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銀映 第2話 砂塵に舞う蜃気楼のように

 

 トゥルルルルルー。

 トルルルゥー。

 

 薄暗い部屋の中で、けたたましく電話が鳴り響いた。

 

 

 コンコン。

 二回、ノックされた。

「どうぞ」

 回転椅子を回して、入ってくる者を迎える白衣の中年、神崎・航一郎は開かれるドアを見た。

「こんにちは、神崎先生。仕事の調子はいかがです?」

 入ってきたのは、第三班のリーダー、錬・李飛だ。

「どっちの方だ? レン」

 いつものように、航一郎はぶっきらぼうに答えた。

「もちろん、両方ですよ。医者としての仕事とオートマータの調査と」

「どちらも目立った進展はない」

 そう言って、航一郎は今日のカルテを整理し始める。

「そうですか、残念ですね。そう、明日、私の助手がここに来るんですよ。後でこちらに御挨拶に伺いますから」

「そうか。では予定を開けておこう」

「お願いします、先生。ではまた」

 グレイのスーツのしわを直すと、レンは足早に部屋を去った。

「忙しいのだな。第三班は」

 ぽつりと航一郎は呟いた。

 

 

 果てしない大空をジュラ・ハリティは、駆けていった。いや、正確にはジュラの友人でもある翼竜のゴールディに乗って、である。

「何度乗っても、気持ちがいいわね」

「クルルルー」

 ジュラの声に、ゴールディは答えた。

「レンも来れば良かったのに」

 少し残念そうに、ジュラは眼下に広がる、メイ・カイ湖を眺めていた。

 

 それには少し時間がさかのぼる。

 ここは空谷村の外れにある、小さな喫茶店。そこでジュラとレンは向かい合って座っていた。

 ことりとジュラの目の前にフルーツパフェが置かれる。

「それで、君が見たオートマータとは、どんな感じだったんだい?」

 かたりと、コーヒーカップを置きながら、レンは口を開く。ジュラは口の中いっぱいのフルーツをほおばりながら、掌を広げた。

「?」

 レンは眉をひそめる。

「五万」

 やっと口の中がすっきりしたジュラが言葉にしたのは、その単語。

「五万とは?」

 レンのとぼけた反応に、ジュラはため息を付いた。

「情報にはお金が付き物でしょう? 五万円。これ以下じゃ、話さないわ」

 レンは目を細めた。

「ほう、取引か。君の目の前のデザートだけじゃ、不服かい?」

「もちろん。出さないのなら、いいのよ? あたしは別の人に話すから。きっと高く買ってくれるでしょうね?」

 レンはもう一度、コーヒーを口にしてから言った。

「分かった。君の言う通りにしよう」

 にこりと微笑むジュラ。

 まずは一つ、こちらの勝ちね。

 レンから五枚、福沢諭吉の紙幣を受け取った。ジュラは注意深く何回か数えてから、自分の財布にしまう。

「あたしが見たのは、長くて銀色の髪をしたオートマータよ。耳が機械になってたわ。それと、何かに追われていたみたい」

 ジュラは持っている情報をレンに話した。

「なるほど、銀髪の、耳が機械のオートマータか。それは男性だったかい? それとも女性?」

「どうかしら? 一瞬、男の人かと思ったけど、改めていわれると自信ないわね。さっきも言ったけど、そのオートマータ、追われてるみたいですぐ、どこかに行っちゃったの。声も聞けなかったし。男か女か分からないわ」

 そう言って、ジュラはパフェに乗っているチェリーを食べた。

「でも、もう一度会ったら、そのオートマータかどうかは分かると思うわ。結構、綺麗な顔立ちしていたし」

「そうか。では、私に協力してくれないか? そのオートマータを探しているんだ。もちろん、タダで、とは言わない」

 ふふふ。またお金が手に入りそう♪

 踊ってしまいたい衝動に駆られながらも、ジュラは慎重に言葉を選ぶ。

「今ね、あたし、バイトをやってるのよ。もし、協力するとしたら、それを休まなきゃいけないわよね? そこ、時給900円だし。それにお金がないと、家にいる家族が困るのよねぇ」

 そっとうつむく、ジュラ。その目は少し潤んでいるようだ。

「……そうなのか。分かった。その金額で手伝って貰おう。それで良いかな?」

 これで二つ目っと☆ 少し多めに見積もってて良かったー。でも、よくお金があるわね、この人。

 少し心配になりながらも、二人の商談は成立して行った。

「で、話を元に戻すが、そのオートマータを見たのは……」

「メイ・カイ湖よ」

 ジュラの言葉に頷き、レンは続けた。

「車で行ける所なのか?」

「ちょっと難しいわね」

「それは困ったな。明日にでも、目撃地点で調べたかったのだが」

 来た来た! また稼ぎましょ!

