貴蹟 第8話 RESCUE
▼始まりは過去
目に映るのは燃えさかる施設。
そして、愛していた妹達。
「ねえ、ルナお姉ちゃん。今日ね、ルナお姉ちゃんの絵を描いたんだよ」
「お姉ちゃん。ずっと一緒にいられるよね? 約束だよ!」
もう、彼女等の声は聞けない。
笑ってもくれない。
やっとの思いで手に入れたお金も、見せる前に。
何もかも奪ってしまった。
絶望。
いえ、復讐。
『貴女は、何を願いますか?』
神は私を選んだ。
差し出す神のその手を、求めた。
救いの、手を。
「それで、私はユコヴァック様から永遠の力を頂いたのよ……」
大きな円状のベッドの中でルナは呟いた。
「ルナ……泣いているの?」
シーツの海からしなやかな裸体が起き上がる。そしてエメラルドの輝きが舞い踊る。オートマータのクォンタイズだ。
「ごめんなさい、ちょっと思い出しちゃったわ。滅多なことで泣かないのに、ねぇ……」
ルナの流れる雫をクォンタイズが細い指で優しく、すくい取る。
「どうしたら泣きやむの?」
そのクォンタイズの台詞に無言で微笑するルナ。と、思い立ったようにクォンタイズは、その唇をルナの唇の上に重ねた。
「!」
思いがけない行動にルナは目を見張る。
「これで泣きやんだ?」
嬉しそうにクォンタイズは笑う。
「貴女は優しい子ね」
ルナはそう言ってクォンタイズの頭を撫でた。それに応えるようにまた、クォンタイズは笑う。
「でも、何処でそれを学んだの?」
「分からないわ」
「まあ、別に気にしないから。……私がユコヴァック様の話をしたのはこれで二人目ね」
ふと、ルナは側にあった電気スタンドを見つめた。
「二人目?」
「そう、貴女と『美由紀』とね」
そう言ってルナは、クォンタイズの胸に顔を埋めたとき。
トゥルルルルー。
電話が鳴った。
「もう、いい所だったのに」
ねえ? とクォンタイズの耳元で囁き、まだ鳴っている電話の受話器を手にした。
▼偽りの鍵
ルナは、何をしようとしているの?
沙夜はルナの言われる通りに、飾り立てた台座に横になっていた。そして、目を閉じる。
「これで、ゲートが解放されるわ。この地球とエルカースを繋ぐ確実なゲートを確保することが出来るのよ」
ルナはそう言って微笑んだ。
ゲート?
「さあ、開きなさい。異世界の扉よっ!」
ルナはクォンタイズと共に手を翳し、力を発動させる。
キイイイイイインンンンン<
沙夜の身体から光が放たれ……そして。
消えた。
「?」
ルナの顔が醜く歪んだ。
「もう一度よ!」
何度やっても同じ事だった。光は扉を呼ばない。
ゲートは開かなかった。
「う、嘘でしょう? ねえ?」
それに反論する者は一人もいなかった。
「私は、無駄なことをしたの?」
その場に沈黙が広がる。
ただ、沙夜でも分かることは。
失敗だということ。
▼特効薬
神崎航一郎は一度、キャンプに戻っていた。装備の見直しをするために。
「これも持っていくか」
そう言って手にしたのは麻酔銃。本来ならこれは動物に対して、空谷村では調査中に恐竜に遭遇した時のためにと護身用に手渡されていたもの。人に対しても有効に使えた。
医療キットも必要な機材は白衣に納めて、それでも入らない物だけ大きめなウエストポーチに薬と共に入れていた。これで随分と動きやすくなる。お陰でプロテクターを着けて不格好なのがさらに磨きをかけたようだ。
それともう一つ。
机の引き出しから一枚のプレートを取り出す。
「俺のことを守ってくれよ……」
プレートから女性と二人の子供が浮かび上がる。それは航一郎の愛する家族。だが、愛するが故に今は離婚してこのキャンプに来ていた。
「先生、準備できた?」
そう言って部屋の外から声を掛けるのは天羽春斗。
「今行く」
航一郎はそのプレートを胸ポケットに入れ、外へ出る。春斗は緊張した表情で航一郎を待っていた。
「ん? 何だか騒がしいな」
航一郎はキャンプの中が騒がしいのに気付いた。
「でも、沙夜ちゃん達のことはまだ言っていないよ?」
不思議そうに首を傾げる春斗。
その言葉に航一郎は何かを感じた。不安とも期待とも言えるものを。
「おい、何かあったのか?」
近くにいた同僚を呼びつけ、訊ねた。
「エンゲージの特効薬が発見されたんだよ!」
少々興奮気味にその同僚は叫んだ。
「エンゲージの特効薬がかっ?」
「ああ。何でも空谷村だけに伝わる『子守唄』だそうだ」
それを聞いて航一郎はいち早く部屋に入り、一通の手紙を同僚に手渡した。
「この手紙の送り主にそれを伝えてはくれないか? 頼む」
航一郎は同僚に懇願する。そのただならぬ表情に同僚は面食らっていたが。
「分かった。そのことを伝えよう」
「よろしく頼む」
航一郎は手にしていた手紙を同僚に手渡した。そして春斗の方を向く。
「よかったね、エンゲージが治るんでしょ?」
「ああ。これでもう、不治の病とはオサラバだ」
二人は頷くと、待ち合わせ場所へと急いで駆けだした。
▼ゲームと言う名の
「ゲームはお好きですか?」
馬川・M・藤丸こと藤丸がルナにそう言った。
先程のゲート開放の失敗からやっと落ち着いたルナは、藤丸の言葉に顔を上げた。
「ゲーム?」
「きっと囚われの姫達を助けるために彼等が動き出します。それを迎え撃たなくてはいけません」
「そうですね……」
藤丸の言葉にレクトは頷いた。
「対策を立てなくちゃ、だね?」
戯けるようにエレンが言う。
「で、私は考えたのですが」
そう言って彼等に耳打ちした。
「へえ、面白そう……」
「なるほど」
エレンとレクトはどうやら藤丸の作戦に乗る気のようだ。
「私は何をすれば?」
クォンタイズにも作戦を伝える。
「それでいいのですか。分かりました」
さっそく準備を始めるクォンタイズ。
「それで、私は何をしてあげればいいのかしら?」
楽しそうにルナは藤丸に尋ねた。
「ちょっと頼みたいことがあるんですが」
そう言ってルナの耳元で藤丸は囁く。
「いいわよ。でも10分しか持たないけど、いいかしら?」
「10分もあれば充分です」
微笑む藤丸。
「じゃあ、持ち場に着きましょうか?」
と、ルナは何か思いだしたようだ。
「そうそう、そこで寝ている役立たずなお姫様がいたんだっだわね。どうする?」
ルナは皆に尋ねた。
「ねえ」
エレンが口を開く。
「洗脳させちゃったらは? こっちに有利に行くように。まあ、保険みたいなものでさ」
「そうですね。では、あるキーワードを聞いたら我々の味方になるように」
藤丸は心底可笑しそうに提案した。
▼救出隊
由比藤彩波は目の前にいる、いやーな男に訊ねてみた。不本意なことだが。
「ねえ、空谷ネット・コーポレーションって知ってる?」
「……何だそりゃ? 聞いたことないぜ?」
いやーな男こと、エ・ディットは眉を潜める。
「それがどうかしたのか? ……もしかして敵の本拠地のことかっ?」
彩波は心底思った。
「こいつに聞いたあたしが悪かったわ……」
「おい、何だよ? 違うのか?」
彩波はふうっとため息をついて、準備の続きを始める。
「無視すんなよっ!」
まだ何か言いたそうなエ・ディットをさておいて、城前寺晃は準備の整いつつある麗華・ハーティリーに話し掛けた。
「充分気を付けて下さい。これがダイバー達と交信できる端末です。確か、ジュラさんがこの端末に付いていた発振機をつけているそうです。何かの役に立つでしょう」
そう言ってレイカに晃は手渡した。
「ありがとう。……やっぱり晃さんは来ないのね?」
レイカのその声に苦笑する晃。
「私は図書館で研究所など調べてみようと思います」
「そう。残念だわ」
端末を立ち上げ、確認してからレイカは晃を見た。
晃はただ、苦笑するのみ。
「ええっと、これを入れて……起動させるでござるよ?」
確かめるように九条忠宗はとあるディスクをヘッドマウントディスプレイに入れていた。
「新しいプログラムですか?」
その様子を見ていた天川瑠璃が訊ねる。
「そうでござるよ。少々、手こずったでござる」
そういう忠宗の目の下にはクマが出来ている。
「後は……レイカ殿!」
「あら、何かしら?」
端末の操作方法を晃から聞いているレイカを忠宗が呼んだ。
