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銀映 第3話 黒衣の薔薇があざ笑うかのように

 

 側にいるのが私の役目

 

 側にいてあの方をお守り、支えるのが私の役目

 

 なのに、何故、あの人がいるの?

 

 分からない

 

 理解不能

 

 でも、側にいたい

 

 これは……何?

 

 理解不能

 

 理解不能

 

 

 たぷんと、洗面器に満たされた水が音を立てた。馬川・M・藤丸はその洗面器を運んでいる。ここはエ・ディットの部屋。運ばれた後、エムと和田政彦、ティンヴァとでエ・ディットの着替えを済ませ、医師である神崎・航一郎に来て貰っていた。

「エ・ディットさんの容体は、どうなんですか?」

 エムは、エ・ディットの隣にある棚に洗面器を置いて、診断している航一郎に尋ねる。

「心配ない。ただの風邪だ」

 汗をかいて、眉を潜めるエ・ディットの腕の裾を捲った。

「これを打てば、すぐ直る」

「薬は……嫌いだっ」

 航一郎が注射を用意するのを見て、エディットが言う。

「俺は、もう……平気だ。だから、帰ってくれ……」

 と、立ち上がろうとする。

「無理をするな。まだ熱は取れていない」

「そうですよ、ちゃんと先生の言葉を……」

 エムも航一郎の言葉に同意したが、聞いちゃいない。

「あいつらに……貸しが……」

「こいつを押さえてくれ」

 急に航一郎はエムに頼んだ。

「あ。はい!」

「こら、離せ……」

 病人のくせに力はそれほど劣ってない。が、エムも航一郎も負けてはいない。

「お手伝いいたしますわ」

 オートマータのティンヴァも加わって、航一郎はエ・ディットに注射を打つのを成功させた。

「ふう、こんな年にもなって薬が嫌いだとはな」

 航一郎は額の汗を拭った。

 それにエムは苦笑する。

「そうですね。意外です」

 エムの苦笑に釣られて、航一郎の目が和らいだような気がした。

「起きたら着替えさせて、栄養のあるものを食べさせて置いてくれ。これはまだ、熱が下がらなかった時の解熱剤だ。他に何かあったら、第五セクションの516号室に来てくれ」

「分かりました」

 エムの頷きを確認してから、航一郎はその部屋を去った。

「良かった、たいしたことなくて」

「そう、ですね」

 ティンヴァとエムは小言で話を交わした。

 

 

 彼、錬李飛は珍しく、悩んでいた。きっと、こんなに悩んでいる彼を見るのは、調査団のメンバーでも初めてではないだろうか?

 食堂で、昼食を取っているときも、彼の眉は寄せられたままだった。

 と、レンの前を一人の女性が歩いていく。それを見て、レンはぽんと手を打った。

「ああ、丁度いいところに。ビアトリス」

「!!」

 ビアトリスが何か言ったようだが、聞こえなかったことにして、レンは話し始めた。

「ビアトリス、学園祭に行ってみないか? 重要な情報が得られるそうだ」

 そういって、ビアトリスの肩にぽんと手をおいた。

「ちょっと付き合ってくれないかな?」

 そのレンの言葉に、ビアトリスの顔が引きつる。

「今日はこれから、用事が……」

「君の担当の報告書がまだのようだが?」

 その台詞にビアトリスの顔が青くなる。そう、彼女の報告書はまだ提出されてはいない。

「分かりました。お供させていただきます」

 ビアトリスの言葉に、レンは微笑んだ。そして、一歩離れて彼女を眺める。

「では、……まずその服を何とかしないとな」

「はあ?」

「やはり、ここはスーツか……それとも……。いや、スーツで……」

 困惑するビアトリスに、レンはやっと気が付いたようだ。

「ああ、これは私のポケットマネーで払うから。心配しなくても構わないよ」

「はい?」

「そうと決まれば、今すぐ用意しないと、遙との約束に間に合わなくなる」

「え?」

 レンになかば、引っ張られるようにビアトリスは食堂を後にした。

 

 

 エムは前回受け取ったネームプレートを胸に、キャンプの食堂を目指していた。

「もう、ビールとウォッカしか冷蔵庫にないなんて」

 彼らしいと心の中で微笑むが、顔ではその細い眉が寄っている。エムは起きてきたエ・ディットの為に、冷たい飲み物を渡そうと考えた。が、冷蔵庫の中は、エムの台詞通り、酒ばかり。さすがに病人に飲ませるわけにはいかないとこうして、食堂のそばにある自動販売機に向かっていた。

