153 一人目討伐
武器を壊された怒りで、黒いオーラを大きくさせて、身体に伝わるプレッシャーもさっきまでとは段違いに激しくなったジーガ。日本で読んだ事があるマンガで、似たような絵があった気がするが今はそんな事を考えている場合ではない。
「まっ、アイツの場合はオーラじゃなくて魔力なんだけど」
《女神様に対してアイツとは、私達の威厳がどんどん削がれていっている》
《デリウスさん。今はそんな事を言っている場合ではないと思います》
そんなこと言ってはいるが、威厳が損なわれている原因を作っているのはあなた達自身なのだから。こんなアホタレ駄女神に、威厳もへったくれもない。
「って、そんな事考えている場合じゃねぇな」
「まっ、全然神様っぽくないから翔馬がそう考えるのも分かるぞ」
《《酷い!》》
酷いなんてほざいているアホ二人は置いといて。
ドデカイ神力の解放に驚いている間に、ジーガの破損した左の爪が黒色の神力によって形を成して元通りに直っていった。
「マジかよ。って事はあの爪、神力で出来てんのかよ」
道理で普通の鉄爪にしては力が強すぎる訳だ。そもそも、普通の鉄爪ではフィアナの攻撃を受け止めるなんて出来ないもんな。ハバキリで何とか斬る事が出来たが、流石に神力で出来た武器まではすんなり斬らせてくれないだろうな。
「ちょっと何なのよ!?元女神様って聞いているけど、こんなの反則でしょう!こんなのに勝てる訳がないわ!」
初めて女神と対峙するシャリスは、解放された神力の大きさに震えが止まらないでいた。よく見ると、神宮寺も体が震えていた。
《無理もないわ。君の場合は、自分の神力のお陰で軽減出来ているし、同じ理由で君の婚約者達も平気よ》
《ですが、普通は美穂子様やシャリス様みたいになります。神の血を引いているユズル様でもない限りは、一緒に放たれるプレッシャーによって立っていることもままなりません。プレッシャーの強さも、覇気とは比べ物になりません。加護の力なんて何の意味も成しません》
神威解放には、そんな効果があったなんて知らなかったぞ。でも、俺が神威解放してもこんな風にならないぞ。
《それは単に君が未熟なだけで、半神半人になってもそれは変わらない。特に深い意味はない》
ただ未熟なだけですか。自覚はあるけど。
「くたばれ!」
両手の爪から、魔力で形成された巨大な黒い三日月状の刃を放ち、手当たり次第に攻撃を行い周りの建物が次々に破壊されていった。
「クソ!」
「いくら防いでもキリがない!」
「多すぎて全て防ぎきれません!」
「防御魔法が全く通じません!」
「何なんだよ、これ!?」
俺とフィアナは、ハバキリと黒曜で切り裂いて吸収させて、アリシアさんと神宮寺は魔法で防いでいて、シャリスは紙一重で何とか避けているが、相手の攻撃の手数が多すぎることと、相手の力が強すぎるせいで完全に防ぎきることが出来ないでいた。
その結果、周りの建物への被害が凄まじく、遠方に居る人達にも被害が及んでいた。
これは早く食い止めないと、大変な被害が出てしまう。俺もあれくらい解放させれば、ジーガとも互角に戦えるだろうか?
《やめておきなさい。未熟な状態であんなドデカい神力を開放してみろ。身体にかかる負荷が大きいのもあるけど、不完全な状態で使うと最悪この辺り一帯を壊滅させてしまうわ。それこそ、ヴァルケリーが壊滅させたあの村みたいに》
完全にコントロール出来てからじゃないと、コイツ等と同等の被害を出してしまうかもしれないか。日々練習はしているが、それでもまだ足りないか。
「だったら!」
フィアナに合いコンタクトを取った後、俺はジーガの攻撃を防ぎながら一歩ずつ前に進んで距離を詰めていった。
「無駄だと言っているだろうが!」
ちょっとずつ近づいて来る俺に向けて、ジーガは魔力ではなく神力で作った特大サイズの三日月状の刃を何発も放ってきた。何故神力だと分かったかというと、刃を形成する黒色の魔力の中に神々しい黄金色の何かが混ざっていたからだ。
「効かねえよ!」
飛んでくる刃をハバキリで全て切り裂き、浄化した後に吸収していった。どうやら、魔力だけでなく神力も吸収できるみたいだ。
《益々あり得ないわね‥‥‥魔力吸収の能力に、神力を吸収する力はない筈なのだけど》
《翔馬様専用の神器となった事で、力という力を幅広く吸収できるようになったのでしょう。なんでも斬ってしまう切れ味と、どんな力やエネルギーも吸収して力に変えてしまう、それが神器となったハバキリの主な力なのだと思います》
イリューシャの予想が正しければ、俺のハバキリって実はかなりチートな刀なんじゃねぇのか。やっぱり普段はアイテムボックスに入れておいた方が良さそうだ。
「小癪な!」
俺への攻撃に集中しているジーガには、ハバキリの能力を理解する余裕なんて無さそうだ。
だが、これは好都合だ。
「フィアナ!」
「『アースウォール』」
俺が名前を呼ぶと同時に、フィアナはジーガの周りを囲う様に土の壁を形成した。