「『例の物』は出来てるでござるか?」
「ああ、あれね。頑張ったのだけど、直接制御室とかにプログラムを入れなきゃいけないものになっちゃったから、私が持っていくことにしたのだけど……よかったかしら?」
「そういうことなら、仕方ないでござる。じゃあ、それはレイカ殿に頼むでござるよ」
「例の物? 何それ?」
それを聞いていた彩波が訊ねた。
「もしものためのプログラムよ。本当はKOUMEIが使ったような、強力なウイルスプログラムを作るつもりだったのだけど、上手くいかなくって、ね。マニュアル操作が必要なプログラムになっちゃったわ」
レイカがそう、教えた。
「ただいまっ! 戻ってきたよ!」
春斗の元気な声が部屋中に響いた。春斗の隣には航一郎の姿もある。
「お、戻ってきたか」
エ・ディットが声を掛けた。
「ビッグニュースだよ! エンゲージの特効薬が見つかったんだよ!」
「それ、本当なの?」
レイカが驚き、春斗に駆け寄る。
「ああ、間違いない」
航一郎はそのレイカの声に頷いた。
「これで後は……」
春斗は緩んだ顔を引き締めて告げる。
「沙夜ちゃん達を助けるだけだね」
と、その時。
「そういえば、マサ殿は何処に?」
「あら? そういえば」
皆は辺りを見回した。と、機械が起動している音が聞こえている。
「マサ……さん?」
春斗が覗くとそこには、すでにダイブしている和田政彦の姿があった。
「ちょっと早いんじゃない? とにかく、あたし達も行きましょう!」
彩波の言葉に、瑠璃と忠宗、エ・ディットが頷いた。
▼スパイ
その噂の政彦はいち早く、研究所のネットに来ていた。
「ああ結局、猫の擬態は出来なくなっちゃったよ」
ぶつぶつと呟きながら、黒のスーツ姿な擬態をしている政彦は彼の元へ急いでいた。
「きちんと説明してくれれば、脅さなくても協力したのにねえ」
彼とは、レンのこと。
「でも驚いちゃったよ。レンってば、あーんな技持っていたなんて……」
そう言って政彦は前回の出来事を思い出し、ぶるるっと身震いした。
そして目の前の扉を開く。
「遅かったな……ほう。擬態を変えたんだな?」
そこにはメタリックなライダースーツを身に纏うKOUMEIこと、レンが座っていた。肩にはあの恐ろしい技を繰り出す白いプロテクターが付いている。
「そっちの様子はどうなんだ?」
「もう少ししたらこっちに来ると思うよ。ほぼ準備が終わっていたからね」
「そうか。ではこちらも始めるか」
立ち上がり、レンは防犯カメラの画像を次々に映し出していった。
「あの、レン? ちょっと聞いてもいいかな?」
「何だ?」
その目はカメラの映像に向けられたまま。
「レンって……何者?」
その言葉に思わず笑ってしまうレン。
「何でそんなことを聞く? 私は第3班を纏めている、ただそれだけだ」
「でも、ルナと話していたときは何か、こう、それ以外のことをしているような……」
「『臥竜』だよ」
「へ?」
「知らないのか? 『臥竜』闇の世界を支配している巨大組織。そう、ちまたでは噂されているようだが」
「闇の?」
何処かでその名を聞いたことがあるような、ないような? 政彦は首を傾げる。その様子にまた苦笑するレン。
「金さえあれば何でもする組織だ。分かるだろう? 麻薬や銃器を取り扱っていると言えば。それだけではない。頼まれれば暗殺も請け負う。しかも証拠を残さずに、だ」
「!」
「気付くのが遅いぞ?」
他には? と挑発するかのようにレンは訊ねた。
「あ、その……ルナと何をしていたのかなあ……とか?」
「ある少女を返せと言ったまでのこと」
「少女?」
そういえば、あの時一人だけ知らない幼い少女がいた。その子のことだろうか?
「まあ、それも時間の問題だがね」
そう言って余裕の笑みを浮かべるレン。
「suzaku……suzakuとはどうやって?」
「何故、交信出来たか? だな。答えは簡単だよ……そうだな、ここが空谷村だったから助かった、とでも言っておこうか」
「?」
「私の付けているピアスはsuzakuとの交信も可能なのだよ」
「でも、交信だけじゃsuzakuを持っていけないんじゃないの?」
その発言に目を細めるレン。
「だが、交信だけで持ってくることが可能だとしたら?」
「えっ?」
「suzakuは世界に一つしかない、可変形型のコンピュータなのだよ。紅い鳥……そう、それは中国の伝説にある『朱雀』のようにね。お陰で重宝しているよ。こうして急に捕らわれても、すぐに戦うことが出来る」
「可変形型の……」
恐らく航一郎とマサキが見た紅い鳥とは、suzakuが変形したものなのだろう。これでsuzakuが消えた訳が分かった。
「じ、じゃあ、沙夜ちゃんのことは知ってるの?」
「確か、ジオというオートマータを保護した少女、だったな? それ以外は知らないな……せっかくだから調べてみるか? 何、すぐ終わるよ」
そう言って目を閉じるレン。プロテクターの色が白から青へと変わる。それを見守る政彦。
「外のネットに繋げるまででもなかったな。suzakuにデータがあったよ」
そう言って一つのディスプレイに沙夜のデータを映し出す。
「秋津株式会社の跡取り娘か。脅せば幾らでも金が入りそうだ」
「秋津株式会社っ? 空谷村で屈指の会社じゃないか! ええ? 嘘でしょう?」
「秋津光弘の養子で、跡取りとなっているぞ? それに、沙夜の実父はネット界で名を馳せた『月影のブレイド』だ」
「月影のブレイド? どっかで聞いたような……」
「彼はどんなハッカーでもLOSTさせれる能力があるのにも関わらず、それをせずに全て駆除した凄腕のガーディアンだよ。一度、エ・ディットが喧嘩を売って返り討ちにあったことがある。もっとも私は彼に会ったことはないがね」
「じ、実は凄い子だったんだ……そんな風には見えなかったけど」
そう言って感心する政彦。
「あっと! そうそう、ずっと聞こうと思っていたんだけどさ。レンって何で動物嫌いなの?」
それまで笑顔だったレンの顔が急に凍り付いた。
「ノーコメント」
どうやら機嫌を損ねたらしい。
「あ、いや、その……」
何とか機嫌を直して貰おうとするが政彦には良い案は浮かばない。
「マサ……」
「はいっ!」
突然名を呼ばれてしゃきっと姿勢を正す政彦。
「どうやら、囚われのお姫様達は脱出するらしい」
捕らわれていた少女達が集まって何かを話している。ここでは音声が聞こえないらしく、映像のみだが。
「ふ。取引を持ちかけるまでもなかったか?」
可笑しそうにレンは笑った。
▼ジオと沙夜
『ねえパパ。聞いて!』
セピア色の大切な思い出。
『沙夜、テストで一番だったんだよ☆』
それは日を追うごとに。
『パパ、約束だよ?』
薄れていく。
『明日のお買い物、絶対忘れないでね?』
それは何時のもの?
「ジオ……いいかね?」
ケイン博士の言葉に、ジオは頷いた。彼等は皆の見守る中、向かい合わせに座っていた。
「パスコード認識システム作動、承認」
淡々と告げるケイン。と同時に、ジオの瞳の焦点がぼやけ始めた。
「声紋確認。システム作動させます」
ケインの言葉に反応して、同じく淡々と話し出すジオ。
「パスコード『右手に君の手を、左に見えない明日を』」
「パスコード及び声紋確認……終了しました。コマンドをどうぞ」
「ヴォイスシステム作動」
「ヴォイスシステム作動します」
彼の封印されていた機能が今、甦る。
「これで、ヴォイスシステムが使えるはずだよ。試してみるかね?」
「いえ。試さなくても平気です。前回のデータファイルが残っていますから」
そう言うジオを暖かく見つめるケイン。
「いいかい、ジオ。君のそのシステムは活路を開くためのものであって、人を傷つけるものではない」
「分かっています」
「私は、そのシステムが必要なこの状況を何とか避けたかったよ」
「……お気持ちは分かります。俺も傷つけることは嫌いですから。安心して下さい、ケイン博士。貴方の名を汚すようなことは決してしません」
「ジオ……」
「俺は沙夜達を無事に、連れ戻して見せます」
ケインはその言葉に満足そうに頷いた。
▼脱出作戦
(いいわね?)
