11 火竜の剣
直接依頼と言うのは、銀ランク以上の冒険者のみに与えられる依頼で、ランク最下位の白の俺が受けて良いものではない筈だが。
「あの、私は昨日ギルドに登録したばかりの新米です」
「新米冒険者に、アイアンロブスターを十八匹討伐するなんて不可能だよ。アリシアの話を聞いて、君の実力の高さを感じた」
何でも、アイアンロブスターは数によってランクが決まり、一匹だけだったら白ランクがギリギリ倒せるレベルだと言う。十八匹と言う数は、銀ランクに相当するのだと言う。
たくさん出てきたからというのもあるが、甲羅の鋼材と、デリウスから聞いた報酬の割り増しが目当てに狩りまくったせいで、目を付けられてしまった。
「そこで、君にお願いしたい事がある」
「お願い、ですか」
何だか嫌な予感がした。
「実は君に、オリハルコンゴーレムの討伐をお願いしたい」
「オリハルコンゴーレム・・・・」
「実は、ここから北にある荒野に通常よりもかなり大きな個体が現れたと聞いて、送り込んだ銀ランク冒険者が揃って討伐に失敗したそうでな、金ランク冒険者も一人居るが、今は別件で違う国に行ってしまっているんだ」
「そこで、私に白羽の矢が立ったのですか」
ここまで聞くとさすがこのおっさんが何を言おうとしているのか、おおよその想像がつく。
「無論、金だけでなく、重量無限のアイテムボックスと、倒したオリハルコンゴーレムの腕一本も渡そう。それと、ランクも赤に昇格させる。流石にいきなり銀以上には出来ないが、せめてその前の赤になら出来る」
「私からもお願いいたします。このまま放っておくと、オリハルコンゴーレムはいずれこのオリエの町に到達し、甚大な被害が出てしまいます」
弱ったな。そこまで深刻だと、俺も断るに断れな・・・・・・。
《却下すべきよ!》
「なっ!?」
頷く直前に、デリウスが今までにないくらいに真剣な声色で言った。
「どうしました?」
「あぁ、いえ、何も・・・・・・」
ヤバイ。俺、今さっき変な顔でもしてたのか?
「あの、ちょっとだけ考えさせてもよろしいでしょうか?そんなにお時間は取らせませんので」
「昨日今日登録したばかりでこの大仕事だ。そこで座ったままでも構わないよ。詮索はしないと約束しよう」
「すみません」
座ったままペコリと頭を下げた後、ゆっくり両眼を閉じて考える素振りをした。
さて、平静を装いつつ改めて。
(却下すべきって、どういう事だ?利用しようと企んでいるのは分かるが、このままにしておくわけには・・・・・・)
《二人が君を利用しようとか、そんな事を企んでいる訳ではない。そんな事をする人じゃないから》
(だったら、何故?)
《危険すぎるからよ》
回答は実にシンプルであった。
《オリハルコンゴーレムは、普通サイズでも銀ランクが討伐に向かう魔物。大きさとパワーはもちろん、通常の武器では傷つける事が難しい頑丈なボディーを持っているのよ。しかも、魔法を反射する事も出来るから魔法による攻撃も全く効かないのよ》
何それ!?そんなに強い魔物なのかよ!
