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貴蹟 第7話 REQUIREMENT

 

 現実世界に酷似した

 もう一つの世界

 そこで、私は水を得た魚のように

 大空を飛ぶ鳥のように

 軽やかに舞い飛んで行く

 

    現実ではわからないことばかり

    けれど、ここでは

    仮現実世界(サイバーネット)では

    私の敵はいないでしょう?

   そして私は

電脳魔術師(サイバーマジシャン)

    ここでは現実では出来ないことを

    実現できる術がある

    幾度となく灼いた侵入者

    彼等は楽園(エデン)に?

    それとも地獄(ヘブン)へと?

    その後の彼等を知ることは出来ないけれど

それが今の私の役割

 

 ネットの中

 電子の海で生まれ

 育まれた私

 そして、その場所で今も生きている

 私の存在理由を求めて

 生きていく理由を求めて

 

 いつか見つける、そのときまで

 

 

 天川瑠璃はふと、誰かに呼ばれたような気がして振り向いた。ここは、彼女の生まれた場所でもある、サイバーネット。彼女はこれから出かける沙夜達の為に、ネットで支援が出来るよう準備をしていた。

 振り向いた先にいたのはエメラルドの瞳と髪を持つ女性。

「クォンタイズ……」

 瑠璃は彼女の名を呼んだ。

「これで2度目ね、瑠璃」

 そう言ってクォンタイズは微笑んだ。

「前に聞いた質問の答えを聞かせて」

 クォンタイズはその手を瑠璃に向ける。額に水色の石のようなものが付けられているのに、瑠璃は気付いた。前に会ったときはなかったはずだ。それに、今回は服もきちんと着ていた。エナメルの透けた服から覗く肩は細く、ダークグリーンのスカートから伸びる足はしなやかに長い。

「どうして私が存在するのか? でしたね」

 瑠璃は確かめるようにクォンタイズに言った。

「そう、その答えを聞かせて」

「それは……一言で言い切れることではないでしょう? それに私も探していることですしね」

 そう言って笑顔を作る瑠璃。

「そうなの……」

 クォンタイズはつまらなそうに呟いた。

「私も、貴女に聞きたいことがあるんです」

 逆に瑠璃がクォンタイズに訊ねた。

「貴女は何をしたいのですか?」

 その言葉に。

「私はルナの言葉に従うだけ。何をしたいのか、何をしたくないのか、分からないわ」

 即答。

「でも」

 その言葉に続ける。

「貴女を消したくないの」

「消したくない?」

「貴女は私と同じだから」

 そう言って、弾かれるようにクォンタイズが振り返る。

「エレン博士。今、戻ります」

 クォンタイズは瑠璃を見た。

「また来るわね、瑠璃」

 そう言い残してライズしたようだった。

「ルナの言葉に従うだけの、クォンタイズ……」

 即答した彼女の瞳は淋しそうだった。

 

 

胸に刻まれたシリアルナンバーではない

もう一つの熱いものの名前を教えて

 

『真実は、あなたの中に』

 

 

 ここは慌ただしい調査団のキャンプ。和田政彦は忙しく準備を始めた神崎航一郎の代わりに、レンに報告するため彼の部屋に向かっていた。

「レン、いますかー?」

 ノック。だが、返事はない。

「寝てるのかなぁ?」

 と、念のためドアノブを回した。抵抗なく、ドアが開いた。

「あれ?」

 留守なら鍵を掛けているはず。寝ているのならば、かえって不用心だ。

「レン、やっぱりいるんじゃないか」

 酷いなぁと呟きながら中に入っていった。応接間と机のある部屋には誰もいない。

「寝てるなら、鍵を掛けた方がいいと思うよ? レン」

 そう言って寝室のドアを開けた。

 無人。

「あ、あれ?」

 ベッドの上にはsuzakuと刻まれたコンピュータが置かれていた。それも電源が付けたままだ。調査員用報告レポートのデータが画面に映し出されている。

「レン?」

 呟いて政彦はベッドに手をやる。少し暖かい? 政彦はとっさに側にあるクローゼットや風呂場などを確認する。が、それでもレンを見つけることが出来なかった。

「えっ、えーと……もしかして」

 わたわたと頭を掻いた。

「これって、誘拐?」

 しばしの沈黙。

「えええええっ!!」

 そして、ことの大きさに気付く政彦。

「た、大変なことが……二ついっぺんに来るなんてぇ~」

 泣きそうな声を出して、政彦はその部屋を出た。

 

 

 一方、ここは平穏な図書館……のはずだったが。

「こ、これは一体?」

 城前寺晃は、ばたばたとせわしく動き回る職員達を前に驚きを隠せなかった。晃は、家に戻って準備をしている天羽春斗と雪水沙夜の代わりに休暇を貰うのと臥竜(がりょう)等の調査のため、ここを訪れていた。

「晃先輩」

 ふと、晃の後ろから声を掛けられる。振り向く先にいるのは晃の後輩でもあり、沙夜の親友の一人でもある少々勝ち気な少女、翡咲聖流がいた。

「何かあったんですか?」

「それが大変なことに……」

 聖流が言うよりも先に。

「晃っ?」

 聖流の姉であり、晃の上司でもある翡咲ティナが晃を見て駆けてきた。

「どうしたんですか? ティナさん」

「説明するよりも、行った方が分かると思うわ。こっちよ」

 ティナは晃と聖流を連れて階段を上り始めた。

 

 

 場所は変わってキャンプ地。そこに一人の女性……いや、女性に見える男性、馬川・M・藤丸が立っていた。その手には小さな小瓶を一つ、握っていた。

「エ・ディット……」

 エムは心を決めて、目の前の扉をノックした。

『誰だ?』

 エ・ディット・オッドバイトが中から返事をした。

「私です。エム、です」

 がちゃりと戸が開く。

「エム?」

「中に入れてくれませんか? 大事な、話をあなたにしたくて……」

「入れよ」

 短く告げるエ・ディットの声にエムは頷いた。

「で、大事な話ってのは?」

 エムを椅子に座らせ、自分は机の縁に腰掛けながらいくつかの銃を点検していた。

「私がテインヴァを騙して、あなたの命令を無視させました」

「ふうん。で」

 銃から目を離さずにがちゃり、がちゃりと弾を入れ始めるエ・ディット。

 それにエムは腹立たしくなりながらも、押さえつつ続きを話す。

「話を変えましょう。……前にあなたは私に尋ねましたよね? 何故、身体が拒むのかと」

「ああ」

 次の銃に弾を込めるエ・ディット。

「私は……父に犯されたことがあります」

 エムはその手をぎゅっと力を込めて握った。エ・ディットの手が止まり、エムを見る。驚いているようだ。

「それも、一度ではないんです……何度も、何度も、私が嫌だと言っても無駄でした」

 噛みしめるように、エムは続ける。

「そのお陰で、私は……男性を否定するようになりました……。全ての男性は父のような激しい欲をむき出しにして、他人を汚しているのだと……でも」

 つぅっと耐えきれずにエムの瞳から雫が落ちた。

「あなたは違う、そんな気がします」

「エム……」

 エ・ディットが何かを言おうとするのをエムは自分の言葉で止めた。

「あなたは、見知らぬ私を何も聞かずに迎えてくれました。助けてもくれました。怒られたりもしました。父とは違う、あなたを見て、私は男性を否定するのを止めました。それが心だけでも、それでも、あなたのことを……」

