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軌跡 第1話 AWAKENING

 

 ………誰?

 

 

  きっと 過去も

       きっと 今も

 乗り越えてゆけるから

          顔を上げて駆けてゆこう!

弾けるしあわせ 感じるために

 

 降りしきる雨 いつもの街角

 あなたは 壁に体を預けて

 ひとり 空を見上げていたね

 

 本当は 私も ひとりきり

 あなたの 淋しさ 感じてる

 知らずに横切る そんなこと 出来る訳ない

 だから 一緒に行こうよ

 いつの間にか 手をさしのべて

 

 ペダルを踏んで 動き出す

 これから出会う 予感を胸に

 紡ぎ出す物語は 今、始まったばかり

 

 きっと 今を

      きっと 明日も

 変えてゆけるはずだから

           みんな一緒に駆けてゆこう!

 ひかりは闇に

      闇はひかりに

全て包み込む キセキを信じて……

         

   1

 

 いつもと変わらぬ、いつもの朝。その日は、雲一つない晴天だった。

 雪水沙夜は、愛用の青いママさん自転車で、溟海学園への道を突き進んでいた。

「今日もいいお天気ね!」

 空を見上げながら、砂夜は思わずつぶやいた。

 と、前方に見覚えのある少年が。

 きききききぃーーー!!

 沙夜の自転車のブレーキ音が大音響を発した。

 びくりと、その少年が振り返る。が、誰もいない。もう一度前を向くと、そこには青い自転車にまたがった少女が一人。どうやら、少年を追い越してしまったようだ。

「もしかして、守君じゃない?」

 沙夜は少年に微笑んだ。石野守(いしのまもる)とは沙夜の近所に住んでいて、沙夜と共に遊んでいたことがある。

「あれ? 沙夜ちゃん?」

 少年、いや、守は沙夜に駆け寄っていく。

「おはよう、守君。久し振りだね」

「うん。学園の図書館で働き始めたって聞いてから、一度も会ってなかったしね」

 二人はニコニコと、思いがけない出会いに喜びを感じていた。

『あのね!』

 同時に二人は口を開いた。

「あ、守君から言って」

 沙夜は少し苦笑しながら、守を促す。

「じゃ。……おれ、不思議な石を見つけたんだ! それで、その石の謎を暴くために旅に出るんだっ!!」

「私はね、この前、壊れちゃったオートマータさんを助けたのよ! 今日、そのオートマータさんが目を覚ますのよっ!!」

『凄いでしょ!』

 最後に二人の声が綺麗にハモった。と、同時に二人はすぐさま、話の重大さに驚いた。

「凄いよ、守君! 旅に出るの?」

「沙夜ちゃん、オートマータを助けたの?」

 これから、話に花が咲くその瞬間、少し離れた所から聞き慣れたチャイムの音が聞こえてきた。朝の予鈴を告げている。

「嫌だ、もうそんな時間? 早く行かないと怒られちゃう!」

 沙夜は、再び自転車のペダルに足を置いた。

「うわ! おれも早く行かないとっ!!」

 守も鞄を手に走り出す。

 二人は学園へと一目散に向かった。空には、小さな小鳥が群をなして、優雅に飛んで行く姿が見えていた。 

 

   2

 

「で、お話の途中で泣く泣く、学園に向かったと?」

 沙夜の友人の一人である、松沢桂花が下がった眼鏡を、細い指先で持ち上げた。今はもう、昼休みに入っている。ここ、溟海学園の図書館では、静かに勉強する生徒や一般の住民が利用していた。

「そうなのよ。これからだっていうのにね~。守君の面白そうな話も聞きそびれちゃった」

 沙夜はカウンターの中で、ぱらぱらと書類に目を通していた。桂花の長い髪がさらりと揺れる。

「それで、その、オートマータさんはどうなってるんですか?」

「聞きたい?」

 書類から目を離し、桂花を見つめる。

「もちろんです!」

 その反応を嬉しそうに頷きながら、沙夜は話し始めた。

「なんと! 今日、起こしてみるのよ!」

「本当ですか?」

「嘘言ってもしょうがないじゃない」

「何時、何時に起こすんですか? ぜひぜひ、わたしも連れて行って下さい!」

「だろうと思った。今日の放課後、仕事が終わったら行くから、……図書館の前で待ち合わせしましょう。聖流も誘ったから」 

「分かりましたわ」

 二人は微笑みながら、頷いた。

 

