139 トウラン武道祭 金ランク部門 1
まだまだトウラン武道祭は続きます。想像以上の長丁場になってしまいました。
『この瞬間を待ち望んだ人も多い事でしょう、今回は何と金ランク八人によるルール何でもありのガチンコ勝負が見られる、金ランク部門を開催いたします!』
司会の人の宣言に、会場を埋め尽くさん限りの観客は歓喜に沸き上がった。いくら他国の人も来ていると言っても、これは明らかにキャパオーバーだろ。そう思わせる程、たくさんの観客が俺達の試合を見に来ていた。
「これは恥ずかしい戦いが出来ないな‥‥‥」
「肩の力を抜くでござる。普段通りに、自分の戦いをするでござる」
「みぃんなカボチャと思えば良いのよぉ」
「何時の時代の発想なんだよ」
俺の両隣にいるキリカとリィーシャが、俺をリラックスさせるために色々話しかけてくれていた。ちなみに配置は右から、ユズル、神宮寺、ゴルディオ、フィアナ、ガリウム、リィーシャ、俺、キリカというものであった。単純に、試合を行う順番であった。
『では、これ以上じらす訳にもいきません!早速第一試合を始めましょう!』
随分急かすな。まぁ、観客の事を考えるとあまり長引かせるのも良くないだろうな。
なので、ユズルと神宮寺を残して俺達は一階のVIPルームへと入っていった。
『金ランク部門第一試合、トウラン武王国が誇る最強の金ランク冒険者、ユズル・ハガ選手!そんなユズル選手の対戦相手は、ザイレン聖王国出身の異世界から召喚された勇者の一人、ジングウジ・ミホコ選手!』
ユズルは愛刀の花月を抜き、神宮寺はメイスを構えてそれぞれ試合開始の合図を待った。あ、ユズルの目付きが虎になった。いきなり本気を出すか。
『それでは試合、始め!』
試合開始と同時に、ユズルは神宮寺に向かって走って行き、神宮寺はユズルの特攻を警戒して氷魔法、「アイストーカチ」を発動させてユズルを牽制していた。
だが、それでユズルの特攻を止めることは出来ず、伸びてくる氷柱を目にも止まらぬ速さで切り裂いていき、あっという間に「アイストーカチ」は瓦解していった。
司会の人が大袈裟に言っているが、俺の耳には入って来なかった。だって、こうして間近で見ると夢中になってしまうから。
ユズルはそのまま「アイストーカチ」を破壊するが、それは囮だったみたいでトーカチの中には神宮寺はいなかった。
実はあの後、神宮寺は聖魔法を使って自身の姿を晦ませて素早くユズルの背後に回っていたのだ。
「聖魔法『ミラージュ』。光の屈曲を利用して自分の姿を一時的に視認できなくさせる魔法。回復魔法のイメージが強い聖魔法だけどぉ、光関係の魔法も使えるのが特徴なのよねぇ。もちろん、戦闘向きじゃないけどぉ」
解説どうも、リィーシャ。
更に補足するとこの魔法は、影まで消す事が出来ないという欠点を持っている為、要人暗殺にも向かない本当に何のためにあるのか分からない魔法なんだよな。
だが神宮寺には、聖の女神・イリューシャから加護を授かっている為、本来消す事が出来ない影を加護の力を使うことで消すことが出来るみたいだ。
それによって神宮寺は、上手くユズルの背後を取る事が出来た。観客は分からないかもしれないが、俺とリィーシャには薄っすらぼんやりとだが神宮寺を捉える事が出来た。
だが、それはユズルも同じであった。
神宮寺が背後からメイスでユズルを攻撃しようとした時、ユズルは花月を背中に回して攻撃を防いだのだ。その間ユズルは、全く後ろを振り返っていなかった。
「嘘だろ‥‥‥」
攻撃を防がれた神宮寺は驚いているが、正直言って俺も驚いている。あんな事をやる人間が、現実にいるなんて思わないじゃん。