 エムは今まで俯いていた顔をエ・ディットに向けた。

「あなたのことが好きだから! 愛してるんですっ! 身体ももう、拒んだりしませんからっ! あなたを一番に、大切に思いますからっ! だから、私を受け入れてっ」

 切実に、悲痛な叫びにも似た、その声でエムはエ・ディットに訴える。

「ちょっ、ちょっと待ってくれよ。急にそんなことを言われても困る……それに」

「何?」

「今はそういう時じゃない。……お前、確かティンヴァと一緒にいたんだろ? ルナってやつのトコにもいたんだろ? 何でもいい、それを話してくれないか?」

「私の……私の、質問に答えたら話してもいいです」

「何だよ?」

「私のことをどう、思ってるんですか?」

「だから、今、それを話してる場合じゃないだろ? そんなもの後でも……」

「そんなもの?」

 エムは何気ないエ・ディットの言葉に。

「私の質問は、私の思いは『そんなもの』ですか?」

深く。

「エム」

「私は、やはりティンヴァに劣るというのですね?」

傷つく。

「エムっ」

「私を受け入れてはくれないのですね?」

「俺の話をっ!」

 エムは立ち上がり、走り出す。

「待てっ! エムっ!」

 掴むあなたの手を、振りほどくのは心が痛むけど。

「さようなら、エ・ディット」

 振り向き、涙を零しながら。

「あなたに会えて良かった」

 もう、戻れない、あなたの場所には。

 エムはエ・ディットの手を乱暴に振りほどくと、そのまま外へと出ていった。

「だから、エム! 待てっ<」

 追いかけようとするエ・ディットを止める者がいた。

「エ・ディット~。大変だよ、レンが、レンがいなくなったんだっ!」

 それは政彦。どうしたらいいのかとパニックを起こしているらしい。エ・ディットをしっかり掴んで離さない。前を見るがエムはもう、見えなくなっていた。エ・ディットはため息を一つ、零してから政彦に言う。

「じゃあ、俺が他のセクションに行って聞いてくるから、お前はエムの所に行って捕まえておいてくれ。いいな?」

「わ、わかった」

 まだ、わたわたとしているが、先程よりもいくらか落ち着いたらしい。政彦は急いでエムの部屋に向かう。

「お前もやっかいな奴だよ、レン」

 そう呟き、エ・ディットは他のセクションを回るため走り出した。

 

 

「晃、気を付けて」

 ティナの言葉がなかったら、晃は飛んでくる本に頭をぶつけるところだった。晃はそれを紙一重で躱した。

「これは……ブラックホール?」

 3階に来た3人の前には本棚の中で蠢く、黒い大きなもやを見つめていた。そのもやは小さな雷を引き起こしながら、周りの物の重力を狂わせていた。

 晃の言う通り、宇宙に浮かぶブラックホールのミニチュアと言ってもいいだろう。

「現在はこれのお陰で館内を閉鎖中なのよ」

「あのブラックホールを調べたんですか?」

 晃の言葉に首を横に振るティナ。

「本やカウンターに置いていた文房具とかが飛び回って危ないから、なかなか調べられなくて」

「それにね、他の同僚の話によるとこの得体の知れないもやもやの中に入った人がいるって情報があるみたいなの。人も飲み込んでしまうのかもって……」

 ティナの言葉に聖流も加わる。

「だから、下手に触れない、というところですか……」

 晃はもやに視線を向けながら言う。

「そうなのよ。今、アカーシャの調査員が来てくれると連絡が来たから、それを待ってるところなのよ」

「そうですか……」

 いろいろとこの場所で調べたかったが、どうやらそれも無理そうだ。

「あの、ティナさん。春斗君と沙夜さんに休暇をくれませんか? ちょっといろいろありまして……」

「分かったわ。それに、図書館がこんな状況なんだもの、暫く職員は待機ね。2人にもこのこと伝えてくれる?」

「分かりました。伝えておきます」

 その言葉を聞いて聖流も言う。

「私も休む! いいでしょ? ティナ姉?」

「聖流」

 いつになく厳しい表情でティナは続ける。

「あなたはここで作業をして貰うわ。沙夜ちゃんと春斗君は例外ね」

「そんなの、ずるいよ!」

「それとも、ここで今すぐ職員を辞めて貰ってもいいのよ?」

「うっ……。でも、でも見送り位はしてもいいよね?」

「仕方ないわね……すぐに戻ってくるのよ?」

「ありがと、ティナ姉」

 そう言って、晃の腕に絡みつく聖流。

「へっ? せ、聖流さん?」

「沙夜のとこに戻るんでしょ? 私もいいよね?」

 聖流は微笑んで、晃を引っ張り、階段を下りていった。

「晃も大変ね」

 そう言って、ティナは苦笑した。

 

 

 薄暗い部屋で、彼等はいた。

「知ってるんでしょう? レン」

 ルナは錬李飛の耳元で囁くように吐息をかけた。ルナの目の前にいるレンは両腕を鎖で繋がれ、吊されていた。

「……何を、だ?」

 それでも笑ってレンは言う。

「エンゲージの特効薬よ。知ってるんでしょう? エンゲージの研究を行い、それを終えた臥竜さん?」

「ふっ、ふふふふ、あはははははっ!」

 ルナの言葉に大笑いするレン。

「何が可笑しいのよっ!」

「いや、何も分かっていない君を見て、つい笑ってしまったよ」

「どういうこと?」

「一時はこの、空谷村でエンゲージを調べていた。アカーシャが本格的に調査を開始する少し前にね」

「ええ。それは知ってるわ」

「我々はその伝染病であるエンゲージを軍事用殺人ウイルスとして商品にし、世界に売り出そうとしたが、その前に、エンゲージが世界中に広まってしまった。我々が研究している最中に、だ。これでは軍事用ウイルスとして売ることが出来ない。それになにより……」

 ふと、ルナを見つめる。

「特効薬が出来なかった。いや、ウイルスに効く物を知ることが出来なかったと言っていいだろうな。我々は無駄な出資は切り捨てる主義でね。見込みのない物はすぐに破棄した。空谷村にある研究所も例外ではないよ。ここだって、かつて臥竜の研究所だった場所だろう? エンゲージに効く物があるのなら、私が聞きたいところ……」

「嘘を言わないでっ!」

 ばしんっ!

 ルナの手がレンを撲つ。その衝撃でレンの右頬に付けられていた絆創膏が剥がれ落ちた。そこには何かで裂いたようなそんな傷が現れた。

「嘘かどうかは、貴様が判断するんだな」

 凍てつくような視線を、レンはルナに向けた。

「嫌な眼」

 ルナは呟くように。

「だから、男は嫌いなのよ」

 そう言って、後ろに向かって指を鳴らす。ルナの後ろにいたのはレクト。以前、レンと航一郎の前に現れた、男装風の女性だ。レクトはルナの合図に頷くと、手元のコンピューターを操作した。

「ぐっ!」

 レンの身体に電撃が走る。

「早く言えば、楽になるのにねえ?」

 電撃を浴びながらも、それでも笑みを絶やさないレン。

「私は全て……言ったつもり、だが?」

「流石ね……これだけの電流を流しても喋っていられたのは貴方だけよ? レン。いえ、臥竜のボスさん」

 ぱちんとまた合図を送るルナ。

「ぐあっ」

 がくりと、レンは気を失った。

「暗殺組織のボスでも、人は人よね? とうとう気絶しちゃったわ」

『どうなさいます? ルナ様』

 奥でコンピューターを操作するレクトの声が部屋中に響いた。

「仕方ないわ。今日はここまでにしておきましょう」

 そう、言い残してルナはその部屋を出ていった。暫くして、レンがうっすらと目覚める。

「ルナ……いや、クリスタ女史、か? 何かを知っているかと思っていたが、どうやらそれは私の気のせいらしいな……。ここにいつまでもいると、仕事に支障が出るな。そろそろ出るとするか……」

 にやりと、暗闇の中で笑うレン。

「suzaku、オン。私の声が聞こえるか? suzaku」

 レンの付けている白いピアスが赤く燃えるように光った。

 

 

 がちゃがちゃと航一郎は『それ』を着込んでいた。自分で用意した、特製の『防護服』である。

「こんな時に、これが役立つ日が来るとはな」

 過去に愛用していたアイスホッケーのプロテクターを白衣の下に着込んでおこうというのが『防護服』の正体だ。そのプロテクターは軽くて丈夫、しかも動きやすいと良いことずくめだが、一つ問題があった。

「やっぱり見てくれが悪いな」

 航一郎は目の前の鏡に今の自分の姿を映して苦笑した。

「おじさん、終わった?」

 そう言って航一郎の部屋に入ってくるマサキ少年。すでに傷は癒えており、ばたばたと駆け回っているようだ。

「ああ、今終わったところだ」

 航一郎は机に前もって用意して置いた医療キットを肩に掛ける。

「あ、おじさん……ちょっと変な格好……」

 と呟いて、しまったっという顔をするマサキ。

「いや、俺も変な格好だと思うぞ」

 そう言って航一郎は再び苦笑した。その手でマサキの頭を軽く撫でてやる。

「でも、機能は申し分ない」

「そうなの?」

 マサキの頭の上にはハテナマークが浮かんでいた。

「あ、あれ?」

「どうした、マサキ?」

 ふと、窓の方を見ていたマサキが声を上げた。それに反応するかのように窓を見る航一郎。

「と、鳥?」

 一瞬だったから良くは分からなかったが、何かが窓を横切って行った。

「紅い鳥さんだったような気がする」

「そんな鳥なんて、この空谷村にはいないはずだが?」

「でも、そうだったよ」

「一体、何が横切ったんだ……?」

 航一郎が首を傾げているとき。

 ばたんっ!

