10 早くも災難到来
「すごいです。午前中に討伐依頼を三件もこなすなんて。それもこんなにたくさん」
感心するアイリスの目の前には、討伐してきたスライム二十五匹の核の破片とトレント二十匹の魔石、そしてアイアンロブスター十八匹の魔石と鋏と、指定された数よりもかなり多くの魔石と素材が置かれていた。
あの後、ギルドから依頼された三件の討伐依頼を全く苦労する事なくこなし、お昼時には全ての依頼を終えて戻って来たところであった。あまりにも一瞬の決着だった為、戦闘の内容については省略させてもらいます。
「では、こちらが報酬の銀貨五枚と銅貨八十枚です。それに更に、銀貨五十枚も追加いたします」
「ありがとうございます」
トレイに乗せられた、提示された枚数よりも多い銀貨と銅貨を受け取り、この日の依頼をここまでにして俺はギルドを後にし、古代樹の森を目指してのんびり歩いていた。
「すごい・・・・・・彼ならば、きっと・・・・・・」
去り際にアリシアさんのそんな呟きが聞こえた様な気がしたが、まぁ俺が気にする事でもないだろう。
《全く。心配していたこっちが馬鹿みたいだわ。まさか、いずれの魔物も一分と経たずに倒してしまうなんて。しかも、指定された数よりも多く》
「仕方ねぇだろ。向こうからゾロゾロ湧いて出てきたんだから」
スライムとトレントは、ここに来る前に戦闘経験を積んであったからそこまで苦戦しなかった。
アイアンロブスターにしても、アイアンと名前が付くくらいだから物凄くかたいと思っていたけど、ハバキリによって紙の様にあっさり斬れたな。想像以上に物凄く切れるため、使っている俺自身もビックリしてしまった。
ちなみにアイアンロブスターとは、全身を鋼鉄で出来た甲羅で覆われたとても大きな陸生のザリガニであった。本来の倒し方は、唯一の弱点である腹を攻撃する事なのだ。
補足情報だが、アイアンロブスターの身はプリプリしていて、しかもかなり肉厚らしい。元の世界で例えるのなら、伊勢海老やロブスターにも劣らない味がするのだとか。どっちも食べた事は無いけど。
他にも、甲羅はそこらの鉄よりも固く、剣にすると一本銀貨三十枚で売れる程だ。
そんな訳だから、こっそり余った甲羅と身をちゃくふ・・・・・・もとい、アイテムボックスに入れておいた。必要な素材は魔石と鋏であって、身と甲羅は俺が貰っても何の問題もない。そう、何の問題もない。
《アイアンロブスターの甲羅は、下の小屋に置いておいて。後日、君に刀の鍛え方を教えてあげるわ》
そういえば、デリウスは刀を自分で作ってるけど、鍛冶の女神、若しくは神様にお願いする事はないのか?
《そんな神も女神も居ないわよ。そもそも居たら、自分で刀を鍛えようだなんて思わないでしょ》
それもそうか。いないから、自分で作るしかなかったのだな。
そんな話をしている間に古代樹の森に着き、下の石小屋の中へと入った。
「これは何というか・・・・・」
枝の上の小屋と同様、簡素な見た目とは裏腹に中は広々としていた。だが、左側の壁を覆う程の鉄塊の山が、右側には、窯があり火を起こす場所だと言うのが想像付く。更に部屋の中央には、大きめの槌と鉄製の桶が無造作に置かれていた。
パッと見て分かるくらい、刀鍛冶の為の工房と言う感じであった。
「それで、甲羅はどの辺に置けばいいんだ?
