103 巨竜島の秘密
巨竜島に上陸して二日目の朝を迎え、俺達は島の中心にある大きな山を目指して再びジャングルの中を進んで行った。
途中何度かドラゴンや魔物と遭遇したが、俺はある反則技を使って前に進んだ。
「『クリムゾンファイヤー』」
火魔法を使って目の前にあるジャングル諸共、目の前にいる魔物達を一気に黒焦げにしていった。火竜の剣に魔力を注いで放った火魔法なので、通常よりも強力なものが出せた。もちろん、魔石が傷つかないようにきちんと調整しながら。
何でこんな事をするのかというと、急いであの山に行かないと大変な事が起こる気がしたからだ。もう起こっているのかもしれないが。無論、シュウラ王子を通してトウラン国王から許可は貰っている。
「急ぐぞ」
この島が巨竜だらけになってしまった理由を聞いて、皆が鬼気迫る顔で俺の後に続いた。
(憶測にすぎないが、皆俺に付いて来てくれているな)
《憶測も何も、それ以外に思いつかないでしょ。ましてや、それに繋がる出来事まで起こっているのだから。急がないと》
(分かってる)
広い道が出来た事で、俺達は昨日よりも楽に山へと到達する事が出来た。当然、魔物やドラゴンとも何度か遭遇したが、俺とメリーとキリカで瞬殺していった。
三十分後、俺達は大山の裾まで辿り着いた。そこで一旦立ち止まり、俺が風魔法の「サーチ」で周囲に怪しいものが無いか探した。山の周囲だけでも数キロにも及んでいたし、そんな目立つものでもないだろうとは思っていたので、すぐには見つからないだろうと思っていた。
ところが、俺達が今いる所から歩いて一分と経たない所に洞窟が見つかり、外観からして明らかに人の手で作られたものがあっさり見つかった。
「‥‥‥こんなにあっさりしてていいのか?」
「けど、見つかったのなら進むべきでござる」
「僭越ながら、わたしも先へ進んだ方がよりと思います」
「そうだな」
こうなったらもう、行くしかないな。俺の先導で、怪しい洞窟の前まで来ていた。外観だけでなく、内装までも明らかに人の手が加えられた痕跡があった。人一人入れる大きさなので、魔物やドラゴンたちはまず入れない。
「ショーマさん」
「あぁ。鬼が出るか蛇が出るか」
俺とフィアナとアリシアさんが先頭に立ち、ゆっくりと洞窟の中へと入っていった。洞窟内にはドラゴンはいないと言う事で、フィアナは怯える事無く進んで行った。
洞窟の中は所々に松明の明かりがあって非常に明るく、ライトの魔法が必要ないくらいであった。絶対に誰かが居るだろ、これ。
「今までよく見つからなかったな」
「そもそも巨竜島に足を運ぼうとする奴なんていないからな」
ユズルでさえこの山に近づく事が出来なかったのだから、一般の冒険者ではもっと無理だろう。俺だって、普通に進んでは絶対に到達できなかったぞ。火竜の剣で火魔法の威力を増幅させて、森ごと魔物達も焼き払うという反則技を使ってようやくである。そもそも、国王陛下の許可がないとこんな事は許されないのだけど。
「ここまで来ると、ご主人様の説が真実味を帯びてきました」
「ええ。私みたいな奴隷が、こんな大事件に首を突っ込んでよかったのでしょうか」
エリはうんうんと頷きながら、ヴィイチは戦々恐々としながら前に進んで行った。まぁ、無理もない。
「これ、ミスリルでしょうか?」
「こんな内装、見たことが無いでござる」
俺達の後ろを歩くメリーとキリカは、物珍しそうに洞窟の内装を観察していた。その訳は、奥へ進むごとにゴツゴツとした岩肌から、近未来的な鉄のプレートに覆われた内装へと変わっていったからである。
どう表現したらいいだろうか、宇宙を舞台としたSF映画などでもよく見る感じの壁と天井であった。
(デリウス。この世界にここまでの技術ってあったのか?)