「あ、あの人は……」

 ノートタイプのコンピュータを片手に、歩いてくる政彦の姿が。

「あの!」

 とっさにエムは呼び止めた。

「君は、確かエ・ディットの部屋にいた……?」

「はい……エム、です」

 急にエムの緊張が高まる。そういえば、政彦は男性だ。

「どうかしたのかい? おれに何か用?」

 優しく微笑んで見せた、政彦。

 ごくりと息を飲み込んで、

「先日は、ありがとうございました!」

 思ったよりも大声で、自分でも驚く。とたんに赤くなるエム。

「何だ、そんなこと。お礼なんていいのに。あ、エ・ディット、風邪だってね。たいしたことなくてよかったよ」

「あ、はい」

 俯きながら、答えるエム。

「そう言えば、あの時、ダイブする前から調子悪かったってティンヴァが言ってたけど、君、知ってる? まさか、前日の大雨の中走り回った訳じゃあるまいしね」

「……前日?」

 その政彦の言葉にエムは前日の事を思い出していた。彼は確か、こう言っていた。

『ちょっと頭を冷やしてくる』

 そう、それは外へ出て行ったと言う証拠ではないのか?

 そしてその原因を作ったのは、自分。

 彼を、体が拒んでしまった。心は、彼のものだったのに、体を、自分の全てを知られるのが怖かった。

 そう、それは自分が引き起こしたこと。

「……私は、知らなかったです」

 胸が、軋んだ。

 と、政彦がそんなエムをお構いなしに、声を出した。

「あ、そのう、ちょっといいかな?」

「え?」

 にっこりと爽やかに。でも、僅かに緊張して。

「占い、したくない?」

 しまった。これは話の本題ではない。心の中で政彦は涙した。

「お願いしても、いいですか?」

 が、結果は上々? エムの答えは政彦の予想を裏手に取ったようだ。

「じゃ、コンピュータ室に行こう。あそこはあまり人がいないから」

 政彦の言葉に頷くと、エムは彼の後に付いていった。もう、エムの頭はエ・ディットとの相性の占いのことで頭がいっぱいで、本来の目的は頭の隅に追いやっていた。

 

 

 賑やかな歓声が学園内に響き渡る。今日は創設祭である。そのなかでも忙しそうに駆け回っているのは、ジュラ・ハリティ、その人だ。

「嬢ちゃん、ぼっちゃん。寄ってらっしゃい、見てらっしゃい! 世にも珍しい翼竜のアクロバット飛行よ!」

 その声に応えるかのように、ジュラの翼竜、ゴールディはくるくると広い空を優雅に舞ってみせる。

「すごーい!」

「どうやって教えたんだろうね?」

 小さい子供からは驚きと喜びの言葉で一杯だ。大人達も、その翼竜の動きに感心しているようだ。

「なかなか良いみたいね」

 見物料金を入れたポーチは、ジュラを満足させる重さに近づいてきていた。と、観客の一人がジュラの側に来る。

「ジュラ、用事とはこのことか?」

 調査員で医師の航一郎だ。どうやら、仕事を抜けてきたらしく、相変わらずの白衣を着ている。

「やっと来たのね。待ちくたびれちゃったわよ」

 そのジュラの台詞に航一郎は、ふう、とため息が漏れた。

「で、用事はなんだ?」

 待ってましたと言わんばかりに、

「ゴールディ、来なさい!」

 と、翼竜を呼ぶ。

「?」

 困惑する航一郎を腕に掴んで、ジュラは、

「さあ、翼竜で空谷村の大遊覧飛行を始めましょうか!」

 無理矢理、翼竜に乗せてしまった。

「おわあああああ!」

 航一郎の叫びは空しく、空に吸い込まれた。

 

 

「ねえねえ、メイ・カイ湖があんなに綺麗よ! て、全然風景見てないわね? 駄目よお、ちゃんと楽しまなきゃ!」

 ジュラのはしゃぐ台詞に半ばウンザリとしながら、航一郎は言われたとおりに風景に目をやった。

 地上よりも自然が残っている空谷村。その森や草原、湖からは生き生きとした精気を感じる。そしてその自然の中で、雄々しい恐竜たちが生活している様子は、とても素晴らしい光景だった。それにもうすぐ日が傾くらしく、青から朱へ変わる空も、美しい。