 部屋の扉が急に開く。

「誰だ?」

 航一郎は凄むように声を掛けた。

「先生、レンがいなくなっちゃったのよっ!」

 そこに現れたのは竜の民の学生、ジュラ・ハリティ。

「何だって?」

「さっき、エ・ディットに言われたのよ。先生に伝えに行ってこいって」

「で、そのエ・ディットは何をしてるんだ?」

「各班のリーダーに会って、行方を聞いてるみたい。あっと、こうしてる暇なかったんだっけ。そういうことだから、またね」

 そう言い残して、嵐のように去っていくジュラ。

「レンが、行方不明? もしや、ルナ?」

「おじさん……」

 心配そうに見上げるマサキを航一郎は、安心させるように微笑んで肩を軽く叩いた。

「大丈夫だ。何も心配することははい」

 たぶん、な。

 心の中で航一郎はマサキに知られないよう、呟いた。


 

「沙夜さん、充分気を付けて下さいね」

 長いストレートのロングヘアーを風に纏わせながら、松沢桂花は沙夜の手を握った。

 私が行くと足手まといだということ。

 それは伝えずに気分が優れないので共に行かないことを伝えていた。

 そうでないと、また沙夜さんを傷つけるかも知れないから。

「大丈夫だよ! ケイのとこにジオの心を持って帰って来るから、待ってて☆」

 沙夜は今回、あのミニスカートを着ていない。迷彩色の長袖とズボンを着ていた。

「ボクもいるから大丈夫だよ!」

 春斗も元気良く応える。彼も同じく迷彩色ルックに借りた防弾チョッキを着ている。

「何かあったら、ロウで助けるからね」

 そう言って、龍の絵の入ったカードを見せた。彼はカードに描かれた龍を呼ぶことの出来る能力を持つミナカミサマだ。本業は図書職員見習いだが。

「遅くなってすまない」

 そう言って現れたのは航一郎。白衣の下のプロテクターが不格好だ。その航一郎の後ろでマサキも付いてきていた。彼も見送りに来たのだろう。

「あれ? エ・ディットさんは?」

 桂花の隣にいた聖流が航一郎に訊ねた。

「たぶん、来るのにもう少し時間がかかるだろうな」

「何かあったんですか?」

 春斗も訊ねる。

「あのね、レンおじさんがいなくなっちゃったんだよ」

 航一郎の代わりに側にいたマサキが答える。

「えっとー、レンさんって誰?」

 ふわりと頭のリボンを揺らしながら、沙夜は訊いた。

「第3班、ドープスターのリーダーを勤めている者だ。そう言えば、会っていなかったな?」

 航一郎がそう、答えた。

 そうこうしていると、ジュラが足早にやって来た。

「ごめんなさい、現像に時間がかかって」

「ジュラが失敗したからだろ?」

 ジュラの後ろにはピアスを大量に付けた軽い雰囲気を持つ学生、志村ヨージもいた。

「それは言わないでって言ったでしょう?」

 手に持っていたバッグでヨージのどたまをかち割りそうに殴った。

「いってえっ! だって、ホントのことじゃんかよっ」

 そう反論するヨージをキッと睨むジュラ。

 ジュラとヨージは夫婦漫才を始めたのは言うまでもない。

 

 

 一方、その頃。

 エムは自分の部屋で小瓶を見つめながら、息を潜めていた。

「これで、本当の私に戻れる……」

 エ・ディットは私を受け入れてはくれなかった。

 エ・ディットの中にいるのはティンヴァ。

 タダの人形。

 私は、人形以下。

 

人形、以下。

 

「私は、否定し続けた男になりましょう」

 そう。

「もう、元には戻れないなら……」

 エムは勢い良くその瓶の栓を抜いて、一息で中に入っている薬を飲み干す。

「うっ」

 体中に広がる痛みと苦しみ。

「うぐぐぐっ」

 エンゲージの痛みよりも。

「はああああああああああっ!!」

 痛む身体に身を捩らせる。

 そして、裂ける服から現れたのは。

 服を払って、現れたのは。

「今日から、私は『馬川・藤丸』」

 その声はいつもの高い声ではない。少し低めの声。

 そっと、エム……いや、藤丸は鏡を見つめた。

「これが、今の、私……」

 鏡に映る姿は少年ではなく、青年。首に巻かれるように長く延びる荊が痛々しい。

「もう、誰も気付いてはくれませんね」

 そう言って苦笑した。

「ルナは私を受け入れてくれるでしょうか?」

 藤丸は立ち上がる。少し身体の痛みを感じたが、大したことはない。心の傷に比べれば、ちっとも。

 奥のクローゼットから取り出した服をおもむろに取り出して、彼は着替え始めた。

「さようなら、エ・ディット……」

 これからの、ために。

 

 

 政彦はやっと、エムの部屋にたどり着いた。言われてみれば、政彦はエムの部屋の場所を知らなかった。

「時間がかかったけど、大丈夫かな……」

 そう呟いてドアをノックしようとした。

 がちゃり。

 そこから一人の青年が現れる。

「あ、あれ?」

 思わず、政彦は素っ頓狂な声を上げた。

「すみません、部屋を……」

 急いで謝ろうとする政彦。

「ありがとうございました、マサさん」

 逆に青年に感謝されてしまった。

「へっ?」

 そして、その青年はあっという間に去っていく。

「はい?」

 何も分からずに、政彦はただ、混乱するだけだった。

 

 

「皆、揃ったようだな」

 エ・ディットが沙夜達と同じような迷彩色の服を着て、現れたのは、漫才が始まって1時間後のことだった。

「あんた、遅刻魔でしょ?」

「それは沙夜ちゃんのことだよ……」

 春斗は沙夜の一言に汗マークを浮かべた。

「で、レンはどうなった?」

 航一郎が素早く訊ねた。

「全てのリーダーに訊いたが、誰一人知る者はいなかった。おそらく、これもルナの差し金じゃねえのか? とにかく、後はサブリーダーに任せてきた」

「そうか」

 航一郎は足下に置いていた医療キットを肩にかけ直した。

「ねえ、ドープスターにもサブリーダーっていたのね?」

「当然だろう?」

 ジュラの声に航一郎が応える。

「で、行き先は?」

 エ・ディットは自分の用意したジープに荷物を詰め込みながら、ジュラに向かって言った。

「ここよ。山の中に建物があるわ」

 ジュラは一枚の写真を皆に見せた。

「今時、クラシックカメラ?」

 春斗が声を出した。

「知らねえのかよ? 市販の自動カメラじゃ、まだピントがずれたり、甘かったりするから今でも、クラシックカメラを使うカメラマンが結構いるんだってさ。自分で見て合わせた方が綺麗に撮せるんだとよ」