攻撃を防がれたと同時に神宮寺は「ミラージュ」を解き、風魔法で強引に後ろへ下がろうとした。
けど、それは誤った判断だ。その理由がこれだ。
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名前:花月
ランク:S
種類:刀
持ち主:ユズル・ハガ
能力:切れ味アップ・不壊・持ち主固定・盗難防止・魔力吸収
魔法循環
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見て分かるように、花月には魔力吸収の能力が宿っているのだ。
つまり、放たれた魔法は全て吸収され、花月の力を上げてしまうことになるのだ。
更に厄介なのが魔法循環の能力で、持ち主の魔法を注ぎ込む形で使うと花月を通して、突き刺した相手の体内で魔法を発動させるという厄介で危険な能力だ。ウェスティラ神王国で、レッドオークに使った方法だ。
そんな能力を持った花月によって、神宮寺が放った風魔法は不発に終わり、仕方なく神宮寺は自力で後ろへと後退した。
だがユズルも、そんな神宮寺をみすみす逃がす筈もなくすぐに追いかけていった。神宮寺は、そんなユズルに大きな氷の塊を何個か出して攻撃していった。
いかに魔法を吸収できると言っても、それも決して完璧ではない。先程の様な魔法で形成された固形物、例えば氷塊の様な間接的な攻撃までは吸収できないのだ。それは俺のハバキリでも同じ。
しかしユズルは、そんな氷塊をものともせず破壊していき、一気に神宮寺との距離を詰めた。
「何て奴だ‥‥‥」
直接魔法もダメ、間接魔法もダメ、もはや肉弾戦で挑むしかないのか?
俺と同じことを考えたのか、神宮寺はメイスを一旦納め、腰に提げてあった聖剣・セブンスカリバーで応戦する事にした。まったく、せっかくの聖剣なのになんて残念なネーミングセンスなんだ。
一応剣術も学んでいるみたいだが、やはりユズルの熟練された斬撃の前には歯が立たず、腕や足を何ヶ所か斬られてしまった。
単純な打ち合いでは勝てないと判断した神宮寺は、地面に向かって風魔法を放ち五メートル以上高と飛び上がった。魔法名はおそらく、アリシアさんもよく使っている「ウィンドインパクト」だろう。
魔法事態は吸収されたが、それでも神宮寺自身が高く飛び上がるには十分であった。
飛び上がると同時に、聖魔法で体の傷を瞬時に治していく神宮寺。
だが、ユズルにとってそれは関係なかった。ユズルも地面を強く蹴り、神宮寺に向かってジャンプしていった。勢いはもちろん、高さも神宮寺よりも高く跳んだ。
しかし何より目を引いたのは、接触と同時に神宮寺の身体を上半身と下半身で真っ二つに両断し、両足で蹴って地面に強く叩き付けた。
両断され、地面に強く叩き付けられると同時に護りの魔法が発動し、神宮寺の身体は元の状態へと戻っていた。
「よく考えたわねぇ。空中で護りの魔法が発動したら、地面に落下と同時にまた致命傷を負ってしまう。護りの魔法は、一人につき一日一回しか発動しないから、落下の衝撃でまた死んでしまったら今度は本当に死んでしまうからねぇ」
「だから蹴って叩き落したんか」
しかも、護りの魔法が発動する前に蹴るなんて、傍から見たらかなり冷酷無比に見えるが、実際は神宮寺を助ける為に取った行動だったなんて。おそらく、会場に来ている観客でそれに気付いているのはごく僅かだろう。俺も気が付かなかったから。
『勝者、ユズル選手!』
ユズルが着地したと同時に、審判の人がユズルの勝利宣言を下した。会場の観客の中には、興奮して歓声を上げる人もいれば、勇者の一人である神宮寺が完膚なきまでにやられた事に戸惑う人がいた。