「綺麗だ……」

 呟くように感想を述べる、航一郎。その言葉にジュラは満足そうに微笑んだ。

「あら? あそこにいるのって、レンじゃない?」

 と、突然、ジュラが声を出した。

「何処だ?」

「ほら、あそこよ!」

 そう言って指し示すのは、学園内のお祭り場所。昆虫のアリのように小さい人だかり。

「良くわからんな」

「本当よ! あの顔、あの服、間違いないわ。何でここに来ているのかしら?」

「さあな。聞いてみないと分からない」

「もう、全然興味ないんだから」

 むっつりと膨れるジュラ。

「じゃ、そろそろ帰りましょう。千円でいいわよ」

「ああ、分かっ……何? 千円だと?」

「そうよ。誰がタダで乗せるって言いました?」

 きりきりと痛むような胃を押さえながら、航一郎は渋々、夏目漱石の印刷してある紙幣を取り出した。

「まいどありー♪」

 どうやら、ジュラの目的の一つが成功したようだ。

 

 

 ぱちぱち。コンピュータにとあるパスコードを入力している音が部屋中に響き渡る。

 政彦は片っ端から、パスコードを入力していた。

『エラー』

 何度、その表示を見ただろう。

「これも駄目ですね」

 政彦の隣にいるエムはペンでパスコードを消していく。もう、日が暮れて、部屋は薄暗くなっていた。

 ぱちり。

 エムは電気を付けた。たちまち、部屋は明るくなる。

「ごめん。今日はこの辺で終わりにするよ」

 苦笑しながら、政彦は重い腰を上げた。

「それって、何ですか?」

 エムは少し興味を持ったらしい。政彦に尋ねる。

「ちょっとね、拾ったんだ。これを」

 そう言ってコンピュータから、マイクロチップを取り出し、エムに見せた。

「あ、何か書いてありますよ? 『EL-10』?」

「! 気付かなかった! もしかして、それがパスコードかも!」

 そう言って、コンピュータに入力した。が、

『エラー』

 どうやら、違うようだ。

「でも、何かのヒントにはなりそうだな」

 ふと、視線に気付く政彦。

「あの、占い……」

 じとーっとした視線を投げかけるエム。

「あ、今やるよ。何を占って欲しい?」

 急いでコンピュータをしまうと、政彦はポケットからトランプを取り出した。

「ある人との、相性を……」

「OK、じゃ、早速始めよう」

 政彦はトランプをきり、それをエムに渡す。

「君の占って欲しい相手を思い浮かべて」

 そして、政彦の指示に従って、カードを並べ始める。

「それじゃ、結果を見よう」

 そう言って一枚一枚、捲っていく。ごくりと息をのむエム。

「ちょっと大変そうだなぁ。ライバル出現のようだよ?」

「ライバル?」

「それに、いろいろな障害もあるみたい」

「障害……」

「でも、それが解消されたとき、幸せが訪れるって出ているよ」

「本当ですか!」

「頑張ってね」

 政彦の言葉に、エムは力強く頷いた。

 

 

 遠くに前夜祭の興奮した歓声が聞こえてきた。

 ここは学園の体育館の裏庭。そこで、二人はいた。

「あなたが、志村ヨージね?」

 ジュラは確かめる。

「ああ、そうだ。お前がジュラ?」

 耳には三つ、ピアスが付けられており、前髪にメッシュの入っている茶髪を掻き上げた。

「あなたのことは、クラスの友達から教えて貰ったわ。情報屋のヨージってね。あたし達の知らないことまで、よく知っているって」

「光栄だねぇ」

「あなたに聞きたいことがあるの」

「何をくれるんだ? アンタは」

 ジュラはヨージの言葉に頷きながら、財布からちらりと紙幣を見せる。福沢諭吉の頭が見えた。

「金持ちだなぁ。いいぜ。何を知りたい?」

「最近、オートマータを見たって情報ないかしら? 調査団や地上人が持っているものではなくて、もっと別なのを。それと、こんな銀の髪を持っているオートマータのこと、知らないかしら?」

 そう言って、銀の髪が入った瓶を取り出し、ヨージに見せた。ヨージは顔を近づけて、じっくりと観察している。

「銀髪かどうかは知らないけど、図書館の職員がオートマータを見たって、言ってたぜ? 話によると、拾ったんだってさ」

「それは確かなの?」

「もちろん! それとも別なヤツから聞くかい? 俺の持っている情報は手に入らない」

「分かったわ。ありがとう」

 そういって微笑んだジュラが渡したのは、500円玉。

「おい、これってなんだよ! 一万じゃないのか!」

 そういうヨージの言葉を無視して駆け出すジュラ。

「待てよ! 冗談じゃないぜ!」

 が、捕まらなかった。

「ゴールディ!」

 ジュラは翼竜を呼ぶと、すぐさま跨り、大空へと飛び立った。

「くそっ! 冗談じゃないぜっ!」

 一人、ヨージだけぽつりと残された。

 

 