 ジュラはうきうきとした気持ちを気付かせないように、胸にしまっていたプランを提案した。

「それは大丈夫! 車がなくても空から行けるから」

「どういうことだ?」

 多少驚きながら、レンは言った。すかさず、ジュラが話し出す。

「あたしの友達に翼竜がいるの。ゴールディって言うんだけど、とっても大人しくて、賢くって、本当にいい子なのよ。だから絶対に大丈夫。落ちたりしないわ。なんなら、これからキャンプに帰るとき、送ってもいいわよ?」

 その言葉にレンの顔が、徐々に固まっていった。つうっと汗が滑り落ちる。

「あ、ああ、すまない。明日は大事な用事があるのをすっかり、忘れていたよ。申し訳ないが、目撃地点の調査は君に任せるよ」

 カップにあったコーヒーを一気に飲み干すと、レンは立ち上がる。

「今日はこの辺で失礼する。あ、調査が終わったら、キャンプに来てくれないか? 門の前で警備員にこれを見せれば中に入れる」

 そう言って素早く、名刺を手渡すとそそくさと、逃げるように会計を済ませて出ていった。

 

「それにしても、急に用事なんて、どうしたのかしら?もしかして……」

 ゴールディの背中でふと、昨日のレンの様子を思い出した。

「クルゥールー」

 どうやら、目的地に着いたらしい。ゴールディが声でジュラに知らせた。

「あら、もう着いたの?」

 ゆっくりとゴールディは、メイ・カイ湖の畔に降り立つ。するりと慣れた手つきで降りるジュラ。

 辺りを見回すと一面、綺麗な紅葉が広がっていた。もうすぐ、この森は冬の準備を始めるようだ。

 ジュラはさっそく、周辺の木々を見ていった。それはすぐに見つかった。折れた小枝、沢山の人が歩いていった足跡、そして……。

「髪の毛ね」

 小枝に引っかかっていた、青みがかった銀の長い髪の毛を見つけた。ほんの2、3本だが、充分参考になるだろう。ジュラは持ってきていた小さな瓶に、髪の毛を入れるとそっと、愛用のポーチに入れた。

 

 

「ここで待っててくれ」

 警備員に案内されて、和田政彦は応接室のソファーに座った。とても座り心地がいい。

 彼、政彦はレンに誘われて、調査団のキャンプに来ていた。この部屋に通される前に通った通路で、様々な者と出会った。美しい女性がいると思えば、清掃員のふくよかな女性に会う。真面目な青少年や、どこか怪しげな中年が歩いているし、見ていて飽きない場所だった。

「しばらく、観察でもさせて貰おうかな?」

 そう、呟いたとき、

「待たせたね」

 そう言って、レンが応接室に入ってきた。

「どうも、お久しぶりです。今回はこのような場所に誘って下さり、本当にありがとうございました」

 二人は握手を交わすと、そのまま移動し始めた。

「私の部屋で話そう。ここじゃ、筒抜けだからね」

 苦笑してレンは、応接室から少し離れた部屋に政彦を案内した。そこは応接室と同じソファーセットと、机が置いてあり、奥に二つほどまだ部屋があるようだ。机の上にノートタイプの使い込んだコンピュータも置かれている。