ジュラ・ハリティの小さな言葉に沙夜、聖流、遙、そして松沢桂花の4人が頷いた。沙夜はあの儀式の後、ここに戻されていた。
「あいたたたた!」
急にジュラが大声を上げる。
「大丈夫? ジュラさん! 誰か、誰か来てくれませんか?」
聖流がジュラに駆け寄り、そう叫んだ。
部屋の外にいたガードマン達が聖流達の声を聞きつけて、がちゃがちゃと鍵を開ける。外で見張りをしていた3人のガードマンが入ってきた。
「どうかしたのか?」
その内の一人がジュラの側に寄っていく。が。
パシャ!
フラッシュがガードマン達の目を襲う!
「今ですっ!」
桂花の声にいち早くジュラが反応した。
「ばっかみたいっ! こんな作戦にまんまと引っかかるなんてねっ!」
挑発。おまけにお尻を叩いて、あっかんべーもしている。
「つ、捕まえろっ!」
開いた扉からジュラは勢い良く飛び出した。3人のガードマンの内、2人がジュラを追う。
「お前達も大人しく……」
残った一人は。
「てええええぃいいい<」
聖流の見事なチョップにより、ダウンした。暫くは起きてこないだろう。念のため、部屋にあったカーテンを引き裂き、それを縛り付け動けないようにしておいた。
「後は、ジュラさんと合流して逃げなくては行けませんわ」
カメラでフラッシュをたいた桂花が沙夜達に告げる。
「とにかく、ここから出ようよ」
遙の声に皆は急いで外へ出ていった。
▼氷の微笑
ここは図書館の地下にあるコンピュータ室。ここには晃しかいない。他の職員は被害の出ている三階に行ってしまっている。
「沙夜さんだけでなく、聖流さん達まで……何故、こんなことに」
コンピュータを操る手が止まり、静寂が部屋を満たした。
「いや、それ以前に彼女達が捕らえられたとき、私は何をしていた? 皆が必死になっているとき、何を手伝った?」
ばんと手元のキーボードを両手で叩き付けた。ディスプレイにはエラーを知らせるウインドウが開く。
「私は、何もしていないではないですかっ!」
周りの人達は危険な目に遭っているのに、自分は危ないことを避けるかのように。
「それでは『あの時』以下ではないですかっ<」
晃は三年ほど前に恋人とも言える女性を、自らの手で亡くしていた。
ハッカー。
彼女は、図書館のデータを狙うハッカーの一人だった。
『また来たのか……』
蒼く冷たい氷の鎧に身を包んだ青年は。
『ここでは別人ね、晃』
ネットの中の晃は別人のように、冷徹な態度を取る。
入ってきた女性ダイバーは自分の良く知っている者。
『あの時は逃がしたが、今度はお前を……』
『消すっていうの? でも、私もタダではやられないわ』
女性は腕に巻かれたワイヤーをとっさに放つ。それを晃は持っている剣で薙ぎ払う。と、そのワイヤーが四散し、消えた。
『透明化プログラムか』
晃の視界に新たなウインドウが開かれ、消えたワイヤーを探り出す。
『どう? これなら分からないでしょう?』
女性ダイバーの声に反応してワイヤーは次々に晃を襲った。
右、左、上。そして、下から。次は……。
『右か?』
先程までワイヤーで傷つけられていた晃が出した答えはワイヤーが来る位置を正確に言い当てていた。
『うっ、良く分かったわね……でも、私だってやらなければ殺されるのよ!』
このときの彼女の台詞をきちんと把握出来てはいなかった。
彼女は指折りのハッカー。そして、晃もそうである。互角の戦い。
決着は彼女の見せた、僅かな隙。
冷静な判断を弾き出す晃にとって、それは見逃すわけにはいかなかった。
ざしゅっ。
鈍い、剣の刃が人を貫いた音。
『何故……隙を見せた?』
冷たい表情の顔から、雫が浮かび上がる。
『知らない奴に殺されるよりも……あんたに殺して欲しかったから……』
彼女の最後は笑顔。
『あんたに会えて……本当に良かった……』
そして、最後の言葉。
消え行く……彼女の姿。
もう、二度と彼女には会えない。
会えなかった。
「大切なものを守るために、別の『大切な物』を失った、あの時よりも」
酷い状況。ふと、言葉が浮かぶ。
『避けてても、どうしても避けられない場合だって、あるんじゃないですか?』
その言葉に思わず、笑っていた。
想い出だけの『彼女』はすでにいない。
でも。
目の前には助けを求める『彼女』がいる。
「どうやら、今がその『場合』のようですね」
晃は素早く立ち上がっているコンピュータを終了させ。
「私にはまだ、出来ることがある」
コンピュータ室の隣にある『ダイバー専用』の部屋に入った。
「こんな形になってしまいましたが、それを教えてくれた『彼女』には」
AKIRAと刻印されている白いポッドを起動させる。
「お礼をしなくてはなりません」
そして、ダイブ。
「聖流、必ずお前は助け出す」
氷の鎧の青年は研究所に向けて、今、飛び立った。
▼爆発、再会
ジュラはチャンスを待った。始めは2人だった追っ手が今では10人になっている。
「ちょっと大成功すぎ?」
冷や汗を浮かべながらも、それでも笑顔は絶やさない。
「その分、あっちの追っ手は少ないって事よね?」
ジュラは追っ手がまた増えたのを確かめて、ポーチから一つの袋を取り出した。
『小麦粉』
「火薬とかだったら、もう少し派手に出来るんだけどね」
走りながらそれをぶわっとまき散らす。通路はたちまち白い粉で霧のように視界が遮られた。
「バイバイ、追っ手さん達」
しゅっとマッチを擦って、その粉塵の舞う場所に放り投げる。そして自分は通路の影に身を潜めた。
ドウン!
粉塵爆発。
だが、音の割には。
「あまり効果なかった?」
ひょいっと首だけ出して、追っ手の様子を見ていた。まだ粉塵が霞んでいて正確にはわからなかったが、倒れている追っ手はそれほど多くはない。急いで逃げた方が得策だ。
「とにかく、逃げ……」
目の前には、ガードマン。どうやら、別の通路から来たらしい。
「あ、あはははー。あろはー?」
絶体絶命。後ろからも足音が近づいてくる。
が。
ばちぃ!
「へっ?」
目の前にいたガードマンが急に倒れ込んだ。そこから現れたのは……。
「ヨージ?」
「よ、大丈夫か? ジュラ」
にっと笑って現れたのは志村ヨージ。片手にはスタンガンを持ち、厚めのコートを着ている。
「遅いわよっ!」
そう言ってジュラはごいんとどついた。
「何だよ、人がせっかく助けてやったのに」
そうこうしている間にも後ろの方から追っ手が向かってくる。
「って、言ってる暇ないな」
ヨージはコートの中から何かを取り出し、火を付けてから放り投げた。
シュルルルルルル!
それはネズミ花火。それはくるくると回転しながら、追っ手の足下に滑り込んでいった。
「良い物持ってるじゃない?」
走り出しながら、ジュラは言った。
「まあね。いろいろ花火を持ってきたんだ。ロケット花火とかもあるぜ? 使い道ない蛇玉と線香花火もあるし」
そう言って見せるコートの裏には様々な花火が所狭しと並べられていた。
「へえ、考えたのね? ……とにかく、沙夜達と合流しなくっちゃね」
ジュラの言葉にヨージは頷いた。
▼闇に浮かぶ天使
また、光の道の上でデータが送られていく。彩波は眼下にある研究所のデータバンクを見据えていた。
ここに、長年追い求めていたものがある。
「皆、沙夜ちゃん達の為に頑張っているのに……本当にごめんね……。でも、あたしにはやらなきゃいけないことがあるの」
そう言って自分の我が儘を通して、単独で行動することを選んだ。
皆がデータバンクに入ったのを確認してから、最後に入る。
「ちょっと、ファンファンだかエランだが知らないけれど、彩波さんが来てやったわよ!」
大きく響く声で叫ぶ。
と。
「へえ? 今日は最初っから天使なんだね?」
シルクハットに仮面を付けた少年、エレンが突然現れた。
「前に言ってた勝負のこと、忘れていないでしょうね?」
「勿論」
エレンはステッキを振りかざす。
「イッツ、ザ、ショータイム!」
そこに現れたのは思っていた通り、炎を纏ったライオン達。しかもその数は5匹になっていた。
「ふうん、それしかないの?」
彩波の腕に取り付けられたアームギアがディスクを読みとり始める。
グアアアアアオオオオオ!
5匹のライオンをジャンプで躱す。どうやら、彼等には空を駆ける能力はないらしい。彩波の足下で降りてくるのを唸りを上げて待っている。
「レッツ、ザ、ショータイムっ!」
そう言ってエレンは次に炎を帯びた鳥を呼んだ。
「馬鹿の一つ覚えみたいね?」
鳥の攻撃を避け、笑みを浮かべる彩波。だが、空を飛び続けることは、Aレベルの彩波でも身体に負担が掛かるもの。彩波のその額からは汗がしたたり落ちていく。
「まだ、まだよ……」
彩波はその機会を待っていた。
ライオンと鳥が一つの場所に集まる瞬間を!