「ここに呼んだのは、他でもない。君たちに頼みたいことがあるんだ」

 レンはそう言って、切り出した。

 ここはレンの個人の部屋。レンの他には政彦と航一郎がいた。と、急に扉が開いた。

「ごめんなさい。ちょっとここって、森よりも分かりづらいところね?」

 ジュラが、エムと共に入ってきた。どうやら、外を歩いていたエムにここの場所を案内して貰ったようだ。

「それじゃ、私はここで……」

 エムは戻ろうとしたが、

「君も、一緒にいかがかな? ここに来たのも何かの縁。ぜひ、君にも聞いて貰いたい。今は何も関係ないかも知れないが、後にエ・ディットの為にもなることだよ」

 レンの何時になく真剣な物言いに、仕方なく頷くエム。

「では、始めよう」

 合計四名になった部屋はやや狭く感じられた。

「我々は、前々からとあるオートマータを追っている。そのオートマータは銀髪の青年タイプらしい」

 その言葉に、三人は頷く。エムはそのことは初めて聞くことだった。

「だが、ここで問題が出てきた」

 ぐるりと皆の顔を見回すレン。

「私はこの調査団で一つのセクションを束ねる役目をしている。そのため、この調査にはそれほど時間を費やすことが出来ない。そこで、この調査を纏める者を指名したいと思う」

 そして、レンは航一郎を見た。

「神崎先生。貴方にその役目をお願いしたい。いかがでしょうか?」

「……分かった。俺で良ければ、その役目を受けよう」

 それに満足な笑みを浮かべ、握手を求めるレン。

「ありがとう、後は頼みましたよ」

「ああ、任せてくれ」

 二人は握手を交わした。

「これから先は、神崎先生に指示を出すつもりだ。皆は神崎先生からその指示を受け取って欲しい」

「わかったわ」

「先生から聞けばいいんだな」

 二人は頷いたが、

「あの、私は……」

 おずおずと申し出るエム。

「君たち、今日の所はこれで終わりだ。また何かあったら伝えよう。ご苦労様」

 そう言って、エム以外の者を追い出した。

 残ったのは二人きり。

「君に、頼みたいことがあるんだ。いいかな?」

 レンは囁くように優しく告げた。

「頼みたいこと、ですか?」

「ああ」

 エムの言葉に頷いて見せた。

「君にはティンヴァの監視を頼みたい」

 告げられる言葉は、意外な事実。

「何故? 何故、ティンヴァさんを?」

「もしものための、保険のようなものだ。先日、私が調べてみたんだが、どうやらあのオートマータはエ・ディットが個人で買ったものだと分かったのだよ。相手はマッドサイエンティストで有名な学者だ」

「!」

「もしかしたら、暴走を起こすかも知れない。何かあったら、これで知らせて欲しい」

 そう言って、胸ポケットから取り出した携帯電話を渡した。

「これは私の持つ電話にしか、繋がらないものだ。注意して使ってくれ。では、そろそろ私も用事があるのでこの辺で失礼するよ。後は頼んだ」

 そう言ってレンは、エムを部屋から送り出す。当の本人は、

「マッドサイエンティスト? どういうこと? もしかして……」

 混乱しながらも、足早にその場を後にした。

 

 

 エムは、エ・ディットのいる部屋へと戻ってきた。どうやら、買い物に出ていったらしく、ティンヴァはいない。エ・ディットは目を覚ましていて、本を見ている。

「あ、戻ってきたか? ティンヴァ」

 エ・ディットの言葉は、皮肉にもエムに向けられたものではない。

「あっ、……エム、なのか?」

「はい」

 やっと、エムに向けられた言葉が来る。

「すまん、……悪かったな」

「いいえ。いつものことですし、かまいませんよ」

 そのエムの台詞を最後に、沈黙が部屋を支配する。

 聞こえるのは、エ・ディットの持つ本を捲る音のみ。

 少し、きつい台詞だったのか?