「さて、どうぞ。和田君」

 レンの勧めで政彦はソファーに座った。

「マサでいいですよ、レンさん」

「じゃ、私のこともレンと呼んでくれ」

 お互い笑いながら、和やかな雰囲気で話し合いは始まった。

「マサ、君に頼みたいことは、エ・ディットというダイバーのサポートだ」

「サポートね」

 政彦の言葉に頷き、レンは続ける。

「それと、そのエ・ディットの行動、及び言動を逐一、報告してもらいたい」

「ふうん、何かしたんですか? そのダイバー」

 政彦の言葉に苦笑する、レン。

「いや、ちょっと心配でね。鉄砲玉のようなヤツだから」 その言葉に政彦は笑みを零した。

「レンらしい。分かったよ。全て報告しよう」

「ありがとう、マサ。感謝する」

 これで話は終わりだった。が、

「そうだ、ちょっと機材を貸してくれませんか? その、おれのコンピュータの調子が悪くって」

 政彦がそう、一生懸命レンに伝える。

「それなら私のを貸そう。ここが電源で、ここがCDROMスロット。スロットはCDROMの他にも、フロッピーやMOディスク、マイクロチップも入る。後は分かるかい?」

「ええ、何とか」

 レンは机にあったノートタイプのコンピュータを開け、説明した。

「ああ、それと今、処理中の書類が入っているから、ちょっと立ち上がりが遅いかも知れないが、それでもいいかな?」

「えっと、大丈夫です」

「それじゃ、私はちょっと出かけるよ。終わったら、電源落として置いてくれ。あ、鍵は掛けなくていいから」

 レンは腕の時計をちらりと見てから、政彦に言う。

「分かりました」

 政彦はレンを見送ってから、コンピュータをしげしげと見つめた。

「とにかく、まずは動かしてみよう」

 教えられた電源のスイッチを押した。

 ぽーん。

 いい響きの機械音が鳴る。画面いっぱいに『suzaku』の文字が出た。

 どうやら、このコンピュータの機種名らしい。

 と、あっという間に、メイン画面が出る。

 普通なら、もう少し立ち上がりが遅いはず。しかもレンは処理中の書類があると言ってなかったか?

「さすがはドープスター、ってことかな」

 少し面食らってか、恐る恐る今度はCDROMスロットを開けた。いろいろな窪みがあるようだ。政彦はポケットからマイクロチップを、一番小さい窪みに入れる。と、自動的にスロットは閉まった。

「これで、準備は出来たっと」

 政彦は画面に向かった。画面には『ただいま処理中』との表示が出ている。と、すぐ画面が切り替わった。

『パスコードを入力して下さい』

「何だよ、それは。……これがないと中身を見れないのかな? とにかく何か入れてみよう」

 政彦は入力画面に向かって、いくつかのキーを押した。かたかたとコンピュータが反応する。

「もしかして、もう、ビンゴ?」

 コンピュータの反応に、政彦の顔は笑みを浮かべた。

『このパスコードは承認できません。再度、パスコードを入力して下さい』

「あ、やっぱり」

 その笑みは苦笑に変わった。

「もう一度!」

 

 何度試しただろう。おそらく、半分は意地があったのかも知れない。政彦が一息ついた頃には、キャンプに着いてから、もう三時間が経っていた。

「駄目だ。今日はこの辺にしよう」

 肩をぐるぐると回してから、スロットを開いた。チップを取り出して、また、ポケットにしまう。

 と、突然扉が開いた。

「おや、まだやっていたのか」

 どうやら、レンが戻ってきたらしい。

「あ、今終わったところですよ」

 そう言って、政彦は電源を落とした。

「今日はありがとうございました。あ、あの、また借りてもいいですか?」

「ああ、かまわないよ。但し、私が使ってないときに、だがね」

 政彦は苦笑する。とにかく、今日はもう帰った方がいい。政彦はもう一度、丁寧に会釈すると、足早にその場を去った。

「今度は、パスコードの一覧を作った方がいいかも」

 帰る途中で、ぽつりと政彦は呟いた。

 

 