「ビンゴっ!」
「何っ?」
彩波はそれを見逃さずに狙いを定めた。
もう、逃しはしない!
彩波のアームギアが光を帯びる。そして。
「ブレイズ・フロッド!!」
「フレイム・シールド!」
エレンは彩波の攻撃にいち早く反応し、シールドを張った。が。
「洪水っ? そ、そんな!」
全てのライオン、全ての鳥は消え失せ、その水の滝はエレンを襲った!
「うわあああああああああ!」
飲み込まれ、激しい水流に弄ばれたエレンはゆっくりと倒れた。
「LOSTしていないでしょ? ……あたしの勝ちね?」
その大技は思った以上に、彩波の身体に疲れを与えていた。勝負に勝った彩波も肩で息をしていた。
「……分かったよ。教える。これが君の知りたかったことだよ……」
そう言ってエレンが渡したのは、一つのデータファイル。彩波はそれを受け取りすぐさま見た。
「えっ……」
彩波の顔が引きつった。
そのファイルには襲撃のことを鮮明に書き連ねていた。エレンもプログラム作成者として名を載せていたが。
『KOUMEI』
作戦において、指揮をし、自らもダイブしていた。
「嘘よね?」
それは、エ・ディット達の上司でもある……。
『錬李飛』
彩波の足が震えるのを止めることは出来なかった。
▼合流?
「ねえ、ヨージ……」
息を潜めながらジュラは訊ねた。
「ここって何処?」
「決まってるだろ。研究所」
「そうじゃなくって!」
ジュラは声を荒くする。
「しらねえよ。とにかく俺が言えることは……迷子だ」
ヨージの言葉通り、彼女等は迷子になっていた。
「まずはここを調べてみましょう」
レイカは端末でチェックしながら書斎の部屋の前に立っていた。
「それにしても、何処に行っちゃったんだろうね? ガードマンさん達」
何故か研究所の周りや中にいるはずのガードマンに会うことなくこの場所にたどり着けたことに、春斗はほっとしていた。
「これもダイバー達のお陰だな」
航一郎はそう言って、レイカの持つ端末に目を向ける。
「そうね。ねえ、忠宗君。書斎に入るけどトラップがあるか調べてくれる?」
『任せるでござるよ』
端末からいつもの口調で忠宗が答えた。
「あ、思い出した!」
忠宗達、ダイバーが部屋の調査をしている間に春斗が声を上げた。
「どうしたの? 春斗君」
レイカが訊ねる。
「あのね、ボク……もしかしたら役に立つかも知れないと思って、洞窟で見た日記を覚えているところだけ書きだしてみたんだ」
そう言ってメモを見せる。
「日記?」
航一郎の眉が潜められる。
「そう、ボク達が見つけたんだよ!」
メモにはこう、書かれていた。
『某研究員の日記』
「研究員? もしや、あの洞窟の研究所のか?」
「うん、そうだよ」
春斗は航一郎の言葉に頷いた。
「そうよ。臥竜の研究員だったみたいね」
「……臥竜、か」
何か言いたそうな航一郎の言葉を遮るように。
『調べてみたでござるよ。大丈夫、トラップはないようでござるよ』
忠宗の声が端末から流れてくる。
「わかったわ。それじゃあ、入ってみるわね」
そう言ってレイカは皆を見回す。
「俺が入ります」
それまで静かにしていたジオが前に出る。皆は頷き、もしものための護身用武器を構える。春斗は武器の代わりにカードを持っていた。
がちゃり。
戸を開けるとそこはがらんと静まり返った、何の変哲もない書斎だ。
「どうやら誰もいないよう……」
そう、ジオが言おうとしたとき。
かたん。
何かの音がした。
「誰かいるのか?」
航一郎が声を掛けた。
「えっ? 先生?」
書斎の机の下から出てきたのはジュラとヨージ。
「よかった、無事だったのね? 他の子は?」
レイカが側に寄ってくるジュラに訊ねる。
「あたしと別行動していたからここにはいないわ。でも方向は分かるわ」
「じゃあ、行こう!」
春斗の声で皆は書斎を後にした。
▼深紅の豹と月の使者
瑠璃は忠宗達と共に行動をしながら、ある人物を捜していた。
その名はティンヴァ。
「全く、迷路のようだぜ。ここは」
黒のスーツを来ているエ・ディットが言う。
「そうでござる。迷子にならぬよう、気を付けて欲しいでござるよ」
そう言う忠宗の姿はまるで討ち入りに行く赤穂浪士のようだった。
「あっ……」
瑠璃が急に声を上げる。
目の前に、捜していた者、ティンヴァがいた。といっても、ここでは獣の姿なのだが。
と、そのティンヴァが急いで消えようとしていた。
「待って下さいっ!」
それを転移移動してすかさず捕まえる瑠璃。
「帰れないかどうか、エ・ディットに聞いてみたらどうですか? 避け続けるだけが得策とは思えません」
「……」
ティンヴァは何かを躊躇っているかのように首を振る。
「行動する前から失敗する行動パターンを読みとっているのですか?」
「……でも」
「良く見て下さい」
そう言って瑠璃はエ・ディットの方にティンヴァの顔を動かした。
そこには心配そうに、安堵するかのような表情を向けるエ・ディットの姿があった。
「これでも、聞けませんか?」
同じように『心配そうな表情』を浮かべる瑠璃。
「……分かりましたわ」
そう言って、ティンヴァはエ・ディットの元へ近づいていく。
が、しかし。
「見つけたわ、ティンヴァ」
クォンタイズが現れた。ふわりとその長い髪が揺れる。
「クォンタイズ……」
瑠璃が言う。
「知ってるのでござるか?」
忠宗が訊ねる。
「はい、何度か会っていますので」
そう、瑠璃が答えた瞬間!
「バトルモード、ラン!」
クォンタイズがその声と同時に動き出した。ばさりと緑色をした翼を3枚、背中に携えたと同時にその長い髪がいつの間にか短くなっていく。
「貴女に恨みはないけど、消えて貰うわ!」
そう言ってクォンタイズは何もない空間から、細い針のようなレイピアを取り出した。
「私は……ここで消える訳にはいきませんっ!」
ティンヴァも自らの牙と爪で応戦する。
「止めて下さい!」
瑠璃が叫ぶ。
とっさにKOUMEI対策に用意したダミーデータを2人に放った。
ただの膨大なデータ。
だが、2人を止めるのにはそれで充分だった。
2人は急に入り込んだデータ処理に追われ、その動きを止め、静かに沈黙していた。
「な、何が起きたでござるぅ?」
「お、おい……大丈夫なのか?」
忠宗とエ・ディットが不安そうに瑠璃に訊ねた。
「LOSTしませんので、安心して下さい。ただ、データ処理のため、暫くは動作が通常よりも遅くなってしまいますが」
そう微笑んだ。
「あっ!」
忠宗が声を上げる。
「何だよ? まだ何かあるのか?」
エ・ディットが忠宗の声に驚きながら言う。
「瑠璃殿、さっきから表情豊かでござる!」
「そうですか?」
きょとんとした表情で答える瑠璃。
「ああ、ここにミラープログラムがあったら見せてあげられるのにでござるよーう」
くうううと涙を浮かべながら忠宗は叫ぶ。
「どういうことだ?」
「瑠璃殿はオートマータでござる。現実世界では表情を表に出したりしないでござるよ」
「そうなのか?」
「エ・ディット殿のオートマータ殿は違うのでござるか?」
「そういえば、ティンヴァの怒った顔は見たことないな。それに可愛い笑顔も……」
エ・ディットは改めて、ティンヴァの持つ表情の乏しさに気付いた。
「恐らく」
瑠璃が口を開く。
「私の機体には表情を顔に浮かべるという機能は搭載されていませんが、サイバーネットではそんな機能がなくても思い通りに出来る……のかも知れません。これは興味深いですね」
そして、瑠璃はにこやかに微笑んだ。
「彩波殿とかにも見せたいでござる」
忠宗は今度は画像取り込みプログラムがないのを悔やんでいた。
▼アルバムとエンゲージ
一方、沙夜達は。
「とにかく、ここに入りましょ!」
そう言って手近の戸を開き、中に入る聖流。
「そうですわね。まずはそこで後ろから来る追っ手が去っていくのを待ちましょう」
桂花の声に皆は頷き、いち早く部屋に入る。そして、念のため鍵を掛けておく。
「わあ、ここって誰かのお部屋だよ?」
そう言って部屋を見て回る遙。
「ここはもしかすると、ルナさんの部屋かもしれませんわ」
辺りを見渡しながら桂花は答えた。
「そういえばさ、私、この子の名前聞いていないんだけど。教えてくれる?」
沙夜が思い出したように言った。
「そういえば、沙夜さんには話していませんでしたわね?」
桂花の言葉に。
「遙のこと? 遙は、如月遙って言うの!」
えへんと反り返る遙。
「ふうん、如月遙ちゃんって言うんだ」
聖流が遙の名乗りに感心していた。
「それでね、如月ってママの名字なんだって。パパは違う名字なんだけど……教えてくれなかったの。つまんないよね?」
「パパに聞いたらは?」