《物凄く強いわよ!それこそ、あのドラゴンに匹敵するくらいに。この世界に来てまだ三日しか経っていない君が相手するには早すぎるわ!あなたが承らなくても、いずれトウランの金ランク冒険者にお声がかかる。今からそんな魔物と戦う必要はないわ》
デリウスが止めるのも分からなくもない。昨夜何気なく自分のステータスを確認してみたけど、レベルは三十五と三日で平均並み上がったが、それでもやはりオリハルコンゴーレムの相手はまだ早すぎるのだろう。
でも
(俺はこの依頼、引き受けようと思っている)
《何言っているの!そんな事をしても早死にするだけよ!》
(分かってる。だが、いずれは魔王と戦わなければならないんだ。そんな俺が、ここで尻込みしていい訳がない)
《昨日たくさん魔物を倒したからって、すっかり英雄気取りになっているのでしたらとんだ勘違いだよ。確かにあなたは、野良とは言え勇者です。けど、その前に一人の人間。この世界の冒険者にとって、魔物討伐は日常茶飯事。たったそれだけの事で良い気にならないで下さい。負けたら死ぬのですよ!》
デリウスが、俺の為に叱ってくれているのが伝わってくる。心配してくれているのも。
別に天狗になっている訳でもないし、そんな事で調子に乗ったりはしない。
もう、調子に乗らないって決めているから。そのせいで、自分がどれだけ傷ついたのか。
だが、それでも
(困っている人を放っておくなんて、俺にはやっぱりできない。無理はしないと約束する)
《・・・・・・まったく。元の世界であんな目に遭っておきながら、よくそんな事が出来るわね》
確かに、今でも他人に対する不信感と嫌悪感は完全に払拭できていない。俺の事を知らない人達ばかりだから、気にする必要が無いと分かっていても。
(だけど、それでも放っておくことは出来ない。目の前に困っている人がいるのに、見て見ぬふりをするなんて俺にはできない)
《ホント、人が良すぎるわね。・・・・分かったわ。そこまで言うのなら、私はもう止めないわ。だけど、絶対に無理だけはしないでね。私もアドバイスするから》
(分かった)
デリウスの了承を得た俺は、ゆっくり目を開いた。
「その依頼、承りました。どこまで出来るのか分かりませんし、倒せるという保証も出来ませんが」
「構わない。もし失敗しても、ペナルティーが発生する事は無いとギルド長たる私が保証しよう」
「白ランクのあなたにこのようなお願いをしてしまい、本当に申し訳なく思っています。でも、他にもう頼める方がいらっしゃらないので」
「分かりました」
「ありがとう。それとこれが、重量無限のアイテムボックスだ。約束通り、君に差し上げよう」
見た目は、デリウスが用意してくれたリュックとそんなに変わらないが、ステータスを確認した所間違いなく重量無限であった。しかも、ランクがAだ。
「ありがとうございます」
依頼を受諾し、アイテムボックスを受け取り、立ち上がってハバキリを腰に差して部屋を出ようとした時。
「あの、ちょっと待ってください」
「はい?」
部屋を出る直前に、アリシアが不意に翔馬を呼び留めた。その手には、彼女が今朝腰に巻いてあるポーチが握られていて、その中にもう片方の腕を突っ込んで何かを取り出そうとしていた。おそらく、アイテムボックスなのだろう。
「あの、私からもこれを差し上げます」
そう言ってポーチから取り出したのは、赤色の長剣であった。鍔の部分は、竜の鱗の様な模様になっており、所々金の装飾が入っていた。
『ステータス』
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名前:火竜の剣
ランク:S
種類:長剣
持ち主:なし
能力:火属性付与・不壊・炎吸収・持ち主固定
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アリシアさんが取り出したのは、火竜の剣と言うSランクの長剣であった。持ち主なしと言うのは、おそらくアリシアさん自身はこの剣を使っておらず、ただ持っているだけなのだろう。
「これは?」
あえて知らんふりをして、アリシアさんに尋ねた。
「火竜の剣という、Sランクの武器です。亡き父が愛用していた剣なのです」
「お、お父さんの形見の剣って!?流石に受け取れません」
そんな大事な剣を、赤の他人である俺なんかに渡していい筈が無い。
「良いのです。形見ではありますが、私が持っていても宝の持ち腐れです。それに、あなたに使っていただければ剣もきっと喜びます。そんな気がするのです。どうぞ使ってください」
揺るぎない彼女の決意を俺は跳ね除ける事が出来ず、差し出された火竜の剣を受け取った。こうなると、相手は受け取るまで絶対に引き下がらないものだから。
「分かりました。大切に致します」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げるアリシアさん。
そんな彼女に見送られながら俺はギルドを後にし、オリハルコンゴーレムの住む荒野へと走って行った。