102 巨竜島上陸
「はぁ‥‥‥何か全然休めていない‥‥‥」
昨日の温水プールの後、なかなか手を出してくれなかった俺に不満を感じた四人が、夜寝る時に俺のベッドの中に潜りこんできて本当に大変だった。
それでも、何とか手を出さずに済んだ。だって今日、絶対不可侵領域に指定されている島に上陸するのだから、自重しないといけない。いやぁ、心臓に悪い夜だった。
さて、話を戻そう。朝食を食べてしばらく食休みをした後、黒虎を下りて手漕ぎボートに乗り換えてから巨竜島に上陸した。
「デカイなあ」
島の中心にある山は、浜辺から見上げるとかなり圧巻であった。島もかなり大きく、大きな魔物がたくさん生息しているのも頷ける。
「こ、ここにたくさんのドラゴンが‥‥‥」
膝がガクガクと震えさせ、俺の右腕にしがみ付くフィアナ。こうなると、八人目の金ランク冒険者も形無しだな。
そんな状態のまま、俺達は森の中へと入っていった。
「フィアナ。すまんが少し離れてくれんか?お前にしがみ付かれると、戦いにくて仕方ないんだが」
「無理」
即答であった。もうこうなると、俺も何も出来なくなってしまう。
一応メリーとキリカもいるし、アリシアさんとカナデもティラードラゴン相手でも後れを取らないだろう。
「ヴィイチ、エリ、すまんが護衛を頼む」
「「はい」」
ヴィイチは戦斧を、エリはダガーをもって周囲を警戒していた。
まぁ、気配を探らなくても周囲には通常より巨大なスネークドラゴンとブラックトードが、さっきからこちらの様子を窺っているのがまる分かりなのだけど。
どっちも凶暴で危険な魔物なのだけど、襲い掛かって来ないのはおそらくあいつのせいだろう。
「諸君。頭上に注意した方が良いぞ」
「承知」
「フィアナにしがみ付かれても、危機察知は健在でござるか」
俺に指摘される前に、メリーとキリカは既に腰に差してある刀に手を添えて上を見ていた。遅れてアリシアさんとエリも、上にいる危険な魔物の存在に気付いてそれぞれ武器を構えた。
カナデとヴィイチは、何となく上を見てその存在に気付いた。フィアナに至っては、見ようともしていない。
上にいるというよりは、俺達がその魔物の下にいるといった方が正しい。こちらを見下ろしているのは、枯れ木に似た手足と、枯れ木のように細い長い体と顔をしたウッドドラゴンというドラゴンであった。
このウッドドラゴンは、全身を木に似せて獲物が下を通ってくるのをジッと待つ地竜の一種。手足は二本ずつあるが、指は存在せず蜘蛛の脚の様な形をしていて、傍から見ると周囲に生えている樹木と間違えてしまう程であった。しかも、こちらも通常の個体よりも巨大であった。
「こんな姿でも、れっきとしたドラゴンなんだよな」
「はい。枯れ木の様な身体をしていますが、表皮は非常に硬く、普通の鉄の剣では傷付けることが出来ません」
解説どうも、エリ。
あぁあぁ。早速ドラゴンと遭遇しちゃったものだから、フィアナが更に俺の腕に密着してきたぞ。大きくて柔らかい胸が押し付けられてラッキー、なんて思うよりも先に腕がちぎれる様な激痛と圧迫感に襲われた。
「翔馬!私から離れんでくれ!」
「すまん!俺は今すぐお前には離れて欲しいのだけど!これじゃ戦えない!」
フィアナの馬鹿力によって、俺の右腕は今現在地獄の苦痛を味わっているのだ!戦えないという以前に、このままではマジで腕がちぎれる!
そんな俺の危機的状況を察したアリシアさんとメリーは、すぐにウッドドラゴンを倒そうとそれぞれミスリルの杖と赤椿を構えた。
が、それよりも先に二人の横を物凄い勢いで炎が噴射され、あっという間にウッドドラゴンの全身を包み込んだ。
があぁぁぁぁぁぁ!と大きな声を上げながら、炎に包まれたウッドドラゴンは横に倒れ、そこに居たスネークドラゴンも巻き込んで絶命した。巻き込まれたスネークドラゴンは、ウッドドラゴンの下敷きにされた事で首の骨が折れて絶命した。その瞬間、カナデにも「ドラゴンスレイヤー」の称号が加わった。
反対側にいたブラックトードは、エリによって討伐された。
「何か、あっさりしてたな」
ウッドドラゴンなんて名前ではあるが、だからと言って火に弱いという訳ではないのだけど。カナデが豪炎魔銃に込めた魔力がかなりの量で、尚且つかなり純度が良く澄んだ魔力をしていると言う事になるな。
「ちょっとショーマ。ボォッとしている場合じゃないわ。さっさとティラードラゴンを倒して、あんたにはその骨で新しい魔法銃を作ってもらうのだから」
こんなにも己の欲望が全開に出ているのに、何故そんなに澄んだ魔力を持っているのだ。というか、そんな倒し方をしては折角の素材が台無しじゃないか!
