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141 トウラン武道祭 金ランク部門 3

「あぁ、疲れた‥‥‥」


 屋敷のベッドの上で俺は、天井を眺めながら今回の試合のことを振り返っていた。


「キリカが刀術を得意としていたのは分かっていたのに、いざ実戦になると対応できなかった」


 連撃の速度も、メリー程ではなくてもかなり速く、目で追って防ぐのがやっとであった。

 否、攻撃しようと思ったらできたかもしれない。だが、キリカには技術や力だけではない何かがあった。それはまるで、一睨みで全てを握り潰してしまいそうな強烈なプレッシャーの様なものを、キリカから感じていた。


《金ランクの五人は、本気の戦いになると鬼やバケモノに変貌するからね。覇気のスキルなんて無くても、相手を威圧する程のプレッシャーを出す事が出来るのよ》


 勝負の場になると、相手の雰囲気やオーラがガラリと変わってしまうというやつか。そういうのも、何年も積み重ねることで身に着けていったものなのだろう。


《それもあるけど、君の場合はまだ甘さが残っていたのが原因ね》


「甘さ?」


《えぇ。賊を斬り殺す事に躊躇いは無くなったのかもしれないけど、あぁいう場ではどうしても非情になり切れない部分があったわ。結果的に仕留めたけど、やはりまだ甘さが残っているわ》


「うぅ‥‥‥」


 デリウスの言う通りかもしれない。

 確かに俺は、全力を出すと言っておきながら心の何処かであの人達を手にかける事に抵抗を感じ、それが俺の足枷となってしまったのかもしれない。


《もちろん。手は抜いていないのは分かっているし、キリカもそれを理解しているから納得して敗北を認めた。でも、相手は本気の君と戦いたがっているのよ。それなのに、君がそんな甘さを抱えたまま試合に臨んだら相手はどう思うのかしら?》


「そうだな。納得できるわけがないな」


 護りの結界があるから、一回だけなら死んでも生き返らせる事が出来る。だからこそ、皆も全力で挑んでいる。


「キリカに悪い事してしまったな」


 だがあの時なあぁするしかないと思ったし、「天狼」だって相手を一撃で倒す事が出来る。手を抜いてなんていない、これは本当だ。


《そう思うのなら、明日の試合はもっと全力でいきなさい。リィーシャも、本気の君と戦いたがっている筈だから》


「あぁ」


 俺はリィーシャとは相性が良い為、おそらくキリカみたいに苦戦する事は無いだろう。まぁ、だからと言って侮っている訳でもないし、それを分かった上でリィーシャがどう戦っていくのか少し楽しみでもある。


       ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 武道祭九日目の朝。

 最初に斧部門の三位決定戦と決勝戦が行われ、その試合は名前も知らない男の冒険者が優勝した。優勝した選手は、ホクゴ獣王国出身の冒険者であった。

 次に槍術部門の三位決定戦と決勝戦が行われ、ユズルのパーティーメンバーのシンリアは惜しくも準優勝となった。優勝したのは、ナンゴウ海王国出身のこれまた名前の知らない男性冒険者であった。

 拳闘部門の方は、グルガが見事に優勝を勝ち取った。勝った時の雄叫びが、狼そのものであった。

 最後に剣術部門が行われ、三位決定戦の結果だけ言うとエフィアが日比島を相手に完勝した。内容については、あまりにも呆気なかったので割愛させていただきます。


「と言うか、ミヤビだけじゃなくエフィアにも負けるのは痛いぞ」

「レベルでも剣の腕でも、エフィアの足元にも及ばなかったぞ。私と試合した時からちっとも成長していない」


 フィアナから辛辣なお言葉を頂きましたが、日比島だってあの時よりも倍近くレベルが上がっているぞ。まぁ、普通よりレベルが上がりやすいくせにレベルが未だ60にも満たないのは、確かに思うところがあるけど。