無理もないか。ここまで四人の勇者が、この世界の人間に完敗しているのだ、来るべき魔王戦は大丈夫なのだろうかと不安に思うのも仕方ないか。
「でもぉ、それは相手がユズルだから仕方がないだけであって、ミホコ自身は決して弱くないわ」
リィーシャの言う通り。神宮寺自身は決して弱い訳ではなく、ただユズルと相性が良くなかっただけだ。持ち前の戦闘能力によって圧倒され、その上魔力吸収の能力を宿した花月を前に魔法は一切通じない。
これで善戦しろという方が酷だ。
気絶した神宮寺を、騎士団の人達がタンカで運んでいき、花月を鞘に納めたユズルがゆっくりこっちに歩いてきた。表情もいつもの穏やかな好青年風に戻っていた。
「相変わらずギャップが激しいでござる」
「そこが魅力じゃん」
リィーシャの惚気はともかく、キリカも戦闘時のユズルのギャップに戸惑っている御様子だ。しかも何食わぬ顔でVIPルームに入ってきて、若干おどおどした反応でガリウムとリィーシャと談笑していた。
「じゃ、本来ならユズルちゃんとお話ししたいところだけど、そうも言っていられないみたいねん」
「私も行ってくる」
談笑に参加できない事を残念がりながらも、ゴルディオはフィアナと共に闘技場の真ん中まで歩いて行った。ゴルディオの手には俺から貰った大槌が、フィアナの手には黒槍のオニキスが握られていた。
《そんなにフィアナの試合が気になるなら、神力を耳に集中させれば戦っている時の声が聞こえてくるからやってみたら》
そんな便利な機能があるなら最初に言え!ユズルと神宮寺の試合でも、頭の中で説明するばかりで生の様子が伝えられないじゃないか!
《伝えるって、誰に?まぁいい。とにかくやってみて。くれぐれも盗聴に使わないでよ》
使うか!まぁいい。
デリウスの指示通りに、俺は自分の耳に神力を集中させて試合中の二人のやり取りを聞いた。
「あらん。ちょっと見ない間に良い顔するようになったわねん」
「あんたこそ。そういえば、マリアは元気してるか?」
マリアというのは、拳の女神・アリーナが地上に降りている間使っている偽名だ。何か忘れた頃に名前が出てくるな。まぁ、女神様だから俺達の前にそうホイホイと出てくるわけにもいかんよな。本来見守るのが仕事だから、やたらと干渉する訳にもいかん。
「ええ。ただ、神界で大変なことが起こっているらしいから、今は戻るらしいわん」
おや、マリアは今神界に戻っているのか。大変な事って、絶対にカリンヴィーラが起こしたあの事件だ。
《確かに戻ってきているわ。こっちはこっちでいろいろバタバタしているから、私みたいに君達勇者をサポートしなきゃいけない立場でもない限り、いろいろ事後処理等を行わないといけないから》
あんたは楽でいいよな。俺みたいな下々の者のサポートをするのだから。
「まぁ、それは今あとねん」
「ああ」
二人は腰を落とし、それぞれ大槌とオニキスを構えた。
『それでは試合、始め』
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
審判の合図と共に、野太い声を発しながらゴルディオが大槌を振り回してきた。
フィアナは攻撃を紙一重で躱しながら、オニキスでゴルディオをついていった。が、ゴルディオの大槌による攻撃を躱しながらなので、なかなか当たらなかった。
「クッ!だったら!」
何を思ったのか、フィアナはオニキスを空に向けて投げ、ゴルディオの大槌を両手で受け止めた。
「ウソ!?あたしのゴルディオンハンマーは、ショーマちゃんがレッドアイアンを使って作ったハンマーよ!破壊力に優れているから、素手で受け止めるなんて不可能なはず!」
お願いだから、その大槌をそんな名前で呼ぶのはやめてくれ。