「無駄だ!」
その土の壁を、ジーガは両手の爪で容易く切り裂いて粉々にした。だが、それは囮だ。
土の壁が粉々になった瞬間、俺はすぐにジーガの懐に入りこみ、ハバキリで閃光のごとく素早い斬撃を繰り出し、ジーガの両腕を切り落とした。
「あああああああああああああああああああああああああああ!」
切り落とされた腕から、黒い靄の様な物ドバァと噴き出していった。カリンヴィーラの時と同じなら、この靄をすべて出し切った時、神は存在を保つことが出来ず消滅する。
だが、これだけでは時間が掛かってしまう。その間に、両腕が再生してしまう。
「まだまだ!『フレイムグロー』」
左手の拳に炎を纏わせ、ジーガの鎧に叩き付け、激しい爆発と同時に俺は後退した。「フレイムグロー」を食らった鎧は、全体に深い亀裂が入っていた。
「今だ!」
「『ウィンドインパクト』」
「『アクアボム』」
両脇からアリシアさんと神宮寺が、強い衝撃を与える魔法を放ち、左右からジーガをプレスするように攻撃した。両腕を切り落とした時に、ジーガを覆っていたドス黒い神力も一緒に吸収した為、もうプレッシャーで委縮される事は無くなった。
それにより、鎧が所々欠けていったが、全壊には至らなかった。
「チッ!まだ足りないか!」
「問題ないわ!」
そう言うと今度はシャリスが前に出て、ジーガの腹にパンチの連打を食らわせた。
「お父さんとお母さんの仇!」
渾身の力を込めた拳が、ジーガの上半身を覆う鎧を粉々に砕いた。無防備になった腹部に、シャリスは更に拳を連打し、ジーガを三メートル吹っ飛ばした。
そこへフィアナが、黒曜を横に構えてジーガに接近した。
「帯刀流剣術・横一文字」
フィアナの攻撃を食らったジーガの腹部は、斬れたというよりは破裂したに近い感じで吹き飛び、ジーガの上半身が宙を舞った。
「そんな‥‥‥ばか、な‥‥‥この、わた、しが‥‥‥下等、生物、ごと、きに‥‥‥」
両腕だけでなく、胴体からも靄が噴き出し、ジーガは苦痛で表情を歪めていき、やがてその顔が老婆のように皺枯れていった。
「あり、がとう‥‥‥」
最後に正気に戻ったのか、ジーガは満足げな笑みを浮かべながらパァッと光の粒となって消滅していった。
同時に、俺とアリシアさんとフィアナと神宮寺に、「神殺し」という新たな称号が加わった。何故かシャリスには、「神殺し」の称号が与えられなかった。おそらく、その称号を獲得するのにレベルが不足していたのだろう。
『わああああああああああああ!』
俺とフィアナがハバキリと黒曜を鞘に納めた瞬間、避難していた人達が歓喜を上げて一斉に押し寄せて来た。
「スゲェ!あの黒騎士を倒すなんて!」
「村を救って下さり、ありがとうございます!」
「我らの英雄だ!」
大袈裟に喜び過ぎな気もするが‥‥‥。
《それだけ黒騎士達に追い詰められていたのよ》
追い詰められていたって、まだ十人いるうちの一人しか倒していないのだけど。まぁ、その一人を倒す為に何千という騎士団が犠牲になり、しかも敗北したとなれば無理からぬことか。
気が付けば俺達は、村の人達に胴上げをされていた。何か、むず痒いのだけど。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「帯刀翔馬!」
遠くの状況を見られる水晶玉から、怨敵である帯刀翔馬とその仲間に倒されたジーガが映し出されていた。
「まさか、スワガロ大陸にまで渡ってきたとは!何処までわたくしの邪魔をすれば気が済むのですか!」
怒りを爆発させ、部屋を勢いよく出ていったカリンヴィーラは、中庭にある東屋までスタスタと歩いて行った。
現在カリンヴィーラは、エルト大陸の東の大国、イースティア大帝国の王城にいた。尤も、この国にはカリンヴィーラと、彼女に仕えてる黒騎士とごく僅かな下等生物しかいない。なので、実質カリンヴィーラ一人の為の国となっている。
「たかだか世界が一つ危機に瀕しているくらいで、バカな神共は騒ぎ過ぎなのです。わたくしの知った事ではありません」
そもそも神々は、強大な力を持っておきながらそれを使って何かをしようとしない。ただただ、神界から下界を見守るだけで全く何もしない。
役職を与えられた神もいるが、それも何百年も続けていくうちにだんだん飽きてくるもの。カリンヴィーラもまさにその一人。
「せっかく絶対的な力があるのに、何故誰も自分の為に使おうとしないのかしら。何故、自分の快楽を満たそうと考えないのかしら?」
この力があれば、下界の下等生物どもは自分達には指一本触れさせることが出来ない。
だからカリンヴィーラは、この力を使って人が苦しみ、嘆き、陥れ、醜く死んでいくことに使う事にした。
だって、こんな無意味な存在なんて、百匹殺そうが千匹殺そうが大して変わらない。むしろ、自分のために相手を陥れ、理不尽に苦しみ絶望するさまを見るのが堪らなく楽しい。まさに、彼女の為だけに用意された玩具。
そんな人の世界と、人の命を何故守ろうとするの?