 かつかつと足音が建物中に響き渡る。レンは軽い足取りでその廊下を歩いていた。

「ちょっとー、何処までいくの? もう用事は済んだんじゃないの?」

 ジュラは、レンを止めた。ジュラの胸には、つい先程、レンから受け取った名札が揺れている。その名札には『ジュラ・ハリティ 第三班、アシスタント』と書かれていた。

「もう少し手伝って貰うよ。もちろん報酬は追加しておくが?」

「そう? ならいいわ。ちゃんと払ってよね」

 制服姿の少女、ジュラは念を押した。

「いいのか? こんな子供を調査に連れて行くなんて」

 ジュラの後ろにいた医師、航一郎が口を挟む。

「ええ、いいんですよ。それに例のオートマータを見たのは彼女だけのようですから」

 レンはそう言って、また歩き始めた。

「まずは手近の方から当たりましょうか?」

 少し戯けるような素振りで、目の前に現れたドアを開けた。ドアには『プロトルード』とある。つまりこの部屋は、別名、はぐれ隊の第7班のミッションルームだ。

 がちゃり。

 ドアを開けるとそこには、三人の調査員がいた。

「オートマータはいないようね?」

 ジュラは部屋を見回して言った時、部屋にいた金髪の女性調査員が言葉を発した。

「オートマータ! やっぱり、副長……」

 その女性を見て、レンは声を掛ける。

「おや、最近見ないと思ったら……こんな所で何をしているのかな? ビアトリス君」

 ビアトリスと呼ばれた女性は、レンの言葉にぎこちない笑みを浮かべた。レンとビアトリスはどうやら、知り合いのようだ。

「いたんですか、チーフ」

 まだ、ビアトリスの顔は引きつっている。

「あんたは確か……」

 ビアトリスの後ろから、声を掛ける者がいる。ややくすんだ銀髪の落ち着いた青年のようだ。

「レン、でしたね。新しい三班のリーダーの」

「私の名前を覚えてくれているとは、光栄ですよ、セイ」

 青年、いやセイの名を呼び、レンは満足そうに微笑んだ。

「今頃、何の調査なんだ? こちらの書類は全て渡したと思うが?」

 セイがそう言って眉をひそめる。

「プロトルードのオートマータ登録がまだとの報告があったんです。良ければご本人にお会いしたいのですが。ちなみにこちらは私の助手です」

 レンは後ろにいたジュラと航一郎を紹介した。それをセイは、無表情に頷きながら聞いていた。

「そうだ、千沙姫(ちさき)、仕事ですよ。彼等を案内してあげなさい」

「え? でも……」

 突然、奥に控えていた、大人しい少女である千沙姫にセイは言った。それに千沙姫はおろおろとしていた。やっと、千沙姫が口を開くかという、瞬間、

 プルルルルル。

 電話の呼び出し音が部屋中に響いた。

「失礼」

 断ってから、レンは胸ポケットから携帯電話を取り出し、話し始めた。

「はい、レンです。おや、女史でしたか。……ええ、ええ、……分かりました、すぐ行きます。はい、ではまた。いつもの場所でお待ちしています」

 周りの者は静かにそのやりとりを見守った。

「すまない。用事が出来てしまった」

 そう言ってジュラと航一郎に向かって話し出す。

「後は君達だけで調べてくれないか?」

 頼んだよ、と短く告げ、レンはセイ達に一礼して去っていった。

「では、行きましょうか」

 航一郎はそう言って、ドアの方に向かう。そして、ジュラと千沙姫が来るのを待っていた。

 セイがビアトリスの方に視線を移す。

「ちょうどいいから、あんたも付いていきなさい」

 その言葉に納得したのか、ビアトリスも一行に加わった。


 

 ここは、サイバーネット。政彦はレンの指示通り、エ・ディット達とダイブをしていた。ネット内では、政彦は黒猫になる。するりと政彦はエ・ディットの横を抜けていった。

「あ、そうだ。お前にこれをやるよ」

 そう言って、エ・ディットは政彦に、一枚のカードを投げた。政彦はそれを上手く、口にくわえた。

「ティンヴァにやろうかとも思ったんだが、今持ってるプログラムで充分だからな」

「それでは、ありがたく受け取りましょう」

 さっそく、政彦はそのカードをインストールした。と、やっと目的地に着いたらしい。

「……ここが、図書館へのラインだ」

 エ・ディットが答える。

「へえぇ、これが?」

 代わり映えのないラインを見て、政彦は言った。

「ぱっと見はそうだが……」

「約300のトラップが起動しています」

 エ・ディットの言葉に付け加えるかのように、ティンヴァも答えた。

 政彦は先程、ダイブする前にレンから預かったプログラムを起動してみた。確か、対トラップ用のプログラムと聞いていた。

「下がって、ちょっと試してみるから」

 政彦はエ・ディット達にそう告げ、プログラムを起動した。爪と牙が伸び、全身に力が沸いてくるようだ。

「はっ!」

 手始めに近くにあったトラップを爪でひっかいた。

 じゅううう。

 溶けるようにトラップが消える。

「ヒュー。やるね、あんたも」

「それほどではないよ。まだトラップはあるから先に行くよ?」

「ああ、頼む」

 そう言って、次から次へとトラップを消していった。政彦の消したトラップはどうやら、再生しないらしい。彼等の後には綺麗な、トラップのないラインが出来上がっていった。

「これなら、次から転移でも来れますね」

 ティンヴァは嬉しそうに話し掛けた。

「そう、だな」

 エ・ディットもまんざらでもなさそうだ。

 そうして、全てのトラップを消し終え、やっと図書館のデータベース前までたどり着いた。

「お疲れさまです、マサ様」

 ティンヴァが微笑んだ。

「どうやら、お出迎えらしいぜ?」

 エ・ディットが顎で指した先には前回も会ったダイバー達が並んでいる。一人足りないが、おそらく別の所にいるのだろう。政彦は初めて見る相手に、観察を始めた。 一人は、背中に竜の様な翼と、大きな鎌を持った女性。 二人目は水色の長い髪を、二つに分けてまとめている少女。

 三人目は、今時珍しい、新撰組の格好をした武士。

「面白い人達だなぁ」

 そう、政彦が感心している横で、バトルが始まった!