「こんなんで私の腕が粉砕するとでも思ったか!」
物凄い馬鹿力を持つフィアナにとっては、レッドアイアン製の大槌による攻撃を受け止めるのは造作もないみたいだ。
受け止めた大槌を力の限り奪い取ると、すぐさま闘技場の端まで投げ飛ばした。あれにも盗難防止の能力が宿っているのだけど、おそらくフィアナは奪うのではなく一時的に持つという感覚で受け止めたのだろう。身内ながら、とんでもないな。
それと同時に、落ちてきたオニキスがフィアナの真横に突き刺さり、それ素早く持って再び攻撃を仕掛けていった。
「へぇ、やるじゃない!でも!」
突いてきたオニキスを躱すと、ゴルディオは柄の部分を裏拳で殴り、壁際まで吹っ飛ばしフィアナの手から離させた。
「あんたもなかなかのパワーじゃん」
「まだ貰ったばかりだけど、あたしにはアリーナ様の加護があるわ」
そういえばそうだったな。本物の女神様と意気投合し、その女神様から直々に加護を授かってもらったのだったな。
「ならここからは得意分野でいくわよ!」
そう言ってゴルディオは、あの巨体からは考えられない速度でパンチを連続で繰り出していた。
フィアナはそれをひたすら躱し続けた。
前半はゴルディオが押しているように見えるが、うちのフィアナがそれで終わる訳がない。
「そっちがその気なら!」
フィアナも腰から黒珊瑚を抜いて、平たい峰の部分でゴルディオの攻撃を防いでいた。ゴールドアイアンとブラックアイアン、この二つの鋼鉄で鍛え抜かれた黒珊瑚なら、砕けることなくゴルディオのパワフルな攻撃を防ぐのも難しくない。
「へぇ、なかなか良い剣じゃない」
「当たり前だ。翔馬が私の為に作ってくれた、私の為の剣だ」
そんな大きな声で言わないでくれ、恥ずかしいぞ!当たっているけど!
「あら、惚気かしら?羨ましい」
「剣だけじゃないさ。翔馬が私にくれたのは」
次の瞬間、フィアナの両手と両足に身に着けていたブレスレットとアンクレットが淡く光り出した。
光がある程度強くなると、フィアナは空いた左手でゴルディオの拳を受け止め、魔法を発動させた。
「『ヴァーリアン』」
直後にフィアナの全身から雷が発生し、受け止められた拳からゴルディオに伝わり、感電した。
「あああああああああああああああああああああああああああ!」
全身を覆う電撃に、ゴルディオは大きく悲鳴を上げた。
放電魔法「ヴァーリアン」。
本来は、魔物に捕まってしまった時にそこから脱出する為に作り出された魔法だけど、自分から相手に触れても有効の様だ。
その上、マナダイトで出来たブレスレットとアンクレットを使い、魔法の威力を上げるというおまけ付きで。
でも、それだけではゴルディオは倒れなかった。
「タフな奴だ。だったら!」
フィアナは黒珊瑚を横薙ぎに振り、黒焦げになって動きが鈍くなっているゴルディオの脇腹を叩き斬った。強靭な筋肉のお陰で、黒珊瑚くらいの切れ味では斬る事が出来なかったが、それでもゴルディオの身体を横にくの字に曲げるくらいの力はあった。
「ぐはっ!」
「帯刀流剣術・横一文字」
接触と同時に、黒珊瑚の重さを増やしたのか、百キロ以上あってもおかしくないゴルディオを壁まで吹っ飛ばし、叩きつけた。
この瞬間、ゴルディオの身体を光が包み込み、身体の傷が全て癒えていった。
この大会に向けてフィアナも、メリーと一緒に帯刀流剣術を学ぶようになり、基本の型はあっという間に習得し、現在では免許皆伝のメリーやシュウラと一緒に訓練を行う程上達した。
『勝者、フィアナ選手!』
審判がフィアナの勝利を宣言した瞬間、会場を揺らす程の大歓声が響き渡った。
「妖しの魔鏡」と「鬼嶋の鬼」も是非読んでみて下さい。




