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銀映 第1話 重なり合う月と太陽のように

 

「ふっ、なかなかやるじゃないか」

「そんなことはありませんわ。エ・ディット様こそ、素晴らしい能力をお持ちでは?」

「嬉しいことを言いやがる」

「エ・ディット様のお言葉、何よりの励みになります」

「そうか?」

「ええ。私はエ・ディット様の為なら、例え、地の果てまでもお供いたしましょう」

「俺も、お前のこと気に入ってるぜ」

 

 何かが、生まれた。

 

 

 その少女は勢いよくメイ・カイ湖から顔を出した。湖の飛沫が白い煙となって少女を包み込む。

「はあ! 気持ちいい!」

 カフェオレ色の肌に弾ける滴を払いながら、少女は、湖を出る。少女の名はジュラ・ハリティ。竜の民で学生だ。タオルで水を拭き取り、近くの木に掛けていた毛皮のパレオなどを身につけると、ジュラは首に下げた呼び子をおもむろに吹いた。澄んだ笛の音が森に響く。

「クルルルゥゥゥ!」

 笛の音に反応するかのように、翼竜が現れた。

「おはよう、ゴールディ! これから朝の配達に行くわよ。さあ、今日も頑張りましょ」

 そう、翼竜に声を掛けたとき。

 がさがさ!

 森から一人の青年が現れた。長い、青みを帯びた銀の髪、透き通るような銀の瞳。耳には何か、機械のようなものが取り付けられているようだ。彼はジュラを見て、驚いたようだった。だが、それも一瞬のこと。すぐに表情が和らぐと、ジュラに何かを言いかけた。が。

「……!!」

 彼は何かに気づいたらしい。辛そうな目を後ろに投げかけると、すぐさま駆けだした。人並み外れたそのスピードで。

「ちょっと、ねえ!」

 ジュラがすかさず声を掛けるが、もう、彼はいなかった。

「何なのよ、一体」

 ジュラは翼竜と顔を見合わせた。

 

 

 また、空谷村のヘリポートに、一台のヘリコプターが舞い降りる。

「早いな」

 ぽつりと彼は呟いた。白銀の長い髪を一つに束ね、グレイのスーツを着込んでいる。

「レン先輩! 来ましたよ」

 彼を呼ぶ、見習いの青年が駆けてくる。

「ああ、今行く」

 レンと呼ばれた銀髪の青年は、席を立つと手に持っていた煙草を灰皿に擦り付けた。

 

 

「健康診断? そんなことしなくてもいいじゃないか。俺は5歳の時以来、風邪なんてひいたことないぜ」

 レンの後に長身のがっちりした青年が歩いていた。

「残念だがこれも義務なんだよ、エ・ディット」

 レンは苦笑しながら、第5セクションのある一室の前で立ち止まった。そして、軽くノックする。

「どうぞ」

 部屋から声が聞こえた。がちゃりとレンは扉開ける。

「失礼します。今日、前もって話しておいた彼を連れてきました」

 レンは軽く礼をして中に入る。そこには一人の白衣の中年男性が机の前にいた。白衣にネームプレートが付けられている。神崎・航一郎、それが彼の名前だ。レンは無理矢理、エ・ディットを航一郎の前の椅子に座らせる。

「神崎先生、健康診断をよろしくお願いします」

 レンの言葉に頷くと航一郎はカルテを取り出した。

「エ・ディット・オッドバイトさん、だね?」 

「ああ。手早く頼むぜ」

 面倒臭そうに、エ・ディットは言う。

「では、口を開いて」

 航一郎の一言で、簡単な健康診断が始まった。

 

 

 ちゅんちゅんと朝を告げる小鳥の声。彼はそれを目覚まし代わりにしていた。ここは空谷村の外れに位置する古いアパートの一室が彼の家だった。

「ふわぁ~」

 寝癖を簡単に手櫛で整えながら、チェックのシャツを羽織る。彼、和田政彦は朝食の調達の為、近くのコンビニに向かっていた。普段ならこんなことはないのだが、昨日は知り合いの引っ越しの手伝いで疲れ果て、買い物をする気力がなかったのだった。