沙夜が問う。
「パパいないの。どっかに行っちゃったの」
「あっ……ごめん、聞いちゃいけなかったね。そしたらママに聞いてみたらは?」
急いで言い直す沙夜。
「ママは遙がちっちゃい頃に死んじゃった」
「……えっ? じゃあ、今は誰と住んでいるの?」
恐る恐る聞く沙夜。
「おじいちゃんとおばあちゃん! でもね、血は繋がっていないんだって。遙にはよくわかんないんだけどね」
そして、遙はにこにこと笑っていた。
「あら、本?」
桂花は側にあった机の上にあった一冊の本を手にした。 ページを開くとそこには沢山の写真が貼られていた。
「アルバムですわ……」
ルナの若い頃の写真。その写真には他にもルナに少し似た双子の姉妹も写っていた。
「これってルナの妹?」
覗き込む聖流が言う。
「どれどれ?」
沙夜も覗き込む。
「あれえ? これって……」
素っ頓狂な声を上げる沙夜。
「赤ちゃん?」
そこにはルナと同じ金髪の赤ちゃんが写っている。
「えっと……『愛する人との可愛い息子、エ・ディット』……ええええっ?」
聖流が思わず叫んだ。
「エ・ディットさん? ってことはルナさんは……」
桂花の言葉に。
「エ・ディットのお母さんっ?」
沙夜が続く。
「遙、わかんない」
ぷぷーと一人訳が分からず、むくれる遙がいた。
「とにかく、これは重要な証拠物件だわ」
ジュラから預かっていたリュックにしまうことにした。
「と、いうことなら……エ・ディットさんのお父さんって……誰なんでしょう?」
桂花のその言葉に答えられる者はここにはいなかった。
「とにかく、そろそろ出よっか? 追っ手も行っちゃっただろうし」
聖流が提案する。
「遙、ここ、もう飽きちゃった☆」
ベッドでばふばふと遊んでいた遙が同意する。
「そうですわね。そろそろ行きましょう。もしかするとルナさんが戻ってくるかも知れませんし」
桂花も頷く。
「じゃ、出よ……ん?」
ふと沙夜の視線が止まる。
「どうかなさいました? 沙夜さん」
そういって微笑む桂花。
「ケイ……それ……エンゲージ……」
沙夜の指差す先にある首元には隠れているはずの荊。先程の逃走で出てきてしまったらしい。
「あ……」
今更、隠しても遅いことは分かっていた。
でも、隠さずにはいられない。
沙夜には知られたくなかったこと。
それは、自分がエンゲージに犯されていること。
桂花の顔は凍り付いたままだった。
▼クォンタイズに刻まれた魂
サイバーネット。ティンヴァとクォンタイズが止まって30分程度経っただろうか。
やっとティンヴァがデータの処理を終えたらしく、動き始めた。
「データ処理に時間が掛かってしまいましたわ」
そう言って首を振る。
「助けて頂いて助かりましたが、次からは止めて欲しいです」
ティンヴァは瑠璃の方を見た。
「もうすぐクォンタイズも起きますね」
そう言って苦笑する瑠璃。
「あ、やっと見つけたよ。捜したんだよ?」
現れたのは政彦。黒のスーツを着ている。
「およ? 今日は白猫ではないのでござるか?」
彩波に政彦の擬態を聞かされていた忠宗が驚きの声を上げる。
「あ、その……えっと猫のままだったらいろいろと面倒だから」
苦笑しながら答える政彦。
「なるほど、それはそうでござるな!」
「で、何してるわけ?」
きょとんと一人、今の状況が把握できていない政彦が訊ねた。
「クォンタイズがティンヴァさんを襲ってきたんです。それで……」
瑠璃が政彦に説明を始めた時だった。
「ああああああああああっ!」
突然、クォンタイズが叫び出す!
「な、何だっ?」
エ・ディットが驚く。
「何かあったでござるか?」
忠宗も。
「これは一体?」
瑠璃も。
「ああ、本当にさっぱりだよぅ」
そして、政彦も。
「これは……まさか……!」
だが、ティンヴァだけが気付いた。
暴走。
頭を掻きむしるように苦しみ出すクォンタイズの様子は明らかにオートマータの暴走と同じもの。
「暴走しています! 皆さん、下がって下さい!」
そう言ってティンヴァはシールドを張る。と同時にクォンタイズの周りの壁や床が歪み始めた。ルナから受け取った力の所為?
「わ、分かったでござる!」
忠宗を始めとするダイバーは皆、ティンヴァの言う通りに後ろに下がる。が、一人だけその言葉に従わない者がいた。
「エ・ディット様! 危険ですわ!」
「ばーか。一人の女に全てを任せる程、俺は神経が図太くないんでな」
そう言ってエ・ディットは自分の持つシールドをティンヴァのシールドに被せた。
「それに、お前を失いたくない……」
「……エ・ディット様」
ティンヴァは隣にいるエ・ディットを見上げる。
「戻ってこいよ、ティンヴァ」
「でも、私は命令に反したことを……」
「人は誰だって間違うんだぜ? 一度や二度の間違いを気にしてるようじゃ、世の中やってらんないぜ? それに……」
エ・ディットはそう言ってゴーグルを外した。
「俺はまだお前のちゃんとした手料理を食っていない」
苦笑。
「後で作れよな?」
その言葉に。
「……こんな私で良ければ、喜んでお作りしましょう。エ・ディット様の為に!」
微笑みを浮かべるティンヴァ。
と、急にシールドを襲う歪みが消えた。
いや、消えたのではない。
歪みは映画のスクリーンとなってダイバー達に映像を見せ付けていた。
『あーう』
それは、まだ幼い女の子。
『あら、これは食べ物じゃないわよ』
それは、女の子の母親。
『全く誰に似たんだか』
それは苦笑する……。
「レンっ!」
エ・ディットが叫ぶ。いや、正確には若い頃のレンだ。
「て、ことはこれはレン殿の映像なのでござるか?」
「いいえ、それは違うようです」
「まだ映像が続いているみたいだよ?」
政彦の声に皆はその映し出される映像に目を向けた。
『これで完成だわ!』
『おめでとう、美由紀。お疲れさま』
そう言って若いレンは美由紀と呼ばれる女性にコーヒーを渡す。美由紀は先程の女の子の母親でもある。
『ありがとう、レン。これでまた、私の夢が叶ったわ』
そう言って美由紀は笑みを浮かべた。
『君の作った「新しいパートナー」を紹介してくれるかな?』
戯けたように訊ねるレン。
『suzakuよ』
『suzaku?』
『そう、suzaku。貴方の生まれた故郷で伝説になっている幻獣のね』
『でも、鳥ではないんだな』
レンの言う通り、目の前にあるのは紅く彩られたノートタイプのコンピュータ。
『ふふふ、そう? じゃあ、見てて。suzaku、バードモード、オン!』
美由紀のその言葉に反応して。
『こりゃ……驚いたな……』
四角いボディのコンピュータはたちまち鳥へと姿を変える。いや、鳥とは失礼だ。伝説の幻獣、『朱雀』に、だ。
『どう? 問題はオートマータに命令させるようなことは出来ないトコかしら』
『で、使える容量とかは?』
『もちろん、従来の倍にしてあるわ。お陰で私の作ったダイブ用攻撃プログラム「白虎」を積むことが出来るし、データ処理用プログラム「青龍」も入れることが出来たわ』
『全部、中国の伝説をモチーフにしたのか?』
『だって、その方が趣があっていいじゃない? レンにぴったり』
『それはお前が使うために作ったんじゃないのか?』
そのレンの言葉にくすりと笑う美由紀。
(何も分かっていないんだから)
これは美由紀の心の言葉。それが声となってダイバー達にも聞こえていた。
『一緒に使いたいからよ。それと、もう少し大きくなったら遙にも、使い方教えてあげましょうね』
『そうだな……』
画面が白くなり、そして。
『どうしても、私から離れるというのね?』
ルナが現れる。
『ごめんなさい、お義母さん。……血が繋がっていないのに、今まで育ててくれて本当に感謝のしようがないわ……でも』
これは美由紀。
『あの男とは別れられないの? 男は全て女を裏切るのよ? 貴女を悲しませることになるわよ? それに……彼のこと知ってるの? 香港のマフィアに追われてるって話じゃない!』
『お義母さん……今まで話していなかったけど、本当は彼との子供もいるのよ……』
『何ですってっ! 何て事っ!』
『だから、お願い。別れるように、なんて言わないで……』
『駄目よ……こうなったら、彼を消さなくては……美由紀がもっと傷つく前に……』
『分かっていない! 私は、彼と離れたくないの! ずっと側にいたいの! 子供と一緒に! だから、だから彼を消すなんて言わないで……』
『分かっていないのは貴女よ。男は汚いのよ。そう、私がそうであるように……女を散々弄んだ後、挙げ句の果てにはボロ布のように捨てるのよ。あの男だって……』
『彼は違うわ! 私を大事にしてくれている! そして子供の事を真剣に考えてくれてる! 彼は、レンは決して私を裏切らないわ!』