ドラゴンというは、どんな種類であっても内蔵以外は全て高値で取引されるのだ!あんな風に消し炭状態にさせては、全てがパァ―になってしまう!しかも、巻き添えを食らったスネークドラゴンまでも燃えちゃったし!
でも、今のカナデにとってはそんなことはどうでもいい。カナデの目的はあくまでティラードラゴンの骨だけ。他のドラゴンの素材なんて眼中に入っていない。
「メリー、アリシアさん、すまんがちょっとの間前に出てくれないか。あのままカナデを前に進ませては、折角の素材が台無しになってしまう。キリカだってそれは困るだろ」
「困るでござる」
即答でござった。
そんな訳で、一時間ほどアリシアさんとメリーに前衛を任せてもらった。
フィアナから解放された所で、俺はメリーとキリカと一緒に前に出て、真ん中にはフィアナとアリシアさんとヴィイチがついて、後方にはカナデとエリについてもらった。尤も、今回のフィアナは役立たずだから真ん中は実質二人なのだけど。
周りにドラゴンがいない事を言った後、フィアナには何とか俺の右腕から離れてもらった。その説得に、一時間も要した。解放された右腕は、まるで長時間正座をさせられたみたいに三十分以上腕が痺れた。この程度で済んで本当に良かった。
その後も出るわ出るわ、トリケラトプスみたいな姿をしたアーマードラゴンに、首が3つあるアバルドラゴンに、全身に鋭い棘を生やしたニードルドラゴン等々。とにかくドラゴンがたくさん出てきた。しかもやたらデカイ。
遭遇したドラゴンは、俺とメリーとキリカで何とかした。それ以外の魔物には、アリシアさんとエリとヴィイチに任せた。カナデにはそのまま待機してもらった。今のカナデに攻撃を任せては、素材が消し炭される可能性が高いから。
「それにしても、目的のティラードラゴンが見つからないな」
「いかに凶暴な肉食のドラゴンといっても、上陸してすぐに襲いに来るという訳ではありません」
「ましてや、ティラードラゴンは今一体しかいないでござる。その分遭遇率が低くなるのは当然でござる」
「それもそうか」
その代り、通常よりも大きな魔物や他のドラゴンと遭遇する事にはなったが。しかも遭遇率もティラードラゴンとは雲泥の差で、休んでいる暇なんて全くなかった。
そうして話している間にも、今度はステゴサウルスに似たソードドラゴンや、獣とドラゴンがミックスした姿をしたビーストドラゴンが出てきた。
そのせいで俺達は、殆ど前に進めていなかった。本当にこんな生態系で、よくこの島はやっていけたな。
結局俺達は島の真ん中に進む事が出来ず、日が暮れる頃に海岸付近まで引き返してこの日はそこで野宿する事になった。理由は定かではないが、この島の魔物やドラゴンは海岸に寄って来ないらしいので、野宿するには最適な場所といえる。砂浜だと、上陸してくる冒険者を狙ってスネークドラゴンが近寄ってくる事があるらしい。
「はぁ‥‥‥まさかここまでとは‥‥‥」
「拙者もこれは予想外でござる」
俺とキリカは、設置したテントの中で仰向けになってぐったりしていた。テントの中には、俺とキリカの他にフィアナとヴィイチもいた。アリシアさんとメリーは夕食の準備を、カナデとエリは周囲の警戒をしていた。
あとでカナデから聞いたが、ユズルもこの島の異常な生態系の前に前に進む事が出来ず、俺達と同じ距離を進んで引き返したのだそうだ。それでいて、この島の王者であるティラードラゴンと遭遇するなんて、実はかなり不運だったのだな。
「何なんだこの島は!ドラゴンばかりじゃないか!」
一日を通してフィアナは、腰に提げてある黒珊瑚を抜くことなくただただ怯えていただけであった。こんな事なら留守番させるべきだったかな。
「そもそも何で、こんな島があるんだ!」
そんな根本的且つ、自然にケチつけても仕方がない事をフィアナが愚痴った。
「それが分からないのです」
そんなフィアナの愚痴に、ヴィイチが難しい表情で答えてくれた。予想外の回答に、俺とキリカも起き上がって耳を傾けた。ヴィイチって、何気にアリシアさんの次に博学だったりするのだよな。
「殆ど知られていませんが、実はこの巨竜島は元々魔物なんて全く存在していない、それはそれは豊かで平和な島だったのです」