 エムの心に後悔が募る。

「ごほ、ごほ」

 エ・ディットが、その沈黙を破った。

「大丈夫ですか? エ・ディットさん!」

 エムはとっさに駆け込み、エ・ディットの背中をさすった。

「あ、ああ。……もう大丈夫だ」

「良かった」

 エムはほっと、胸をなで下ろす。

「でも、また熱が上がったんじゃないですか?」

 そう言って、手袋を外し、その手をエ・ディットの額に当てる。エムの、ひんやりとした手がその額に伝わる。

「どうやら、熱はないみたいですね……」

 と、その手を見ていたエ・ディットが口を開いた。

「エム、お前……その手、そこも怪我をしていたのか?」

 そのエムの手には、何かで打ち付けられたように抉られたような傷跡が刻まれていた。

「あ……」

 とっさに手袋を掴む手をエ・ディットが止める。

「どうして、お前はこんなに傷ついているんだ? 何があった? 顔だってそうだ。何で傷が?」

「そんなこと、どうだっていいんです」

「どうだっていい事ってないだろ!」

 びくりと体が反応する。

 あ、っとエ・ディットは言葉を漏らした。

「すまない。驚かすつもりは、なかったんだ。……駄目だよな、何時も裏目に出る……」

 そんなことはない。

 その、たった一言が出ない。

「誰だって、言いたくないことの一つや二つ、持っているからな……」

 あなたに、知らせたい。

「言いたくなったら、何時でも言えよ。聞いてやるからさ」

 知って貰いたい。

 そして、やっと口に出来た言葉は。

「ティンヴァさん、マッドサイエンティストの方に造って貰ったそうですね……」

「それを、何処で知った?」

 視線が、痛かった。


 

 政彦は調査団のキャンプの前で、青年と女子学生、そして老人と不思議な団体を見つけた。

「お前達、何しに来たんだ? 関係者以外は立入禁止だぞ」

 キャンプの入り口に立っていた警備員に呼び止められたようだ。

「どうしよう? これじゃ、話も聞けないよ」

 女子学生がそう、老人に告げる。

「どうかしたんですか?」

 思わず、政彦は話し掛けた。三人組は、急に声を掛けられ、驚いた様子だったが、落ち着くと女子学生が代表して政彦に事情を話し始めた。

「あの、今、調べ物をしていて。もしかしたら調査団の方に聞いてみたら、分かるかなって思って来たんです。後で他に5人ほど来るんだけど……」

 もしかしたら、レンに頼めば何とかなるかも知れない。

「それじゃ、おれが中に入れるように聞いてくるよ、ちょっと待っててくれる?」

 政彦はそう、彼等に告げるとさっさと中へ入っていった。

 

 

 レンは部屋にはいなかったので、キャンプ中を探したが、それでも15分ほどで見つけることが出来た。

 レンの隣には、見知らぬ人物が……。

「レン、その人は?」

 政彦は駆け寄り、尋ねた。

「ああ、政彦か」

 レンは政彦に気が付いたようだ。

「こちらはミス・レクトだ」

「初めまして、私はレクトと申します。以後お見知りおきを。政彦様」

 そう言って、彼女は微笑んだ。レクトは、外見は青年を思わせるかのような身長に、スーツ姿でパンツを履いている。そして、短めに切られた癖のない髪を見れば、男性と間違えそうになるだろう。

 まあ、その凛とした高い声を聞けば、すぐに女性だと気付くことだが。

「それでは、私はこの辺で。またお会いしましょう」

 そう言って、レクトはどこかへと去っていく。

「そう言えば、私に用かな?」

 レンが政彦に尋ねた。

「あっ! いけない。忘れてたよ。実は……」

 政彦は先程見た、三人組の事を話すと、レンは快く力になると一緒に彼等のもとへと来てくれた。

 三人組の名は学生の少女が五十嵐八百合いがらしやゆり、老人はダイム・ウィル・オーヴェル、黒髪の青年は、神代八雲かみしろやくもと言うらしい。

 彼等は、レンの用意した部屋で、一晩泊まることになった。

 

 

 時間は少し遡る。航一郎のいる部屋にノックが響いた。

「どうぞ」

 航一郎は個人で行った調査結果を纏めながら、応えた。

「失礼します」

 入ってきたのは、先程レンの隣にいたレクト。

「あなたは?」

「レクトと申します。初めまして、神崎・航一郎先生」

 何故か、彼女は神崎のことを知っているようだ。

「あなたのことは、レン様から聞いておりますわ。何しろ腕のいい医師だそうで」

「それはどうも」

 航一郎はじっと見つめる。何を知っている?

「今日は御挨拶に来たんです。あの方も、くれぐれもよろしくと伝えるようにと」

「あの方?」

「あなたのことが、とても気に入ったそうですよ? 別れた家族のことも含めて」

「!」

「調査の方も頑張って下さいね。あなたの成果を期待してます。では、今日はこの辺で。お忙しいところをお邪魔して申し訳ありませんでしたわ」

 そう言って、彼女は去った。

「何故、家族のことを知っている?」

 

 

 翌日。

 ダイム達は、政彦のガイドで調査団のキャンプ内を歩いていた。

「ここが、調査団の食堂。で、あそこが調理室。こっちには飲み物と煙草の自動販売機があるよ」

 昨日も利用させていただいたのだが、それを知らずに親切に教える政彦を思い、三人は彼の後をついていった。と、食堂で休憩しているレンを見つけた。レンは立ち上がり、食堂の席を勧めた。

