銀映 第2話 砂塵に舞う蜃気楼のように
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トゥルルルルルー。
トルルルゥー。
薄暗い部屋の中で、けたたましく電話が鳴り響いた。
1
コンコン。
二回、ノックされた。
「どうぞ」
回転椅子を回して、入ってくる者を迎える白衣の中年、神崎・航一郎は開かれるドアを見た。
「こんにちは、神崎先生。仕事の調子はいかがです?」
入ってきたのは、第三班のリーダー、錬・李飛だ。
「どっちの方だ? レン」
いつものように、航一郎はぶっきらぼうに答えた。
「もちろん、両方ですよ。医者としての仕事とオートマータの調査と」
「どちらも目立った進展はない」
そう言って、航一郎は今日のカルテを整理し始める。
「そうですか、残念ですね。そう、明日、私の助手がここに来るんですよ。後でこちらに御挨拶に伺いますから」
「そうか。では予定を開けておこう」
「お願いします、先生。ではまた」
グレイのスーツのしわを直すと、レンは足早に部屋を去った。
「忙しいのだな。第三班は」
ぽつりと航一郎は呟いた。
2
果てしない大空をジュラ・ハリティは、駆けていった。いや、正確にはジュラの友人でもある翼竜のゴールディに乗って、である。
「何度乗っても、気持ちがいいわね」
「クルルルー」
ジュラの声に、ゴールディは答えた。
「レンも来れば良かったのに」
少し残念そうに、ジュラは眼下に広がる、メイ・カイ湖を眺めていた。
それには少し時間がさかのぼる。
ここは空谷村の外れにある、小さな喫茶店。そこでジュラとレンは向かい合って座っていた。
ことりとジュラの目の前にフルーツパフェが置かれる。
「それで、君が見たオートマータとは、どんな感じだったんだい?」
かたりと、コーヒーカップを置きながら、レンは口を開く。ジュラは口の中いっぱいのフルーツをほおばりながら、掌を広げた。
「?」
レンは眉をひそめる。
「五万」
やっと口の中がすっきりしたジュラが言葉にしたのは、その単語。
「五万とは?」
レンのとぼけた反応に、ジュラはため息を付いた。
「情報にはお金が付き物でしょう? 五万円。これ以下じゃ、話さないわ」
レンは目を細めた。
「ほう、取引か。君の目の前のデザートだけじゃ、不服かい?」
「もちろん。出さないのなら、いいのよ? あたしは別の人に話すから。きっと高く買ってくれるでしょうね?」
レンはもう一度、コーヒーを口にしてから言った。
「分かった。君の言う通りにしよう」
にこりと微笑むジュラ。
まずは一つ、こちらの勝ちね。
レンから五枚、福沢諭吉の紙幣を受け取った。ジュラは注意深く何回か数えてから、自分の財布にしまう。
「あたしが見たのは、長くて銀色の髪をしたオートマータよ。耳が機械になってたわ。それと、何かに追われていたみたい」
ジュラは持っている情報をレンに話した。
「なるほど、銀髪の、耳が機械のオートマータか。それは男性だったかい? それとも女性?」
「どうかしら? 一瞬、男の人かと思ったけど、改めていわれると自信ないわね。さっきも言ったけど、そのオートマータ、追われてるみたいですぐ、どこかに行っちゃったの。声も聞けなかったし。男か女か分からないわ」
そう言って、ジュラはパフェに乗っているチェリーを食べた。
「でも、もう一度会ったら、そのオートマータかどうかは分かると思うわ。結構、綺麗な顔立ちしていたし」
「そうか。では、私に協力してくれないか? そのオートマータを探しているんだ。もちろん、タダで、とは言わない」
ふふふ。またお金が手に入りそう♪
踊ってしまいたい衝動に駆られながらも、ジュラは慎重に言葉を選ぶ。
「今ね、あたし、バイトをやってるのよ。もし、協力するとしたら、それを休まなきゃいけないわよね? そこ、時給900円だし。それにお金がないと、家にいる家族が困るのよねぇ」
そっとうつむく、ジュラ。その目は少し潤んでいるようだ。
「……そうなのか。分かった。その金額で手伝って貰おう。それで良いかな?」
これで二つ目っと☆ 少し多めに見積もってて良かったー。でも、よくお金があるわね、この人。
少し心配になりながらも、二人の商談は成立して行った。
「で、話を元に戻すが、そのオートマータを見たのは……」
「メイ・カイ湖よ」
ジュラの言葉に頷き、レンは続けた。
「車で行ける所なのか?」
「ちょっと難しいわね」
「それは困ったな。明日にでも、目撃地点で調べたかったのだが」
来た来た! また稼ぎましょ!
