129 女王の本性
「何と言うか、呆気なかったな」
「そりゃ、キメラクラーケンと比べたら楽に倒せるのかもしれなですけど」
「そう言えば神宮寺も、キメラクラーケンを倒した事があったな」
サウスティス女王陛下の依頼で、ビーチに巣くうクラーケンの群れを駆逐した俺達は、その後は王族専用のプライベートビーチでのんびりしていた。
内容を言うと、最初にアリシアさんとフィアナとリィーシャとユズルの四人が、それぞれ魔法で半数以上一掃してくれた。
残り半分の半分を、カナデが荷電魔銃で一斉に屠ってくれた。が、一人で五百杯以上屠った事で調子に乗ってしまったのか、背後から忍び寄る足に身体を巻かれて捕まってしまった。
同じ様に、神宮寺とエフィアも油断して捕まってしまった。
まっ、三人とも両手が無事だったから手に持っていた武器を使って自力で脱出できたが、カナデは後で軽くお説教されたのは聞くまでもない。あれだけ気を付けろと言ったのに、すぐに調子に乗るんだから。
その後は残ったクラーケンを、武器を使って地道に倒していった。特にユズルがすごかった。一体どうやったら、あんなに一瞬であの大きなクラーケンを仕留めたんだよ。
結果的に、一番多くクラーケンを倒したのはユズルで、一番少なかったのは恥ずかしながら俺でした。
「気にしなくてもいいですわ。そもそもユズルさんが異常なのです」
「ははは‥‥‥」
乾いた笑みを浮かべながら俺は、波打ち際ではしゃいでいるミヤビとリィーシャに水を掛けられているユズルを見た。
「やっぱり、同一人物とは思えない」
本気の戦いの時は勇ましい武人という感じなのに、そうでない時は気弱な草食男子。何なの、この違いは?
「はぁ‥‥‥」
大きく息を吐いて砂浜に寝転がろうとしていると、ひとしきり泳いできたアリシアさんとカナデ、メリーとフィアナの四人も戻ってきた。
「ショーマさんは泳がないのですか?」
「俺はいい」
「んもぉ。少しはあたし達と遊んでよ」
「人聞きが悪いぞ」
「ご主人様に無理をさせる訳にもいきません。休ませて差し上げないと」
「メリーの気持ちは嬉しいが、今はそれが胸に突き刺さる‥‥‥」
「と言うか翔馬、あんまり海で泳ぐのは好きじゃないんじゃないの?」
「痛い所ついて来るじゃない」
別に泳げない訳ではない。ただ、何と言うか海で泳ぐのがあまり好きじゃないのだ。
《そりゃ、海で泳ぐ度にクラゲに刺されては嫌にもなるよね》
「うるさい」
そうだよ!海に入る度にクラゲに刺されて痛い目に遭っているから、海で泳ぐのが嫌になってしまったんだよ!何が悪い!
「あはは、クラゲに好かれているのですね‥‥‥」
「冗談じゃない!あたしもクラゲは嫌い!」
「でしたら、わたしが傍にいてお守りいたします!」
「クラゲって何だ?」
フィアナのトンチンカンな質問はスルーして、そんな同情するような眼差しで俺を見ないで。
「まぁ、嫌がる帯刀君を無理やり海に引っ張り込むのも良くありませんし、こうして日光浴をするのも良いと思います」
扇情的な肉体を惜しげもなく見せつけ、足を組んで座る神宮寺。ヤバイ、チョーエロい。
《(その調子です美穂子様!あなただって女性としての魅力は負けていません!その調子で誘惑するのです!そこをもっと豊満なバストを寄せあげて!)》
《(いつもお淑やかなイリューシャが!?)》
「あら?美人でスタイル抜群の女の子達に囲まれて、なかなかの色男じゃない」
皮肉交じりに、腰を振りながら近づいてきた女王陛下。一体何しに来たのだ?
女王陛下が近づいてきた事で、アリシアさんが右腕に、カナデが左腕に、フィアナは背中にしがみ付いて、メリーが前に出て警戒した。
「別に良いじゃないですか。アリシアさん達とは婚約してるんですから」
「あら、金ランク二人も手駒に?」
「そういう言い方はやめてください!あと、神宮寺も入れないでください!」
「あら?ミホコ様は違うの?」
「いずれ落として見せます」
「何言ってんの!?」
暑さで頭がおかしくなったのか!?少し落ち着いて!
「それよりも、一体何の用ですか?」
思わず睨んでしまったが、女王陛下は全く気にした様子も無く俺の質問に答えた。同時に頬を真っ赤に染めて、より一層エロさが増している気がした。
「実は、ショーマ様と大事なお話がしたいだけ」
そう言うと女王陛下は、スッと俺の右隣りに腰を下ろした。アリシアさんが右腕にしがみ付いているから、正確には隣ではないのかもしれないが。
「それで、どんなお話がしたいのですか?」
警戒心丸出しで女王陛下を見るが、五人の水着姿の女の子達にしがみ付かれては緊迫した雰囲気が台無しだ。というか、女王陛下が座った瞬間にメリーと神宮寺までしがみ付く事ないだろ!熱いんだけど!