「何か飲みますか?」

 レンは三人に尋ねる。

「あ、おれがいきましょう」

 政彦はレンよりも早く、三人の注文を聞き、自動販売機へと駆けていく。

「ところで、ここでは天上人の人も働いてるんだな?」

 八雲がレンに話し掛けた。

「ええ。人手が不足しているので、手伝って貰っているんですよ。あ、ちょっと煙草を吸ってもよろしいですか?」

 レンはそう言い、同意を得てから、一本の煙草に火を付けた。

「お待たせ。持ってきたよ」

 政彦は暖かい飲み物を三人に手渡す。

「レンは何にします?」

 隣にいたレンに政彦は尋ねた。

「いや、いいよ。煙草を吸っているからね」

「そう? じゃ、おれの分を持ってくるよ」

 政彦は再び、自動販売機へと歩いていった。

 と、先程の警備員がやってきた。

「レンさん。来ました」

 警備員に連れられて、少年少女の5人組が現れた。

「ありがとう」

 警備員は頷き、担当場所へと戻っていった。

 

 

 少年少女達の名は、石野守、緋月朝水ひづきあさみ神谷心太かみやしんた鈴原虎太郎すずはらこたろう天野千恵あまのちえという。

 ダイム達と合流して色々と話しているようだ。

 と、それが終わったらしい。レン達に話し始めた。

「すみません。あの、おれ達はこの石について調べているんだ。何か心当たりとか、ありませんか?」

 守が代表して前に出る。

「ほう、これがその石かい? ……残念ながら、その石のことは知らないな」

 レンはそういって、石を守に渡した。

「その、竜の民の伝承の事でもいいんだけど。何か知らない?」

 今度は朝水が乗り出してきた。

「竜の民って、森に住んでる?」

 政彦がそれに応える。

「うん」

 朝水は頷いた。

「何か知らない? なんでもいいんだ」

 朝水はもう一度、尋ねる。

「竜の民の伝承か。話には聞いたが、詳しいことはまだ、こちらでも調査中だよ。わざわざ来てもらったのに、残念だ。……そうだ、何か分かったら、君たちに伝えよう」

 レンはそう、苦笑混じりに告げた。

「お願いします」

 虎太郎は皆に代わって、深々と頭を下げた。

「あ、そうだ!」

 と、千恵が声を上げた。

「なぁに~、まだぁ~?」

 心太が疲れたような声を出す。

「ちょっと待って。これで終わりだから。……で、竜の民の伝承のこと、知らないんでしょう? だったら良いこと教えてあげる。伝承の一部にこういう文があるの。『与えられし妙薬 発展を促し』ってね。それってエンゲージの薬か何かのことじゃない?」

「それは、本当のことか?」

 レンは、千恵に確かめるように尋ねた。

「本当よ。何だったらその伝承、教えてあげようか?」

「喜んで」

 レンは千恵達から伝承を教わった。

 

 

 がたん。

 その扉は急に、大きな音を立てた。

「レン、これはどういうことだ?」

 エ・ディットはレンの部屋にずかずかと入ってきた。

「ノックを忘れているぞ」

「そうじゃないだろっ!」

 だん、と机を叩く。エ・ディットの隣には、エムの姿もあった。

「ティンヴァのことを何処で知った?」

 きっ、と睨み付けるエ・ディット。

「お前なら知ってると思うが?」

 レンはその表情を崩してはいない。彼の前には、例の『suzaku』が起動している。

「調べてどうするんだ? アイツは信用のおけるヤツに頼んで造って貰ったんだ。お前には関係ないだろ?」

 エ・ディットが食ってかかる勢いで叫んだ。

「お前だけならいいんだ。だが、ここに連れてくる以上、充分に調査してからでないといけない。ここでは多くの者が住んでいるんだ。何かあった後では遅すぎるのだぞ?」

「ちゃんと書類は出しただろ?」

「用件はそれだけか?」

「だからっ!」

 その言葉を、レンの冷たい視線が止めた。

「私にこれ以上、心配させないでくれ。そろそろ待ち合わせなんだ。これで失礼させて貰うよ」

 有無を言わせない視線。それを残して、彼は去ろうとする。

「今後も頼むよ。エム」

 レンはエムに囁いた。

「待てよ」

 エ・ディットの声も空しく、残された。

 

10

 