 ヨージが得意になって言った。

「あんた、物知りだったんだ」

 ジュラが感心する。

「ジュラ~、お前、初めに俺に会いに来たこと忘れてねえか? これでも情報屋だぜ?」

「変なトコで博識なのね」

「ひ、ひでえよ……」

 そんな2人をさておいて。

「この山か……どこら辺だ? お前ら知ってるか?」

 エ・ディットは皆に訊く。

「これってかなりの山奥よね」

 聖流が言う。

「私、そこまで行ったことないよう」

 沙夜は困った顔をする。

「すみません、私も分かりませんわ」

 桂花も残念そうに答えた。

「確か、ここって、北西の山奥のような気がするけど……あたしも正確には分からないわ」

「参ったな。これじゃあ、お手上げか?」

 エ・ディットは悔しそうに顔を歪めた。

 と、そのとき。

「ああ、良かった。まだ行ってなかったんですね」

 晃だ。図書館から戻ってきたようだ。その手には小型で持ち運びしやすい端末が抱えられている。

「これを渡そうと思いまして」

「それはなんですか?」

 桂花が端末をしげしげと見つめる。

「ダイブしている者と交信出来る上に、衛星でのナビゲーターが……」

「それだっ!」

 航一郎が言う。

「それなら、場所を特定出来るかもしれん。ジュラ、確か大体の場所は見当が付くんだったな?」

「ええ。ならそこまで行って……」

「そのナビゲーターを使って検索すればなんとかなる……か?」

 にやりとエ・ディットは航一郎とジュラの言葉に笑みを浮かべた。

「早く、そこに行きましょう☆」

 沙夜もじっとしていられないらしく、じたばたと足ふみを始める。

「じゃあ、ジープに乗れよ。ジュラ、案内を頼む」

 エ・ディットの声に晃はジープに乗り込む沙夜達に声を掛けた。

「そういえば、臥竜やKOUMEIについて知っていませんか? これから、残って調べようと思いまして」

「臥竜は知らないが、KOUMEIはレンだ」

 エ・ディットは答えた。

「えっ?」

「レンは何故かネットではKOUMEIを名乗っていたが……それがどうかしたのか?」

 エ・ディットの声に沙夜と春斗、晃、桂花、聖流が驚く。

「レンって人、確かリーダーさんだったのよね?」

「彼は……春斗君を脅したことがあります。それに一瞬で私のパーソナルデータを読みとりました。彼は一体何者なんですか?」

「知らねえな。俺が言えるのは……」

 エ・ディットは続ける。

「5年も一緒にいたが、悪い奴じゃない。俺の兄貴のような相棒のような奴だ。そんな奴が、人を脅すなんて……何かの間違いじゃ……」

「残念ながら……これは事実なんです」

「なんだよ……くそ、俺の知らないトコで何をやってんだよ。レンもルナもっ!」

 ガンっと車のハンドルを叩くエ・ディット。

「とにかく、行きましょ? 本人に訊くのが早いよ?」

 沙夜が言う。

「そうだな。こうしているよりも、本人に訊くのが早いな」

 沙夜の言葉に頷くとエ・ディットはジープにエンジンを入れた。

「じゃあ、行くぜ」

「うわ、待ったっ!」

 ヨージが慌てて乗ろうとする。

「俺も連れてけよっ! 春斗兄ちゃんから返して貰ったスタンガンもあるしさっ!」

「駄目よっ!!」

 ジュラが叫ぶ。

「今回は本当にヤバイのよ? 死ぬかも知れないのよ?」

「だからいろいろ準備してきたろ?」

「でも、スタンガンだけじゃない! それに……あたし、ヨージには死んで欲しくないのよっ!!」

 しばしの沈黙。

「ジュラ……もしかして俺のこと……」

 ジュラの言葉に感動するヨージ。

「だって、こんな便利な下僕、そうそう見つからないものっ!」

 沈黙。

「じゃあ、行くか。さっさと行くぞ」

 エ・ディットは知らない振りしてジープを動かし始めた。ゆっくりと、徐々にスピードを上げていくジープ。残されたのは見送りに来ていた晃と桂花、それに聖流と。

「誰が下僕だああああっ!!」

 ぶわわーと涙をまき散らしながら、ヨージは去っていったジープに向かって叫んだ。

「可愛そうな方ですね……」

 桂花の言葉に。

「そうね」

「でも、私達が慰めても無駄でしょうね」

 聖流と晃が頷いた。


 

 キュイーンキュイーン。

「どうでござるか? レイカ殿」

 九条忠宗が麗華・ハーティリーに訊ねた。

「初めて運ばれてきたよりも損傷が少なくて助かるわ」

 レイカは手を止め、ゴーグルを外して答えた。ここはレイカの家である。レイカの家でアルペジオ・コード、ELー10ことジオを直していた。

「どのくらい進んだかな?」

 覗き込むケイン・ミスカトニック。ケインはジオの制作者である博士だ。その右腕は包帯が巻かれて、白の三角巾で吊されていた。

「背中の損傷は60%終わりましたわ。後は人工皮膚を張り付けて調整すればそこは終わります。それと損傷の激しいのはAAシステムのあった場所ですね」

「そうか、ありがとう」

 そう言って背中の損傷を覗くケイン。

「レイカさーん! コンセント足りないわ。何かないかしらー?」

 そう、叫んでいるのは由比藤彩波。

「オートマータ専用、充電装置も接続しますので」

 それに加えて瑠璃も現れる。

「待って、今出すから! ごめんなさい、ちょっと続きを忠宗君に頼んでもいいかしら?」

「拙者は構わないでござるよ。ケイン殿もいるから大丈夫でござる」

 そういって忠宗は微笑んだ。

「じゃ、ちょっと行って来るわね」

 レイカは彩波達の元に駆けていった。

「この子は……幸せ者だな」

 ケインはおもむろに呟いた。

「ケイン殿?」

「こんなにいい人に囲まれて、助けられて安心したよ。もしこれが他のオートマータ会社に渡りにでもしたら、大変なことになっていたよ」

 と、ケインはジオの修理部分から視線を忠宗に移した。

「私も、マサキも怪我をして。でも、もっと傷ついたのはジオだろうね。もし、全ての記憶を取り戻して、それによって人間不信になってしまったらと思うと……」

「大丈夫でござるよ。ジオ殿はそんな弱いオートマータではござらんよ」

「忠宗君……」

「そんな時は、また、一から始めればいいだけでござるよ。違うでござるか?」

「そうだね、君の言う通りだ」

「作り手……いや、生みの親のケイン殿が弱気を吐いてどうするでござるよ。ジオ殿は凄いオートマータでござる。もっと自信を持つでござるよ」

 そういう忠宗に笑って頷くケインがいた。

 と、その時。

「あ、やっと見つけたよ。えっと、ケイン博士ですよね?」

 政彦が慌てて入ってきた。その手にはノートタイプのコンピューターが抱えられていた。

「ちょっとお願いが……」

 政彦が言うより先に、ケインの眼鏡に数枚のウインドウが開くのが見えた。

「け、ケイン殿の眼鏡はハイテクでござる……」

 きりきりと動きだし。

「君っ! そのコンピュータを貸してくれないかっ!」

 ケインは興奮気味に、半ばひったくるようにコンピュータを受け取るとそこから手慣れた様子で一枚のチップを取り出した。

「あっ! 頑張って調べてたチップ……」

 政彦は思わず声を上げる。

「こんなところにあったのか……良かった、無事で」

 涙を流す政彦を無視して、ケインは自分の世界に入っていた。

「早速、取り付けなくては! 忠宗君、手伝ってくれないかな?」

 ケインは忠宗に協力を求めて、そのチップをてきぱきとジオの中に取り付けてしまった。

「ああ、踏んだり蹴ったり……」

 政彦ははらはらと涙を漂わせて、一人悲しく浸っていた。

「ああ、すまないね。ありがとう、君。君がこのチップを持っていなかったら、大変なことになっていたよ。本当にありがとう」

 ケインは泣く政彦の手をがっちりと掴むとぶんぶんと握手をした。

「ところで、そのチップ、何なんですかぁ?」

 るるるーとまだ止まらない涙をそのままに、政彦は訊ねた。

「ヴォイス・システムの制御チップだよ」

『ヴォイス・システム?』

 政彦と忠宗が声を合わせて言った。

「あら、確か……政彦さん、でしたっけ? どうかしたんですか?」

 どうやら、レイカが戻ってきたらしい。

「丁度いい、レイカさんも聞いて下さい」

 ケインはにこやかにレイカを側に招くと、皆に話し始めた。

「ジオには、二つのシステムが入っているんだよ」

「一つはAAシステムですね?」

 レイカの言葉にケインは頷く。

「そして、もう一つがヴォイス・システム」

「さっきのチップとどう関係してるのでござるか?」

「おれも一生懸命に調べていたんだけど、分からなかったんだよ。出来れば教えて欲しいな」

 忠宗の言葉に政彦も訊ねた。

「君たちはジオが歌を上手く歌えないのかを知っているかな?」

「確か……棒読みになるとか言っていたわね?」

「そうでござる。それは見事な棒読みでござるよ」

 うんうんと一人納得する忠宗。

「おれもネットで読みました。それがどうかしたんですか?」

 政彦の発言に目を細めながら、ケインはまた、話し出す。

「ジオが上手く歌えないのは、ヴォイス・システムの所為だよ。私がそれを封印したために、本来なら世界一の歌い手を逆に、音痴にしてしまった。それにオートマータなら必ず付いている機能、『マシンヴォイス』も同じく封印されたために使えなくなっている」