ジュラはうきうきとした気持ちを気付かせないように、胸にしまっていたプランを提案した。
「それは大丈夫! 車がなくても空から行けるから」
「どういうことだ?」
多少驚きながら、レンは言った。すかさず、ジュラが話し出す。
「あたしの友達に翼竜がいるの。ゴールディって言うんだけど、とっても大人しくて、賢くって、本当にいい子なのよ。だから絶対に大丈夫。落ちたりしないわ。なんなら、これからキャンプに帰るとき、送ってもいいわよ?」
その言葉にレンの顔が、徐々に固まっていった。つうっと汗が滑り落ちる。
「あ、ああ、すまない。明日は大事な用事があるのをすっかり、忘れていたよ。申し訳ないが、目撃地点の調査は君に任せるよ」
カップにあったコーヒーを一気に飲み干すと、レンは立ち上がる。
「今日はこの辺で失礼する。あ、調査が終わったら、キャンプに来てくれないか? 門の前で警備員にこれを見せれば中に入れる」
そう言って素早く、名刺を手渡すとそそくさと、逃げるように会計を済ませて出ていった。
「それにしても、急に用事なんて、どうしたのかしら?もしかして……」
ゴールディの背中でふと、昨日のレンの様子を思い出した。
「クルゥールー」
どうやら、目的地に着いたらしい。ゴールディが声でジュラに知らせた。
「あら、もう着いたの?」
ゆっくりとゴールディは、メイ・カイ湖の畔に降り立つ。するりと慣れた手つきで降りるジュラ。
辺りを見回すと一面、綺麗な紅葉が広がっていた。もうすぐ、この森は冬の準備を始めるようだ。
ジュラはさっそく、周辺の木々を見ていった。それはすぐに見つかった。折れた小枝、沢山の人が歩いていった足跡、そして……。
「髪の毛ね」
小枝に引っかかっていた、青みがかった銀の長い髪の毛を見つけた。ほんの2、3本だが、充分参考になるだろう。ジュラは持ってきていた小さな瓶に、髪の毛を入れるとそっと、愛用のポーチに入れた。
3
「ここで待っててくれ」
警備員に案内されて、和田政彦は応接室のソファーに座った。とても座り心地がいい。
彼、政彦はレンに誘われて、調査団のキャンプに来ていた。この部屋に通される前に通った通路で、様々な者と出会った。美しい女性がいると思えば、清掃員のふくよかな女性に会う。真面目な青少年や、どこか怪しげな中年が歩いているし、見ていて飽きない場所だった。
「しばらく、観察でもさせて貰おうかな?」
そう、呟いたとき、
「待たせたね」
そう言って、レンが応接室に入ってきた。
「どうも、お久しぶりです。今回はこのような場所に誘って下さり、本当にありがとうございました」
二人は握手を交わすと、そのまま移動し始めた。
「私の部屋で話そう。ここじゃ、筒抜けだからね」
苦笑してレンは、応接室から少し離れた部屋に政彦を案内した。そこは応接室と同じソファーセットと、机が置いてあり、奥に二つほどまだ部屋があるようだ。机の上にノートタイプの使い込んだコンピュータも置かれている。
「さて、どうぞ。和田君」
レンの勧めで政彦はソファーに座った。
「マサでいいですよ、レンさん」
「じゃ、私のこともレンと呼んでくれ」
お互い笑いながら、和やかな雰囲気で話し合いは始まった。
「マサ、君に頼みたいことは、エ・ディットというダイバーのサポートだ」
「サポートね」
政彦の言葉に頷き、レンは続ける。
「それと、そのエ・ディットの行動、及び言動を逐一、報告してもらいたい」
「ふうん、何かしたんですか? そのダイバー」
政彦の言葉に苦笑する、レン。
「いや、ちょっと心配でね。鉄砲玉のようなヤツだから」 その言葉に政彦は笑みを零した。
「レンらしい。分かったよ。全て報告しよう」
「ありがとう、マサ。感謝する」
これで話は終わりだった。が、
「そうだ、ちょっと機材を貸してくれませんか? その、おれのコンピュータの調子が悪くって」
政彦がそう、一生懸命レンに伝える。
「それなら私のを貸そう。ここが電源で、ここがCDROMスロット。スロットはCDROMの他にも、フロッピーやMOディスク、マイクロチップも入る。後は分かるかい?」
「ええ、何とか」
レンは机にあったノートタイプのコンピュータを開け、説明した。
「ああ、それと今、処理中の書類が入っているから、ちょっと立ち上がりが遅いかも知れないが、それでもいいかな?」
「えっと、大丈夫です」
「それじゃ、私はちょっと出かけるよ。終わったら、電源落として置いてくれ。あ、鍵は掛けなくていいから」
レンは腕の時計をちらりと見てから、政彦に言う。
「分かりました」
政彦はレンを見送ってから、コンピュータをしげしげと見つめた。
「とにかく、まずは動かしてみよう」
教えられた電源のスイッチを押した。
ぽーん。
いい響きの機械音が鳴る。画面いっぱいに『suzaku』の文字が出た。
どうやら、このコンピュータの機種名らしい。
と、あっという間に、メイン画面が出る。
普通なら、もう少し立ち上がりが遅いはず。しかもレンは処理中の書類があると言ってなかったか?