神のような絶対的存在が、何故守る価値もない玩具を守ろうとするのだろうか?カリンヴィーラには、理解出来なかった。
「まぁいいですわ。スワガロ大陸にあと三人の黒騎士がいますし、更にその内の一人はあのヴァルケリー。帯刀翔馬と言えど、勝ち目などありませんわ」
ヴァルケリーは、世界神の眷属である八人を除くと五指に入る程下級神の中では位の高い女神。ハッキリ言って、上級神と言ってもいいレベルの力を有している。
更に、戦闘能力ではデリウスに匹敵するアラエラーもいる。デリウスの助けがあっても、あの男に勝ち目などない。
「まっ、かと言って完全に信用している訳ではありませんけど。こちらの計画も、順調に進んでいる。生まれればあの子の力は、魔王と同等の力を持つ事は間違いないでしょう」
部屋に置いて来てしまったが、球体の中で静かに眠っているあの子ならば、憎き敵である帯刀翔馬を殺す事が出来るだろうし、今後自分の快楽の邪魔をするものはこの世からいなくなるだろう。カリンヴィーラはそう思っていた。
しかも、あれにも神の力が宿っている。抜かりはない。
「ああ、早く生まれないものでしょうか。わたくしの、更なる楽しみのために早く」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あぁ、疲れた‥‥‥」
「私も疲れました‥‥‥」
「あたしも~‥‥‥やっぱり勇者二人で災難二倍だわ‥‥‥」
「「‥‥‥‥‥‥」」
シャリスにそんな事を言われたが、今の俺と神宮寺には言い返すだけの気力も体力も残っていなかった。
昨夜ジーガを倒した後、それを喜ぶ住民達が村を上げてのお祭り騒ぎが始まり、当事者である俺とフィアナとアリシアさんと神宮寺、そしてシャリスは一晩中そのお祭り騒ぎに付き合わされていた。
これ以上あの村にいたら、住民のお祭り騒ぎに何日も突き合わされそうになったから、適当にでっち上げて何とか全員馬車に乗ってあの村から脱出する事が出来た。
他の面々も、騒がしかったと言ってあまり眠れなかったって言っていたが、徹夜させられた俺達よりマシだ。
フィアナとアリシアさんなんて、揺れる馬車の中でもぐっすり眠っていた。こんな状況で、よく眠っていられるな。そしてよく見たらカナデまで寝てるし。
「勇者であるあんた達がどんちゃん騒ぎに巻き込まれるのはまだ分かるけど何であたしまで巻き込まれなくちゃいけないのそもそもあたしがやった事なんてあんた達に比べたら大したことないのにというか寝かせなさいっての十四歳の美少女に徹夜を強いるなんてなんて酷い事をこれでもお肌の手入れには気を付けていたのにあんた達の災難のせいで荒れたらどうしてくれるのよ自慢じゃないけど村ではモテてたのよそれなのにこんな目に遭わなといけないのよしかもショーマの言うことが事実なら黒騎士はあと九人も居るって事になるじゃないてことはあと九回もあんなどんちゃん騒ぎに付き合わされるのそんなに付き合わされたら絶対にお肌が荒れてしまうじゃないどうしてくれるのよこれでもしお嫁に行けなくなったらどう責任取ってくれるのよ良い相手でも紹介してくれるって言うのあたしだって来年には成人するのだから綺麗な状態で素敵な男性との出会いを求めたって罰は当たらないでしょというかその権利はある筈」
長い恨み言を口にし、虚ろな表情で馬車の天井を眺めるシャリス。というか、息継ぎや点や丸を入れて区切ってもいいんじゃない。ノンストップで喋るから、もはや何を言っているのか全く分からないぞ。しかも、まだ続いているし。
「もう付き合っていられない。寝る」
「私も寝ます」
俺と神宮寺は隣り合わせで寝転がり、シャリスの恨み言を右から左へと流しながら夢の世界に旅立つ‥‥‥。
「ご主人様、目の前にカーバンスネークが大群で道を塞いでいます」
‥‥‥前にカーバンスネークという、額にルビーに似た宝石が埋め込まれた大蛇が俺と神宮寺の安らかな睡眠の邪魔をしてきた。
「そうだね。熟睡しているアリシアさんとカナデとフィアナはそのままに、俺達全員でパパッと片付けてしまおう。五分で終わらせよう、そうしよう、そうすべきだ」
「承知」
「はい」
「はいなの~」
「ん」
奴隷組を筆頭に、俺達はそれぞれ武器を持ってカーバンスネークの群れに突っ込んでいった。
少しは俺達にも安息をくれ!
「妖しの魔鏡」と「鬼嶋の鬼」も是非読んでみて下さい。