「と、いうことは歌を『歌えない』のではなく、『歌えなかった』だけ。マシンボイスが『使えない』のではなく、『使えなかった』だけだったんですね」

「そういうことになるね」

 レイカの言葉にケインは頷いた。

「訳がわからなくなってきた……」

 先程のレン失踪などで、頭が混乱している政彦はさらに混乱していた。

「簡単に言うと、本当はいろんな機能が付いているのに、パスワードがないために使えないのと同じでござるな?」

「まあ、そんな感じだね」

 忠宗の説明にケインは同意した。

「ヴォイス・システムは声の音域を正確に調整し、音にすることの出来るシステムなのだよ」

「では、何故それを封印なさったのですか?」

 レイカは不思議に思いながら、訊ねた。

「音域を正確に調整し、音にすることが出来ること。すなわち、低い音でも高い音でも全て声にして出すことが出来る。超音波のようにね」

「もしかして……」

 レイカは2人よりも早く気付いた。

「音によって物を壊すことが出来るのだよ。最も、このシステムは硝子やアルミ缶を壊す程度なんだ。だが、それが悪用されれば、どうなるかは君らの分かる通りだよ」

 ケインはそう言って苦笑した。

「私の息子が思いついた、ちょっとした理科の実験のようなものだったんだよ。初めはね」

 

 

「ああんもう! すっかり言い忘れちゃったじゃないっ!」

 彩波は腕のCPUにコードを接続させながら、ぶつぶつと呟いていた。

「彩波さん、誰に何を言うのを忘れたんですか?」

 瑠璃が訊ねる。

「エ・ディットによっ! 『あんた何であたしの胸を整形なんて言ったのよ< これは自前よっ!』って! かああっ! 悔しいっ!!」

「気付いてたんですね」

 瑠璃はぽつりと言った。

「あら、瑠璃ちゃんも気付いていたの?」

「私のメモリーに記録されたファイルと一致しましたから」

「なんだー、気付いてたんだ。忠宗君と沙夜ちゃんは気付いていないみたいだけど」

「でも、それはかえって好都合なのかも知れません。好感度が下がってしまいますから」

「瑠璃ちゃん……好感度って、もしかして……恋愛シミュレーションゲームとかしてるの?」

「いいえ、見ただけです」

 きっぱりと瑠璃は言った。

「見ただけ?」

「ええ、見て全てのデータをインストールしました。人を理解するには人の作った物が一番だと、ネットでもありましたから」

「やっぱり、ゲームの内容をインストールしたのね……。ん? 何でインストールまでしたの?」

 ふと、彩波の頭の中ではてなマークがちらついた。

「探しているんです。私が何故、存在するのかを」

「……難しそうなことを探しているのね……」

「はい。そしてクォンタイズにもそのデータをインストールさせてあげたいのです」

「くぉん大使? 瑠璃ちゃんのお友達?」

 彩波は知らない名を瑠璃に訊ねる。

「クォンタイズです、彩波さん。クォンタイズの言うことをコピーするなら、私とクォンタイズは同じ匂いがするそうです。私と、同じなのだと」

「待って。ということは、そのクォなんたらって人は、瑠璃ちゃんと同じ……」

 オートマータ?

「なのかも知れませんね」

 瑠璃は言う。

「まだ正確なデータやファイルが揃っていませんので、真実は分かりません」

「でも、お友達よね? だったらちゃんと仲良くしなきゃ! お友達は大切よ?」

「お友達は、大切ですか?」

「そう、困ったときや悲しんでいるときは支えにならなくっちゃ! これがお友達ってものよ!」

 いつの間にか力が入る彩波。

「分かりました。お友達の項目ファイルを新規に製作しておきます」

「ごめん、遅くなって!」

 入ってきたのは政彦。

「何してたの? ひょっとして和田さん、沙夜ちゃんと同じ遅刻魔?」

「いや、今回は特別だよ。さっき、ケイン博士の話とか聞いていたんだよ」

「ふうん。……まだ何か隠していない?」

 彩波のシックス・センスが囁くのか、じとーっと政彦を見つめる。

「か、隠してないよ……」

「怪しいなぁ」

 まだじぃーと政彦に視線を集中させている彩波に。

「それよりも早くダイブしてフォローした方がいいのでは?」

 瑠璃が困っている政彦を助けた。いや、正確には瑠璃が早くダイブをしたかっただけなのだが。

「それもそうね。じゃあ、ダイブしましょうか?」

「ま、まだ準備出来ていないよ、彩波さん……」

 ちょっと待ってと急いで政彦は、ヘッドマウントディスプレイを取り出し、コードを繋げた。

 

 

「さて、晃さんも自分の家に戻っちゃったし。図書館に戻らなきゃ」

 居残り組の聖流がおもむろに声を出した。

「私も、これからレイカさんのお宅に行くつもりですわ。ジオさんの修理をお手伝い出来ますし」

 桂花が言う。彼女達は、溟海学園の校門の前に来ていた。

「お互い、頑張ろうね!」

「ええ、聖流さん」

 2人は笑って頷く。

 と、その時。

「嫌だよっ! 離してっ!」

 少女の声が響いた。

「あの声っ!」

 桂花が叫ぶ。

「知ってるの?」

 走り出す桂花の後を追う、聖流。

「遙ちゃんの声ですわ。それに、この近くです」

 桂花は声のした方向に走っていってそれを見つけた。学園の玄関前で、黒の車が止まっており、そこで遙と黒のスーツを着込んだ背の高い者がもみ合っていた。

「もしかして、誘拐っ! そんなことはさせないわっ!」

 聖流は走るスピードを上げ、桂花を追い抜き、スーツの犯人らしき人物に向かっていった!

「何っ?」

 犯人は聖流の急な攻撃を避けられず、もろにそのハイキックを背中で受けた。そのお陰で遙が犯人の手から離れることが出来た。

「貴女達は……何なのですか?」

 声を聞いてやっと気付く。どうやら犯人は女性のようだ。

「通りすがりの正義の味方よっ!」

 聖流がびしっと言い放った。

「大丈夫でしたか? 遙さん」

 その聖流の後ろでは遙を抱きしめる桂花がいた。

「うん、また助けられちゃったね。桂花お姉ちゃん」

 うっすらと涙を滲ませながら、遙は桂花の側にぴったりとくっつく。

「そういうわけで、貴女をやっつけるわよっ!」

 聖流はそういって、女犯人にかかって行った。

「残念ですが……」

 女犯人はキックを受けた背中をさすりながら、言う。

「その程度では、私を倒すことは出来ませんよ?」

 今度は聖流のキックを華麗に避けて見せ、逆に聖流の腕を掴んで捻る。

「きゃっ! 何するのよっ!」

 痛みを堪えながら聖流は反抗するのだが、それがどうにも上手く行かない。

「大人しくして下さい」

 聖流を掴む手に、更に力を入れる女犯人。

「ケイ、遙ちゃんを連れて早く行って!」

 諦めて聖流は叫ぶ。犯人はなおも叫ぼうとする聖流の脇腹を打ち気絶させた。

「逃げましょう! 遙さん」

 まずは逃げて、警察いや、調査団のガーディアンズを呼ぶのが最良の方法。

「うん、お姉ちゃん!」

 2人は早く逃げようとしたが。

 ドウン。

 桂花の足下にあるアスファルトが抉られた。

 桂花が振り向くと、女犯人は知らぬ間に銃を抜いて、自分たちに標準を合わせているのが分かった。

「お、お姉ちゃん……」

「大丈夫、大丈夫ですわ……」

 そういって笑う桂花の足は、がたがたと震えていた。

 

 

「えっ?」

 ふと、晃は自分の家のコンピュータから目を離した。

 彼の目の前のディスプレイでは、様々なデータがいくつも展開されている。

「聖流さんの声がしたような……」

 このとき、晃はまだ知らなかった。

 聖流と桂花、そして遙という少女が何者かにさらわれたことに。


 

 エ・ディット達を乗せたジープが音を立てて止まった。

「後は空から、見ないと分からないわ」

 ジュラが言う。

「空から? どうやって見るの?」

 ジュラの声に春斗が訊ねる。

「ふふふ、それはね……」

 おもむろにジュラはジープから降りると首に掛けていた呼び子を取り出し、それを勢いよく吹いた。

 ぴりりりりりぃー!