「今日もいい天気だね」

 晴天の空を見上げながら、政彦は一つ伸びをした。

「にゃーん」

 その傍らに薄汚れた白猫がすり寄る。

「おはよう、猫君」

 政彦は猫に声を掛けると、猫はとたんにするりと別の所へ歩いて行った。

「にゃあ、にゃあー」

 猫は盛んに鳴き出す。

「どうしたんだい? ……お腹でも空いたのかな?」

 政彦は猫の方に目を向けた。猫は何かを見つけたらしく、道ばたに落ちているものをじっと、見つめていた。

「ん?」

 政彦は近づき、落ちているものを拾い上げる。銀色に輝く何かの部品のようだ。

「これは、何だろう? マイクロチップ?」

 首を傾げながら、しげしげとその部品を眺めた。空にすかして見てみる。

「もしかしたら、誰かの落とし物かもしれない」

 政彦はそれを胸のポケットにしまい込んだ。

 

 

 からんと鈴が鳴る。客が来たようだ。

 空谷村の商店街には、『CELESTE(セレステ)』という小さなバーがあった。そこでは欧米風の雰囲気を作り出しているためか、利用客の多くは地上人だった。

 からん、からん。また、客が入ってきたらしい。今度は天上人の客だった。

「何になさいますか?」

 バーテンが入ってきた天上人に尋ねた。天上人はカウンターに座り、

「いつもので」

 一言、注文した。どうやら、ここの常連らしい。ふと、その天上人に話しかける者がいた。

「貴方もお一人で?」

 隣に座る銀髪の青年は笑顔で尋ねた。

「ええ。貴方も、ですか?」

 長髪の天上人も青年に話をする。

「本当は私の友人と来るはずだったんだがね。どうしても抜けられない用事があるそうだ」

「おれもそんなところです」

 二人は苦笑しながら、バーテンの注いだグラスを傾けた。

「私は錬・李飛。予期せぬ人員交代で、何故か第3班の調査団リーダーを勤めることになってしまったよ」

「え? 調査団のリーダーをなさってるんですか! それは凄い! おれは和田政彦と言います。あー恥ずかしながら事情により、今は職を探しているところなんですよ」

「職を?」

 レンはグラスをカウンターに置くと、政彦を見た。

「それは大変だ。何か得意なことは? 私で良ければ力になってもいいが?」

「えっと、占いとダイブを少々。……っていいですよ。自分で見つけますし。そんな初対面の方に頼むなんて」

 政彦は空になったグラスを置き、レンに言った。

「占いとダイブ……」

「本当にいいですって」

 政彦はレンの思考を何とか止めようとしていたが、上手くいかない。

「ダイブ? ダイブが出来るなら、私の所に来ないか?今、人手不足なんでね。困っていたんだ」

「ですから、本当に……はい?」

 政彦は思わず、聞き返した。

「君の力を貸して欲しい。……どうかな?」

 レンは微笑む。

「い、いいんですか?」

 政彦の声が上擦った。

「そうと決まれば、今日は君のお祝いといこうか」

「喜んで!」

 

 

 第5セクションの診察室。今日も航一郎はカルテの整理をしていた。その中にエ・ディットの診断結果もある。『きわめて良好。異常なし』とその診断書に記入されていた。ふとその手が止まる。どうやら、一段落したらしい。

「エンゲージ、か……」

 そう言って航一郎は胸のポケットから名刺サイズのカードを取り出した。ベージュの枠に緑のスイッチが付いている。航一郎はその緑のスイッチを押した。

 ぽーん。

 機械音と共にカード枠の中から、立体ホログラムが飛び出してきた。これが、地上で言う写真の一つ『ホログラム・フィルム』だ。航一郎はそこに現れたホログラムをじっと見つめていた。二人の子供を抱き込むようにして女性が笑っている。子供も笑顔だ。