『可愛そうな娘……あの男の口車に乗ってしまったのね?』
『違うわっ!』
『じゃあ、何だって言うの?』
『可愛そうなのは……ルナ。貴女だわ』
『……私が可愛そう? 何を言ってるの? 貴女はあの男に騙されているのよ? 早く気付きなさい。今なら遅くはないわ。さあ、一緒に帰りましょう』
『嫌……。お願い、レンと一緒にいさせて……』
『一緒にいるのなら、彼を殺すわ』
『なら、レンの代わりに』
私を殺して……。
暗転。
「こ、これって……」
政彦が一番に口を開いた。
「全く、ひでえ話だ……」
エ・ディットがため息と共に吐き出す台詞。
「ルナは何を考えてるのでござるか?」
悲しそうな表情で忠宗は問う。
「でも」
瑠璃は続けた。
「これで分かったことが一つあります」
皆はそれに頷く。
「レンさんの妻である美由紀さんはルナの手にかかって亡くなったと言うことです」
瑠璃はそう、告げた。
「もう一つありますわ」
その声にティンヴァは声を出した。
「もう一つ?」
政彦が訊ねる。
「クォンタイズの中にある『魂』は美由紀さんのものですわ」
「何だって? 何で分かる?」
エ・ディットがもう一度訊く。
「私も、『魂』を持っていますので」
「誰の……でござるか?」
忠宗の声に嬉しそうな、悲しそうな複雑な表情を浮かべながらティンヴァは言った。
「沙夜の母、です」
そう告げるティンヴァの側で、クォンタイズがゆっくりと横になっていた。
▼臥竜
ここは研究所のライフライン、制御室である。現実世界の……。
「ほう、上手く脱出したのか」
レンはゴーグルを付けたまま、そう呟いた。
「でも、貴方がここに来たのには驚きましたわ」
側にいるのはスーツ姿のレクト。
「少し気になることがあったからね……。で、君の役割は? エム……いや、今は藤丸君か。彼に頼まれたんだろう?」
「私にダイバーの相手をしろと言われました」
「面白いことを」
そう言って苦笑するレン。
「でも、ここに来ているのだね?」
「食事を運ぶのが私の役目ですから」
そう言うレクトの手には、熱々のトーストとブラックコーヒーの乗ったトレイが置かれていた。
「感謝するよ」
レンはそう微笑んでトレイを受け取る。
「それで、KOUMEI様は如何なさるおつもりで?」
レクトが訊ねた。
「暫くは高見の見物でもさせて貰うよ。遙達を誘導しながらね」
湯気の立つコーヒーをレンは啜る。
「それに、暫くしたらルナも動き出すだろう」
レンの目の前に置かれた紅いノートタイプのコンピュータ『suzaku』が、かたかたと相変わらず動いていた。
▼行き止まりの像
レイカ達はジュラの言うやってきた方向を照らし合わせてみた結果、そうやら翼持つ神の像がある部屋が怪しいと言うことになった。
「変ね……忠宗君達と交信出来ないわ」
レイカが端末を立ち上げながらそう、呟いた。
「それって、やばいんじゃない?」
「そうだな……ダイバー達のサポートがないなら、今後の行動は慎重にしなくてはいけないな」
航一郎はそう言って腕を組む。
「とにかく、ここでじっとしているよりも先に進んだ方がいいとボクは思うけど。沙夜ちゃん達だって頑張っているだろうし」
「さんせー」
やる気なさそうにヨージは春斗の提案に同意した。
「あんたってば、やる気ないのね?」
「悪かったな。俺は疲れたんだよ」
漫才が始まりそうなのをレイカが止める。
「それじゃ、行きましょう。罠があるかも知れないけど、前に進むしかなさそうね」
レイカ達はその、像が置かれている部屋へと向かった。
その頃沙夜達は。
「行き止まりっ?」
に、ぶつかっていた。
「どうしよう……これじゃ、先に行けないよ?」
遙が心配そうに沙夜達を見上げる。
「こういう場所にはかならず、何か仕掛けがありますわ」
「ケイ……」
「はい? 何でしょう、沙夜さん?」
桂花の言葉に沙夜が続ける。
「その、大丈夫? 身体の方……だって、その病気だし」
「大丈夫ですわ。まだ発病して一ヶ月程しか経っていませんから。それよりも何か見つかりませんか?」
そう言って行き止まりの壁や床をじっくりと調べ始めた。
「無理しないでよね」
心配そうに沙夜は桂花の隣で仕掛けを探し始める。
「分かっていますわ」
微笑んで桂花は安心させようとしていた。沙夜もつられて笑う。
「ねえねえ、これ何?」
遙が見つけたのは壁に隠れるようにある、何かの蓋。
「開けてみるわ……」
聖流が緊張しながらそれを開ける。そこには小さなディスプレイと電卓にある数字のボタンが付いていた。
『パスコードを入力して下さい』
そのディスプレイにそう、表示されていた。
「パスコード? 私、知らないわ」
首を振りつつ聖流が言う。
「適当に入れてみたら?」
沙夜が提案。
「それは危険ですわ! 間違ったら何が起こるか分かりませんもの」
「ど、どうしよう……」
そうこうしていると……。
『あれ? これ何かなあ?』
春斗の声が壁に埋め込まれたコンピュータのスピーカーから聞こえてきた。
「春斗君?」
沙夜が声を上げる。
『えっ? もしかしてその声、沙夜ちゃん?』
どうやら、こちらの声が向こうにも聞こえているらしい。
「あの、春斗さん。パスコードを入力しないと出られない状況なんです。何か分かりませんか?」
桂花がスピーカーらしき物に話し掛けた。
『ボクはちょっと分からないけど……待ってて、レイカさん達にも訊いてみる!』
その声に沙夜達は安堵した。恐らく、この扉の向こうに彼等がいるのだろう。
「これで出られるね!」
笑みを浮かべる遙。
「後、もう少しだね☆」
沙夜も喜ぶ。
『ちょっと良いかしら?』
スピーカーから今度はレイカの声が響く。
「レイカさん。パスコード分かりました?」
聖流が嬉しそうに訊ねた。が。
『ごめんなさい、私達の方でもまだ分からないわ。とにかく今ここで調べているから。もう少し辛抱してちょうだい』
まだ分からないらしい。
「あの、ダイバーさんがフォローとかに来ていないのでしょうか?」
桂花が恐る恐る訊ねた。
『ここにダイバーの皆もダイブして来ているんだけど……ちょっと交信出来ないのよ』
そのレイカの言葉に顔を見合わせる沙夜達。
「何かあったのかな……」
沙夜が心配そうに口を開いた。
「そういえば、ジュラさんはそっちにいるんですか?」
思い出したように聖流が言う。
『あたしなら、ここにいるわよ!』
どうやら、無事に合流出来たらしい。ジュラの元気な声が響いてきた。
『そういえば、そこには何かパスコードの手掛かりの様な物、ないのかしら?』
レイカの声がまた聞こえた。
「数字のボタンがあるだけですわ」
すかさず桂花が答える。
『何かあるかも知れないから、もう一度調べてみて。こっちも調べているから』
「はい」
沙夜達も調べ出す。
合流するまで、後もう少し。
「いいんですか? 教えなくても」
レクトがコンピュータに向かって何かを検索しているレンに訊ねた。
「そうだな。そろそろ……おや、私が行かなくても良さそうだ」
そう言ってsuzakuのディスプレイを切り替える。「え?」
レクトが訳も分からず声を上げる。
「姫を救おうと『騎士』様がやってきたようだ」
そう言ってレンはその目を細めた。
ぱちん。
今まで反応していなかったディスプレイの画面が切り替わった。
『そこにいるのは聖流達か?』
ディスプレイに映し出されたのは、擬態姿の晃だった。
「晃先輩!」
その声を聞きつけて聖流が画面に寄っていった。
『良かった。無事のようだな。ところで、何かあったのか?』
晃はそう、淡々と訊ねた。
「……先輩、口調が違う?」
「聖流さん、気付くのがちょっと遅いですわ……」
ぼそりと桂花がツッコミを入れた。
「それよりも、早くパスコード見つけなきゃ駄目なの!」
遙が言う。
「あっと、忘れるところだったわ。晃先輩、ネットからここのパスコード分かりませんか? パスコードがないとここの扉を開けることが出来ないんです」
『分かった。こちらで調べてみよう。ちょっと待っててくれ』
そう言ってディスプレイから晃の姿が消えた。
「大丈夫かしら……」
心配そうに画面を見つめる聖流。
「大丈夫だって! そういえば、ずっと前にパパから聞いたことがあるよ。晃君、実はパパと一緒で特級ダイバーなんだって。だから、大丈夫だよ☆」
沙夜がリボンを揺らしながら聖流に言った。
「そう? ならいいんだけど……」
『分かったぞ。パスコードは1975だ』
心配する聖流を余所に、晃がパスコードを見つけていた。
「1975ですね! 分かりましたわ」
桂花がすぐさまそれを入力する。
ポーン!
