118 ウェスティラ神王国
「魔物は全て倒しました。念の為、騎士団に視察してもらった方が良いです」
『おぉ!わずか一日で全滅させるとは、流石はシンテイ大陸の金ランク冒険者だ!ガッハッハッ!分かった。明日すぐに騎士団を向かわせて確認してもらう。そなた達はそのままウェスティラ神王国に向かってくれ。それと、その鉱山はショーマ殿が好きな時に好きに資源の発掘をしてくれて構わないぞ。それが魔物を駆逐してくれた報酬だ』
「ありがとうございます。では、来月改めてご報告に向かいます」
それを最後に、俺はブラックレイルに魔力を込めるのを止めた。
魔物の大群を全滅させて一日が経ち、俺はブラックレイルを通してノースティル国王陛下に報告を済ませた。サウスティウ女王陛下にはめられたけど。
ていうかこれ、無線か携帯電話みたいだな鉱石だな。
「連絡は済ませた。俺達はそのままウェスティラ神王国に向かうぞ」
「あの‥‥‥」
「どうしたアリシアさん?」
「カナデ様とリィーシャ様がまだ起きていません」
「起こせ」
大事な王への連絡の時に、未だに涎を垂らして寝る奴があるか!何で涎を垂らしているのを知っているのかというと、すぐ目の前で二人が寝ているからである。何故なら俺達は今、ユズルが用意してくれた大きいテントの中にいるのだから。
そのテントの中で涎を垂らしている以外に、カナデは仰向けになって臍を出していた。その寝姿は、まるで酔いつぶれたおっさんみたいであった。
リィーシャはというと、毛布に抱き着き、枕にしゃぶりつくという何ともヒドイ寝姿であった。
「大方、大きなケーキに齧り付く夢でも見ているのでしょう。この前もそういう夢を見たと言っていました」
「あぁ‥‥‥」
神宮寺の話を聞いて、俺は納得してしまった。つか、リィーシャなら見ていそうな夢だ。
「これ以上ご主人様を待たせる訳にはいきません」
「そうね。叩き起こしましょう」
「お手柔らかに」
二人を叩き起こそうとするメリーとミヤビの目が怖いのですが。
「ショーマさん。僕たちは外に出ましょう。ミヤビの起こし方は、かなり過激ですから」
「‥‥‥ああ」
どんな起こし方なのか聞くと、「聞かないでくれ」と虚ろな表情で答えてくれた。
まぁいい、その間に俺はここにゲートを設置して番号の登録を済ませた。念波でサリーとローリエに伝えると、大喜びですぐさま鉱山に来た。ホントに好きだな。
直後に、テントからカナデとリィーシャの悲鳴が聞こえてきた。
準備を終えたカナデとリィーシャは、死んだ魚の様な目をして虚ろな表情をしていた。一体何が起こったのだ?
二人が喋ろうとしないので、俺もこれ以上何も聞かないでおく事にした。
それから俺達は西へと向かい、二日かけて広大な鉱山を抜けて草原地帯に出て、更に二日歩いた先に真っ白いレンガ造りの壁が見えた。更にその壁の向こうには、これまた白一色の建物がズラリと並んでいた。
間違いなくあれが、ウェスティラ神王国の国境線だろう。
「それにしても、見事なまでに白だな」
「何をおっしゃっているのですか?ザイレン聖王国だって、似たようなものではありませんか」
「そうだけど‥‥‥」
ザイレン聖王国で暮らしている神宮寺にとっては、日常的に目にしている為もはや当たり前の光景と化しているのだろう。
だけど、俺にとってはやはり異様な光景に見える。
「はぁ‥‥‥ここを通らないとダメだろうな」
渋々俺は全員を引き連れて、全員分の入国料を支払ってウェスティラ神王国へと入国した。
確かに、パッと見はザイレン聖王国と全く同じ町並みではあるが、この国では協会の屋根に金箔が貼られているという、ザイレン聖王国にはない特徴があった。
「そんじゃ、何処かで馬と馬車を調達するか」
ウェスティラの王都までは、馬車で五人という距離にある。歩いて行くと、更に倍以上の日数がかかってしまう。
「では、わたしとアリシア様とミヤビ様で馬と馬車を見てきます」
「分かった。俺達はそれぞれ必要な物資を調達してくる」
俺達は二手に分かれて、それぞれ必要な物を調達しに行った。馬が白いのはこの際諦めるが、攻めて馬車だけはまともであって欲しいぞ。望み薄ではあるが。
「ていうか、馬車で移動するんだったら、桜と紅葉も連れていけば良かったじゃん」
「無茶言うな。あんな険しい鉱山では馬車は引けんぞ」
「フィアナの言う通りだ。桜と紅葉に負担はかけられないからな」
本当なら連れて行きたいところだけど、あんなに険しい鉱山がそびえ立つノースティルでは馬車は使えない。
それに、後から分かった事だが、ノースティル国内にある町は王都のみだっていうのだからビックリだ。
(道理でたった二日で鉱山が抜けられた訳だ)