「ドクター神崎、イルかしら?」

 ノックの後、細身の女性が入って来る。航一郎は素早く、ホログラム・フィルムをしまった。

「アラ? どうかシタ?」

「いや、何も。所で、俺に用じゃないのか? シンディ」

 ぶっきらぼうに航一郎は女性、シンディ・アッテンボローに尋ねた。

「そうそう、ソウだったワ。貴方にメールが届いてルノ。ハイ、どうゾ」

 シンディは手にしていた手紙を渡した。

 一つはある女性から、もう一つは自分に馴染みの深い場所から。

「それじゃ、マタ。次はチーフの所ネ」

 シンディは手紙を渡すとすぐに部屋を出ていった。それを見送ると、早速、手紙の封を開けるため、ペーパーナイフを手にした。

 先に開いたのは、依頼書だった。一枚の手紙と、一枚のディスク。

 次に開いたのは、先ほどと同じようなホログラム・フィルムと、三枚ほどの便箋。早速フィルムを見てみる。航一郎が見ていたフィルムに写っていた三人が、病院の中で笑っている。それを確認して、ホログラムを閉じた。

 そして、航一郎はフィルムと三枚の手紙を丁寧にしまうと、たった一枚の事務的な手紙をもう一度見た。

『貴方を見込んで頼みたいことがある。詳しいことはディスク参照のこと。少々、やっかいな仕事だが、働きによっては貴方の望む報酬を約束しよう。健闘を祈る』

 その文面の後に、見たことのある名前。

「依頼、か」

 航一郎は、ディスクを手に取り、コンピュータの電源を入れた。

 

 

 空と大地に規則正しく、無数のラインが伸びていた。ここはサイバーネット。ごく限られた者しか立ち入ることの出来ない世界。そこで彼等は、機械の鼠を相手に乱闘していた。その中に政彦の姿も見える。そんな数人の乱闘を欠伸しながら見てる者がいた。

「エ・ディット様。よく見なくてよろしいんですか?」

 深紅の毛皮に身を包む獣が喋った。深紅の獣、それが、サイバーネットでのティンヴァの姿だった。

「俺が見なくったって、全員合格だろ。ほら、あいつ、もう倒しちまった」

 漆黒のスーツを着こなす青年、エ・ディットは、政彦の方を顎で指した。政彦の傍らで、壊れた鼠が消えるところだった。

「ですが」

「そうだ、ティンヴァ。ちょっと出かけないか?」

 エ・ディットはティンヴァの頭を軽く撫でた。

「いいんですか? まだテストは終わっていませんよ。それに、どこに行くんですか?」

「大丈夫だって。すぐ戻ってくればいいだろう? さて、行くか、空谷村の自慢の図書館とやらにね」

「危険です! 私のリサーチした結果によると、図書館に向かった者は90パーセント、LOSTしています。何か対策が必要だと私は提案します」

 ややトーンを下げた声でティンヴァは抗議する。

「だから、そのために偵察が必要だろ? 大丈夫だって。俺が誰だか忘れたか? 『漆黒の破壊神』 エ・ディット様にかなう奴はいないぜ」

 にやりと笑みを浮かべるエ・ディット。

「しかし……」

「じゃ、お先に。ティンヴァはここで待ってな。すぐ戻ってくるからさ」

 そう言って、エ・ディットは立ち上がる。

「待って下さい。私も行きます」

「そう来ると思ったぜ」

 彼等は、その場所を離れた。

 

 

「ワーオ! 粋なことしてくれるね。よっぽど俺達を入れたくないらしい」

 エ・ディットは目の前にある、大小様々なトラップを見つめて歓声を上げた。

「エ・ディット様。図書館に通じるライン上には、約300のトラップが起動しています。どうしますか?」

 そう言うティンヴァの問いに、エ・ディットは答える。

「壊すに決まってるだろ?」

「300ものトラップを、ですか? それに再生プログラムも内蔵していますわ」

「じゃ、どうするって言うんだ?」

 ティンヴァは前足を地面に擦った。

「私が突破しますわ。私のアタックプログラムで駆け抜ければ何とかなると思います。往復しか出来ませんが。壊した上でまだ起動しているのがあれば、お手数ですが、エ・ディット様、頼みますわ」