熱いけど、悪くないと思ってしまうのは仕方のない事なのだ。そう、仕方がない事なのだ。
「そんなに警戒しなくても、真面目な話だから大丈夫よ」
「真面目な話?」
「ええ」
何かマズイ事が起こったのか、急に表情をキリッとさせて女王陛下がとんでもない事を告げた。
「逃走した勇者の一人の所在が分かったわ。サエラ教皇猊下からブラックレイルを通して聞いたわ。外見の特徴から、トキハル・アキバの可能性が高いわ」
「なにっ!?」
まさかこんなに早く、秋葉の居所を掴む事が出来るなんて思わなかった。
女王陛下曰く、サウスティスには優秀な隠密部隊が居て、情報収集能力はエルト大陸でもトップの実力を有しているらしい。
尤も、戦闘面では少々難があって、戦うことよりも情報を入手して即座に逃げることに特化した部隊ということになる。
まぁ、情報を集める為の部隊はどの国にもいると思うが、この国の情報収集能力は群を抜いているぞ。
「それで、秋葉は今何処に?すぐに捕らえられますか?」
「捕らえたいのは山々なのだけど、それが無理なのよ」
「と、申しますと?」
「アキバ殿は、センティオ戦王国へと逃亡したみたいなのよ」
「なに!?」
センティオ戦王国と言ったら、エルト大陸の中心に構えている軍事国家で、やたらと戦争を仕掛けては他国から領土を次々に奪っていく危険な国ではないか。デリウスが言うには、二千年前に召喚された死刑囚の一人が建国した国らしいが。
「センティオ戦王国は、あなたが思っている以上にとても危険な国なの。気に入らないという理由で一般人が普通に殺人を行っていて、子供でも普通に親を殺すなんて事も日常的に起こっているのよ。しかも、それで罪に問わることが無く、『殺される弱いお前等が悪いんだ』という思想が一般的となっているのよ」
「何だよ、それ!」
人殺しが日常的に行われて、しかも子供であっても自分の思い通りにいかないとなると、親でも躊躇いなく殺すなんて!
「異常です!そんな国が、よく国として成り立っていますね!」
センティオの異常な国民性に、神宮寺が怒気の籠った声で言った。確かに、殺人が日常的に行われているような国が、どうして衰退することなく今も残っているのだ?
「その理由は独裁主義の国王、アブソード・カウ・センティオの圧力と、戦争によって手に入れた領地に住んでいる人達を、国民の鬱憤晴らしのために殺させていることが大きいみたいね」
「腐ってやがるな」
そんな国に秋葉が逃亡したというのか!
「紛い物であっても彼も勇者。それがあの暴君王の耳に届き、ある事ない事を吹き込んでしまったら大変だわ。いえ、もう繋がってしまった可能性が高いわ。特にあぁいう子は、自分の言うことこそが正義だと信じて疑わないから、間違っていることでも平気で行うのよね」
事は思っていた以上にとても深刻であった。女王陛下から聞いたその国王の性格を考えると、絶対に秋葉を勧誘してある事ない事をいろいろ吹き込んでいるに違いない。
もしも本平までもセンティオに行って、その国王と組んでしまったら世界規模の脅威になりかねないぞ。
本当なら、すぐにでも拘束してここに連れて来てもらいたいけど、物騒な国民性はもちろん、センティオ戦王国は自国に仇をなすであろう人物の入国は一切認めず、入るのも困難だとも言われているのだ。強引に入国すると、その人は有無を言わさず殺されてしまう。
女王陛下が送り込んだ隠密部隊も、何とか入国出来たけど下手な行動を取って自国を危機に陥れる訳にも行かず、情報収取の傍らで普通に行商だけをして帰ってくるのだそうだ。
「モトヒラ殿に関してはまだ情報を掴めていないが、少なくともセンティオ戦王国にはいないみたいね」
「そうですか」
それを聞いてホッとするが、女王陛下の表情は晴れなかった。
「だからと言って、もう一つの独裁国家、イースティア大帝国に行かれても困るのよね。あの国は別名、盗賊大帝国と呼ばれているくらいに盗みが横行していて、強盗や万引きは序の口で酷い場合は奴隷でもない人間を不法に売り買いする為に、他国から毎年二百人を超える子供と女性が行方不明になっているのよ」
「何だよそれ!」
中心には戦争ばかりを起こす殺人国家、東には盗みや違法な人身売買が行われている盗賊大帝国。二千年前に召喚された死刑囚二人も、とんでもない負の遺産を残してくれたな。
魔王やカリンヴィーラが手を下さなくても、勝手に滅んでしまいそうな気がする国ばかりだな。少し前までの、ウェスティラ神王国みたいに。