《そんな訳がないでしょ。魔法が発達した世界では、科学の発達は他のどの世界よりも遅れてくるものなのよ。例えば、暗い洞窟などで明かりが必要になった時には、この世界の住民にはライトの魔法があるからそこまで不便を感じないのよ。地球のように電気がある訳でもないし》
確かに、屋敷やツリーハウスのシャンデリアは、光を調整する特殊な鉱石使っているらしいし、こう言っては失礼だが、この世界の機械技術の発達が地球ほど進んでいる様には感じられなかった。
羽賀高政がもたらした地球の技術も、この世界風にアレンジされたものばかりだ。
それなのに、この洞窟の内装は完全にこの世界とはミスマッチであった。
しばらく進むと広い空間に辿り着き、これまた地球の科学よりも何百年も進んだ機械が所狭しに置かれていた。
更に奥には、直径一メートル以上もある円柱状のガラス張りの筒が幾つも置かれていた。その中には緑色の液体が入っていて、筒の真ん中辺りに幾つもの管に繋がれた魔物やドラゴンの子供が漂っていた。
見てハッキリと分かるくらいに、この世界の技術ではない事は明白であった。だって、俺以外の全員が物珍しそうに周囲を見渡しているのだから。
「さて、どうしてこんな事が起こっているのか、何故こんな技術があるのかは、直接本人に聞いた方が早いよな」
そんな俺達を機械の陰からジッと眺める二つの気配に、俺は火竜の剣を向けて睨み付けた。皆もそれに続いて、俺の視線の先に目を向けた。
「はっはっはっ!流石は異世界の勇者、といったところかな」
「まったく、恐ろしい男よのぉ」
姿を現したのは、二人の男性であった。
一人は、七十代後半の痩せすぎのおっさんで、白衣姿がいかにも科学者といった感じの男であった。
もう一人は、二十代前半の青白い皮膚をした二枚目風の男性で、黒色の紳士服がとても似合っていた。
「先ずは私から、私の名前はヴェルボ。誇り高きヴァンパイア族の頂点、ヴァンパイアロードよの」
若い紳士風の男性、ヴェルボは恭しく俺達に挨拶をした。
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名前:ヴェルボ・サーチェス 年齢:九十八
種族:ヴァンパイアロード 性別:男
レベル:53
MP値:18000
スキル:呪魔法S 魔物改良S 吸血B 神速B
剣術B 土魔法B
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見た目は若いのに、年齢が九十八歳って‥‥‥。まぁ、コイツに限らず、エルフにも言える事なのだけど。
まぁ、それ置いておいて。
「お初にお目にかかり光栄ですぞ、地球出身の勇者様。わしの名前は、マクーレ・オレゴン。二千七百八十三年生まれ、職業科学者の地球人です」
「やっぱり、これはアンタの仕業か」
マクーレ・オレゴンと名乗る男は、片眼鏡をクイッと上げながら自慢げに自己紹介をしてきた。自ら地球人と言った事から、コイツも桐山裕也と同様に次元の歪みに呑まれて、地球からこの世界に飛ばされてきた転移者なんだな。しかも、俺が住んでいた時代から七百年先の未来から来た。
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名前:マクーレ・オレゴン 年齢:八十一
種族:人間 性別:男
レベル:15
MP値:2000
スキル:機械開発S バイオ技術S 遺伝子操作S
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持っているスキルからして、完全なマッドサイエンティストという感じがする。偏見かもしれないけど。
「出生年代を言うと言う事は、貴様も俺と同じ地球人か」
「いかにも。尤もわしは、お前さんみたいに原始時代から飛ばされたわけではないがな」
「原始時代だと!」
そりゃ確かに、未来人であるマクーレにとって21世紀は原始時代かもしれないが、面と向かって言われると腹が立つ。
「一つ聞くでござる。これは貴様の仕業でござるか」
キリカも刀を抜いて、マクーレを睨み付けた。
「ああ。この世界の科学水準は恐ろしく低いから、この世界にあるものでここまで作り上げるのは大変だったが、若くして天才と呼ばれたわしの頭脳をもってすれば難しくはない」
そういえば、この島がこんな状態になったのは五十年前だったから、それを考えるとマクーレがこの世界に飛ばされた当時は三十一歳だったのか?