「それよりも、次は決勝戦だ」

「メリーなら絶対に負けないわ」

「ミヤビ様も、この大会が終わったら金ランクに昇格するのが決まっていますから、油断できません」


 あらら、うちのお嬢様方の関心はもう決勝戦の方に向いちゃっていますね。って、それは周りの観客でも同じか。

 闘技場ではまだ、三位になったエフィアを水島が思いきり抱き締めていて、エフィアも嬉しそうに水島に抱き返していた。少しは場の空気を読んで欲しいぞ、このバカップルが。

 まぁ、それは置いておいて。

 三人が退場してすぐ、メリーとミヤビが観客の歓声を浴びながら闘技場へと入場した。

 早速俺は、昨日デリウスから教わった方法で二人の試合の様子を耳にも入れた。


「まったく、奴隷じゃなかったらフィアナと同時期に金ランクになっていたのにね」

「わたしはご主人様の奴隷で良かったと思っていますし、銀ランク以上に上がれない事を不満には思っていません」

「そう。良いご主人様に引き取ってもらえてよかったじゃん」

「はい。わたしには勿体なさすぎるくらいです」


 メリーの言葉は嬉しいけど、やっぱりメリーが何時までも赤ランクというのは俺も納得がいかない。本来なら、フィアナにも匹敵する実力を有しているのに、奴隷だからという理由で銀ランク以上上がることが出来ないなんておかしいぞ。


《ギルドの取り決めに関しては、国王陛下と言えどもどうする事も出来ないのよ。それに、メリー本人が気にしていないみたいだしこの話題は終わり。それよりも、メリーの試合始まるわよ》


「おぉ!」

『それでは試合、始め!』


 審判の合図と共に、二人はほぼ同時に動き出した。闘技場の真ん中で、龍切とレイピアが激しく打ち合い、二人の太刀筋が全く見えない状態となっていた。


「すげぇ‥‥‥メリーが早いのは分かっていたけど、ミヤビもスゲェな‥‥‥」


 俺が与えた、グリーンアイアン製のレイピアを使っているというのを差し引いても、メリーの連撃を全て防ぎながら自身も攻撃を繰り出すなんてそうそう出来ることではない。

 だが、逆に言えばあれくらいの実力がないとユズルに付いていけないのかもしれない。流石は、パーティーのサブリーダーと言ったところか。

 ついでに言うと、今回の試合の勝敗に関係なくミヤビは金ランクに昇格する事がもう決まっている。こういうのって本来、優勝したら昇格させるというのが鉄板だが、相手がメリーなら他の国の王様達も納得してくれるそうだ。


「‥‥‥やっぱりメリーが未だに赤ランクなのは納得いかん」


 以前、奴隷魔法を解除しないかメリーに言ったら、物凄く悲しそうな顔をして「捨てないでください!何でも致しますから!」、と言われて泣きつかれた事があったからそれ以上何も言えなかった。

捨てるという意味で言ったのではないのだが‥‥‥。


《また余計な事を考えて。メリーが勝負を仕掛けて来たわよ》


「お!」


 いかんいかん!大事な試合を観戦しているのに、俺としたことがまた余計な事を考えてしまった。


「帯刀流剣術・横一文字」


 横薙ぎに龍切を振って攻撃したメリーだが、ミヤビはこれも見事に防いで見せた。その代り、五メートル以上吹っ飛ばされたけど。


「へぇ、ショーマの剣術をもうここまで使いこなせるようになったんだね」

「ご主人様は、わたしに帯刀流剣術の全てを教えてくださいました。シュウラ様やフィアナ様にも」

「そう。でも、あなたの腕力ではやっぱりショーマには及ばないわ。ショーマが使う剣術は、一撃で相手の息の根を止める剣術なのでしょ。首や胸を狙うのも定番だし」


 おやおや、ミヤビのやつ俺の剣術の特徴を良く理解しておいでで。一撃で仕留めきれないと分かると、途端に迷いが無くなり今度はミヤビがメリーを押し始めた。


「あのヤロウ。メリーの弱点に気付いたな」


 メリーの弱点。それは、メリーは帯刀流剣術を使う上で腕力が圧倒的に不足しているということだ。

 確かに、帯刀流剣術は相手を一撃で屠る剣術。その為、急所を狙った攻撃は鉄板。

 だが、ミヤビの言う通りメリー腕力では相手を一撃で屠るのは難しい。そもそも帯刀流剣術は、相手が防御していようが、甲冑を身に着けていようが関係なく、それを貫通して相手を屠る剣術だ。

