128 女王の依頼
朝食を終えてしばらくして、俺達は全員集まってデリウスとイリューシャから更に詳しく聞いた。
神界に戻ってきたカリンヴィーラは、いきなり弱っているソルエルティとサラフィを襲撃し、二人を負のレイキュラが溜まっている球体の中へと吸収した上に、二人が管理していた神器までも奪っていったのだそうだ。二人の部屋が丁度隣同士だったこともあり、壁に穴を開けられて同時に襲われたそうだ。
その後、カラミーラーやアルテミス、アラエラーなど今回の勇者召喚に関わった女神が狙われてしまったのだそうだ。その上神器まで奪っていったのだから、尚更たちが悪い。
アラエラーだけは、とっさに自分の神器をデリウスの所まで飛ばして守ったそうだ。
「けれど、何故そこまでするのですか?」
「確かに、ショーマへの逆恨みだけでここまでするか?」
アリシアさんとミヤビの言う通り。
どういう訳かカリンヴィーラは俺を恨んでいて、その恨みを晴らすだけであったら何もわざわざここまで大それたことをしなくても、自身の力だけで殺しに行けば良いだけのこと。曲りなりにも女神なのだから。
《その帯刀翔馬に二度も傷を負わされた。自分こそが絶対的存在だと思い込んでいるカリンヴィーラにとって、人間に傷を負わされるなんて屈辱以外の何ものでもない。カリンヴィーラが帯刀翔馬を憎悪するのは、アイツの性格を考えると容易に想像がつく》
《その上、自分を殺すかもしれない存在でもありますから、万全に万全を期す為にこんな事をされたのだと思います》
「迷惑な話だ。いくら上級神の眷属だからって、そんな女神がよく今まで廃嫡されなかったな」
「しかも、自分だけ堕天しないようにするなんて、何処までもズルくて卑怯な女神です」
カリンヴィーラの行いを聞き、水島と小鳥遊も怒りを露わにしていた。
だが、今回の騒動を受けて流石のハーディーンもかなり怒ったみたいで、見つけ次第即刻殺せという指示が出てしまったくらいである。あんな眷属をもって、ハーディーンが何だか不憫に感じる。
「それで、自分達の神器が奪われないようにする為に、早々に翔馬達に届けたって事か?」
《ええ》
《私達が管理している神器が、魔物の肥やしにされてしまうのは嫌ですから》
確かに、それは我慢ならない事だ。自分達が大切に保管してあった神器を、たった一人の女神の私怨を晴らすためだけに使われるのだから、耐えられないくらいに辛いし、憤りも感じるだろう。
それにこれは、神々の信頼にも関わる大事件でもある。皆が殺気立つのも頷ける。
事の大きさに殺伐としている中、メリーとフィアナが控え目に手を上げて聞いてきた。
「堕天してしまった神は救うことは出来ないのですか?理由は定かではありませんが、ご主人様には神力が宿っていますのでそれで何とかなりませんか?」
「そもそも、弱った女神を堕天させても意味ないんじゃない?」
メリーの疑問は堕天してしまった女神達を救えないかというで、フィアナの疑問はそもそも弱った状態で堕天させても意味がないのでは、であった。
確かに、俺の神力を使えば女神達を救う手立てが見えるかもしれない。それ以前に、弱った女神では俺達に太刀打ちできないのではないか。
二人の疑問に皆が頷く中、アリシアさんだけが険しい表情で首を横に振った。
「それは無理です。一度堕天してしまう二度と元に戻る事が出来ません。過去にショウラン様を廃嫡した神々が、世界神様の逆鱗に触れた事で神界を追放され、その時のショックと恨みから堕天してしまった過去があるのです」
アリシアさんの説明に、皆が絶句した。どうやらあの後、ショウランを廃嫡した神々は一人残らず神界から追放され、全員が堕天してしまったそうだ。
堕天してしまった神が再び神に戻ることは出来ず、最高神である世界神でなければ出来ない事だが、世界神はこう言った事態になっても手を出してはいけない決まりとなっている。