「とは言え、魔法なんて非科学的産物が発達したこの世界では、わしの技術は当然の事ながら受け入れられなかった」
そんな事は無いだろ。同じ転移者の裕也は、地球の技術でウルヴァ族を豊かにしていったのだ。おそらくアンタの場合は、他者を見下すその態度と、自身の技術の素晴らしさを誇示するその態度のせいではないだろうか。
「このまま何もなしえないまま飢え死にすると思ったところを、ヴェルボに助けてもらい今ここに至る訳だ」
「私も家が没落していき、金銭的に困っていたからな。彼の技術は非常に目を見張るものがあった。だからこそ、私はマクーレと共にこの計画を実行したのさ」
「彼には、魔物を改良する能力があったからそれを利用させてもらったのさ。その実験に最適な場所も、わし自らが選んだのさ」
「それでこの島を選んだというのか!」
なるほど。お互いの利害が一致した事で、この島を巨竜だらけしたのか。この山は、ヴェルボが土魔法を使って作り出したのだそうだ。
「では、一体何の目的で魔物やドラゴンたちを巨大化したでござるか?」
最大の謎を、キリカは単刀直入に二人に問い詰めた。
それを聞いたマクーレとヴェルボは、口の端を上げながら答えた。
「「売るのさ」」
「「「「「「「「売る!?」」」」」」」」
俺は何となく予想はしていたが、まさか本当にそれが行われていたなんて思いたくも無かった。
「そう。私の伝手を使えば、裏世界の連中に高く売るのはそう難しい事ではない。巨大化した魔物やドラゴンは、兵器として莫大な富をもたらす」
「そこに、天才であるわしの技術も加われば、より強力な巨獣化魔物やドラゴンを造り出すのは簡単であった。それだけでなく、複数の魔物の要素を融合させたハイブリッドの誕生もな。それによって、わしの技術の正しさも伝わると思ってな」
何て自分勝手な理由なんだ!己の欲望を叶える為に、この島の住民を全て犠牲にしたというのか!
「こんな事をして許されると思っているのですか!魔物やドラゴンの売買は、重大な罪なのです!ましてや自身で改良を施した魔物の売買は、反逆罪に相当します!」
アリシアさんの言う通り。
改良を施されたハイブリッドの魔物は、国に更なる脅威と災いを招くとして反逆罪に相当するとされ、生み出した側はもちろん、それを購入した側も死刑に処される。こうなるともう、闇売買では済まされなくなってしまう。
だからこそ国王陛下も、俺のあの反則技の使用を認めたのだ。あわよくば、巨獣誕生に携わった連中を殺してもらう為に。
「だが、巨獣化といっても、大きさは通常の二倍だ。一年前に売りに出した、百二十メートル相当のオリハルコンゴーレムの様な失敗は二度と侵さないさ」
「オリハルコンゴーレムだと!」
それは、俺がこの世界に飛ばされて三日後の事であった。巨獣化したオリハルコンゴーレムが現れて、俺に討伐を依頼してきたのであった。あの時はデリウスの助けもあって、何とか倒す事が出来たが、あれがこいつ等のせいで誕生したのかと思うと頭の血管が切れる程の怒りが込み上がってきた。
「見覚えがあるみたいだな。そうさ。君が倒したあのオリハルコンゴーレムは、私達が作り出した最新作だと思ったのだが、主の言う事を聞かないというとんでもない欠陥があってな」
「やはり知能レベルが恐ろしく低いゴーレムは、兵器として利用価値はあっても、制御できなければ意味がないからな」
「ふざけるな!あれのせいで、一体どれだけの人が犠牲になったと思ってんだ!」
「「知らんな」」
全く悪ぶれる様子も無く、二人は淡々と話を続けた。
「私に言わせれば、あのオリハルコンゴーレムのお陰で金貨一万枚も荒稼ぎする事が出来たのだから。むしろ礼が言いたいくらいだよ」
「それに、まだそんなに強くなかったお前に倒されたのだから、あれも大したことが無かったと言う事だ」
「貴様!」