「OK。早速始めよう」

「はい」

 ティンヴァは駆け出すと、その影を追うかのように、エ・ディットがぴったりと付いてくる。二人は息ぴったりでトラップのひしめくラインを突き抜けていった。

「エ・ディット様、前方に四名のダイバーを確認。どうやら座標によると、図書館のガーディアンのようです」

「二十歳ぐらいの女性はいるか?」

「一名、該当者がおります」

「じゃ、その女性の背後に回ろう。出来るか?」

「可能です。後十秒で目的地点です」

「OK」

 エ・ディット達は目的地点にたどり着いた。

「ほう、なかなか」

 そう呟くと彼等は、ダイバー達の前に現れた。目的の女性の後ろに、だ。

「やあ、嬢ちゃん。その胸、整形かい?」

 そう、女性の耳元で囁き、腰に手を回す。

「なっ!!」

 それを女性は振りほどいた。

「あ、あんた、ハッカーね!」

 そう言って女性は鎌を構える。

「おぉ、怖い怖い」

 エ・ディットはオーバーに驚いて見せた。

「可愛い顔が台無しだぜ?」

 足下にいるティンヴァに向かって、エ・ディットは話し掛けた。

「何を言ってるんですか! 彼等は私たちの敵なんですよ?」

 ティンヴァはエ・ディットだけに聞こえる声で話した。

「分かっているさ。そう、心配するなよ。ここのデータは俺達が頂く。そうだろう?」

 それとティンヴァはすぐ戻れるよう、後ろで待機しておいてくれ、とエ・ディットは小言で付け加えた。どこからともなく着ているスーツと同じ、漆黒の鞭を取り出す。

「分かりましたわ」

 ティンヴァは素直に答えた。エ・ディットのゴーグルに隠されたブルーの瞳が細くなる。

「さあ、始めようか」

 ぴしりと手にした鞭でネットのラインを叩き付ける。ぴりぴりと振動が伝わってきた。

「肩慣らしに丁度いいな、なあ?」

 後ろに向かうティンヴァに話し掛ける。

「か、肩慣らしぃ?」

 鎌を構えた女性がきっと睨む。

 と、その言葉を合図にエ・ディットの鞭が撓り、彼女を弄ぶかのように襲った!

 女性はそれを優雅に躱すと、何かを叫んだようだった。 そして、女性に代わってポニーテールの少女が前に出ようとする。

「何やってんだか」

 エ・ディットは楽しみながら、それを見ていた。

 その瞬間、鎌を持った女性が突然、襲いかかってきた。

「こうでなくっちゃな」

 エ・ディットはそれを手にしていた鞭で防ぐ。遠くで何か叫んでいるようだった。

 ばりりりりぃぃぃぃ!!

 鞭と鎌が軋みを上げる!

「威勢のいい奴だ。だが、俺を倒すには、まだ早いっ!」 

 エ・ディットは鞭を握る手に力を込めた。

 ぱぁん!

「きゃあっ!」

 女性の鎌が弾かれ、怪我をしたようだった。暫くは動けないだろう。

「まずは一人。って惜しいことしたかな?」

「エ・ディット様~」

「分かってる、分かってるって」

 そう言い合いをしているとき、一筋の矢が彼等に向かっていた。

「しまった!」

 とっさにバリアを展開させた。が、一瞬、間に合わなかった。エ・ディットの頬から、一筋の傷が浮かぶと、そこから血が流れて来た。

「大丈夫ですか? 損傷率は……10パーセント未満のようですが」

「面白い。今日はこの辺にしておくか。帰るぞ」

 ティンヴァに声を掛けると、行きと同じように元来た道を駆け抜けた。もう、図書館は遙か遠くに見えた。

「傷の具合はいかがですか?」

 トラップを無事抜けたところで、ティンヴァは声を掛けた。

「大したことはない。只のかすり傷だ」

 親指でエ・ディットは血を拭う。傷からノイズが走っているようだ。

「ライズするぞ」

「かしこまりましたわ」

 彼等は現実世界に戻っていった。


 

