13 二刀流
岩の陰に身を潜めて、オリハルコンゴーレムの攻撃から逃れた俺は、奥歯を強く噛み締めながら苛立ちを露わにした。オリハルコンゴーレムの方は、見失った俺を探しにあたりを見渡していた。今はちょうど後ろを向いていた。
「クソ!クソ!クソ!クソ!何なんだよこれは!何だってあの二人は俺にこんな依頼をよこしたんだ!ッザケンじゃねぇ!だったらテメェ等何とかしろってんだ!」
今まで溜まっていた物をすべて吐き出すかの如く、暴言を吐き続ける。早くも、この依頼を受けた事に対する後悔と、この依頼をお願いしたヤンシェとアリシアに対する怒りが頭の中を支配していた。
《落ち着きなさい。そんな大声出したら見つかっちゃうって》
「ッザケンじゃねぇ!そもそもテメェがこんな世界に送り込んだせいで俺はっ!」
《落ち着きなさい!今魔力を回復してあげるから》
デリウスのその言葉の後、不思議と俺の中にあった怒りと苛立ちが嘘のように無くなっていった。
「デリウス・・・・」
《頭が冷えたかしら?》
「あぁ、お陰様で。今のは一体?」
普段であったら、絶対に陥ることがなかったあのヒステリー状態にかかっていた事に驚いていた。いくら溜まっていたとはいえ、こんな非常事態で出してしまうとは考えられなかった。
その原因を、デリウスが教えてくれた。
《魔力切れよ》
「魔力切れ?」
《魔力を枯渇するまで使い過ぎる事を言って、そのせいで起こるヒステリー状態に君は陥っていたのよ》
「どういう事だ?」
《魔力は枯渇すると同時に、不安や焦燥感や嫌悪感に襲われ、さっきの様な状態に陥ってしまうの。例え、金ランクの冒険者であっても枯渇すればあの時の君と同じ状態に陥ってしまう》
「それで・・・・・」
おそらく、お尻に炎を放ってしまった事で魔力が枯渇してしまい、さっきの様な怒りと苛立ちに苛まれてしまったのか。
《魔力量というのは言うまでもなくMP値の事で、それは魔法や魔力を使う事で減っていくの。自分のステータスを表示してみて、そしたらわかると思うわ》
言われた通りステータスを表示した。
「これは・・・・・」
すると、MP値が855/975と表示された。右が最大値で、左が現在の魔力量を示していると言う事か。
《私が回復させてあげたからこの数値を示しているけど、さっきまで君のMP値はゼロになっていたわ》
「だったら止めてくれれば良かったのに」
《止めたわよ。でも、あの時の君はすでに魔力切れを起こしていて、ヒステリー状態になったせいで私の声が届いていなかったの》
「そうだったのか・・・・」
更に話を聞くと、俺が火竜の剣に炎を出している状態だとMPは二十程しか消耗しなかった。ところが、俺が下から百メートル以上ある背中まで炎を浴びせようと無意識にコントロールしようとしたことで、更に多くのMPを持って行かれてしまったのだと言う。平行線上に真っ直ぐ放つだけなら、MPは減る事も枯渇する事も無かったみたいだ。
最初の背中への攻撃で枯渇しなかったのは、たまたま魔石のある部分まで平行線上にあったからであった。
「つまり、俺が意地を張ってしまったせいでこんな事になってしまったと言うのだな」
《自分を攻めない。帯刀流の剣術はそういう物なのだから、君はただその教えに従っただけ。だけど、魔物や、いずれ戦うであろう魔王との戦闘では、それを曲げてでも戦わなければいけない場面は必ず訪れる。今回の一件で、それを学ぶ事が出来ただけでも大きな収穫と言えるでしょう》
「そうだな」
《ついでに、とんずらする事をお勧めするわ。今の君のMP値では火竜の剣を完璧にコントロールする事は出来ない。力だけ強くても、コントロールできなければただの火炎放射器も同じ。ハバキリで傷つけたとしても、標的が大きければ致命傷を与える事が出来ないわ》
デリウスの言う通り。
力だけ強くても、それを完全にコントロールできなかったら何の意味がない。
何でも斬る事が出来ても、標的が大きければ刃は芯まで届く事は無く、相手によっては致命的なダメージを与える事が出来ない。
普通に考えれば、これではあのオリハルコンゴーレムを倒すのは不可能。
だが・・・・・・。
「悪いが、まだ逃げる訳にはいかない」
《何言ってるの!今戦えば今度こそ死ぬわよ!》