 

 図書館の二階で、沙夜と桂花が話をしているとき、一階では、不思議な利用者が来ていた。

「ここが、溟海学園の図書館……ですか」

 案内掲示板で確認していた、その、美しい少女は掲示板の前からずっと動かず、かれこれ三十分が経とうとしていた。

「あの、どうかしましたか?」

 それを見かねて、一人の職員が声を掛ける。

 が、反応がない。

「お客様? あの、大丈夫ですか?」

 やっと、職員の声に気づいたらしく、少女は振り向く。少女の赤い瞳が、職員を捉えた。

「私に何か?」

 少女は真面目な顔で答えた。

「あ、あの、すみませんが、ここにずっといられると他のお客様の迷惑になりますので、図書館にご用でしたら、どうぞ、中にお入り下さい」

 丁寧に職員は、図書館内に促す。

「私は三階にシフトしたいんです」

 一言、少女は言う。

「は? しふ? あの、しふ何とかと言いますと?」

 職員は馴染みのない言葉に戸惑った。

「シフトのことですか?」

 職員はその少女の言葉に頷いた。

「はい、そうです」

「シフトは転移のことです。もう一度言います。私は三階に転移(シフト)したいのです」

「てんい……あ! 転移ね? やっと分かったっ! ダイブで使う言葉にあったわ!」

 職員はやっと理解したらしく、大きな声を出した。じっと、少女に見つめられる職員。

「す、すみません。つい嬉しくて。あの、三階に移動したい、そういうことですね?」

「そうとも言いましたね」

 少女は頷いた。

「三階はこちらの階段か、奥にあるエレベーターをご利用下さい」

 職員は目の前にある階段とエレベーターの案内板を指し示す。

「階段とエレベーターとは、何ですか?」

「え?」

 そういう、端から見ると漫才のような展開がしばらくの間続いて、少女が三階に着いたのは、そのまた、三十分後だった。

「なあんだ。貴女、バイト募集で来た人だったのね」

 職員は、三階の職員事務室に案内しながら、少女に話しかける。

「私は翡咲聖流。ここの職員見習いをやっているのよ。バイト受かったら、一緒に働けるわね。頑張って」

 聖流は事務室の扉を開いた。

「ありがとう、聖流さん」

 少女は礼を述べると、ゆっくり中へ入っていった。

 

 

「ふう、これで終わりですね」

 肩を揉みながら、城前寺晃はパソコンからプリントアウトした書類を取り出した。

「あ! 晃君、見つけた!」

「おや、沙夜さん」

 取り出した書類をまとめてファイルに入れる晃。

「ずっと探したんだからね。ね、晃君って確か、修理が得意だったよね?」

「ええ、そうですが。何か困ったことでも?」

「そうなの。それが難しい機械でね、レイカさんが、二人じゃこれ以上は無理だって言ってたから。今日の仕事の後、空いてるよね。だったら、一緒に修理手伝ってくれない?」

 そういって沙夜は、晃にうるうると懇願した。

「えっと、オートマータですか。直したことはありませんが、それでもいいですか?」

 晃は癖のある黒髪を掻き上げながら、沙夜に尋ねた。

「オッケー! 晃君なら大丈夫! じゃ、また後でね」

 そう言い残して、沙夜は、あっという間に持ち場に戻っていった。

「相変わらず、元気な子ですね~」

 晃はのどかに目を細める。

「おっといけない。そろそろ事務室に行きますか」

 服を整えると、晃はコンピュータ室を後にした。  

 

 

 軋んだ音を立てながら、事務室の扉が開かれた。事務室には、二人の女性が座っていた。晃は軽く礼をして、中に入る。

「えっと、本日は忙しい中、本館にお越しいただきありがとうございます。これから……」

 そう、晃が挨拶をしているときだった。

 ばたん!!