 空谷村の商店街。そこで彼等は買い物をしていた。

「これで全てですわ」

 紅いウェーブの掛かった長い髪をさらりと流しながら、彼女は答えた。

「じゃ、キャンプに戻るか」

 細めのサングラスをくいっと上げると、彼は乗ってきたジープに荷物を入れる。

「あ、今日、何日だ?」

「17日です」

 ティンヴァは即答した。

「17? 忘れてた! 今日はメンテに出したパソコンが戻って来るんだったな。ちょっくら取りに行って来るから、お前はここで待ってな。この近くだし、すぐ戻ってくるからよ」

 そう言って、エ・ディットはどこかへ行ってしまった。ぽつんと取り残されるティンヴァ。

 と、すぐ近くで少女の声が響いてきた。どうやら、アカペラのフォークソングのようだ。無垢な声が心に響く。ティンヴァは声の方に目を向ける。そこでは一人の少女が手を胸に当て、歌う姿があった。その側に数人の人だかりが出来ている。そして、曲が終わりを告げた。足下にあった古ぼけた空き缶にコインや紙幣が入れられる。

 と、そのとき、

「やめて! やめて下さい!」

 少女が声を上げた。どこから現れたのか、三人の男が少女をどこかに連れていこうとする。

「誰か、誰か助けて!」

 ティンヴァの体がぴくりと反応した。

 

 

「なあ、ティンヴァ。もし、誰かが助けを呼んでいたらどうする? 助けるか?」

 ベースキャンプのエ・ディットの部屋で、突然、彼は問いかけた。

「エ・ディット様のご命令とあれば、お助けします」

 ティンヴァのその言葉に、エ・ディットは思わず苦笑する。

「そうか。だったら、女性なら迷わず助けろ。特に俺好みの可愛い子は、ついでに俺の所まで連れてくるように。なんてな」

「はい、了解しましたわ」

「おいおい、最後のは冗談だからな。いいな?」

「冗談……ですか?」

「そう、冗談。聞かなかったことにしておけ」

「……理解不能。よく分かりません」

 

 

「ファイルC45、展開。エ・ディット様のご命令を確認。これから実行に移します」

 ティンヴァはそう言うと、少女の方に駆けだした。

「止めて下さい、離してっ」

「いいじゃないか、ちょっとぐらい」

 男達はまだ少女を掴んでいる。

「その方から離れなさい」

 ティンヴァが彼等の前に出た。

「何だ? お前は?」

 男の一人がティンヴァを睨む。と、声を掛けたのが女性なのが分かると、ティンヴァの方にも近づいてきた。

「へえ、めちゃくちゃいい感じじゃねーか」

 三人のうち、痩せた男がティンヴァの肩に手を置く。

「もう一度、お尋ねします。その方から離れなさい、さもなくば……」

 痩せた男は愉快に笑いながら、ティンヴァを掴む。

「さもなくば、どうするんだい? お嬢さん?」

「さもなくばファイルB11より、格闘術を実行いたしますわ」

 ティンヴァは無表情のまま、そう告げた。

「ははははっ! お嬢さんが? 俺達を? できるものならやってもらいたいねー!」

 痩せた男が合図をして、少女を掴み上げる。

「嫌です!」

 少女が声を上げた。

 げしっ!

 鈍い音が辺り一面に響く。ティンヴァの側で、のびている痩せた男がいる。

「な、なめんなよ!」

 もう一人の男性が襲いかかる!

 男性の動きを注意深く捉えると、ティンヴァはその右足を高く上げた。

 ごすっ!