「確かに、火竜の剣の力だけではあいつを破壊できないし、ハバキリの斬撃だけでは浅い傷を付けるのが精一杯。だが、もしその両方が合わさればあるいは・・・・」
《もしかして、ハバキリと火竜の剣、二振り同時に使うと言うのですか?》
「あぁ」
更に足から先に潰せば、こちらにも勝機は十分にある。
《それでも問題はあるわよ》
「分かってる」
ハバキリはともかく、火竜の剣は片手で扱うには大きすぎる剣だ。
確実に斬撃を加えるには、どうしても利き腕でないといけない為必然的にハバキリは右手に持たないといけない。左手でうまく剣を振るのは難しく、更に重量があれば攻撃を加えるのは事実上困難を極める。
「だが、火竜の剣で斬撃を与える必要はない。火力と力は十分にあるのだから」
そう。例え平行線上にしか放てなくても、あの大火力あればそれで充分であった。
そうと決まったら早速火竜の剣を左手に持ち替え、右手で腰に差していたハバキリを抜いた。
「っ!?」
丁度その時、大きな影が頭上を覆い、見上げるとオリハルコンゴーレムが赤い目を光らせながらこちらを見下ろしていた。
俺を捕まえようと、両手を伸ばしてきた。
「そりゃ、あんなデカイ声出してりゃ見つかるのも当然か」
両手がこちらに到達する前に、俺は素早くその場から離れ、再びオリハルコンゴーレムの股下へと潜り込んだ。
今度は抜けるのではなく、右足に真っ直ぐ火竜の剣を向けて炎を放った。十分な火力があった為、炎を浴びた右足はあっという間に真っ赤になり、物凄い熱を帯びていた。
その攻撃に危機感を抱いたオリハルコンゴーレムが、俺に向けて左手を伸ばしてきた。そのタイミングを見計らって、俺は熱を帯びた右足に向かって地面を蹴り、ハバキリの一太刀で右足に深く切り込む事が出来た。
更にそこへ、ダメ元で火竜の剣による斬撃を加えた事でオリハルコンゴーレムの右足首を完璧に切断する事に成功した。
右足を失った事で、バランスを崩してしまったオリハルコンゴーレムは正面から転倒し、頭を岩山に突っ込んでしまった。
「今ならいける!」
転倒し、右足を失った事で身動きが取れなくなったオリハルコンゴーレムの背中に素早く飛び乗り、魔石のある所まで走って行った。
激しい凹凸はあったものの、難なく魔石が埋め込まれている所に到達した翔馬はそこに火竜の剣を突き立て、最大火力の炎を噴射した。広い範囲で熱せられた為、その上に居た俺はあまりの熱さに額に大粒の汗を流していた。
かつてない程の危機感を抱いたオリハルコンゴーレムは、無理張り起き上がろうと両手を地面に突いた。
その前に炎の噴射を一旦止めて、熱せられた部分を火竜の剣で力一杯突いた。その力があまりにも強すぎて、剣は刺さる事無く隕石が落ちたみたいな深くて大きなクレーターを形成した。
「スゲェ力。ならもう一回!」
先程と同じように火竜の剣を突き立てて、熱さに耐えながらそこから炎を噴射させた。そしてもう一度火竜の剣を突いた。
更に深くなったクレーターの底に、黒色の大きな鉱物が表面を晒した。魔石であった。
だが、ちょうどその時にオリハルコンゴーレムは膝を付き無理やり立ち上がろうとしていた。それによりバランスを崩した翔馬は、背中から落ちそうになった。
「まだまだぁ!」
火竜の剣で自分の足元を突き、クレーター側面に大きな凹凸を作る事でジャンプする為の足場を形成した。
「これで、終わりだぁ!」
ハバキリを上段に構え、力一杯跳躍し、剥き出しになった魔石に渾身の一撃を加えた。
「はああぁ!」
その瞬間太刀筋に閃光が帯び、刀身より大きい筈の魔石が真っ二つに両断された。
魔石を斬られたことで、オリハルコンゴーレムは完全に機能を停止し、それぞれのパーツごとにバラバラになって崩れた。
「ふぅ・・・・やったぜ」
復活しなくなったのを確認した俺は、クレーターから跳躍して頭だった部分に着地してすぐに仰向けになって倒れた。
「あぁ・・・・疲れた」
《お疲れ様。まさか、あの巨獣化したオリハルコンゴーレムを本当に倒してしまうなんて》
「だけど、俺一人では絶対に勝てなかったよ。魔力を回復してくれてありがとう」
その瞬間俺の意識が飛び、深い眠りについた。
目が覚めたのは、日が傾き始めた頃であった。