他に方法はなくもないが、それはかなり高い位の神のみが出来ることでもあり、それ以外は自力で元に戻る外ない。前者はハッキリ言って期待は出来ないし、絶対に行ってはいけない。後者は、ある程度以前の意志が残っていないと不可能。
その為、実質元に戻すのは不可能とされている。
神から悪魔に変わってしまうというのは、俺達が思っていた以上に非常に重いみたいだ。
その後、堕天して悪魔になってしまった神は、世界神が新たに御霊を与えた八人の下級神によって葬られたそうだ。その八人の下級神の一人が、ユズルに加護を与えている戦の神・タケミヤである。
《それに、堕天してしまうとそれはもう神ではない別の存在に生まれ変わってしまう。例え弱っていても、堕天して悪魔になってしまうと以前の力も反転した状態で戻ってしまう》
《ですので、堕天した彼女達を倒すのは容易ではありません。例え神器を持っていても、それを十全に使いこなす事が出来なければ倒す事は叶いません》
その上、本来の力が反転した状態で戻ってしまうということは、傷つき落ち込む前の状態の女神達を相手にしなくちゃいけないということになるのか。
ここまで聞いて俺達は、ようやく事の重大さを理解した。
「カリンヴィーラめ!とんでもない事をしたな!」
《とはいえ、神界であんなことが起こった以上こちらに置いておくのは不安があるわ》
「だから、奪われる前に俺達に貸し与えておこうという訳か。神器にはどれも盗難防止の能力があるから、俺達が一時的に持ち主になる事で奪われるのを防ぐんだな」
手に持っている盾の神器を撫でながら、水島は何故神器がここにあるのかを理解した。デリウスとイリューシャは、水島の意見に「その通り」と答えた。
《ただし、今の君達ではまだ使いこなせないわ。自分の神力を持つ帯刀翔馬は大丈夫でも、今の君達では逆立ちしても神器の力を発揮させることは出来ないわ》
《レベルも技術が足りないのはもとより、あなた達はまだ神器に使い手として認められていません。そんな状態で使っても、ただの道具でしかありません》
神器がその人の事を使い手として認めないと、その神器も使いこなす事が出来ないということか。俺の場合は自分の神力を持っているから、加護の力に頼らなくても神器の力を引き出す事が出来るそうだ。
まぁ、そうでなければ神器となったハバキリは使いこなせないし、蒼龍を神刀に変えるなんて出来ないよな。
ちなみに神刀になったからと言って、能力に変化がある訳でもなかった。ランクがSSになった事と、新たに魔力吸収の能力が宿ったくらいで。
「神器に認められるには、どうしたら良いの」
戦斧の神器を手に、小鳥遊がデリウスに質問をした。
《簡単よ。もっとたくさんの修羅場、つまり試練を乗り越えること。つまり、もっと冒険をして場数を踏む事》
《デリウスさんはこう仰っていますが、生半可な試練ではダメです。自分の限界を超える様な試練を乗り越えないといけません》
「つまり、今の俺達ではまだ経験不足ということか」
神器に認められる条件に納得した水谷は、それ以上何も言わずに盾の神器をアイテムボックスに収納した。小鳥遊と神宮寺も、それぞれ預かった神器をアイテムボックスに収納した。皆から数秒遅れてから、俺も二つの神器をアイテムボックスに収納した。
「翔馬までしまう事は無いだろ。お前は神器の力を出す事が出来るんだから」
「俺のはズルだ。神力のコントロールは学ぶが、同時にデリウスから貰った加護もきちんと使えるようにしないとな」
自分の神器であるハバキリも、よほどのことが無い限りは使わないと決めている。楽をして強敵に立ち向かうような真似はしたくないし、そんな事をしても自分を磨いた事にはならない。
強力な武器でも、使いこなすにはそれ相応の実力と技術は必要だから気にする必要はないとデリウスは言うが、それでも俺はひたすら自分を磨く事を疎かにしたくない。