《鉄塊の山の前にでも置いておいて》
「OK」
言われた通り、アイアンロブスターの甲羅を鉄塊の山の前にポンと置いた。
「この鉄塊って、デリウスがこの世界に降りた時に入手したものなのか?」
《いいえ。神界から持って来た物よ。色は黒いけど、刀等の武器に仕上げると黄金色に輝くのよ》
「なるほど」
おそらくハバキリも、この鉄塊から作られたのだろう。
《でも、君のハバキリの刃の部分だけは、この世界で最も固いと評判の色付きアイアンの一つで、切れ味に優れたブルーアイアンと言う鋼材で鍛えたわ。評判以上の切れ味で、神力を注いだとは言え作った私自身も驚いたくらいだよ》
「へぇ」
さすが、渾身の出来と評するだけの事はあるな。
と言う事は、俺もアイアンロブスターの甲羅以外にいろんな鋼材を入手した方が良いかもしれない。武器の種類は、多いに越した事は無い。
《私も、君がどんな刀を鍛え上げるのか楽しみでならないわ。刀に限らず、片手剣や槍や薙刀も作り方を教えてあげるわ》
「あぁ、頼む」
デリウスに刀の鍛え方を教えてもらう約束をした後、俺は石小屋を後にしてツリーハウスの方へと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日、朝早く俺はギルドの掲示板の前にったって、次はどんな依頼を受けようかと考えていた。
「今回は討伐依頼無しか」
白色の依頼書に目をやったが、今回は討伐依頼が張り出されていなかった。俺が来る前に他の冒険者が持って行ったのか、あるいは、今回は本当に討伐依頼が無かっただけなのか定かではない。
「まぁいいか。今回は、採取系の依頼でも受けるか」
そう思い、依頼書を剥がそうと掲示板に手を伸ばしたその時。
「あの、ショーマさんはいらっしゃいますか?」
自分の名前を呼ぶ声に反応して振り返ると、アリシアさんの姿があった。
「あの、ギルド長があなたをお呼びです」
「へ?」
うわぁ、早速嫌な予感しかしないぞ。
アリシアさんの案内で、俺は二階のギルド長の部屋まで案内された。
俺、何かヤバイ事したっけ?
《いいえ。ただ、勇者と言うのはお約束やイベントを引き寄せやすい体質にあるから、何かトラブルがあるのは確かね》
なんて迷惑な。
「こちらです」
アリシアさんに促されるがまま、俺は物々しい雰囲気(俺的に)が漂う部屋へと通された。
部屋の中には、分厚い本がギッシリ納められた本棚が壁一面を覆いつくし、真中には長机と大きめのソファーが机の奥と手前に置かれていた。その奥側のソファーに、厳つい顔付きをした四十後半の男性が腰かけていた。
「君が、ショーマ君か。初めまして、私はオリエの町のギルド長を務めている、ヤンシェだ」
どうやらこの人が、オリエの冒険者ギルドのギルド長のヤンシェさんか。
『ステータス』
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名前:ヤンシェ 年齢:四十八
種族:人間 性別:男
レベル:43
MP値:4700
スキル:格闘術A 土魔法B 危険察知B 剣術C 風魔法C
盾術C
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ステータスを見る限り、この人も元は冒険者なのだろう。
「初めまして、ショーマと言います」
アリシアさんの先導で、長机の前に立った俺はヤンシェさんに頭を下げた。
「まぁ座りたまえ」
ヤンシェさんに促されるまま、俺はソファーの上に腰を下ろした。その際、ハバキリを帯から抜いてすぐ横に置いた。
「随分立派で目立つ剣だね」
ヤンシェさんがハバキリを興味深そうに見ていた。
「私の愛刀で、ハバキリといいます」
「そうか。だが、それだけの武器を扱うにはそれ相応に実力が無ければ不可能だな」
「申し訳ありませんが、私の大切な方から譲られた大切な刀。いくら出そうとも、お譲りするつもりはありませんし、もし奪おうとするのでしたら全力で排除いたします」
脅しではない。デリウスが俺の為に渡してくれた、この世界で二つとない刀。盗難防止と、持ち主固定のスキルが付与されていても。
「あぁ、すまない。譲って欲しいとかそういう話ではない。ただ、白ランクの冒険者が所持する武器にしては強力過ぎる力を宿しているのを感じただけだったから」
それに関しては否定しない。でも、せっかくの刀も実践で使う機会が無ければ宝の持ち腐れ。周りがどう思おうとも、俺はこの刀で冒険者をやっていこうと決めている。
「実は、君に折り入って頼みがあるのだ。言うなれば、直接依頼と言う奴だ」
「直接依頼?」
召喚されて三日目、早くも面倒事に巻き込まれてしまった。