 ラインに乗って、また何かの情報が流れた。きらりと光が突き進んでいく。

 ここはダイバー達の楽園、サイバーネット。

「たく、何を考えてるんだ! アイツはっ!」

 がんがんとエ・ディットは地面を踏みつけた。

「荒れているなあ」

 その横で黒猫の政彦が見ている。

「エ・ディット様、落ち着いて下さい」

 ティンヴァも宥めるように言った。

「そうだな、さっさとアイツ等に喧嘩ふっかけてくるか」 そう言って、彼等はシフトを開始した。

 

 

 辿り着いた先は、図書館のデータベース前。前日壊れた部分は、もう既に復元されていた。と、声がする。

「とにかく、またウイルスに感染しないよう、守らなくちゃね」

 あの鎌を持った女性が意気込んでいる。

「それはそれは、ご苦労さんなことで」

 エ・ディットは嫌みったらしく、拍手を送る。

 と、札を持った少女が政彦の前に現れた。

「雷よ!」

 札から巨大な雷鳴が!

 どどーんっ!

「うわあああああ!」

 避けられず、まともに受けてしまった。

「政彦様!」

 遠くで、ティンヴァの声も聞こえた。

 はっ、と政彦が気付いた時には、エ・ディットが鎌の女性を吹き飛ばしている所だった。自分はどうやら倒れていたらしい。

「次は何奴だっ?」

 エ・ディットの叫び声が響く。

 どうやら、ティンヴァもやられたらしく、政彦の側で傷を舐めている。

 状況はこちらの方が不利のようだ。

 政彦は重い体を感じながら、そう思っていた。

「ふん、やはりな。あれは気のせいだったか。……とにかくこいつらを始末しないといけないな」

 エ・ディットはぱちりと、ティンヴァに合図を送る。ティンヴァは、政彦を安全な後ろの方へとくわえて運んだ後、すぐさま、エ・ディットの側へと駆け寄った。

「とっておきの技を見せてやろうか?」

 エ・ディットはにやりと笑みを浮かべた。

 

 

 政彦は重い体にむち打って駆けだしていた。

 何故、このような事態になったのか?

 何故、あのブラックホールは現れたのか?

 話は少し、遡る。

 

 

「グライド!」

 エ・ディットのかけ声をきっかけに、空中でエ・ディットの持つ黒いフロッピーを取り込み、炎を纏わせるティンヴァ。

 黒い炎の固まりとなって、ティンヴァはダイバー達に向かっていった。

 戦況はこちらが、勝ったかのように思われた。

 が。

「クルルルルゥゥゥゥ!」

 それは突如現れた蒼い鳥によって阻まれる。

 鳥は蒼い炎を纏うと、ティンヴァの向かう先に立ちはだかるように。

 ごうんっ!

 ぶつかり合った。弾ける炎、飛び散る火の粉。

 それが合わさった時、それは出現した。

 ブラックホール。

 それは、相手のダイバーだけでなく、エ・ディットとティンヴァをも飲み込もうとしていた。

「エ・ディットっ!」

 政彦は重たい体を奮い起こす。

「馬鹿! 来るんじゃねえっ!」

 エ・ディットのその声に、足が止まる。

「このことをアイツに、レンに……」

 それが、エ・ディットから託された、最後の言葉。

 エ・ディットとティンヴァを飲み込んだブラックホールは、それで満足したかのように、消滅した。

 

 

「どうなって、いるんだ?」

 政彦は、早く、このことを伝えなくてはいけなかった。

 エ・ディット達が、ブラックホールに飲み込まれた事実を。

 

 

 その政彦の様子を遠くから見ている者がいる。それはまるで影のように揺らめき。

「やっと、見つけたわ。大いなる扉の鍵を……」

 影はその言葉を紡ぎ始める。

「後は、捕らえるだけね?」

 影が、笑った。

 

11

 

 激しい轟音と共に現れたのは、金髪のやや逞しい青年、エ・ディット。

「っつうう。もっとお手柔らかにお願いしたいもんだ」

 青年はそういうと、隣にいる深紅の髪の女性ティンヴァを抱え起こす。

「大丈夫か?」

「はい。特に異常はありません」

 ティンヴァはそういって微笑んだ。

 そして、頭を抱えながら、エ・ディットは辺りを見回した。

「って、何だここは? フランスの古城か?」

 くすんだベージュで石造りの古城の一角。それが、エ・ディット達のいる場所だった。

「テインヴァ、現在地を教えろ」

 テインヴァは頷くと、周りを見回した。静かなこの場所で、小さな機械音が響く。

「……わかりません」

 ティンヴァは頭を軽く振った。

「ここはフランスではないことは確かです。私の持つどのデータにも、該当項目がありませんでした。それに、衛星からのナビゲーションシステムとの交信不能により、ここがどこなのかは、お答えしかねますわ」