「この島が?」
「はい。ですが五十年前、突如として巨大な地竜と魔物達が現れ、島に住む人たちを全て食らっていったそうなのです。それによってこの島は巨竜島と呼ばれるようになり、国王陛下によって絶対不可侵領域に指定されたのです」
五十年前に突然って、そんな事ってありえるのだろうか。しかも、何の前触れもなく突然って。
「そんな事ってありえるでござるか!?」
「私も噂で聞いただけなのでよく分かりませんし、当時島に住んでいた人達は皆魔物やドラゴンの犠牲になりました」
詳しくはヴィイチも知らないか。突然現れたとなると、アリシアさんでも原因は分からないだろうな。
「ただ、当時あの島に訪れた事がある漁師の方の話によると、五十年前までは真ん中にあるあの大きな山は存在しなかったのだと言っていました」
「あの異様な存在感を放つあの山が?」
島の象徴とも言うべき山が、実は出来て五十年しかたっていなかったというのか。
更に話を聞くと、五十年前に突如としてあの大きな山が盛り上がり、その直後に巨大な魔物と地竜たちが一斉に押し寄せてきたのだというのだ。
「無関係、という訳でもなさそうだな」
「ああ。むしろ怪しさ満載だな」
「天変地異にしては不自然過ぎるでござる」
フィアナとキリカも、俺と同じ結論に至った様だ。
「と言うかそれしか考えられねぇよな」
「ああ」
「この島は、誰かが意図的に危険な魔物だらけのしたでござるな」
そう。巨大で危険な魔物は、誰かが改良を加えて巨大にさせている可能性が浮上したのだ。
(デリウス。人が意図的に魔物やドラゴンを巨大化させるなんて可能なのか?)
《可能だよ》
即答であった。というか、そんな事が出来るのかよ。
《でも、あれは魔物改良という特殊なスキルがないと出来ないし、それ専用の呪魔法も習得しないといけない。けどそれは、かなりのリスクを伴っていて、魔物一体を巨大化させるには人一人の寿命を全て使わないといけないから、一体改良したその瞬間にその術者は命を落とすわ》
呪魔法というのは、相手に呪いを掛けたり、対象の人生を悪い方向へと捻じ曲げたり、対象の精神に干渉したりする等、八つある属性魔法の中でも最も危険度の高い魔法とされている。
同時にリスクも大きく、相手の精神を軽く干渉する、例えば相手を眠らせるといった魔法なら魔力を消費するくらいで済む。だが相手の命を奪ったり、相手の身体を改良したりするといった魔法だと、術者の命を代償に発動するのだ。最悪の場合、使った瞬間に命を落とすとなんて事もある。
《でも、抜け道が無い訳でもない》
おいおい。デリウスがなんか恐ろしい事を言ってきたぞ。
《例えば、寿命という概念が無い種族ならいくら行使しても死ぬ事は無いわ》
(寿命という概念が無い種族となると、かなり限定的な種族になるな)
その代表格とも言える種族が、エルフである。妖精族のエルフには寿命が無く、中には一万年も生きてきたものもいるくらいだ。会った事は無いが、エルフの上位種であるハイエルフとなると、それが更に顕著に出る。
だが、それはあり得ない事である。
エルフは種族の特性として、呪魔法を習得する事が出来ないのである。ユズルの魔法の師匠であるアメリアも、うちのミリエラだってそうだし、ハーフエルフのアリシアさんもそうだ。
亜種であるダークエルフも居るのだけど、彼等は魔法そのものを習得する事が出来ないため論外。
まぁそれ以前に、呪魔法は聖魔法と同様に生まれた時に宿るものであって、習得しようと思って習得できるものでもない。
となると、可能性があるのは‥‥‥
《気付いたみたいだね。おそらくこの一件には、魔族、もしくは魔人族が関わっている可能性が高いわ。でも魔族が出没するようになったのは十年前だから、魔人族の可能性が高いわ》
やはりそうか。魔族は言うまでもないが、魔人族は初めて聞く種族だな。
(魔人族というのは、人と魔物が一つになったような姿をした種族だ。ヴァンパイアがその代表だな)
(へぇ。ヴァンパイアって、魔人族だったんだ。知らなかった)
(いや、普通に街中でも見かけるだろ。何故そこに疑問を持たなかったんだ?)