 その活きのいい音に反応するかのように。

 クルルルルゥー!

 それは姿を現した。

「プテラノドンっ?」

 春斗が叫ぶ。

「すごーいっ! こんなに間近で恐竜さんを見たのは初めてだよっ☆」

 沙夜はもっと近くで恐竜を見るためにジープから降り立った。

「へえ~。本当に生きていたんだな……恐竜が」

 エ・ディットも感心している。

「だが、どうやってジュラのプテラノドンの位置を捉えるんだ?」

 航一郎がプテラノドンに目を背けながら言った。どうやら、彼はプテラノドンを快く思っていないらしい?

「晃さん、だったっけ? そのお兄さんから貰ったナビゲータを使えば?」

 ジュラが提案した。

「そういうの出来たっけ、これ?」

 じっと春斗は自分の膝に乗せていた端末を見ていた。

「ちょっといいか?」

 エ・ディットがそれを受け取り、端末の端に付いていたピンを抜き取った。

「良かった、レンが教えてくれた物と同じで。実はこれ、発振機になってるんだぜ。これをジュラに持ってて貰えば……」

「位置を知ることが出来るっ☆」

「ご名答」

 沙夜の言葉に満足そうに頷くエ・ディット。

「じゃあ、早速持っておくわね」

 ジュラはエ・ディットから発振機のピンを受け取り、腰に付けていたシマウマ柄のポーチに入れた。

 

 

 闇に浮かぶ光のライン。それは、まるで夜空を駆け巡る流星のように明るく煌めいていた。この場所を宇宙に見立てる者も多いのはその所為かも知れない。

「彩波さん、いっちばーん!」

 彩波は優雅にネットに降り立つと、いち早くそう叫んだ。黒くコウモリのような翼がばさりとはためいた。白い天使のような翼にも出来るのだが、ここでは目立つので今のところは黒いコウモリの翼にしていた。

「二番です」

 瑠璃も降り立つ。瑠璃の外見は現実世界と同じである。

「え? じゃあ、おれが三番?」

 降り立つのは白い猫。

「きゃああああ! かわいいっ!」

 政彦の擬態である、白猫を彩波は抱き上げ、喉を撫でる。思わず、ごろごろと喉を鳴らす政彦。

「この琥珀色したくりんくりんのおめめが良いわ」

 今度は彩波、その顔を猫にすりすりさせた。

「彩波さん、目的を忘れています……」

 呟く瑠璃の言葉に、彩波はやっと気付いたらしい。

「あ、ごめんなさい。思わず我を忘れていたわ」

 そう言って政彦猫を放してやった。

「女の子って……スゴイや……」

 冷や汗を浮かべながら彼女たちの後をついていく。

「あ、そうだ! 和田さんに聞きたいことがあったのよ!」

 突然、彩波の足が止まった。

「和田さんじゃなくって、マサでいいよ。で、話って何?」

「空谷ネット・コーポレーションって知ってる?」

「あ、それなら聞いたことあるよ。空谷村の半分を担っているネットで情報管理をしている会社、だったよね?でも6年前に起きた火災事件の所為で一回、倒産しかけたことが……」

「そう、そこであたしの両親が働いていたの。事件当日の会社の中で、2人とも亡くなった」

 そこで言葉を切って、政彦に詰め寄る。

「マサさん、どんなことでもいいの! その時、コーポレーションを襲っていたハッカーのこと、知らないっ? 本当に何でもいいの、知ってたら教えてっ!」

「かなりの腕を持ったハッカーだったって事しか知らないよ……。ごめん、協力出来なくて」

 期待していた情報をあまり掴めずに表情を暗くする彩波に政彦は謝った。

「いいよ。いつもそうなの。あの時のハッカーの話を聞いても何故か有力な手掛かりは得られないの。まるでその正体を皆で隠すようにね……」

「彩波さん……」

 彩波の両親が亡くなっていることは前にも簡単には聞いていたが、ここまで詳しく聞いたのはこれが初めてだった。その話を聞いて、瑠璃は切なさを感じた。

切なさ?

「これは……一体……」

 瑠璃は思わず口にしていた。

「どうかした? 瑠璃ちゃん」

「いえ、何でもないんです」

「そう? ならいいんだけど」

 彼等は話をそこまでにして、早速目的のルナの居場所である研究所と繋がっているラインを探すことにした。

 

 

 かたかたとリズム良く動き出すコンピューターは次々と新たなウインドウ、データを映し出していた。

「これは……臥竜のダミー会社?」

 晃は、自宅で見つけたのは、それらしき取引を行っている子会社の一つ。データの見逃しやすいファイルのタイトルには、『臥竜』とあった。

「キサラギ・カンパニー、ですか」

 恐らく、これが一番少ない金額を扱っているものだろう。だが、その金額はそれでも百万ドル単位。扱っている物は、表向きは証券と医療薬品だが、晃が潜入した裏ネットでは、主に麻薬や扱いやすい小銃を取り引きしているようだ。

「恐ろしいですね、臥竜というところは」

 そう言って、データのコピーをダウンロードしながら晃は苦笑した。

「でも、肝心の臥竜のデータは手に入りませんね……」

 ため息。

 と、その時、電話が鳴った。

 晃は側にあったヘッドホンを付けてコンピュータに繋げる。

「はい、城前寺……えっ? 聖流さんが?」

 晃のキーボードを打つ手が、止まった。

 

 

「レイカさん、そこのコードも取り替えてくれないかな?どうやら切れかけているらしい」

「これですね?」

 ケインの言葉に頷きながら、レイカは次々と破損個所を直していく。そのスピードは並ではない。

「ケイン殿、こんな感じでどうでござるか?」

 AAシステムの側にあった小さなモーターを組み立て終えた忠宗が、レイカの隣にいるケインに向かってそれを見せた。

「ああ、それでいいよ。それにしても、君たちは素晴らしいね。是非、私の会社にスカウトしたいところだよ」

 そう言ってケインは微笑んだ。

「あの、ケイン博士……」

 修理を一段落させたレイカがおもむろに口を開く。

「何かな?」

「博士を追っているのは、やはり臥竜なんですか?」

「今のところはそうかもしれないね」

「と、言うと他にもいるでござるか?」

 忠宗も心配そうな表情で話に加わる。

「私を追ってきたのはイギスの職員とベルティオの職員……そして、臥竜だ」

 そう言って、ケインは自分の眼鏡を指で持ち上げた。

「彼等の目的は、感情システムであるAAシステムの獲得だ。ジオに搭載させたシステムは世界で最も安定している数少ないものだったんだよ。他にもいろいろと同じ様なシステムを搭載しているオートマータはいたんだが、どれも研究途中で暴走したり、事故に巻き込まれたり、中には行方不明になったりとしていたからね。ジオの姉に当たるオートマータのカリンも突然姿を消してしまった……」

「あ、カリン殿なら、少し前に見かけたでござるよ?」

「それは本当かねっ!」

 ケインは忠宗の肩をこれでもかと振り回した。

「あわわわ。ケイン殿、落ち着くでござるぅ~」

「はっ、す、すまない……」

 やっと、その手を離すケイン。

「拙者は……確か、えるかーすのしゅとぅっとがるど、とかいう場所で空飛ぶ船みたいなものの動力源兼ナビゲータになっていたでござるよ」

「……それはどこかね?」

「忠宗君。もしかして、それってダイブしていた時に異世界に飛んでいったことの話をしているのかしら?」

 ケインとレイカが訊ねた。

「そうでござるよ。そのときにジオ殿の姉君であるカリン殿にあったでござるよ。向こうで……少々、壊れていたでござるが、拙者達が直してあげたでござる。だから、元気にしているでござるよ」