地図で確認してみたが、そもそもノースティル鉄鋼国は五つの大国の中でも一番面積が小さく、二番目に小さいセンティオ戦王国の半分くらいしかなかった。それでも、日本がすっぽり入ってしまうくらいには大きかった。
それに、桜と紅葉を連れて来られない理由が他にもあった。
「にしても面倒くせぇな」
なんでもこの国では、建物だけでなく馬も馬車も白で統一しないといけないという、なんとも訳の分からない決まりごとがあるそうだ。
《私も理解に苦しむわね。馬車はともかく、馬まで白で統一させるなんてやり過ぎでしょ。というか、そんなの許される訳がないわ》
確かに、生き物を白で統一させるなんて不可能だぞ。地球でも、アルビノという色素が欠乏して白い虎やライオンがいるが、それもかなり数が少ないのだ。両親が白だからと言って、その子供も白になるとは限らない。
それなのに、馬までも白で統一しないといけないなんて絶対におかしいだろ。同じ宗教国家でも、ザイレン聖王国にはそういう思想は無いぞ。生き物は皆等しく平等であるべしと、ザイレン教皇猊下もおっしゃっていた。
《この国の決まりに文句を言っても仕方がないわ。それよりも、この国に来た目的を忘れないで》
「ああ」
買い物をしながら俺は、この大陸に来た目的を思い出していた。
俺達がここに来た目的は、ウェスティラ神王国に召喚されたという五人の勇者の様子を見に来たのだった。
あまりにも使えないようだったら、五人には申し訳ないが切り捨てさせてもらう。使えないというのは、戦力としてではなく人間性を見た上で、きちんと勇者としてこの世界の為に戦えるかどうかということである。そして切り捨てるというのは、物理的に切り捨てるという意味だ。
デリウスが言うには、クフォト王国の召喚と違って女神が召喚させる勇者を選ぶことができず、最悪の場合とんでもない犯罪者が召喚されてしまう可能性だってあるそうだ。そんな勇者なんて、迷惑以外の何でもないからな。
「ショーマさん!」
「ご主人様、お待たせしました」
「まったく!この国の馬って何で無駄に高いのよ!」
馬二頭と馬車を購入した三人が、馬車に乗って俺達合流した。御者台には、アリシアさんとメリーが座っていた。
「はは‥‥‥予想していたが、実際に見るとキツイな」
馬が白いのはまだ良いが、馬車まで真っ白というのは正直言ってキツイぞ。三人には悪いが、帰ったら工房の薪にしてやりたいくらいだ。
「こっちも準備を終えたから、すぐに出発しよう」
「賛成ぃ!吾輩はユズル様の隣ぃ♪」
「ふざけるなウザ女!あんたにお兄ちゃんは渡さないわよ!」
まぁ、あんなウザ女が姉になるのは嫌だよな。後リィーシャ、一人称は統一させた方が良いぞ。
ガミガミ言い争いを続けるカナデとリィーシャは、ユズルの腕にしがみ付きながら馬車に乗っていった。おっと、ガミガミ言っているのはカナデだけであって、リィーシャはカナデの言葉なんてどこ吹く風と言った感じであった。失敬失敬。
まぁ、そんな三人に呆れながら俺達も馬車に乗った。
それから一週間、俺達はこの国の王都を目指して馬車で旅をする事になった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ふぅ。あの子達も、何とか無事にウェスティラ神王国に入国したみたいだね」
翔馬との念波を一旦切ったデリウスは、一旦自室を後にしてある女神の居る部屋まで歩いて行った。
「でも、正直言って帯刀翔馬をエルト大陸に連れて行かせるのには、かなりの抵抗があったのよね」
ノースティル鉄鋼国や、サウスティウ夏王国ならまだ良い。あの国はまだ救いようがあるからな。
救いようがあるというのは、消すにはまだ惜しいという意味である。
「そもそも、エルト大陸は私達神々の間では捨てられた大陸と言われているのよね」
それは読んで字のごとく全ての神々に見放され、今やあの大陸を見守る神は存在しない程であった。
そして翔馬達は、その原因を作った国の一つにたった今入国した。デリウスにとっては、非常に遺憾な事であった。
「まったく、神にここまで嫌われるなんて、あの国も落ちる所まで落ちているわね。あ、それはセンティオ戦王国やイースティア大帝国にも言えることか」
女神がそんな差別的発言をするべきではないかもしれないが、そうさせてしまう事をあの3国は犯してしまった。ノースティル鉄鋼国とサウスティウ夏王国は、言ってみればただ巻き込まれてしまっただけの可哀想な国であった。
五人の上級神は無理でも、その眷属の下級神がその国の主神となって護っていたのだが、その時見守っていた神は皆その三国の身勝手に嫌気がさして見捨ててしまったのだ。
以来、エルト大陸に関心を持つ神は一人もいなくなり、何時しか見捨てられた大陸として定着する事となったのだ。
そんな事を思い返していると、デリウスは目的の部屋の前へと立っていた。
「着いたわ。アラエラーの部屋」