「さすがはドープスター、ってことかな」
少し面食らってか、恐る恐る今度はCDROMスロットを開けた。いろいろな窪みがあるようだ。政彦はポケットからマイクロチップを、一番小さい窪みに入れる。と、自動的にスロットは閉まった。
「これで、準備は出来たっと」
政彦は画面に向かった。画面には『ただいま処理中』との表示が出ている。と、すぐ画面が切り替わった。
『パスコードを入力して下さい』
「何だよ、それは。……これがないと中身を見れないのかな? とにかく何か入れてみよう」
政彦は入力画面に向かって、いくつかのキーを押した。かたかたとコンピュータが反応する。
「もしかして、もう、ビンゴ?」
コンピュータの反応に、政彦の顔は笑みを浮かべた。
『このパスコードは承認できません。再度、パスコードを入力して下さい』
「あ、やっぱり」
その笑みは苦笑に変わった。
「もう一度!」
何度試しただろう。おそらく、半分は意地があったのかも知れない。政彦が一息ついた頃には、キャンプに着いてから、もう三時間が経っていた。
「駄目だ。今日はこの辺にしよう」
肩をぐるぐると回してから、スロットを開いた。チップを取り出して、また、ポケットにしまう。
と、突然扉が開いた。
「おや、まだやっていたのか」
どうやら、レンが戻ってきたらしい。
「あ、今終わったところですよ」
そう言って、政彦は電源を落とした。
「今日はありがとうございました。あ、あの、また借りてもいいですか?」
「ああ、かまわないよ。但し、私が使ってないときに、だがね」
政彦は苦笑する。とにかく、今日はもう帰った方がいい。政彦はもう一度、丁寧に会釈すると、足早にその場を去った。
「今度は、パスコードの一覧を作った方がいいかも」
帰る途中で、ぽつりと政彦は呟いた。
4
かつかつと足音が建物中に響き渡る。レンは軽い足取りでその廊下を歩いていた。
「ちょっとー、何処までいくの? もう用事は済んだんじゃないの?」
ジュラは、レンを止めた。ジュラの胸には、つい先程、レンから受け取った名札が揺れている。その名札には『ジュラ・ハリティ 第三班、アシスタント』と書かれていた。
「もう少し手伝って貰うよ。もちろん報酬は追加しておくが?」
「そう? ならいいわ。ちゃんと払ってよね」
制服姿の少女、ジュラは念を押した。
「いいのか? こんな子供を調査に連れて行くなんて」
ジュラの後ろにいた医師、航一郎が口を挟む。
「ええ、いいんですよ。それに例のオートマータを見たのは彼女だけのようですから」
レンはそう言って、また歩き始めた。
「まずは手近の方から当たりましょうか?」
少し戯けるような素振りで、目の前に現れたドアを開けた。ドアには『プロトルード』とある。つまりこの部屋は、別名、はぐれ隊の第7班のミッションルームだ。
がちゃり。
ドアを開けるとそこには、三人の調査員がいた。
「オートマータはいないようね?」
ジュラは部屋を見回して言った時、部屋にいた金髪の女性調査員が言葉を発した。
「オートマータ! やっぱり、副長……」
その女性を見て、レンは声を掛ける。
「おや、最近見ないと思ったら……こんな所で何をしているのかな? ビアトリス君」
ビアトリスと呼ばれた女性は、レンの言葉にぎこちない笑みを浮かべた。レンとビアトリスはどうやら、知り合いのようだ。
「いたんですか、チーフ」
まだ、ビアトリスの顔は引きつっている。
「あんたは確か……」
ビアトリスの後ろから、声を掛ける者がいる。ややくすんだ銀髪の落ち着いた青年のようだ。
「レン、でしたね。新しい三班のリーダーの」
「私の名前を覚えてくれているとは、光栄ですよ、セイ」
青年、いやセイの名を呼び、レンは満足そうに微笑んだ。
「今頃、何の調査なんだ? こちらの書類は全て渡したと思うが?」
セイがそう言って眉をひそめる。