「そうか……元気にしてたのかい。私も会いたかったよ」

 忠宗の言葉にケインは少しほっとしたような、少し淋しそうなそんな表情を浮かべた。

「で、話を元に戻しますが。ケイン博士。彼等はAAシステムを手に入れて何をしようとしていたのかはご存知ですか?」

「ああ、それはラーフ・ロータスにも通達が来ていたからね」

「通達、でござるか?」

「アカーシャが新しいプロジェクトを始めるに当たってそのシステムを使用したいと申し出てきたんだ」

「アカーシャが?」

 レイカは思わず眉を潜める。

「アカーシャの仕事は、エンゲージを調べるだけではなかったでござるか?」

「アカーシャが行っているエンゲージ調査は、政策の一部に過ぎない。アカーシャはその他にも、飢饉や災害で被害を受けた地域の支援やスラムの治安回復なども行っているんだよ。警察を組織し、まとめているのもアカーシャだしね」

「そうだったでござるか」

 うんうんと納得する忠宗。

「で、そのアカーシャからの通達内容は何だったんですか?」

 レイカは気になる項目を訊ねた。

「ああ、そうだったね。内容はこうだよ……」

 そういって話してくれた内容は……。

 

 

「クリスタ、こんなプロジェクトを許可した覚えはないぞっ!」

 白髪混じりのプラチナブロンドを揺らしながら、しわを顔に浮かべているのは、アカーシャ総帥の。

「ヴィ・ジョン様、どうかなさいましたか?」

「どうかしたかだと? ああ、どうかしたさ。このプロジェクトは何なんだ。私が指示する前に始まっているのはどういうことなんだ! それにこれは後々問題になるぞ!」

 そう言ってヴィ・ジョンは、ばさりと手に持っていた書類を机に叩き付けた。

『セカンド・マータ・プロジェクト』。

 そう、書かれていた。

「人間の脳をそのままオートマータに乗せ、生き延びるとはどういうことだ! 人類がエンゲージで絶滅の危機に瀕している上に現在多発している災害で、更に犠牲者を出して人手不足の中で何をしようとしているのだ?」

「何もお分かりではないのですね? だからこそ、人より優れている『身体』に移せばよいのでは? 幸い、オートマータがエンゲージに感染した例はございません。それに脳がエンゲージに感染する前にそれを摘出し、オートマータの身体に移せば、滅ぶどころか発展できますわ」

「何を言う! オートマータは未だ研究段階に過ぎないんだ。何が起きるかも分からない上に、摘出だと? そんなリスクを負ってまでやる価値はあるのかね? それにエンゲージが治った報告もあるのだぞ! 今はそれをやるときではない。今すぐ、このプロジェクトを中止するんだっ!」

「……分かりましたわ。お言葉通り、プロジェクトを中止します。ですが……」

 そこでクリスタは言葉を切った。

「何だね?」

「肝心の特効薬は未だ、見つかっていないことをお忘れなく」

 冷たく、言い放った。

 

 

「何て事……」

「ううう。恐ろしいことでござるぅ……」

 レイカと忠宗はケインの話にぞっとした。

「人間らしい表情を生み出すAAシステムを、彼等はその人の脳と直結させたいそうだよ。最も、そんなことに我々ラーフ・ロータスは手を貸したくないがね」

「それで、ケイン博士は追われていたのですね」

「ああ。きっと臥竜の方は、他のオートマータ会社に雇われたか、会社と取引しての金を得るために狙ってきたんだろう。臥竜は金さえあればどんなことでも請け負うという、噂だからね」

 ため息混じりにケインはそっとジオの顔を見つめた。

「そんなことにこの子を巻き込んでしまったのが、一番悲しいよ」

「ケイン博士……」

 レイカが何かを言う前に。

「さて、修理を再開しようかね? ついでにジオの運動能力を強化しようと思うんだが」

 ケインは立ち上がった。

「拙者、頑張るでござるよ!」

「任せて下さい、これでもマイスターですからね」

 2人の言葉にケインは嬉しそうに目を細めた。


 

「とうとう、見つけましたね」

 瑠璃は目の前の建物を眺めながら言った。

「見つけて中に入ったはいいけど……こんなに複雑なんて、聞いていないわよっ!」

 彩波は叫んだ。

「ちょっと、そんなに騒いだら、セキュリティが動いて大変だよ?」

 政彦が言う。

「だって、入るときにもう、かなり時間かかっちゃってるのよ? もしかしたら、沙夜ちゃんたち、もうこの研究所に来てるかもしれないじゃないのよ?」

「まだダイブして30分しか経っておりませんが?」

 彩波の言葉に瑠璃は正確な時刻を告げた。

「ごめんねえ、キーコードを見つけるのに時間掛かって。suzakuがあったらこんなに時間がかからずに終わったんだろうけど」

「なに? そのsuzakuって?」

 政彦の言葉にいち早く反応する彩波。

「レンの持っていた……たぶん少し前のコンピュータだと思うよ? ちょっとアンティークになりそうな感じがあったし。瑠璃さんなら知ってるんじゃない?」

「いえ、初めて聞く機種です」

「へっ?」

 瑠璃の即答に政彦は声を上げた。

「私は自分に搭載するコンピュータを選ぶために全てのコンピュータのデータを揃えますが、そのような名前の機種を見たことは一度もありません」

「コンピュータが起動するのがめちゃくちゃ早くって、レンが処理時間が遅いって言ってたけど、それでもおれの持っている最新コンピュータよりも処理が早いんだ。やっぱり知らない?」

「そうですね……これはネットで会話した相手から聞いたことですが」

 政彦の言葉に、瑠璃は思い当たることがあるらしい。

「未発表の試作コンピュータがあるらしいです。もっともその多くはジャンク、つまり使い物にならないものだそうですが」

「中には凄い物もあるってこと?」

 彩波が訊ねる。

「そのようです」

「じゃあ、レンはそれを何処で手に入れたのかな?」

 うううんと首を傾げる政彦。

「ねえ、それを持ってきて調べればいいんじゃないの?」

 彩波がそう提案する。

「それがさー、ベッドの上にあったそのコンピュータがなくなってたんだよねぇ」

「何よ、それ。誰かが盗んだんじゃないの?」

「おれもそう思ったけど。レンの入り口に取り付けてある防犯カメラには、おれの後に入った者が写っていなかったんだ」

 不思議だよねぇ? と、にこやかに政彦は話した。

「まあ、いっか。……ねえ、そろそろバラバラに分かれてデータを取ってこない? ここかなり広いし」

 とりあえず、suzakuのことは棚に置いて、彩波は2人に言った。

「そうですね。ですが、くれぐれも迷子にならないよう気を付けて下さいね」

 瑠璃はそのつもりはないのだが、彩波に釘を打った。

「あれ? 彩波さん、迷子になるの?」

「ほっといてよっ! それに、ここでは愛用のCPUがマッピングしてくれてるから大丈夫よ。とにかく、行きましょう!」

 彩波のかけ声で3人はそれぞれに散った。

 

 

 一方その頃、沙夜達もルナの言っていた場所を突き止めていた。

「へえ、空からだと丸見えね? でも、分かりやすくて助かったわ」

 ジュラはゴールディに乗りながら、眼下に研究所を眺めていた。

『ジュラ、研究所を見つけたのか?』

 ジュラの付けていたヘッドホンから航一郎の声が聞こえた。

「見つけたわよ。そうね、もう少し北西……そう、その方向に真っ直ぐ行けばあるわよ」

 ヘッドホンのマイクに口を近づけながら、ジュラは指示した。

「あたしはこのまま上空で待機してるわ。何かあったら言って。あんた達のつゆ払いしてあげるから」

 ええ! 無茶なぁ~と言う春斗の叫び声が聞こえた。

「大丈夫よ。ちょっと建物が壊れるだけだから」

 人を殺すことはしないわよ。臥竜じゃないんだから。

 心の中でジュラは呟く。

「臥竜……か。ビビアンの為にも何とかしておきたいわね」

 キッと研究所を睨み付けて、つゆ払いこと、火薬花火の入った小袋を用意しだした。が。

「上空からやられると困るのよね?」

「えっ?」

 ジュラの耳元で囁くのは。

「る、ルナ!」

「こんにちは、ジュラちゃん」

 長く艶やかな金髪を風に靡かせながら、ルナは微笑んだ。彼女は何もない場所で立っている。

「これってかなり疲れるのよ。早く終わらせて貰うわね?」

 手袋をはめたその手をジュラに向けて下ろした。

「きゃあっ!」

 いや、正確にはジュラが乗っていたゴールディだ。

 クルルルゥーッ!!