 急に開かれるドア。そこから、金髪の青年が入ってきた。

「すまないでござるぅ! ついつい、再放送の江戸黄門を見ていたら遅くなってしまったでござるよっ! 申し訳ないでござるっ!」

 がんっと晃は、足を机の横にぶつけた。茶色がかった髪の女性は、ずるっと椅子から落ちそうになる。紅の瞳の少女は、ぼんやりと何かを見つめていた。

「? どうしたでござるか?」

 どうやら、当の本人は気づいてないらしい。外見では予想のつかない口調で、皆が驚いたことに。

「あ、その、貴方もバイト募集で来た方ですか?」

 晃がさりげなく足をさすってから、青年に尋ねた。

「そうでござる」

「では、どうぞこちらに」

 晃は青年に椅子を勧めた。

「早速ですが、履歴書の提出をお願いします」

 集まった三人は、晃に書類を渡す。

「それでは、順に名前と今回の募集の動機を教えて下さい。え~、始めは由比藤さんからで」

 晃は茶髪の女性を指名した。

「はい。あたしは由比藤・彩波と言います。動機は……もう、ダイブするのが大好きで、それでお金になるのだったら、これ以上の幸せはないと思ったからです!」

 最後には力を込めて女性、いや、彩波は言った。

「そうですか。では次は」

 すっと、少女が立つ。水色の髪がぱらりと舞い、赤い瞳は、晃に向けられた。

「天川瑠璃と申します。私の動機は、面白い人がいそうな気がするから、でしょうか」

「なるほど。最後になりましたが、九条さん、どうぞ」

 晃は最後に金髪の青年を指名する。

「あ、どうもはじめましてでござる。拙者は九条・忠宗と申す者でござる。動機でござるが、ダイバーとしての拙者の技能が、生かせそうだと思ったからでござるよ」

 ぺこりと忠宗はお辞儀をした。

「ありがとうございました。では次に、経験の方ですが……あ、皆さん豊富のようですね。それでは、いつもダイブで使う機種を教えて下さい」

 履歴書をぱらぱらと捲りながら、晃は次の質問をした。

「あたしはヘッドマウントディスプレイです」

 彩波は、元気よく答えた。

「拙者もヘッドマウントディスプレイでござる」

 忠宗もすらすらと答えた。

「私は内蔵型です」

「えええぇぇぇ?」

 瑠璃の答えに他の二人は驚いた。

「まだ、小さいのに内蔵型なの? 痛くなかった?」

「凄いでござる! 勇気があるでござるな~」

 二人は口々に口を挟んだ。

「はいはい、ちょっといいかな?」

 晃がそれを遮る。

「瑠璃さんは、オートマータなんですね?」

 確かめるように晃は瑠璃へ質問した。

「はい、そうです。今月の始めに完成したばかりです」

「ええええぇぇぇぇぇ!!」

 再び、瑠璃の言葉に驚く。無理もない。オートマータは、地上ですらもまれにしか会えないもので、ましてや、この田舎のような空谷村ではオートマータ本人に会うことは、幸運だということに他ならない。晃本人も実は、二人と同じく初めて会う。予備知識は他の二人よりもあったおかげか、あまり動揺せずにいた。

「そうですか。……それじゃ、今日はダイブのテストは出来そうにないですね。また明日、今日と同じ時間にこの場所に来てくれませんか?」

 晃はちょっと考えた後にそう言った。

「機体なら、拙者、持ってるでござるから、ご心配なく!すぐ出来るでござるよ!」

「いえ、図書館前のネットへ行くのに準備が必要なんです。特別なルートを使わないと、時間が掛かってしまいますから。ポッドなら、既に設定されてますので、そんなことしなくてもダイブできるんですけどね」