「プロトルードのオートマータ登録がまだとの報告があったんです。良ければご本人にお会いしたいのですが。ちなみにこちらは私の助手です」
レンは後ろにいたジュラと航一郎を紹介した。それをセイは、無表情に頷きながら聞いていた。
「そうだ、千沙姫、仕事ですよ。彼等を案内してあげなさい」
「え? でも……」
突然、奥に控えていた、大人しい少女である千沙姫にセイは言った。それに千沙姫はおろおろとしていた。やっと、千沙姫が口を開くかという、瞬間、
プルルルルル。
電話の呼び出し音が部屋中に響いた。
「失礼」
断ってから、レンは胸ポケットから携帯電話を取り出し、話し始めた。
「はい、レンです。おや、女史でしたか。……ええ、ええ、……分かりました、すぐ行きます。はい、ではまた。いつもの場所でお待ちしています」
周りの者は静かにそのやりとりを見守った。
「すまない。用事が出来てしまった」
そう言ってジュラと航一郎に向かって話し出す。
「後は君達だけで調べてくれないか?」
頼んだよ、と短く告げ、レンはセイ達に一礼して去っていった。
「では、行きましょうか」
航一郎はそう言って、ドアの方に向かう。そして、ジュラと千沙姫が来るのを待っていた。
セイがビアトリスの方に視線を移す。
「ちょうどいいから、あんたも付いていきなさい」
その言葉に納得したのか、ビアトリスも一行に加わった。
5
ここは、サイバーネット。政彦はレンの指示通り、エ・ディット達とダイブをしていた。ネット内では、政彦は黒猫になる。するりと政彦はエ・ディットの横を抜けていった。
「あ、そうだ。お前にこれをやるよ」
そう言って、エ・ディットは政彦に、一枚のカードを投げた。政彦はそれを上手く、口にくわえた。
「ティンヴァにやろうかとも思ったんだが、今持ってるプログラムで充分だからな」
「それでは、ありがたく受け取りましょう」
さっそく、政彦はそのカードをインストールした。と、やっと目的地に着いたらしい。
「……ここが、図書館へのラインだ」
エ・ディットが答える。
「へえぇ、これが?」
代わり映えのないラインを見て、政彦は言った。
「ぱっと見はそうだが……」
「約300のトラップが起動しています」
エ・ディットの言葉に付け加えるかのように、ティンヴァも答えた。
政彦は先程、ダイブする前にレンから預かったプログラムを起動してみた。確か、対トラップ用のプログラムと聞いていた。
「下がって、ちょっと試してみるから」
政彦はエ・ディット達にそう告げ、プログラムを起動した。爪と牙が伸び、全身に力が沸いてくるようだ。
「はっ!」
手始めに近くにあったトラップを爪でひっかいた。
じゅううう。
溶けるようにトラップが消える。
「ヒュー。やるね、あんたも」
「それほどではないよ。まだトラップはあるから先に行くよ?」
「ああ、頼む」
そう言って、次から次へとトラップを消していった。政彦の消したトラップはどうやら、再生しないらしい。彼等の後には綺麗な、トラップのないラインが出来上がっていった。
「これなら、次から転移でも来れますね」
ティンヴァは嬉しそうに話し掛けた。
「そう、だな」
エ・ディットもまんざらでもなさそうだ。
そうして、全てのトラップを消し終え、やっと図書館のデータベース前までたどり着いた。
「お疲れさまです、マサ様」
ティンヴァが微笑んだ。
「どうやら、お出迎えらしいぜ?」
エ・ディットが顎で指した先には前回も会ったダイバー達が並んでいる。一人足りないが、おそらく別の所にいるのだろう。政彦は初めて見る相手に、観察を始めた。 一人は、背中に竜の様な翼と、大きな鎌を持った女性。 二人目は水色の長い髪を、二つに分けてまとめている少女。
三人目は、今時珍しい、新撰組の格好をした武士。
「面白い人達だなぁ」
そう、政彦が感心している横で、バトルが始まった!