 だが、メリーの腕力はそれ程強くなく、剣や薙刀を片手で扱えるくらいの力はあるが、それだけでは相手の防御や甲冑を破って倒すということは出来ない。それはすなわち、相手に与えるダメージも小さいということになる。

 こればかりは、技術やテクニックだけでは補いきれない部分もある。力任せに剣を振るものではないが、それでもやはりある程度の力は必要だ。

 ミヤビの言う通り。それこそが、メリーが帯刀流剣術を使う上での大きな弊害となっている。剣道などのスポーツとは違い、これは実戦なのだから。


「だからこそ、メリーは自分の弱点と向き合ってきたんだよ」


 その証拠が、今まさにメリーがミヤビに使おうとしている技にある。


「帯刀流剣術神速の型・五十嵐」


 次の瞬間、ミヤビを緑色の閃光が襲い掛かり、血反吐を吐きながら倒れていった。同時に、護りの魔法も発動した。


「うわぁ、何時見ても全然見えないわ」

「私なんて、気付いたらミヤビ様が突然倒れたように見えました」

「あんな技を使われたら、私でも勝てる気がしない」


 三人がそれぞれ感想を漏らしたあの技は、メリーが自分の腕力不足を補う為に自分で考えて作った、メリーの為のメリーだけの技だ。

 その名の通り、五十に及ぶ連撃の嵐を相手に与える技だ。攻撃パターンもその都度変わり、何処から攻撃が来るのかも予想し辛い剣術。そこに、メリーの神速が加われば五十連撃などほんの一瞬で終わらせてしまう。


「やっぱり、赤ランクにするには惜しい奴だ」

『勝者、メリー選手!』


 どっちが勝ってもおかしくない戦いを制したメリーを、観客全員が歓声を上げて祝福してくれた。元はただの奴隷だったメリーが、ここまで大出世するなんて誰も思っていなかっただろうな。俺も、ダンジョンで初めてメリーと共闘した時、その潜在能力の高さに驚いた。本当にすごい奴だよ、メリーは。

 その後、斧、槍術、拳闘、剣術の表彰式が同時に行われた。特に剣術部門は、勇者と英雄(ユズル)のパーティーがトップスリーを独占した事でかなり注目された。

 午前中の試合はこれにて終了し、観客の注目は早くも午後に行われる金ランク部門に集中していた。

俺とフィアナも、昼食を持って昨日のVIPルールに行った。今度はゴルディオとユズルが先に来ていた。


「あら、二人ともまた早く来たのねん♪」

「もう大丈夫か?」

「んもう。フィアナちゃんったら、護りの魔法があったのだから大丈夫に決まってるじゃない」

「ゴルディオもここ来て良いのか?」

「確かに、試合には出ないけど観戦は出来るわん。一応はVIP対応だしん」


 おやおや、昨日本気でぶつかり合ったのに今日は随分と仲がよろしいこと。良いライバルということだろうか。


「フィアナさんの次の相手は僕だね。悪いけど、全力で倒させてもらうよ」

「私だって負ける訳にはいかん。貴様を倒して、決勝で翔馬と戦う」

「その前に、先ずはメシだ。まだ始まってもいないのに、いきなりバチバチするのは勘弁してくれ」


 こちらは早くも火花を散らしている。フィアナはあぁ言っているけど、相手がユズルでは厳しいだろうな。というか、今は腹ごしらえだ。腹が減っては戦出来ぬ、だ。

 その後、リィーシャと神宮寺が来て、そして三十分前にキリカとガリウムも来た。


『さぁ、お待たせしました!金ランク部門準決勝を開催いたします!』

「司会の人も大袈裟に言うな‥‥‥」


 視線の先には、黒珊瑚を抜いて構えるフィアナと、居合の態勢を取るユズルの姿が見えた。二人とも準備万端ですこと。ユズルなんて、既に戦闘モードに入っていた。


『試合、始め!』

「っ!」


 開始と同時に動いたのはユズルで、フィアナの懐に入ると同時に花月を抜き放った。居合か。

 フィアナは何食わぬ顔で、ユズルの攻撃を防いで見せた。やはりフィアナと打ち合うには、腕力が足りないか。


「きかん!」


 そう言ってフィアナはユズルを押し返そうとするが、ユズルは右に回って反撃を受け流した。というか、あんな体制で、それも右側に避けるなんて離れ業なんて普通出来ないぞ。たぶん、俺も無理。