「まっ、もう一人の勇者の捜索も継続するけど、正直言ってあまり良い報告は期待しない方が良いかもしれないわ。ショーマさんは何もしないで頂戴。勇者であるあなたが、こう言ったごたごたに首を突っ込まれては余計に面倒なことが起こる可能性が高いわ。センティオやイースティアなら、絶対に国際問題へと発展させるわね」
「分かりました」
いくらあいつ等でも、その二国が最悪な独裁国家だってことは知っている筈だが、気が動転している今の二人がその国に行って、更にその思想に染まらないとも限らない。
「クソ!あのバカ共が、面倒事ばかり起こしやがって!」
「ショーマさん」
「ショーマ」
「ご主人様」
「翔馬」
「帯刀君」
苛立ちのあまり暴言を吐いてしまった俺を、アリシアさん達が俺の名前を呼んで宥めてくれた。五人の肌の温かみもあって、何とか気持ちを落ち着かせる事が出来た。
俺に出来ることと言ったら、捜索隊から入る情報をひたすら待つしかできない。
「気持ちは分かるけど、ここから先はわたし達に任せて。トウランの国王が許可を出したのならその限りではないけど、基本的にはショーマさんは何もしないで欲しいわ」
「そうするしかなさそうだな」
仮に、トウラン国王陛下が許可を出したとしたら、それはもうセンティオ戦王国と戦争をする事になるからな。勇者と言う以前に、名目上トウラン武王国に仕えている金ランク冒険者である為、もし戦争になったら俺も参加しないといけない。
そうでもない限りは、俺は何もしない方が良いだろう。
「それにしても、先程のショーマさんの目付きはとても鋭く、まるでなんでも切り裂く刀のごとく鋭利でしたわ。ゾクゾク致しました」
「はぁ‥‥‥」
何だ、急に!?
頬を真っ赤に紅潮させ、艶っぽい声を出して更にエロさを醸し出してきた。この感じ、何処かで感じた事がある。
「素敵♡その目で睨まれると、胸の奥から熱いものが湧きだし、全身に鳥肌が立つほどの快感を覚えるわ」
「あぁ、思い出したぞ。この感覚、悪ふざけをしてお仕置きをした時のミユキにそっくりだ」
「「「「え?」」」」
ミユキにそっくり、そこの言葉でうちの四人はすぐに気付いた。
「ミユキさんって確か、帯刀君のメイドさんで、かなりの毒舌で腹黒ですけど、重度のMという‥‥‥」
そこまで言ったことで神宮寺も、ようやくこの女王陛下の本性を知ったみたいで、最後は言葉を詰まらせた。
「はぁ、ショーマさんみたいな人にお仕置きをしてもらえるなんて、素敵!羨ましいわ!」
「やっぱりあんたも、ミユキと同属かそれ以上か!?」
これで確信した、サウスティス女王陛下はミユキをも超える超ド級のⅯであった。
「はぁ、堪りませんわ!その蔑む様な目!気持ちいいですわ!もっとわたしのことを罵ってください!むしろ鞭で引っ叩いてください!」
「い・や・だ!」
「というかショーマ、そんなことしないわよ!」
「それ以上近づくなヘンタイ!」
「女王陛下と言えども、ご主人様に近づいたら斬りますよ!」
「メリーさん、それだと喜ばせるだけです!」
「何でこの世界の女性は、肉食でヘンタイな方ばかりなのですか!」
俺だけでなく、俺にしがみ付いて守ってくれている彼女達もこの女王陛下に対して危険を感じているみたいだ。それと神宮寺、肉食でヘンタイというのはカレンのことか?
「はぁ!皆さんがわたしを罵倒してくれる!何という快感!やはりわたしの目に狂いはありませんでした」
「寄るなヘンタイ!」
四つん這いになって近寄ってくる女王陛下の顔面を鷲掴みにし、俺の身体に触れようとする両腕をメリーが跳ね除けて阻止してくれた。
「これ、無視したら余計にすり寄ってきますよね?」
「ミユキというドⅯがいるから分かる。アイツも無視すると逆に喜ばせてしまう」
ミユキで喜ぶことを、この女王様が喜ばない訳がない!もしかして、常日頃から水着で過ごしている本当の理由は、自分の事をいやらしい目で見て来る男共の視線に興奮するからか?
「はぁ、罵倒され、攻撃されるだけでは足りません!どうか今晩わたしの襲ってくださいませ!わたしの初めてを、是非差し上げます!」
「それだけは絶対にお断りだ!」
「ご安心ください!わたしはこれでもまだ処女です!」
「聞いてねぇし!」
知りたくも無かった女王陛下の本性を知って、俺達はこの大陸に来て一番の疲労感を感じた。
俺がこんな目に遭っているというのに、海ではしゃいでいる皆は知らん顔を決めるし、城のメイド達は「またですか‥‥‥」と呟いているし!というか、知っていたのなら早く何とかして欲しかったぞ!こちとら本気で身の危険を感じているんだぞ!