 そのティンヴァの答えに思わず、青年は顔をしかめる。

「どうなっているんだ……」

 自分の服に付いた、僅かな埃を叩きながら、エ・ディットはぼやいた。

「お話を、聞きましょうか」

 エ・ディットよりもいくらか若い騎士の青年が、いつの間にか現れた。

「私はヴォラーレ・ウッチェロ。シュパイエル王国で騎士隊長を務めています。あなたは?」

 聞いたこともない地名に、戸惑いながらも、エ・ディットは答えた。

「俺はエ・ディット。こいつは、ティンヴァだ」

 エ・ディットはティンヴァを指して紹介をした。テインヴァはその言葉に反応して、丁寧に会釈をする。

「エ・ディットさんに、ティンヴァさんですね。このシュパイエルへやってきたのは、どういったご用件ですか?」

 騎士団長、ヴィの態度は、あくまで紳士的である。争う姿勢はない。エ・ディットもそれに従うように、紳士的に話を進める。

「ああ、いや、用件というより、おそらく……俺等は迷ったようだ」

 苦笑するエ・ディットに少し考える様子をみせるヴィ。

「それにしても、ここをこのように破壊したというのに、無傷とは、かなり幸運でしたね」

 そういわれて、やっとエ・ディットは理解したらしい。壊れた瓦礫は自分たちが壊したことに。

「そのようだ。……申し訳ない。悪気はなかったんだ」

 少し大げさに困った素振りを見せるエ・ディット。

「いえ、それは構いませんよ。そちらに敵意がないことが分かりましたからね。今、この王宮にはとても大切なお客様が来られているので、少しいつもより厳重に警戒していたのです。来客なら、歓迎しますよ」

 客間を準備させますから、ご心配なく。そう言い残し、ヴィはこの場を後にする。かなり手慣れた様子だった。

「この世界で暫く世話になりそうだ、ティンヴァ」

 苦笑混じりでエ・ディットは呟いた。

 それにティンヴァは頷いた。

 もう一度、エ・ディットが辺りを見回したとき、

「ここにいると、風邪をひきますから、どうぞ中へ」

 一人の兵士が彼等を城内へと招いた。

 

 

 ここは、寝室。エ・ディット達が案内された部屋だ。おそらく、これでも一番下位にある寝室なのだろう。だが、この部屋にあるものは、こざっぱりとシンプルさを持ちつつ、きちんと整えられたものばかり。掃除も行き届いている。まるで高級とまでは行かないが、それでも並み以上のホテルのようだった。思わず、エ・ディットの口笛が鳴る。

「へえ、思ったよりもいい部屋だな」

「そのようですね」

 エ・ディットの言葉に頷くティンヴァ。

「さーて、これからどうするか?」

 と話し出すと。

「エ・ディット様。遅くなりましたが、擬態が解けてますわ」

 ティンヴァが指摘する。

「そう言えば……」

 気付くと、エ・ディットは黒いスーツ姿ではなく、ジャケットを着た、いつものラフな格好になっていた。ティンヴァも深紅の豹ではなく、オートマータの姿。

「じゃ、ここは現実世界か?」

「ですが、シュパイエルという国は、地球上には存在しません」

「衛星との通信は?」

「ありません」

 ふう、とため息が漏れる。

「参ったな。いったいここは何処なのか分からないとはな」

「仕方ありませんわ。それに恐らく、あのダイバー達もこちらの国に来ているのでは?」

「そうだな。まずはそいつらを探すか」

 くうっ、と一つエ・ディットは伸びをする。

「まずは一休みするか?」

 その言葉に、ティンヴァは頷いた。

 

12

 

 コンピュータが何かを読み込む音が響く。

『また、お会い出来て光栄ですわ、皆さん。私はベルティオの情報部担当、キーメイスと申します。早速ですが朗報です。先日、我が社の調査班が有力な情報を手に入れました。どうやら、我が社で追っているオートマータは長い銀髪を持ったオートマータだそうです。研究員と同じ白い服を着ていたそうです。ですが、話によるとこれは脱走時のデータであり、現在の状態は変わっていると思われます。また、何か分かり次第、皆さんにお知らせしましょう。皆さん、調査での報告、楽しみに待っていますわ』

 その声を最後に、画面は止まった。

 

 

 

 ●次回GP

  銀映K1 オートマータを探す

  銀映K2 エ・ディット達を救う

  銀映K3 誰かに関わる

  銀映K4 ○○を調べる

  銀映K5 俺様に付いてこい!


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