考えられるフィアナが羨ましいぞ」
「それよりも、もうすぐ検問所です」
「おう」
俺達は細心の注意を払いながら、検問所の兵士にあり得ない金額の入村料を支払って村に入った。
「一人につき王金貨1枚って、ぼったくりも良い所だ」
しかも、出るのにも王金貨1枚だからマジでムカつく。だけど、何でこんなに高い通行税を取るのだ?
《その理由は、村を上げて作っている物にあるみたいだよ》
「ん?」
デリウスに指摘され、俺とフィアナとミユキは周囲の建物を注意深く観察した。それに釣られて、ユズルとラヴィーも周囲を見渡した。
パッと見は何処にでもある簡素な村だが、何処か違和感がある。村人達が総出で、何やら長い板状の物を作っていた。
「あれ、何処かで見た様な気がするんだけど‥‥‥」
だが、何処で見たのか思い出せない。やはり情報が必要だ。近くの酒場に馬車を停め、俺とミユキが行ってユズル達には馬車の警護をしてもらった。
「何で私を指名したのですか?」
「ふざけている場合じゃない。お前も見覚えがあるんじゃないのか、あの長い板に」
「あれですか」
前世の記憶を持つミユキも、あの長い板に見覚えがあったらしい。見覚えがあるということは、地球で見た事があるということになる。
嫌な予感を抱きながら、俺とミユキは料理を注文した。こういう所って、何かしらの注文をしないと怒って斬りかかるなんて事も考えられるからな。
俺は果実ジュースを、ミユキはワインを頼んだ。
「ここのワイン、あまり美味しくありませんね」
「余計な事を言うな」
俺が飲んでいる果実ジュース、値段の割にはかなり不味いが、この国でそれを口に出すのは死亡フラグだぞ。何と言うか、普通の果実ジュースを水で十倍に薄めたような味だった。
《不味くて当然でしょ。だってそれ、腐った果実のエキスにたくさんの水を入れて誤魔化したものだから》
お腹壊したらどうすんじゃゴラァ!鉄貨一枚どころか、こっちがお金を貰いたいくらいだ!
「何か文句あるのか、お客さん?」
「客に対して剣を向けたんだ。覚悟できてんだろうな」
俺とミユキの不機嫌な態度が癇に障ったのか、酒場の店主が剣を抜いて今にも斬りかかってこようとしていた。それに感化され、周りの客達も剣を抜いて俺達に近づいてきた。明らかにそっち側に非があるのに、被害者である俺達が何で殺されそうにならなきゃいかんのだ。
「ミユキは下がってろ。俺がやる」
「問題ありません。こんな奴等を斬り殺す事に躊躇いなどありません」
それもどうかと思うが、まぁ俺がしようとしているのはそういうことだな。
「先に喧嘩売ったのはそっちだからな」
俺のその言葉を引き金に、店主と周りの客達が一斉に斬りかかってきた。
俺は海鉄を、ミユキは紅薔薇を抜いて荒くれ者どもを一掃していった。
剣を抜いた以上、自分が殺されるかもしれないということを考えないといけないのに、コイツ等はそんな事を全く考えた様子もなく、ただただ快楽のために剣を抜いているといった感じがした。
「まったく、聞いていた以上に最低な国だな」
「私達がそれを言っても説得力がありませんよ」
海鉄に付いた血脂を拭き取り、目の前で腰を抜かしてガクガクと震えている店主を睨み付けた。結果だけ言うと、店主以外は全員斬り殺しました。何度やっても、この嫌な感覚だけは慣れないな。
「ゆゆ、許してください!」
「だったら吐け。この村にいる連中が何を作っているのかを」
「はい!あれは、ヒコウキの翼でございます!」
「なっ!?」
「飛行機だって!?」
おいおいおい。異世界に飛行機を作るだなんて、これ絶対に秋葉が関与しているだろ。
「何でも、勇者様の世界の乗り物で、空を飛んで大陸間を行き来する事が出来るそうで!」
やっぱりアイツの入れ知恵か!
更に詳しく聞くと、その飛行機にこの世界ならではの工夫がなされ、Gを感じる事無く僅か2~3時間で目的の大陸に着ける様になっているそうだ。
この国の連中が付け上がった原因は、飛行機が戦争で大きな活躍が出来ると知ったからか。
既に実験は済ませており、あとは五日後の開戦の時を待つばかりだそうだ。
「チッ!秋葉のヤロウ、面倒な物を作りやがって!」
「飛行機をそんな目的の為だけに使うなんて、許せません!」
ミユキはこう言うが、技術の発展自体は悪い事ではないと思っている。だが、この世界に飛行機はまだ必要ないと思った。
というか、秋葉とセンティオ国王のせいで、飛行機に対するイメージが戦争を有利に導く兵器として認識されてしまった為、必ず何処かの国でまた戦争に利用しようと考える輩がいる。
となると、飛行機は一機も残らず破壊した方が良いだろう。
貴重な情報を手にする事が出来た俺は、海鉄を納めて酒場を後にした。ミユキは、店主にトドメを刺してから紅薔薇を納めて俺の後に続いた。
「妖しの魔鏡」と「鬼嶋の鬼」も是非読んでみて下さい。