 晃は苦笑しながら、忠宗の手を遮った。

「誠におそれいりますが、また明日、ここに来て下さい。それまでにヘッドマウントディスプレイと内蔵型の設定等、終わらせておきますので」

 三人は晃の声に、仕方なく頷いた。


 

 放課後。図書館の前では、二人の少女と一人の青年がある人物を待っていた。

「遅い! もう、何してんのよ。人を呼んでおいて」

 ショートカットの少女、聖流が眉を吊り上げた。

「ああ、早くオートマータさんに会いたいです(ハート)」

 学園の制服を身に纏う少女、桂花はうっとりと遠くに思いを馳せていた。

「それじゃあ、私が見てきますよ。まだ仕事が片付かないのでしょうから」

 晃が図書館に足を向けたとき、

「ごっめーん☆ 遅くなっちゃった」

 ポニーテールを揺らしながら、呼び出した本人である、沙夜が現れた。

「遅くなっちゃった、じゃないだろう? 全く、何していたんだか」

 聖流がぷんぷんと怒りながらも、その瞳は優しかった。

「ちょっとね、今日の書類がなかなか終わらなくって」

 沙夜は苦笑して、舌をぺろっと出した。

 

 

 沙夜の案内した場所は、空谷村の豪邸が立ち並ぶ、住宅街だった。

「ここ、ですか? 沙夜さん」

「そう。あの家がそうだよ。前にお父さんがお世話になった人の家なの」

 微笑みながら、沙夜は桂花の言葉に答えた。沙夜達はさっそく、青い屋根の豪邸に向かう。

「沙夜ちゃん、やっと来たわね。ちょっと遅かったようだけど?」

 豪邸の門から、金髪の女性が現れる。白と黒のストライプのスーツがとても似合っていた。

「ちょっとね、手間取っちゃって。レイカさん、オートマータさんは?」

 沙夜は待ちきれないと言った面もちで、レイカに駆け寄る。

「それよりも自己紹介が先じゃなくって?」

 レイカは笑いながら、門の中へと誘う。

「はじめまして。私は麗華・ハーティリーと申します。今は空谷村の調査団にいるオートマータを専門に、マイスターをしておりますわ」

 そう言いながら、家の中へ案内した。

「私は城前寺晃といいます。沙夜さんと同じく溟海学園の図書館で働いています。今回沙夜さんに、オートマータ修理の手伝いを頼まれまして」

 晃は照れくさそうに、頭を掻いた。

「沙夜さんとは二年前からのお友達で、松沢桂花といいます。お手伝いでしたら、私もします! オートマータのことは独学ですが、勉強してますし、少し自信もありますから」

 眼鏡の奥にある桂花の青い瞳が、レイカに訴えかける。

「私は翡咲聖流といいます。いつも沙夜がお世話になってます」

 ぺこりと聖流が頭を下げた。

「ちょっと、聖流! それ、どういうことよ?」

 沙夜が聖流の発言にむきになった。

「本当のことじゃない」

「聖流~!」

 食ってかかる沙夜を止めながら、レイカは口を開く。

「それよりも、あのオートマータに早く会いたくないかしら?」

「会いたいです!」

「じゃあ、早速ご対面と行きましょうか」

 レイカは、地下に通じる扉を開いた。

 

 