 始めに仕掛けたのは、水色の髪の少女。手に持った一枚の札をエ・ディットに向けて、投げつける!

 札は炎となって、エ・ディットを襲った。エ・ディットはそれを避けようとしたが、少し掠ってしまった。

「ちっ、しくじったか」

 掠った左腕をかばうように傷を押さえながらも、エ・ディットは漆黒の鞭で応戦するが、少女には当たらない。

 と、今度は鎌を持った女性が、それを待っていたかのようにエ・ディットに襲いかかろうとする!

 が、それをティンヴァが己の牙で受け止めた。

 ぱりぱりと火花が散る。

 ふと、政彦の目の前が暗くなった。

「お主の相手は拙者が勤めるでござるよ!」

 いつの間にか武士のダイバーが間合いを詰めてきた。

「そうかい? じゃあ、おれも頑張らないとっ!」

 そう言って、政彦は素早く武士に攻撃を加えた!

 が、避けられてしまった。

「調子悪い……のか?」

 そして、政彦は相手の攻撃に備えて身構える。

 武士が二つの刀で風を切り、かまいたちを作った、が、向こうも調子が悪いらしく、狙いが外れたようだ。

 もう一度!

 そう思った瞬間、それは突如、政彦を襲った!

「!!」

 政彦の体が、全身から光が溢れる。

「何だ、これは……」

 押さえようにも押さえられない。どうやら、先程エ・ディットから貰ったカードが原因のようだ。

「うわああああ!」

 弾ける閃光、十数本の光の帯、そして、政彦の叫び。

 全ての枷が外れたとき、光の帯は、貫くかのような勢いで、図書館のデータベースを襲った!

 光を受け入れた図書館のデータベースは、見る見るうちに溶けるように一部が崩れていった。

「戻るぞ」

 エ・ディットが短く政彦に言った。

「今がチャンスじゃないか」

 少し疲労感があるが、それでも一仕事出来るぐらいの体力は残っている。政彦はそう、反論しようとしたが、

「これはフェアじゃないだろ? くそ、またレンにはめられたか」

 エ・ディットはティンヴァに合図を送った。牙で押さえた鎌を放し、エ・ディットのもとに駆け寄る。

 どうやら、ダイバー達は崩れたデーターベースに気を取られ、こちらの方まで気が回らないらしい。

「……出直すぞ」

 呟くようにエ・ディットは言った。怪我が思ったよりも深いのだろうか? 調子が悪そうに見えた。

「分かった。戻ろう」

 ダイバー達が気付いたときにはもう、政彦達は去った後だった。

 

 

「ふう、戻ってきたか」

 政彦はため息と共に、付けていたヘッドマウントディスプレイを外す。

 ゆっくりと周りを見渡す。ここは、調査団キャンプの一室。ダイバー専用コンピュータルームである。快適なダイブが出来るよう、様々な機材や専用の椅子まで用意されていた。

 政彦達は、その専用の椅子に座って、ダイブしていた。

「エ・ディット様?」

 ティンヴァの声ではっと、隣に座っているエ・ディットの方を向く。

「……何でもない」

 そう言ってエ・ディットはディスプレイを外す。そして、立ち上がろうとした。が、

「おっと」

 よろけた。

「エ・ディット様、どうかなされましたか?」

 エ・ディットのただならぬ様子に、ティンヴァが駆け寄る。

「何でもないって言っただろう?」

 その声に覇気はない。

「それは、君を心配している彼女に失礼じゃないか?」

 政彦もエ・ディットに駆け寄った。

「お前等には、関係ない……」

 エ・ディットの体が傾く。それをすかさず、ティンヴァが支えた。

「無理をしては体に障ります」

「ほっとけよ」

「ほっとけないね」

 政彦もエ・ディットを支えた。そして、さっとエ・ディットの額に手を当てる。熱い。熱があるようだ。

「えっと……君は」

「ティンヴァレス・ローです。ティンヴァとお呼び下さい」

 政彦の言葉にティンヴァがすぐ反応した。

「なんだよ……」

 顔を青くしながらも、エ・ディットはなおも、反抗する。

「じゃ、ティンヴァさん。彼は熱があるようだ。彼の部屋まで運ぶよ、いいね?」

「ですが……」

「じゃ、このままにする?」

「……分かりました。マサ様、お手伝いいたします」

 二人は頷くと、エ・ディットを抱えて部屋を出た。

「勝手に、しろ……」

 エ・ディットの言葉がむなしく廊下に響いた。

 