その機械音と共にゆっくりと。
「扉が開いたよっ!」
遙がはしゃぎながら言う。
「まあ、パスコードが分かったの?」
扉の先にはレイカ達が待機していた。
「晃君が教えてくれたの☆」
笑顔で答える沙夜。
「沙夜っ<」
ジオがすかさず沙夜に駆け寄り、強く抱きしめた。
「や、やだー、ジオ。皆見てるよ? それに、ちょっときついよ~」
笑いながら沙夜が言う。
「あ、済まない。つい、嬉しくて……」
そう言って、ジオは腕を放した。
「あら? 服、変えたんですか?」
桂花がそれに気付いた。
「ええ、前に着ていた物よりも数段、丈夫なのよ」
沙夜ちゃんを救出するためにね、と付け加えるレイカ。
「ふうん……前のも良かったけど、今着てるのもカッコイイよ☆」
そんな沙夜の言葉に赤くなるジオ。
「……オートマータでも照れることはあるんだな」
その様子を観察ながら航一郎は呟く。
「まあ、これで全員揃ったわね」
ジュラがにこやかに言った。
「後は、皆で脱出だね!」
春斗の声に皆は嬉しそうな笑顔で頷いた。
ネットでは晃が一人、ほっとした表情で佇んでいた。
「無事で、本当に良かった……聖流」
と、その横で何かが横切った。
「え?」
きちんと確認出来なかったが。それは……。
▼力を得た者
「とにかく、このままにして置くことは出来ません」
ここはサイバーネット。そして、瑠璃達がいる場所でもある。瑠璃は、その小さい体で気絶しているクォンタイズを担いでいた。
「そうでござるな。まずは移動した方が良さそうでござる」
忠宗が瑠璃を手伝いながら言う。
「そうだね。一度、ライズした方がいいかも知れないね」
政彦がそう、口にしたとき。
「皆、ここだったの?」
彩波が駆けつけてようだ。その背中には白い翼がはためいていた。
「お。整形胸のお嬢ちゃん、戻ってきたのか」
エ・ディットが笑いながら声を掛けた。
「整形じゃないって何度言えば分かるのよっ! で、何かあったわけ?」
持っていた鎌で、がこんとエ・ディットを殴ってから、彩波は皆に問う。
「それが、かくかくしかじかで……ござるよ」
忠宗が彩波に今までのことを話した。
「前にもこんなことがあったような気がします……」
その横で瑠璃が呟く。誰にも聞こえなかったようだ。
「おや? クォンタイズはやられちゃいましたか?」
突然現れたのは……。
「エムっ? お前……ダイバーだったのかっ?」
エ・ディットが驚愕する。
「だと言ったら?」
エ・ディットの驚く表情を見て、藤丸は楽しそうに訊ねた。
「ストリートミュージシャンと言うのは嘘だったのかっ!」
「どうでしょう? ふふふ」
藤丸はにこやかにその様子を見つめていた。
彼の両耳から水色のピアスが揺れていた。
▼七天使・ルナ
かつん、かつん。
ハイヒールの足音が部屋中に響き渡る。
「このままだと、逃げられてしまうわ……そんなこと、絶対にさせない……」
ルナの瞳から、何かが消えていた。そこにあるのは、狂気だけ。
「何故? 何故、私の元から逃げていくの?」
そう言って全身が写る、大きな鏡の前で立ち止まる。
「私は只、永遠が欲しいだけなのに。永遠が手に入れば、私は女だけの『ユートピア』を作ることが出来る。私はそのために生きているのに……どうしてっ!」
がんと、強く床を踏みつけた。
「どうして邪魔ばかりするのっ!」
ちくりと、手先に痛みを感じた。
「何?」
視線はその指先に移る。
そこには白い手袋から、赤い血が滲んでいる中指があった。
「血?」
確か、その手は足の太股の側で痛みを感じた。
「どういう、こと?」
太股にあったのは。
「私は……」
荊。それはエンゲージの印。
「私は永遠では、ないの? 力を得て、永遠になったのではないの?」
驚愕。
「私は、ユコヴァック様から選ばれた七天使なのよ? 何で? 何でなのよっ!」
そして、沈黙。
「……なら、邪魔する者を消しましょう」
笑みを浮かべるルナを止められる者は、ここにはいなかった。
▼そして神は世界を告げる
先程見つけた影の後を追って、晃はダイバー達がいる空間に遭遇した。
「これは……一体?」
クォンタイズが倒れ、ダイバーではない藤丸がいる。
と言ってもついさっき、到着した晃にはどれも分からないことだった。
「あ、晃さん?」
彩波がその姿を見つけて声を上げた。
「何があったんだ?」
その声に、彩波は簡単に説明し始めた。
一方、無事合流を果たした沙夜達は出口に向かって駆け出していた。
「やったっ! 出口だよっ!」
春斗の声が通路に響く。
「お疲れ様ね」
が、そこに現れたのは……。
「ルナっ!」
「ふふふ、駄目な子達ね? 私の邪魔ばっかりして。でも、それももうお終い。あなた達はここで、死ぬんですから!」
そう言って力を発動させようとしていたが……。
きいいいいいいいいいいいいいいいんんんん。
割れるような高い音。
そして、閃光。
彼等のいた場所が光に包まれたとき。
サイバーネットでも異変が起きていた。
「ああああああああ!」
瑠璃の肩に負ぶさるようにいたクォンタイズと。
「こ、これはっ?」
藤丸の身体からも光が溢れ出す!
その光は、そこにいた者全てを飲み込んだ。
そこは、やけに静かだった。
「ここは……何処?」
沙夜が辺りを見渡した。そこには救出部隊のメンバーと、擬態の解けたダイバー達がいた。
『ここは双界の狭間』
そう答えるのは、まるで操り人形のように自らの意識がない、抜け殻の藤丸。
『魂が行き来する場所』
続けて、眠るように瞳を閉じるクォンタイズが喋り出す。
『空谷村でも、エルカースでもない世界』
そう言って、ルナはある一点を指し示した。
「これは……地上?」
航一郎は呟いた。
ルナの指し示した場所から辺りの白い世界が一変して、地上の風景が現れた。それはまるで映画をプラネタリウムで見せられているように、周りは全て風景だった。
だが、ただの風景ではない。
大干ばつ。
大洪水。
大噴火。
ありとあらゆる天変地異がそこに映し出されていた。
「空谷村でも報道されてたものよりも……酷い……」
春斗が悲痛な声を上げる。
「もう、止めて下さい……」
見たくないと言った表情で、桂花が俯く。
「これ以上見せるのは止めて下さい!」
晃が叫ぶ。
『まだ。まだ終わっていない』
3人は声を揃えて言う。
「な、何が終わっていないの?」
恐る恐る政彦が彼等に問いかける。
『世界が……』
山が崩れる。
氷河が壊れる。
空が裂ける。
海が流れる。
そして。
あなたも!
「あああああああああああああああっ!!」
誰の声かも分からない。
また、光が空間を埋め尽くした。
そこは、薔薇に埋め尽くされた原野。
いや、それだけではない。
『ようこそ、ヘスペリデスへ』
白と黒の翼を携えた天使がいた。
空では、未だ崩壊続ける世界が浮かぶ。
「もう、止めて……」
レイカが堪らずに声を上げる。
『どうしてですか? あなた達は願ったではないですか?時が永遠に続けばいいと』
「あ、あたしはそんなこと……これっぽっちも考えていないわよ……」
彩波は言う。
『そうですか? 本当に?』
その天使の言葉に、言葉を詰まらせる彩波。
『時の残酷さを』
天使は顔を近づける。
『有限なる存在を』
彩波だけではない。
『不平等を恨んだ』
一人一人の表情を確認するかのように。
『これから訪れる世界には』
ここに運ばれた全ての者の顔を見た。
だが、ルナ、クォンタイズ、藤丸の姿が見えない?