 ぱっと見た限りでは、何の機械なのかよく分からないが、辺り一面、機械のケーブルなどでひしめき合っていた。ぱちりとレイカは、部屋の電気をつける。

「準備するから、ちょっと待っててくれるかしら?」

 そういって、レイカは別の部屋に入っていった。

「それにしても凄いですね。こんな施設がこの豪邸にあるなんて」

 晃は感心しながら、辺りを見渡す。

「これは、最新型のメンテナンスベッドですわね! あっ! こっちはメンテナンス専用検索機の『トッカータ』ですわ! ああ、これはっ!」

 頻りに桂花は部屋の中の物を物色していた。

「ちょっと、桂花。あんまりさわらない方がいいわよ?」

 聖流が心配そうに桂花へ声を掛けた。

「これが、私が拾ったオートマータさんよ!」

 その沙夜の一言に、皆は一斉に振り向く。

 そこにはコードに繋がった、オートマータの青年が眠っていた。

「オートマータさん、元気にしていた?」

 沙夜はそのオートマータに話しかけた。

「沙夜ちゃん、まだ動かないわよ? メインスイッチ入れてないから」

 部屋の扉から声が掛けられる。白衣に身を包んだレイカがそこにいた。

「あ、そうだったね。確か、ここじゃ、滅多にオートマータさんの部品が手に入らないから、完全に直すのに、暫く時間が掛かるんだったっけ」

「そうそう」

 沙夜の言葉に頷くレイカ。

「でも、大丈夫。この子は運がいいわ。重要な部分は損傷が少なかったから」

「後は部品が揃うのと、人手でしたよね」

「あの、沙夜さん? そのために私たちを呼んだんじゃないんですか?」

 沙夜の台詞に苦笑しながら、晃が言葉を挟む。

「じゃ、始めましょうか」

 ぽんぽんとレイカは、沙夜の肩を軽く叩いた。

「いろいろ調べるのに、彼の内蔵コンピュータも必要だし、それに聞きたいこともあるからね。まだきちんと直ってないから、今日は仮起動だけよ」

「うん。それじゃあレイカさん、お願い」

 その沙夜の言葉に、レイカは頷いた。

「分かったわ。メインスイッチを入れるわよ」

 レイカは手元にある赤いスイッチを押した。かたかたと小さな機械音と共に、オートマータは目を覚ます。オートマータの青年はゆっくりと、確かめるように部屋の中を見渡した。

「どう? 体の調子は」

 レイカが彼に尋ねた。

「ブレインコンピュータ、及び記憶装置、発声装置は正常に作動中です。それ以外については、システムエラーを警告しています」

 青年の言葉にレイカは頷いた。

「第一、第二関門は今のところ、クリアね」

「レイカさーん。オートマータさん調子どう?」

 心配そうにレイカに尋ねる沙夜。

「あら、ごめんなさい。今のところは大丈夫よ。それじゃ、沙夜ちゃん。彼に名前を聞いてくれるかしら?」

「はい!」

 沙夜はオートマータの前に出てきた。

「えっと、貴方の名前は?」

「俺の名前は……」

 青年は沙夜の言葉に、即座に反応したかのように思えた。

「ん?」

「………」

「あれ? 聞こえなかった? もう一度言うね。貴方の、名前は?」

「……ブレインコンピュータがその質問にエラーを返しました。俺の名前は、分かりません……」

「レ、レイカさーん」

 救いを求める沙夜。

「やっぱりね、そうだと思った」

「ええ?」

 レイカの言葉に沙夜は動揺した。

「実はね、沙夜ちゃんの帰った後で分かったのだけど、彼、珍しく二つの記憶装置を持っているの。一つは無傷だったんだけど、もう一つの方は損傷が激しくて、仕方なくそれを取り替えたのよ。ふう、困ったわね」