 踵落とし。ティンヴァのやっている格闘術は、紛れもなく踵落としだった。

「このっ!」

 最後の男はティンヴァの踵を避け、体ごとぶつかっていった。ばたりと倒れるティンヴァ。

「さあ、お遊びはここまでだぜ?」

 男はにたりと笑みを浮かべた。金の歯が見えた。ティンヴァは金歯の男によって、動くことが出来なかった。じたばたと動くが、上手くいかない。ふと、力を緩めた。ティンヴァの顔が笑顔になる。

「はん、やっと諦めたか」

 金歯の男がそう口を開いたときだった。

 ぐわん!

 その音と共に倒れる金歯の男。男の後ろには、そこら辺に置かれていたのだろう、多少へこんだ鉄のドラム缶を手にした少女が立っていた。

「大丈夫ですか? お姉さん?」

 少女はドラム缶を投げ出すと、ティンヴァに駆け寄った。ティンヴァはのびた金歯の男を転がし、自由の身になった。

「ええ。あなたのお陰です。あなたは大丈夫ですか?」

 ティンヴァは少女に尋ねた。

「私は大丈夫です。貴女のお陰で助かりました」

「もうすぐ男達が起き上がるかも知れません。私と一緒に行きましょう。エ・ディット様がお待ちです」

 笑顔で少女を促すと、強引にジープの所まで連れていった。

「あれ? ティンヴァ、お前どこに行ってた……ん?」

 ジープには、用事を済ませたエ・ディットがいた。

「三人の男から少女を助けましたので、エ・ディット様のもとへ連れてきました」

 ティンヴァは笑顔で答える。エ・ディットは、やっと分かったらしく、頭を掻くと少女の前にしゃごんだ。

「どうやら、大変な目にあったらしいな。俺はこいつ、いや、ティンヴァの主人のエ・ディットだ。嬢ちゃんは?」

「私は……エムです」

 エムこと、馬川・M・藤丸は多少、混乱しながらも答えた。

 

 

 かたかたとコンピュータが起動している。ここは調査団のベースキャンプ。その一室である、レンの部屋で、コンピュータは動いていた。それをじっくりとレンは眺めている。

「三つの依頼書か」

 レンは三つのディスクを見て、目を細めた。用件が同じで宛先の違う手紙も三枚。

「まずは、『イギス』から」

 一枚目のディスクをコンピュータに入れた。鈍い機械音と共に、画面いっぱいに中年男性が映し出された。

『ごきげんよう、諸君。君らに頼みたいことがある。それはこの空谷村に入り込んだ試作のオートマータのデータを奪うことだ。奪うデータは二つ。オートマータの記憶データと最新のAAシステムだ。それ以外は壊してもかまわない。だが、二つのデータは無傷で取り出すこと。なお、オートマータの特徴などは現在調査中である。これもわかり次第、追って知らせよう。とにかく最近、空谷村に入ってきたオートマータを全て調査して見つけだしてくれ。頼んだぞ』

 その後、ディスクのデータは自動的に削除された。

「次は『ベルティオ』だな」

 一枚目を取り出し、二枚目を入れる。機械音と共に現れたのは、金髪の女性。

『こんにちは、皆さん。早速ですが、皆さんに緊急の仕事を依頼することになりました。内容は二点。あるオートマータの外見データと、それに内蔵されている最新鋭の感情システムであるAAシステムの回収をお願いしたいのです。オートマータを壊してもかまいませんが、必ずその前に外見のデータを手に入れ、無傷でAAシステムを回収して下さい。残念ながら、目的のオートマータのデータは現在不明です。分かることは、つい先日、空谷村に潜入したそうです。最近空谷村を訪れたオートマータを中心に調査を進めて下さい。では、健闘を祈ります』

 これも全ての映像が流れると、データは消えてしまった。

「最後は『ラーフ・ロータス』か」

 出てきた二枚目を取り出すと、三枚目を差し込む。音と共に現れたのは若い白衣の青年。

『これから話すことを良く聞いて欲しい。君たちに頼むことは一つ。無傷で、あるオートマータを保護して欲しい。僕たちの調査によるとそのオートマータは、現在空谷村にいるらしい。外見、性別、特徴などは今のところ不明だが、分かり次第、君たちに知らせていきたいと思う。何故、オートマータを追うのか。それは、最新鋭の感情システム及び、好成績を残す、優秀なオートマータだからだ。とにかく、そのオートマータは感情豊かで、まるで本物の人のように話したりする。あまり刺激せずに接近し、我が社の研究所まで連れてきて欲しい。用件はこれだけだ。頑張ってくれ』