 しかも、その際にフィアナの膝裏を蹴って体勢を崩させてから離れるというおまけ付きで。


「チッ!」

「君ほどの馬鹿力を持つ相手と、正面から打ち合う訳がないだろ」


 そりゃそうか。どうやらさっきの攻撃も、相手の油断を誘う為のものだったのか。


「だったら、反撃の隙なんて与えないくらいに攻撃していくだけだ」


 一蹴りでユズルの懐に飛び込み、横薙ぎに剣を振ってユズルを吹っ飛ばした。花月でガードしたが、フィアナの攻撃をまともに食らったのだから、腕が痺れる程の強い衝撃が襲ってくる筈。

 だが、ユズルは腕の痺れなんて感じさせない動きで攻撃を繰り出していった。攻撃と言っても、殆どが不意打ちや受け流した上での蹴りばかりであった。そのせいか、決定的な一撃を与えられないでいた。

 ユズルに強力な一撃を出させない攻撃を繰り出していて、一見するとフィアナがユズルを押している様にも見える。

 だけどユズルは、全く表情を変える事無く淡々と小さい攻撃を繰り返している様にも見えた。


「『サンダードラゴン』」

「『ウィンドカッター』」


 斬り合いでは埒が明かないと判断したフィアナは、雷魔法で攻撃を仕掛けていった。

 ユズルは、花月で吸収させればいいものを何故か風魔法でフィアナの魔法を相殺させた。

 ユズルが何を考えているのか分からない。


「このぉ!」


 決定打を与えられず、淡々と攻撃をしてくるユズルに次第に苛立ち始めたフィアナ。

 攻撃も次第に荒々しくなり、剣も力任せに振り回すだけとなった。

 その瞬間、ユズルの口の端が上がり、はにかんだ。


「そうか。これが狙いだったのか」

「あらら、フィアナったら悪い癖出ちゃったぁ‥‥‥」

「修行が足りんでござる」


 リィーシャとキリカも、ユズルの目的が分かったみたいだ。


「やっぱり、フィアナを逆上させるためにわざとあんな攻撃を」


 フィアナの実力は文句なしの金ランクであり、心構えも金ランクに相応しいと思っている。

 だが、フィアナは頭に血が上りやすい傾向があり、逆上すると攻撃が単調になるという悪い癖がある。普段なら俺が宥めて、落ち着かせているのだが、今回は魔物との死闘でも何でもない。

 人間同士の闘いでもあり、ましてやお祭りの競技となると俺が念波で落ち着かせる訳にもいかない。それは流石にフェアではない。

 こうなるともう、誰にもフィアナを宥める事が出来ない。完全に相手の思う壺だ。


「このぉ!」


 逆上したフィアナの一撃が、花月を弾き飛ばしユズルの手から離れさせた。

 通常ならマズイ状況なのだけど、ユズルは五メートル以上距離を取ってそのまま直立不動で立っていた。


「もらった!」


 これはチャンスと言わんばかりに、フィアナはユズルに向かっていった。

 けれどそれは誘いであった。

 ユズルに向かって落ち、地面に刺さる花月をユズルは素早く抜いてフィアナの脇腹を斬った。物凄い速さで。


「かっ‥‥‥!?」


 完全に致命傷を負ったのか、フィアナはその場に倒れてしまった。同時に、護りの魔法も発動した。


『それまで!勝者、ユズル選手!』


 ジャッジが下った瞬間、会場は歓喜に沸き立った。


「神宮寺だけじゃなく、フィアナまで破るなんて。恐ろしい奴だ、ユズルは」


 これが、天雷の神・ゼラガの血を引き、更には戦の神・タケミヤの加護まで授かった史上最強の人間、ユズル・ハガの実力か。



「妖しの魔鏡」と「鬼嶋の鬼」もぜひ読んでみて下さい。

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