始めに仕掛けたのは、水色の髪の少女。手に持った一枚の札をエ・ディットに向けて、投げつける!
札は炎となって、エ・ディットを襲った。エ・ディットはそれを避けようとしたが、少し掠ってしまった。
「ちっ、しくじったか」
掠った左腕をかばうように傷を押さえながらも、エ・ディットは漆黒の鞭で応戦するが、少女には当たらない。
と、今度は鎌を持った女性が、それを待っていたかのようにエ・ディットに襲いかかろうとする!
が、それをティンヴァが己の牙で受け止めた。
ぱりぱりと火花が散る。
ふと、政彦の目の前が暗くなった。
「お主の相手は拙者が勤めるでござるよ!」
いつの間にか武士のダイバーが間合いを詰めてきた。
「そうかい? じゃあ、おれも頑張らないとっ!」
そう言って、政彦は素早く武士に攻撃を加えた!
が、避けられてしまった。
「調子悪い……のか?」
そして、政彦は相手の攻撃に備えて身構える。
武士が二つの刀で風を切り、かまいたちを作った、が、向こうも調子が悪いらしく、狙いが外れたようだ。
もう一度!
そう思った瞬間、それは突如、政彦を襲った!
「!!」
政彦の体が、全身から光が溢れる。
「何だ、これは……」
押さえようにも押さえられない。どうやら、先程エ・ディットから貰ったカードが原因のようだ。
「うわああああ!」
弾ける閃光、十数本の光の帯、そして、政彦の叫び。
全ての枷が外れたとき、光の帯は、貫くかのような勢いで、図書館のデータベースを襲った!
光を受け入れた図書館のデータベースは、見る見るうちに溶けるように一部が崩れていった。
「戻るぞ」
エ・ディットが短く政彦に言った。
「今がチャンスじゃないか」
少し疲労感があるが、それでも一仕事出来るぐらいの体力は残っている。政彦はそう、反論しようとしたが、
「これはフェアじゃないだろ? くそ、またレンにはめられたか」
エ・ディットはティンヴァに合図を送った。牙で押さえた鎌を放し、エ・ディットのもとに駆け寄る。
どうやら、ダイバー達は崩れたデーターベースに気を取られ、こちらの方まで気が回らないらしい。
「……出直すぞ」
呟くようにエ・ディットは言った。怪我が思ったよりも深いのだろうか? 調子が悪そうに見えた。
「分かった。戻ろう」
ダイバー達が気付いたときにはもう、政彦達は去った後だった。
「ふう、戻ってきたか」
政彦はため息と共に、付けていたヘッドマウントディスプレイを外す。
ゆっくりと周りを見渡す。ここは、調査団キャンプの一室。ダイバー専用コンピュータルームである。快適なダイブが出来るよう、様々な機材や専用の椅子まで用意されていた。
政彦達は、その専用の椅子に座って、ダイブしていた。
「エ・ディット様?」
ティンヴァの声ではっと、隣に座っているエ・ディットの方を向く。
「……何でもない」
そう言ってエ・ディットはディスプレイを外す。そして、立ち上がろうとした。が、
「おっと」
よろけた。
「エ・ディット様、どうかなされましたか?」
エ・ディットのただならぬ様子に、ティンヴァが駆け寄る。
「何でもないって言っただろう?」
その声に覇気はない。
「それは、君を心配している彼女に失礼じゃないか?」
政彦もエ・ディットに駆け寄った。
「お前等には、関係ない……」
エ・ディットの体が傾く。それをすかさず、ティンヴァが支えた。
「無理をしては体に障ります」
「ほっとけよ」
「ほっとけないね」
政彦もエ・ディットを支えた。そして、さっとエ・ディットの額に手を当てる。熱い。熱があるようだ。
「えっと……君は」
「ティンヴァレス・ローです。ティンヴァとお呼び下さい」
政彦の言葉にティンヴァがすぐ反応した。
「なんだよ……」
顔を青くしながらも、エ・ディットはなおも、反抗する。
「じゃ、ティンヴァさん。彼は熱があるようだ。彼の部屋まで運ぶよ、いいね?」
「ですが……」
「じゃ、このままにする?」
「……分かりました。マサ様、お手伝いいたします」