『全てが等しく、時のない世界です』
「それは違うわ!」
ジュラが言う。
「何かそれって、違うと思う。そりゃ、皆が平等なら戦いとかそんなの出ないかも知れないけど……」
それを微笑みながら見つめる天使。
「でも全てに限りがあることで、人は今を一生懸命生きるのではござらんか? だから今を、過去をそして未来を大切に想うのでござるよ」
言葉に詰まらせてしまったジュラに代わって、忠宗がそう続けた。
「何もかも永遠のものにしては、いつかは自らをまた破壊へと導くことになるのはないのか? 永遠に続く悲しみ、苦しみ、辛さは有限な世界よりも残酷ではないのか?」
先程まで黙って見ていたジオも言う。
「嫌だよ……私は嫌。嫌な想い出を忘れたいのに忘れられないなんて、絶対嫌。しかも死ねないんでしょ? そんなのって辛すぎるよ……永遠を手に入れたって、それじゃ、意味がないよ」
沙夜は辛そうに天使を見つめた。
『分かりました』
天使は続ける。
『崩壊していく世界、「地球」をそのまま残すというのですね?』
天使は彼等に問う。
「この世界が気に入っているからね」
ジュラの言葉に。
「お前が貯めてる金が、だろ?」
ヨージがすかさず口を挟む。
「な、違うわよっ!」
ジュラがヨージの頭をぐーで殴った。
「とにかく、この世界を……」
レイカの言葉に天使は。
『この世界を維持する為には……あなた達の中から一人、神になって頂きたいのです。この世の全てを創る七神の一人に』
天使の翼がばさりと大きく広がる。
白と黒の羽が、薔薇の上で踊るように舞う。
『世界の変革に立ち合った者だけが持つ奇跡の力……。どんな願いも、叶いますよ?』
▼ロックオン
沙夜達が神であるユコヴァックと話をしているときから、少し時間が遡る。
そこはレンとレクトのいる、研究所の制御室。
「ん?」
ふと、レンの手が止まる。
「どうかなさいましたか?」
不安げにレクトが訊ねた。
「……こ、これは……嘘だろう?」
流石のレンの表情が凍り付く。
「KOUMEI、様……?」
「これを見ろ……。変な装置が作動しているからと見てみたら……」
そこには。
『ターゲット確認。目標、空谷村の原子力発電所。カウントダウンを開始します』
アナウンスと共に流れるそれは……。
「最悪の事態か。まさかこんな研究所にミサイルを持ち込んでいるとはな……」
苦笑。
「ど、どうしましょうっ! KOUMEI様っ!」
レクトがパニックを起こしている。
「レクト、落ち着くんだ。……とにかく、ここでは操作出来ないらしいから、直接ミサイルポッドの方へ向かう。レクトはここで協力者を募ってくれ。恐らく私一人では無理だろうから……」
レンはそう、レクトに頼み部屋を出ていった。
「分かりました。最善を尽くします」
レクトは急いで研究所内の放送マイクの電源を入れた。
『発射まで、後120分です』
●次回GP
貴蹟K1 ルナと対決!
貴蹟K2 ミサイル発射阻止!
貴蹟K3 決着を付ける!
貴蹟K4 あなたに関わる!
貴蹟K5 説得する!
貴蹟K6 そして俺様星になるっ!
神羅KN 神になる!
●マスターアンケート
あなたがやり残したことはありませんか?
あるとしたら、それは何ですか?
(PC対象)
はい、暑いです。どろどろ溶けます、秋原です(笑)。いやはや、今回も情報量が多いような? でも前回よりも内容は少ないんですよね(苦笑)。その分濃厚なので、じっくり堪能して下さい(苦笑)。しかも……訳わからん関係とかあると思うので、おまけに家系図なんかも付けておきますわ。説明付きで。で、今回わかりやすさを出すために段落ごとにタイトル付けてみました。これで何が何処に書かれているかが分かりやすくなったのかと。いかがなもんでしょう? どきどき。
さて、早速補足と行きましょう!
K1はルナと戦います。ルナが勝ったらユートピアが出来ちゃいます。倒すヒントは彼女の持つ能力と、弱点を見極めること。じっくりと考えて下さいね。なお、なるべくならここで共同ロールとかかけて下さると助かります(苦笑)。今回、共同でなかったためにロールが失敗になった方がおりますので。よろしう☆
K2はそのまんま(笑)。ていうか、ミサイル阻止出来なかったら……お、恐ろしいです……。お願いですから、誰か止めて下さい(苦笑)。発射されてジャストミートしちゃったら空谷村壊滅します(涙)。はい。どのようにミサイルを阻止、または解除するのかを書いておいて下さいね。
K3は。ルナ以外で決着を付けたい人のです。誰に(何に?)どのように決着を付けたいかを書いて下さいませ。 K4は……ですね。ルナ以外のNPC又はPCに関わるものです。誰にどのように関わるのかを書いて下さいね!
K5は誰かを説得します。ええ。たっぷり説得してみて下さい。駄目ならぐーも可(違うって/苦笑)。誰にどのように説得するのかをがんがん書いて下さいね! これよってSTの流れが変わるかも?
K6はいつものやつです。本気にして星にならないように(爆笑)。他のGPで自分のやりたいことがなかったらここを選んで事細かに書いて下さい。
で、見たことのないGPありますよね? それは今回のみの凄いGPです! これはそのままユコヴァックによって神様になることが出来ます。し・か・もっ! 何とMSM初! 砕遠誌上STに載ります! 書くのは私ではなく、旋牙MSになります。はい、凄いですね! 今回のお勧めGPですね! 我こそはという方は是非、チャレンジしてみて下さい。
ですが、ここで注意です。
一つ。これは一人のPCさんしか神様になれません。
二つ。神羅に入ったPCさんの描写はかなり減ります。 で、ここが重要! 一人しか神羅に行けないってことは、そのロールが選ばれなかったら……ロールが失敗しちゃうことになるんです!
そうなったら、私の方で描写出来なくなりますので以下の提案をさせていただきます。神羅を選ぶ方は、必ずこの提案に乗って下さい。よろしくです。でないと大変なことに(苦笑)。
その提案とは。私宛の私信として貴蹟本編のロールをかけることです(便宜上「私信ロール」と呼ばせていただきます)。これなら、神羅に落ちても本編で活躍出来るようになります。ですが、神羅に無事入れたPCさんの「私信ロール」は描写の参考にはさせていただきますが、基本的には本編でのロールは採用しませんのでご注意下さい。
さて、錯乱してきたPLさんのためにもう一度、神羅に参加するためのマニュアルを☆
1.黙示録に神羅GPのロールを書く。
2.私信として、本編のロールも書いておく。
分かりました? まあ、私信ロールはなくても私はかまいませんけど(苦笑)。
で、GP神羅のロール補足です。
ロールには神になってどのようなことを願うのか、神になる時の意気込み、神になる時の心情などを書いておいて下さい。
そうそう、神様がいなかったら、二つの世界が崩壊するので気を付けてね☆ お願いだから、一人だけでも神羅を選んで下さいにゅー(涙)。
ふう、これで神羅の説明終わりです。最初で最後の一大チャンス! 頑張って見て下さいね!
次にお知らせです。今回は遅刻者いません☆ おめでとー☆ ラスト2回もこの調子で行きましょうね!
あ、そうそう、私信でありましたが……貴蹟のグッズとか作って下さってOKです。ていうか作って下さい(笑)。そして、秋原にも見せて……欲しいな☆ 駄目?今ならもれなくSTのおまけぺーじに公開されます☆ うふふふ☆
ではでは、暑さで頭がうにって来ているのでそろそろ終わりにします。変なこと言う前に退散ですわ(爆笑)。では、次回もあなたの生み出す軌跡を私に見せて下さいね☆ 楽しみに待っていまーす☆ うふふふ☆
(すみません、かなりやられています。はい)
秋原 かざや
じじじじじじ。
「……新しいプロジェクトの提案モロ?」
「はいモロ。欲望のままにプラリアを作ってみましたモロ」
「おおおお!」
「で、ロボットは出てくるモロ?」
「残念ながら今回は無理でしたモロ。ですが、一応、サンプルを持ってきたモロ」
「うおおおおおおおおおお!」
「素晴らしいモロ!」
「全ては」
「我々のために!」
「実行に移すモロ!」
じじじじっじじじじじ。ブツッ!