「っ!」
「アンタってやつは!」
そんな二人の態度に、フィアナとメリーとカナデは怒りを感じ、それぞれ黒珊瑚と炎切と豪炎魔銃を抜いて攻撃の態勢に入った。アリシアさんとヴィイチとエリも、怒りに満ちた眼差しで二人を睨み付けていた。
「ま、その反省を活かして、現在制作中のハイブリッドの更なる改良に一役買っているのだがな」
近くのディスクに置かれていたボタンをマクーレが押すと、二人の後ろの壁がゴゴゴゴと鈍い音を立てて開いた。
その先には、周りにある円柱の筒とは比べ物にならないくらい巨大な筒があり、中の液体の中には体長五十メートルを優に超えるティラノサウルの様なドラゴンが、赤ん坊のように身体を丸めて浮かんでいた。
「これは!?」
「そう。君達がティラードラゴンと呼んでいる、我々の最高傑作のハイブリッド種だ」
「これを生み出された時は、流石の私も驚いたがな」
やはりティラードラゴンは、こいつ等が改良を施して作り出したハイブリットだったのか!だから数が極端に少なかったのだな!まだ試作段階だったから!
「本当は三体いたのだが、最強の金ランク冒険者とエルダードラゴンが一体ずつ倒してしまったせいで、残るハイブリッドはコイツ一体になってしまったが、そのお陰でいろいろな魔物の遺伝子を組み込んでより強い個体にさせる事が出来たがね」
「ここまで強くなれば、もはや誰もこれを倒すことは出来ない。私とマクーレが作り出した、この最高傑作に」
ただでさえ手強いティラードラゴンを、更に改良を重ねてより巨大に、より強くさせて。そんな事をして、後々起こる可能性がある大惨事を予想できないのか。
いや、分かった上で作ったのだ。自分の欲望と自己顕示欲を満たす為に。
「アナタ達がやっているの、立派な国家反逆罪ですよ!こんな事をして許されるとでも思っているのですか!」
アリシアさんの訴えも虚しく、マクーレとヴェルボは全く悪ぶれる様子も見せずに淡々と答えた。
「これのお陰で私は、かつての富と名声を取り戻す事が出来たのだ、むしろ感謝したいくらいさね」
「それに、元をたどれば悪いのは貴様等の方なんだよ。わしの素晴らしい技術を受け入れようとせず、虐げたのが悪いのだ。わしの技術を受け入れさえいれば、魔法なんて廃れるべき非科学的なものはおとぎ話の世界へとなり、新たに科学の発達した素晴らしき世界へと生まれ変わっていたのに!」
もはや何を言っても通じない。
ヴェルボはかつての地位と財産が忘れられず、その全てをどんな手を使ってでも取り戻す事に固執してしまっている。
マクーレは完全に、科学こそが全てだという思考に支配されている。科学で解決できないものは存在せず、逆に科学で立証できないものの存在は一切受け入れない。それを受け入れられない奴は、人としてあるべき姿ではないと。
二人とも己の欲望と、自己顕示欲の塊のような存在であった。
「エリ」
「はっ」
俺はエリにある事を命じ、誰にも気付かれないように姿を眩ませた。あの二人をこのまま逃がす訳にはいかない。
「折角だし、わし達の最高傑作の相手をしてもらおう」
「金ランク冒険者三人を倒したとなれば、かなりの高値が付く」
そう言うとマクーレは、白衣の胸ポケットから王道のスイッチを取り出して、ポチッと押した瞬間ティラードラゴンを浮かせていた液体が抜けていき、更に強化されたティラードラゴンが目を覚まして、ガラス張りの筒を壊して出てきた。
グガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
耳がキィーンとくる雄叫びを上げながら、体長五十メートルを超えるティラードラゴンが俺達を睨み付けていた。
「やれ!ティラードラゴン!」
「私達の邪魔をする有象無象を食い殺せ!」
マクーレとヴェルボの命令に従い、ティラードラゴンが俺達に襲い掛かってきた。