《超ストイック。ドMだわ》
「違う」
失礼な事を言うアホ女神は放っておいて、俺達は荷物をまとめて出発の準備をした。
《言い忘れたけど、アラエラーの神器を私に託したのは、君に渡して欲しかったからだと思うわ。元々アラエラーが一番気に入っていたのは、君だったからね》
「そうか」
でも、俺がアラエラーの神器を使うことはおそらく無いだろう。
結果的にデリウスが俺を勝ち取ったから、次に気に入っていた日比島を勇者として選んだのだろうけど、それでもアラエラーが加護を与えた勇者は日比島だ。剣の神器は、将来的には日比島に渡すつもりでいる。それまでは、俺が一時的に預かっているに過ぎない。
その間、日比島が勇者として成長していることを祈るばかりだ。
さてさて、リィーシャのお陰?でたった二日でサウスティウ夏王国の王都・二ライカに着いた俺達は、椰子の木らしき木で作られたであろう王城に足を踏み入れた。警備の人には、予め女王陛下から聞いていたみたいですんなり通してくれた。
こんな事を言っては失礼だが、お城らしくないお城だな。赤道付近の一般家庭の家を百倍の大きさにしたようなもので、しかも場所がビーチの近くというのだから、一見するとお金の持ちの別荘みたいな建物であった。
まぁ、常夏の国のイメージにピッタリのお城だし、出迎えてくれたメイド達の服装も水着と言っても遜色ないような恰好をしているし、まさに南国の楽園と言った感じであった。
「こちらで、女王陛下がお待ちです」
メイドが扉を開くと、赤を基調としたソファーに足を組んで座っているリオン女王陛下の姿があった。
「よく来てくれた。待っていたわ」
「え、えぇ‥‥‥」
「おいおい‥‥‥」
「うぅ‥‥‥」
俺と水島と小鳥遊は、女王陛下の姿を直視する事が出来ず視界を泳がせていた。だって、女王陛下が今着ているのは布面積が非常に小さい赤色のビキニだからだ。ユズルなんて、入った瞬間にミヤビに目隠しをされているし。
うちの女性人達にも刺激が強すぎたのか、顔を真っ赤にして狼狽しているぞ。
「あの、結構露出の多い衣装ですね」
流石に水着で出迎えなんてあり得ないだろうと、アリシアさんが念の為に聞いた。
「あら、これは水着よ。プライベートビーチが近いから、外交以外は基本この格好よ」
やっぱり水着かい!というか、俺達との謁見はそんなに重要じゃないというのか!
「だってこの国物凄く暑いし、ビーチが近くにあるのに服を着るなんてバカバカしいじゃない」
それはあなた個人の感性であって、南国に住んでいる人達全員の意見ではないでしょ。確かにこの国は滅茶苦茶暑いけど、だからと言って四六時中水着でいて良い理由にはならないでしょ。事実、町に住んでいる人達はちゃんと服を着ていたぞ。
「あらあら、意外とウブなのね」
「そんな事より早く何か着てください!」
正直言って、刺激が強すぎて直視できません!
「まぁ、それは置いておくとして」
「スルーしないで!」
「早速で悪いけど、あなた達にはこの海域に住み着いてしまっているクラーケンを討伐して欲しいの。冬だから遊びに来る客は少ないけど、本格的なシーズンの前には何としても討伐しておいてほしいの」
「あぁ、はい」
確かにその為に来たけど、女王との謁見で早々こんな刺激的な場面に出くわすとは思いませんでした。
「そこで、あなた達にもわたしが支給した水着を」
「いえ。これより涼しい服を持っていますので、それを着ます」
「翔馬。余分にあるなら俺にも貸してくれ」
「僕にも」
「ユズルにも貸してあげて」
「え?」
女王陛下が残念と一言呟きながら引き下がったけど、正直言ってあのエロ女王が用意した水着だからどうせ禄でもないものに決まっている。
そんな訳で、俺達はそれぞれ服を着替えてビーチに集まることになった。
「にしても、マジで暑いな」
冬であるにも拘らず、まるで真夏の様な暑さであった。トウラン武王国も比較的温帯だが、流石に冬は寒い。