(いや、その‥‥‥)
ヴァンパイ族って、魔人族に属しているのだな。他にも、上半身が人間の女性で下半身が蛇のラミア族や、狼が二足歩行で歩くワーウルフも魔人族に分類されているそうだ。
魔人族なんて言われているが、決して人間に危害を加える訳でも何でもなく、むしろ人間とうまく共存できている種族である。ランテイにも何人かいるし、騎士団の中にもいた。
先程フィアナが上げたヴァンパイアも、人間の血を吸うイメージを持っていたが実際には魔力補給でちょっと吸う事があって、この世界では俺達が普段食べている食物も普通に食している。
だが、俺達と同じ意思や感情を持っているからこそ、中には悪い事に手を染めようとする奴だっている。人間と同じである。
「あの、ご主人様とフィアナ様。さっきから黙っていますけど」
「二人だけで納得されては困るでござる」
「おっと。すまん」
俺とパートナーの誓いを結んでいないヴィイチとキリカは、俺とフィアナとデリウスとの念波でのやり取りが出来ないのであった。そのせいか、急に黙って頷いたりしている俺とフィアナを訝しげに見てしまっていた。
なので俺は、先程の念波の内容を二人にも伝えた。
「確かに、魔人族でしたらそれが可能かもしれませんが‥‥‥」
「だからと言って、魔物を巨大化させる理由が分からないでござる。そんな事をしても、自分が危険な目に遭うだけでござる」
ヴィイチとキリカはそう言っているが、俺はそんな事をする目的が何となく分かってしまった。というか、魔物改良のスキルと専用の呪魔法を習得している時点で、その方向に走るに決まっている。
となると、明日は本腰を入れてあの山に行かなといけないな。
「皆さん、夕食の準備が出来ました」
「あぁ。今行く」
夕食を作っていたアリシアさんが俺達を呼びに来たので、俺達は一旦テントを後にして席に着いた。その席で俺は、この島について分かった事をアリシアさん達にも話した。
「もしショーマさんの憶測通りだとしたら、とても大変な事になるます」
「確かに、突如として巨大な魔物が現れた事に説明がつきます」
アリシアさんとメリーは、食事を取りながら俺の仮説に納得してうんうんと頷いてくれた。
「だけど、その特別なスキルを持っていて、専用の呪魔法が使えたとしても、魔物そのものを集めるのが大変じゃない。特に、ドラゴン」
カナデの言う事も尤もである。魔人族といっても、特別何かに優れているという訳ではない。人間よりは魔法に長けているが、それでも一度に複数の魔物を集めるなんて不可能だ。ましてや、ドラゴンを捕獲するなんて絶対に不可能。
「そう言いますけど、方法ならいくらでもあります。例えば、卵を盗んで孵化させるといった方法もあります。違法ではありますが、闇市場に行けばドラゴンの卵を入手する事が出来ます」
「マジかよ」
アリシアさんも、よくそんな裏情報も知っているね。
何処の世界に、法の目を掻い潜って絶滅が危惧されている動物や、販売を禁止されている武器などを売っている所があるのだな。
聞けば、魔物の子供やドラゴンの卵も本来は売買が禁止されていて、摘発すると最大で五十年も投獄される程罪が重いのだそうだ。
それでも、魔物の子供もドラゴンの卵も裏世界では高値で取引がなされ、現在でも魔物の子供の乱獲や、ドラゴンの卵の盗難が後を絶たないのだそうだ。特に、ドラゴンの卵は食材としても大変希少価値が高く、一個で豪邸一件が建てられるほどの高値で売られているのだそうだ。
「つまり、この島をドラゴンだらけにした奴も、その闇市から大量のドラゴンの卵と魔物の子供を買ったのか?」
「‥‥‥いいえ」
数秒間沈黙した後、アリシアさんが何かを思い出したようで、闇市で大量買いをしたという説を否定した。
「実は五十年ほど前に、幾つもの闇市が誰かの襲撃に遭って、そこで売られていたドラゴンの卵と魔物の子供を全て奪われるという事件が起こったのです。もしかしたら、それと関係があるのではないのでしょうか」
「襲撃されたって!?」
詳しく聞くと、五十年以上前にトウランとホクゴとクフォトの三国のとある闇市が、何者かによって襲撃されるという事件が起こったのだという。目撃者は一人も残らず殺され、事件の真相は闇に包まれる事となったそうだ。しかも、その襲撃者は金目の物には手を付けず、魔物の子供とドラゴンの卵だけを強奪して現在も逃走中だそうだ。
五十年前といったら、巨竜島に巨大な魔物とドラゴンが出没した年とも重なる。単なる偶然と言ってしまえばそれまでだが、俺は同一犯の犯行ではないかと思っている。
更にアリシアさんの話を聞くと、俺が夕食前に抱いていた仮説と一致する出来事が起こっていた事が分かった。これにより、俺の仮説は確信へと変わりつつあった。
となると、明日は何としてもあの大きな山に辿り着かないといけない。