 

 ばたんと、扉が開いた。

「結局、いなかったわねぇ」

 ジュラは疲れた様子で、部屋に入った。

「そうだな」

 ぼそりと航一郎が答える。彼も疲れているようだ。

 無理もない。二人はレンに頼まれたオートマータ調査をしていた。調査団のキャンプ内全てのオートマータと会い、話をしたのだから疲れるのは当たり前である。

「あーん、まだ報告書が残ってたっけ? 早くすませましょ」

「そのつもりだ」

 ここは航一郎の仕事場である。机が二つあり、一つは書類やライトボードが置かれている。もう一つはデスクトップ型のコンピュータが置かれていた。

 航一郎はコンピュータを起動させると、側にあったヘッドホンの様なマイクを頭に取り付けた。

「ワードプロセッサプログラム、起動」

 航一郎の声に反応して、ワープロソフトがコンピュータの画面に展開する。

「何してるの?」

「これから、報告書を打つんだ」

 マイクを手で押さえながら、航一郎はジュラの質問に答えた。

「正確には報告書を、言って、だな」

「言う?」

 ジュラにはよく分からないらしい。航一郎も説明が上手くできないようだ。

「とにかく、そこで見ていてくれ」

 航一郎はジュラを隣の椅子に座らせた。

「オートマータ調査報告書」

 航一郎がそう、マイクに向かって話した。と、それに反応してコンピュータ画面に、航一郎の言った言葉が打ち出されていった。

「もしかして、声で報告書を書くの? 凄い! 学園にはこんなのなかったわ」

 ジュラは感嘆の声を上げた。

「そうなのか?」

「うん、そう。こんなマイクないもの。いいなー。これがあったら、タイピングの授業もなくなるのに」

「これはまだ旧型で、僅か5カ国語しか対応できないらしい。新型のクレド43は十数カ国語に対応できるそうだよ」

 航一郎はジュラに説明した。

「うん? よくわかんないけど、とにかく面白そうね。ちょっと貸してくれる?」

 そう言って、ジュラは航一郎のマイクを奪い、自分に取り付ける。

「あー。あー。本日は晴天なり」

 ジュラの言葉をそのまま打ち出す、コンピュータ。

「面白ーい! 次はね、生麦生米生卵!」

 コンピュータはすでに、ジュラのおもちゃと化している。

「さっきまで、疲れてたんじゃないか?」

 航一郎のつぶやきは、どうやらジュラには届かなかったようだ。ジュラが飽きるのに、30分を要した。

 航一郎は、まだ、女子高生の恐ろしさを知らない……。

 

 

 暗がりの部屋に明かりが灯る。

「suzaku、オン」

 短くレンは告げると、独りでに机のコンピュータが動き出した。

『ごきげんよう、レン』

 使い古したコンピュータが、喋り出した。

「さっそくだが、先日のオートマータ調査の結果を出してくれ」

 レンはそう言って、スーツの上着を脱いだ。

『調査の結果、調査団キャンプの敷地内には該当するオートマータは発見されませんでした』

「そうか」

 脱いだスーツを椅子に掛ける。

「あぁ、それと前にマサが調べていたものは何だ?」

『マイクロチップです』

「マイクロチップ? データはコピーしたんだろうな?」

 胸ポケットから煙草のケースを出し、一本の煙草に火を付けた。

『いえ、特殊なプロテクトが掛けられており、パスコードが判明しないかぎりコピーは出来ません』

「suzakuでもコピーできないとは……興味があるな」

 一息、煙草の煙を吐いた。

 トゥルルルルルル。

 電話だ。

「私だ」

 レンは素早く受話器を取った。

「ああ、君か。……なんだって?」

 手にしていた煙草の灰が落ちた。

「エ・ディットが、倒れた?」

 

静寂はゆっくりと、そして確実に闇を呼んでいた。

 

 

 ●次回GP

銀映K1 病人のお見舞い・看病

銀映K2 病人の診察(航一郎専用)

銀映K3 オートマータ調査の続き

銀映K4 何かを調べる

銀映K5 誰かに関わる

銀映K6 創世祭に参加

銀映K7 自己流で行く!

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