「まるでハワイに来たみたいだな」
「そうですね」
「トウランでも徐々に気温が上がってきているけど、ここはそれ以上に暑いよ」
今このビーチには、俺の他に水谷と小鳥遊とユズルの男三人が先に来ていた。来ている服は、全員色違いのTシャツと半ズボンであった。
それに俺は腰に美鉄とダガーを提げていて、手にはミスリル製の槍を持って待機していた。
水島は腰に剣を提げ、盾を傘代わりにして立っていて。
小鳥遊は、小さめの手軽な斧を持っていた。
ユズルは、俺から貰った長刀を腰に提げていた。
「あらあら、流石男の子。着替えるのが早いわね」
後ろを振り返ると、槍を持ったリオン女王の姿があった。協力してくれるのはありがたいけど、やはり刺激的なビキニ姿での登場であった。
「あなた達も、早く来なさい」
女王陛下が手招きすると、何故か水着姿の女性陣がそれぞれ武器を持ってこっちに来ていた。
「おい。何でお前等まで水着なんだ?」
呆れる水島の問いに、若草色のビキニを着たパートナーであるエフィアが答えた。
「その、この格好ですと殿方が喜ばれると、女王陛下が‥‥‥」
「丸め込まれてどうする‥‥‥」
深い溜息を吐いて、水島は頭を抱えて首を横に振った。
女性陣の水着は、ミヤビとリィーシャ以外は全員ビキニを着ていた。
「しょ、ショーマさん、その、私の水着はいかがでしょうか?」
恥ずかしそうにもじもじさせながら、緑色を基調に白のフリルがついたビキニを見せるアリシアさん。
「うぅ、また胸が大きくなってた‥‥‥」
今にもこぼれそうな胸を抑えながらも、黄色いビキニを見せるカナデ。というか、また大きくなったのかよ。
「わ、わたしのは‥‥‥?」
赤色のビキニを着たメリーだが、どうしても引き締まった腹筋とすらっと伸びた美脚に目がいってしまう。
「まぁ、翔馬に見られるなら、満更でもないが‥‥‥」
そして大本命のフィアナは、藤色のセクシー系のビキニを着ていていつも以上に綺麗に見えた。これは非常にヤバイ!
「その、みんなすごく可愛い、ぞ‥‥‥」
「帯刀君、鼻の下が伸びていますわよ」
「なっ!?」
ただならぬ気配を感じ後ろを振り返ると、レースをあしらったピンクのビキニを着た神宮寺が、腰に手を当てて俺を睨んでいた。どうしてそんなにご機嫌斜めなの?
《ダメですよ、翔馬様。水着を見せに来たのなら、ちゃんと褒めてあげないとです》
褒めるって、この状況でよくそんな事が言えますね、イリューシャ様!
よく見ると、ユズルの周りにはミヤビとリィーシャが、水島にはエフィアが水着を見せているた。二人とも満更でもなさそうであった。唯一の独り身の小鳥遊だけが、エロくてビッチな女王陛下に絡まれちゃっている。
「そそ、そんな事よりさっさとクラーケンを倒してしまおうじゃないか!」
「ちょっと!無理やり話題を変えないでください!」
水着を褒められなかった神宮寺は、若干怒気の籠った声色で俺に言ってきた。
いやでも、実際ワイワイしていられないのだよな。
「翔馬」
「ショーマさん」
「ご主人様」
「あぁ。来やがった」
「え、もう?」
フィアナはオニキスを、アリシアさんはシルフを、メリーは赤椿を構えて海を睨んだ。敵の存在を察知できていないカナデは、皆から遅れて荷電魔銃を構えた。俺も槍を構えて敵に備えた。
他の皆も、それぞれ武器を抜いて構えた。
「あらあら。戯れもここまでね。十本ある足には捕まらないように気を付けて」
残念そうにしつつも、女王陛下も槍を構えて備えていた。急に表情がキリッとなったな。
その直後、海面からタコとイカをミックスしたような姿をした魔物が二千頭姿を現した。
《一応イカの部類だから、一杯二杯って数えるのよ》
さいで。
「まっ、そんな事よりもとっととやっつけてしまうか!」
それぞれ武器を手に、クラーケンの群れへと突っ込んでいった。