 三枚目も同じくデータは消えた。レンはため息をついた。

「この三社の共通点はどれもが、オートマータ製造会社だということか」

 レンの顔に笑みが零れる。

「使えるな」

 と、急にがちゃりとドアが開いた。

「おい、用件て何だ?」

 現れたのは金髪の青年、エ・ディット。

「来たか、エ・ディット。用とはこれだ」

 レンが取り出したのは、一枚のカード。

「何だよ、それ?」

 眉をひそめながら、エ・ディットはカードを受け取った。

「新作だよ。ハッキング用プログラムのね」

「ああ、データね。カードってことはそんなに容量は無い訳か。俺には必要ないが……ま、いっか。ティンヴァにくれてやるよ。他にはないのか?」

「ああ、あると言えばあるし、ないといえばないな」

「どういうことだ?」

 むっとしながらもエ・ディットは尋ねた。

「お前の興味のない話だよ。一応、聞くか? すぐ寝ると思うが」

 レンはそう言って苦笑した。

「レンがそう言うなら、聞かなくてもいいな。用はこれだけだな?」

「ああ、何か急いでいるのか?」

「急ぐって訳じゃないが」

 先ほど入ってきたドアを開き、エ・ディットは振り向く。

「俺の部屋に客が来ているんだよ。ストリートミュージシャンのね」

「ほう、お前の好みそうな女性なんだな。ぜひ会って見たいものだ」

「後で連れていくか? なかなかいいぜ? まだ子供だけどな」

「後で、な。仕事が増えたんでね」

「ま、頑張ってくれよ、新リーダー」

 それを最後に、エ・ディットは出ていった。

「さて、始めるか。まずはこちらも人員が欲しいから、知り合いにでもメールしておこう」

 レンはまた、コンピュータに目を向けた。

 

 

「あたし、見たのよ。……この目で確かに」

 ジュラは、友人である少女達に話していた。ここは瞑海学園。放課後、その教室の一室で彼等はいた。

「そういわれてもねー。森にオートマータがいるわけないじゃない。調査団のところなら、わかるけど」

 友人の一人が言った。

「でも、本当に見たの! 朝、水浴びしていたら、ひょっこり出てきたんだって」

 ジュラの言葉を信じられずに、友人達は顔を見合わせる。

「もういいわ。先に帰る」

 急に立ち上がるジュラ。

「あ! ジュラ!」

 ジュラは友人達の言葉に目を向けず、さっさと教室を出ていってしまった。

 

 

「もう、せっかく話してあげたのに。全然信じてくれないなんて。あたしは本当に見たのよ! 森でオートマータを!」

 ジュラは黄昏色に染まる、道のど真ん中で叫んだ。

「あーんもう、いらいらするっ! こういうときは、商売にかぎるわ」

 そういって首から下げていた呼び子を取り出した。

「そこのお嬢さん。その話、詳しく話してくれないか?」

「誰?」

 ジュラの前に現れた銀の髪の青年。

「私は、錬・李飛。調査団の一人だ」

 そう言って、身分証明書を取り出す。その証明書の写真は紛れもなく彼だ。

「ふうん、なるほどね」

「立ち話もなんだから、そこの喫茶店で。いかがかな?」

 彼はにこりと笑った。

「いいわ。でも、貴方のおごりでね」

「かまわないよ」

 商談がひとつ、成立した。

 

 

光と闇が重なるとき、全ての歯車が動き出した。

 

 

 ●次回GP

銀映K1 エ・ディットとダイブ

銀映K2 レンとオートマータ調査

銀映K3 独自でオートマータ調査

銀映K4 気になるあの人へ

銀映K5 己の道を行く!


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