 言葉では困ったと言っているが、レイカはいたって冷静だった。

「まだ、終わったわけでもなさそうですよ」

 桂花が急に話に加わる。

「ここに何か書かれているようです」

 一斉に皆は、桂花の指し示す青年の背中を見た。確かに何かが英語で刻まれている。

「ある……? なに? 分かんないよ」

 一番始めに音を上げたのは、沙夜だった。

「アルペジオ・コード、EL-10ね」

 レイカがそれを読み上げた。

「それが、オートマータさんの名前?」

「まあ、そういうことになるわね。本当は違うけど」

 沙夜はぽんと手を叩いた。

「何だか長くて呼びづらいから……そう、貴方はジオよ!」

 勝手に名付ける沙夜。

「あ! 私も名前考えていましたのに」

 桂花が残念そうに言う。

「あはは、ごめーん。早いもん勝ちね」

「あの」

 当の本人であるオートマータが口を開く。

「俺は、アルペジオ・コード、EL-10なんですか?」

「そうよ、それが正式名称で、通称はジオね。登録しておきなさい」

「登録開始。……登録完了しました。俺はジオです」

 とたんに歓声が上がる。その中でもとびきりはしゃいでいるのは沙夜だ。

「一つ質問してもいいですか?」

 ジオはレイカに尋ねた。

「彼女の名は?」

 そう言って、沙夜を見る。

「私?」

 沙夜はジオに訊いた。ジオはこくりと頷く。

「私は雪水沙夜。そうね、貴方のご主人様って感じかしら?」

 ジオのメモリーに新たなデータが、書き込まれた。

 

   4

 

「準備はよろしいですか?」

 晃はバイト希望者に確認した。

 ここは溟海学園の図書館内。地下にあるダイバー専用ユニットルームで彼等は集まっていた。

「はい! いつでも始めてかまいません!」

 彩波はヘッドマウントディスプレイを装着しながら、応えた。他の二人も準備が整っているようだ。

「ごっめーん☆ また、遅くなっちゃったわ」

 ばたんと大きな音を立てながら、ポニーテールの少女がぱたぱたと入ってきた。

「この方は?」

 瑠璃が首を傾げる。

「こちらは、君たちの先輩にあたる、雪水沙夜さんです。今日のテストは彼女が担当しますから、気を引き締めて頑張って下さいね」

 晃はそう微笑んだ。

「あのう、大丈夫でござるか?」

「そうだね、たまにドジなこともするけど、なかなかの腕の持ち主ですよ。今のところ、確か20人の不法侵入者を懲らしめていましたっけ」

「ノンノン。21人よ、晃君。じゃ、先にダイブするね」

 いつの間にか沙夜は準備を終え、ダイブしてしまった。

「いやぁ、元気ですね~」

 呑気に晃は微笑む。

「あの、それじゃ、あたし達も」

 遠慮がちに彩波が申し出る。

「幸運を祈っています」

 三人は晃の声を合図に、ダイブを開始した。

 

 

「遅いぞ、諸君。もう少し早く来てよね」

 バイト候補生を待っていたのは、沙夜の罵声だった。

「な、何か沙夜ちゃん、年下なのに、態度がでかい気がする……」

 彩波はぼそりと聞こえないように呟く。

「何か言った?」

「い、いいえ。何も……」

 と、そのとき。

「やあ、嬢ちゃん。その胸、整形かい?」

 突如現れた、漆黒スーツの青年。彩波の耳元で彼は囁き、その腰に手を回そうとした。

「なっ!!」

 彩波はとっさに振りほどく。

「あ、あんた、ハッカーね!」

 手にしていた鎌を構える彩波。

「おぉ、怖い怖い」

 スーツの青年はオーバーに驚いて見せた。

「怒ると可愛い顔が台無しだぜ?」

 青年は足下に話しかけた。そこにはいつの間にか、紅い、豹のような獣が控えていた。ふいっと豹は、青年の顔を見上げる。

「分かっているさ。そう、心配するなよ。ここのデータは俺達が頂く。そうだろ?」

 そう言って、彼はどこからともなく、スーツと同じ漆黒の鞭を取り出した。豹はそれを見て頷く仕草を見せた。

「さあ、始めようか」

 ぴしりとネットのラインをその鞭で叩き付ける。

「肩慣らしに丁度いいな、なあ?」

 後ろに下がる豹に話し掛けた。

「か、肩慣らしぃ?」

 彩波はむっと青年を睨む。

 と、青年の鞭が撓り、彩波を襲う!

「はん、肩慣らしとかいいながら、全然当たってないわよ!」

 彩波はそれを優雅に躱した。

「ここは、私に任せて……」

 それを確認して、沙夜が前に出ようとした瞬間、

「消えなさい! ハッカー!!」

 彩波が、スーツの青年に突撃していった!