二人は頷くと、エ・ディットを抱えて部屋を出た。
「勝手に、しろ……」
エ・ディットの言葉がむなしく廊下に響いた。
6
ばたんと、扉が開いた。
「結局、いなかったわねぇ」
ジュラは疲れた様子で、部屋に入った。
「そうだな」
ぼそりと航一郎が答える。彼も疲れているようだ。
無理もない。二人はレンに頼まれたオートマータ調査をしていた。調査団のキャンプ内全てのオートマータと会い、話をしたのだから疲れるのは当たり前である。
「あーん、まだ報告書が残ってたっけ? 早くすませましょ」
「そのつもりだ」
ここは航一郎の仕事場である。机が二つあり、一つは書類やライトボードが置かれている。もう一つはデスクトップ型のコンピュータが置かれていた。
航一郎はコンピュータを起動させると、側にあったヘッドホンの様なマイクを頭に取り付けた。
「ワードプロセッサプログラム、起動」
航一郎の声に反応して、ワープロソフトがコンピュータの画面に展開する。
「何してるの?」
「これから、報告書を打つんだ」
マイクを手で押さえながら、航一郎はジュラの質問に答えた。
「正確には報告書を、言って、だな」
「言う?」
ジュラにはよく分からないらしい。航一郎も説明が上手くできないようだ。
「とにかく、そこで見ていてくれ」
航一郎はジュラを隣の椅子に座らせた。
「オートマータ調査報告書」
航一郎がそう、マイクに向かって話した。と、それに反応してコンピュータ画面に、航一郎の言った言葉が打ち出されていった。
「もしかして、声で報告書を書くの? 凄い! 学園にはこんなのなかったわ」
ジュラは感嘆の声を上げた。
「そうなのか?」
「うん、そう。こんなマイクないもの。いいなー。これがあったら、タイピングの授業もなくなるのに」
「これはまだ旧型で、僅か5カ国語しか対応できないらしい。新型のクレド43は十数カ国語に対応できるそうだよ」
航一郎はジュラに説明した。
「うん? よくわかんないけど、とにかく面白そうね。ちょっと貸してくれる?」
そう言って、ジュラは航一郎のマイクを奪い、自分に取り付ける。
「あー。あー。本日は晴天なり」
ジュラの言葉をそのまま打ち出す、コンピュータ。
「面白ーい! 次はね、生麦生米生卵!」
コンピュータはすでに、ジュラのおもちゃと化している。
「さっきまで、疲れてたんじゃないか?」
航一郎のつぶやきは、どうやらジュラには届かなかったようだ。ジュラが飽きるのに、30分を要した。
航一郎は、まだ、女子高生の恐ろしさを知らない……。
7
暗がりの部屋に明かりが灯る。
「suzaku、オン」
短くレンは告げると、独りでに机のコンピュータが動き出した。
『ごきげんよう、レン』
使い古したコンピュータが、喋り出した。
「さっそくだが、先日のオートマータ調査の結果を出してくれ」
レンはそう言って、スーツの上着を脱いだ。
『調査の結果、調査団キャンプの敷地内には該当するオートマータは発見されませんでした』
「そうか」
脱いだスーツを椅子に掛ける。
「あぁ、それと前にマサが調べていたものは何だ?」
『マイクロチップです』
「マイクロチップ? データはコピーしたんだろうな?」
胸ポケットから煙草のケースを出し、一本の煙草に火を付けた。
『いえ、特殊なプロテクトが掛けられており、パスコードが判明しないかぎりコピーは出来ません』
「suzakuでもコピーできないとは……興味があるな」
一息、煙草の煙を吐いた。
トゥルルルルルル。
電話だ。
「私だ」
レンは素早く受話器を取った。
「ああ、君か。……なんだって?」
手にしていた煙草の灰が落ちた。
「エ・ディットが、倒れた?」
静寂はゆっくりと、そして確実に闇を呼んでいた。
●次回GP
銀映K1 病人のお見舞い・看病
銀映K2 病人の診察(航一郎専用)
銀映K3 オートマータ調査の続き
銀映K4 何かを調べる
銀映K5 誰かに関わる
銀映K6 創世祭に参加
銀映K7 自己流で行く!