デリウスは、同じく最初の勇者召喚に関わった女神の一人、剣の女神・アラエラーの部屋の前に立っていた。召喚時には、デリウスと翔馬を奪い合った程彼女も翔馬のことを気に入っていた。
けれど、デリウスが翔馬を勝ち取った事で、アラエラーはその次に気に入っている日比島武治を勇者に選んだのだ。
そんなアラエラーは、その三ヶ月後に行われた強引な勇者召喚で無理矢理加護を与えられてしまった、哀れな女神の一人でもあった。
アラエラーを含む五人以外にも、無理矢理加護を与えられそうになった神は他にも五人いたのだが、いずれも力一杯抵抗した事で加護を奪われないで済んだ。その代り代償も大きく、被害を受けた十人の神は今も衰弱していて、自室の部屋で寝たきりの状態となっていた。
「アラエラー。入るわよ」
「勝手にしろ‥‥‥」
「ん‥‥‥」
神に対してこの表現はおかしいが、何とも生気が感じられない死ぬ寸前の病人の様な返事を返したアラエラー。
デリウスとは仲が良い訳ではないが、それでも何ヶ月以上も寝たきりの状態が続いては心配になってしまうというものだ。
言われた通りデリウスは、アラエラーの部屋へと入っていった。部屋に入るとアラエラーは、ベッドの上で布団にくるまり姿を見せようとはしなかった。
神である為食べる必要も飲む必要もないが、これは流石に心配するなというのが無理な話であった。
「まったく。何処の世界でも、剣を扱う勇者は需要が高く人気もあるからね。アラエラーがターゲットに選ばれてしまうのも無理ないわね」
「うるさい!あんたに一体何が分かるってんだ!好きでもない人間に加護を奪われ、気に入った人間を堕落させてしまった私の気持ちなんて」
「そんなに気に入らない相手だったの?あなたから加護を奪った人間は」
「罪人ではない。でも、あんな奴に私の加護を悪用されていると思うと‥‥‥」
珍しく弱々しく答えるアラエラーに、デリウスは違和感を覚えた。
「もしかしてあんた!?」
一抹の不安を感じたデリウスは、アラエラーの上に覆いかぶさっていた布団を無理やりはぎ取った。
「やめろ!私を見るな!」
「いや、見るなって言っても、その顔とその髪は‥‥‥」
姿を現したアラエラーは、顔に深い皺が浮かび、髪も鮮やかな真紅だったのが真っ白に染まっていた。その姿は、まるで老婆であった。
「ちょっと待ってよ。以前顔見た時はそんな‥‥‥」
「アイツが私から奪った加護を使って、私から神力をどんどん奪っていって‥‥‥」
「いやいやいや。マズイどころの問題じゃないでしょ!このままではあんたは、消滅してしまうわよ!」
自分の意思で加護を与えるのとは違い、人の手によって強引に加護を与えられるとその神の神力はどんどん奪われていき、最終的には消滅してしまうという危険があるのだ。
神が自分の意思で加護を与える場合は、その時の相手のレベルに合った神力も注がれていくため、念波での繋がり以外は一切を断ち切っている為神にかかる負担は全くない。相手のレベルが上がる度に、その人に宿っている加護と神力も強くなっていく仕組みになっているので、基本的に何もしなくてもいい。
加護に宿る神力も、人の身体に負担が掛からないように調整してあるので、問題ない。与えようという意思があるから、そう言った調整が出来る。
今回ウェスティラ神王国が行った強引な手段は、神から強引に加護を奪った場合、神とその加護との間に見えないパスの様なもので常に繋がっている状態になっている。無意識であっても、相手が加護の力を使う度にその神の神力は奪われていき、最悪の場合神力が枯渇して消滅してしまう危機に瀕してしまう。
強引な加護による代償は、それだけ大きいということになる。この状況を打開するには、奪った相手から加護を取り戻すか、その相手を認めて正式に与えるかのどちらかということになる。
でも、これはデリウスの予想を遥かに超えていた。
「いくらなんても早すぎるわよ!通常はこんな短期間でここまで使い切らない筈なのに!」
「アイツのせいだよ。アイツのせいで私は‥‥‥」
両手で顔を覆い、大粒の涙を流すアラエラー。そんなアラエラーの姿を見たデリウスは、知らぬ事とはいえアラエラーの加護を奪い、更にその力を酷使し続けたウェスティラの剣の勇者に対する怒りが込み上がっていった。
「あのヤロウ!事と次第によっては殺してやるわ!」
実際には不可能だと分かっていても、何かの拍子で翔馬にその勇者を殺すように指示を出してしまいそうであった。
仲が良くなかったが、それでも同僚の女神がこんな目に遭っているのを見るは我慢ならなかった。
「あの子を恨むな。本当に悪いのはあの子ではない」
「え?」
アラエラーの言葉に、デリウスは思わず間の抜けた声で返してしまった。
そして、驚愕の事実に更に強い怒りを覚えたのであった。