「彩波さん!」

「彩波殿っ!」

 沙夜と忠宗の声は彩波に届いていないようだ。彩波のネット内における武器は巨大な鎌。その鎌を振り上げる音で、声がかき消されたようだった。

 ばりりりりりりぃぃぃぃ!!

 ハッカーの鞭と彩波の鎌が軋みを上げるっ!

「威勢のいい奴だ。だが、俺を倒すには、まだ早いっ!」

 その言葉と共に、ハッカーは鞭を握る両手に力を込めた。

 ぱぁん!

「きゃあっ!」

 彩波の鎌が弾かれた。左腕。彩波の左腕に一筋の切り込みが入る。血は出ていないが、それでもしばらくは動けないだろう。

「彩波さん! このーっ! これでも食らえっ!」

 沙夜はとっさにアームギアに弓を展開させ、青年目掛けて光の矢を放つ!

 青年はバリアのような物を展開させて、それを受け止めた。が、タイミングが合わなかったらしく、光の矢は青年の頬を掠める。つつっと紅いものが流れた。

「面白い。今日はこの辺にしとくか。帰るぞ」

 後ろの豹に声を掛けると、あっという間に青年達は消え失せた。

「彩波殿、大丈夫でござるか?」

 忠宗が心配そうに尋ねた。

「悔しい悔しい、悔しいぃ!」

「あ、彩波、殿?」

 おろおろする忠宗を無視して、彩波は叫んだ。

「今度来たら、思い知らせてやるっ!」

「そ、それ、私の台詞……」

 沙夜が彩波の叫びに汗マークを出しながら、手を縦に振った。

「ところで、彼等の目的ってなんでしょうか?」

 瑠璃はマイペースに、青年の現れたラインを見つめていた。

 

   5

 

 がたがたとレイカは、段ボール箱から部品を確かめていた。ここは、レイカの家の地下。今日から、本格的にジオを直すことになっていた。

「ねえ、晃さん」

 ジオと部品を交互に確認する手が止まる。

「どうしたんですか? レイカさん」

 どっこいしょっと、晃は新たに運ばれてきた部品の箱を床に置く。

「このまま、ジオを完全に、目覚めさせていいのかしら?」

 レイカは晃の方を見上げた。

「レイカさん。何かあったんですか?」

「これを見てくれる?」

 そう言って、レイカはジオの開かれた胸を指した。そこには、様々なコードがひしめき合う中心に、手のひら大のボックスが見えた。ボックスは開いている。

「これですか?」

 開いたボックスを確かめるように見つめる晃。ボックスの中の部品が一つ、欠けているのに気づいた。

「そう、この部分に何かの制御チップが埋め込まれていたと思うの」

「それって、無くてはならないものなのですか?」

「いいえ。無くても支障はないわ。……でも、何か気になるのよ。もしかしたら私たちは、目覚めさせてはいけないものを直してるんじゃないかって」

「レイカさん……」

 晃は一層優しく話し始めた。

「心配しなくても大丈夫ですよ。無くてもいいものなのでしょう? それに、そんなに重要なものだとしても時間が経てば、自ずと答えが見えてくるのではないのでしょうか。私たちはそれを見守り、力になることが良き道だと私は考えます」

 その言葉にレイカは、力強く頷いた。

「そう、そうよね。ごめんなさい、今のこと聞かなかったことにしてくれる? あの子達に心配させたくないから」

「そうですね、分かりました」

 晃は微笑んだ。

「ただいまー! レイカさん!」

 レイカのお使いで外に出ていた、沙夜と桂花、そして聖流が戻ってきた。

「お疲れ様。皆!」

 レイカは先ほどの言葉をうち消すように、威勢良く応える。

「ねえ、皆? 私からの提案なんだけど、ジオに教えてみない? いろいろなことを、ね」

 

 

そして、扉は開かれた。

 

 

 ●次回GP

軌跡K1 ジオの修理を手伝う

軌跡K2 ジオに何かを教える

軌跡K3 バイトの試験再び

軌跡K4 気になるあの人に

軌跡K5 我が道を行く!


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