「ゴ、ゴールディ!!」

 翼に刃物で切り裂いたような傷が出来ていた。急降下を始めるゴールディ。

「ゴールディ! しっかりしてっ! お願いっ!」

 そして、ジュラの意識がとぎれた。

「女の子を殺すのは嫌なのよね」

 遠くでルナが、そう言ったのを聞いたような気がした。

 

 

「ジュラっ! ジュラっ!」

 一方、ジープで移動していた沙夜達は。

「どうかしたのか?」

 エ・ディットの声に航一郎はため息を漏らした。

「どうやら、ジュラが回線を切ったらしい。勝手なことをするやつだ」

 もう一度、ため息をつく航一郎。

「春斗君がわあわあ言うからだよ」

「えええっ? ボクぅ? 沙夜ちゃんだってきゃあきゃあ言ってたくせに!」

 春斗と沙夜が討論してるのを無視してエ・ディットは言う。

「まあ、何かあっても彼女には発振機を持たせてあるからな。大丈夫だろ。っと見えてきたぜ」

 エ・ディットの声に皆は前を向いた。

 そこに現れたのは隠れるようにひっそりと佇む研究所だった。

「ジオ、早く助けるからね」

 沙夜は自分の手をぎゅっと握りしめた。


 

 瑠璃は研究所のある場所を目指して歩いていた。

 『研究所制御室』。

 この大きな研究所を維持するためには、何処かに制御室がなければ快適に利用できないだろう。

「この何処かにあるはずですが」

 ふと、瑠璃の目の前に深紅の豹が姿を現した。

「あれは! エ・ディットさんと共にいたティンヴァさん?」

 豹であるティンヴァは瑠璃を呼ぶようにちらりちらりと何度も振り返る。

「ティンヴァさん、ですね?」

「……知っているのですか」

 初めてティンヴァの声を聞いた。

「エ・ディットさん達から聞きましたから」

「そうですか……あの人が……」

 ティンヴァは話ながらも、とある場所へと瑠璃を案内していた。

「何処へ行くのですか?」

「行けばわかりますわ」

 と、そのティンヴァの足が止まった。

「ここです。入るか入らないかは貴女の判断にお任せしますわ」

「どうして、このようなことを? こんな事をせずともエ・ディットさんの所に戻ればいいのではないのですか?」

「私は、もう、あの方の元へは戻れません。愛してしまったから……」

「愛する? どうして愛してしまったら戻れないんですか?」

「私はオートマータ。彼の側にいることは出来ても、彼と共に年老いることも、彼のために子孫を残すことも叶いません。それに、主人であるエ・ディット様の命令を無視してしまった。私は……駄目なオートマータです」

「良くは分かりませんが」

 瑠璃は続ける。

「それでも側にいるだけでは駄目なのですか? 何かを求めないと側にはいられないのでしょうか? 一度の命令無視をしたら、側にはいられないのでしょうか? それは何だか切なすぎます」

 瑠璃は無表情だが、それでもティンヴァに訴える。

「私は……あの人をエ・ディット様に重ねてみているだけなのかも知れません……。それと」

 ふと、ティンヴァは視線を瑠璃に合わせた。

「貴女は優しい方なのですね」

 その紅い瞳を細めた。

「あの子のように……」

 そう言って、彼女は姿を消した。

「ティンヴァさん……」

 彼女の去った後には一つの扉があった。

 暫くそれを見つめていたが、瑠璃は扉に入った。その代わり、向こうには見えないようステルスプログラムと今回のために入れた新しいプログラムを起動させた。

「いやあ、ビックリしたよ。レクト姉さんがここにいたとはね」

 シルクハットに仮面を付け、黒のステッキを持つ少年と。

「そういうエレンもここにいるなんて思わなかったわ」

 声は高めだが、外見は軍服を着込んだ青年だ。口調からして、現実世界では女性なのだろう。

 瑠璃は彼等に気付かれないよう、ゆっくりと動きながら様子をうかがう。

「で、ルナに渡した女の子達はどうしたのさ? 本当はルナに渡すつもりじゃなかったんでしょ?」

「ええ。その通り。本当は別の場所で保護するつもりだったのだけど、それをルナに見つかってしまったわ」

「あれ? 『様』は付けないの?」

 不思議そうにシルクハットの少年、エレンが訊ねる。

「私はあるお方の指令に従っているだけよ」

 軍服姿の青年、レクトは言う。

「そういう貴方もやけにあの人になれなれしいじゃないの? でもルナは止めた方がいいわよ? 私でもまだ何者か掴めてないのだから」

「ルナのこと? 僕もさ、頼まれて来たんだよね。ある人に頼まれてさ。オートマータ作らせてくれるからって。そのかわり、ルナの事を調べてこいって」

 エレンの言葉にレクトは沈黙する。

「もしかして……」

「姉さんもさ、凄い組織に入っていたりする?」

 エレンの言葉にふうっとため息をついた。

「貴方が臥竜に入っていたなんてね」

「そういう姉さんだって! なかなか家に帰ってこないから心配したんだからね?」

 2人はそのまま話し続けていた。

「エレンにレクト……ルナに付いているこの2人は、臥竜の者だったとは、収穫ですね」

 瑠璃は即座に彼等の擬態データ、及び名前を登録した。

「早く彩波さんと政彦さんに知らせないと」

 と、出ていこうとしたとき。

 ビービービー!

 その部屋にサイレンが鳴り響いた。

「あらま、誰か来たみたい」

「行ってらっしゃい」

 レクトはエレンを促す。

「酷いな。何でも人に押しつけるんだから」

「私はここでは三流ですからね」

「僕だって、プログラムがなければ三流だよ? ま、いっか。とにかく行って来るよ。場所は……」

 エレンは一枚の画面を呼び出した。そこにはトラップを起動させてしまった彩波の姿が見える。

「彩波さん……」

 瑠璃はふうっとため息をついた。

「じゃあ、行って来るよ」

 エレンの後を付いて行くかのように。

「気を付けて」

 瑠璃はレクトとエレンに気付かれずにそこを後にした。

 

 

 彩波は怪しいドアを見つけた。

「今まで見ていたどのドアよりも大きいし……ごついし……立派だし……これねっ!」

 勝手に決めつけて、さっそくドアの前に立つ。

「えっと、トラップ検索ソフト起動っと」

 腕に付けられているCPUを操作しながら、ドアにそれを近づけた。

 CPUのランプがブルーに光る。

「ブルーはトラップなしね」

 ちょろいもんよ。

 鼻歌を披露しながら、彩波はそのドアを開けたとき。

 ビービービー!

「えっ?」

 警報が鳴り響く。

「嘘っ! 聞いていないわよっ?」

 そう言って彩波は手元のCPUからソフトの取説を呼び出した。

『まず、ソフトが起動したのを確認してから、怪しいところを翳しましょう。青のランプの点滅はトラップがあります。黄色のランプが点滅すればなにもありません』

「しまったぁ! ランプの色を勘違いして、ドアを開けるなんてぇ~」

 はらはらと涙を浮かべる彩波。

「ああ、誰も来ませんように」

 願いも空しく。

「警報鳴らしたドジなお姉さん。僕と遊んでくれる?」

 にこりと、先程のシルクハットと仮面の少年が笑って現れた。

「……子供?」

 彩波は思わず口に出す。

「酷いなぁ。僕にはきちんと『ファントム』って名前があるんだから。それに舐めていたら……後で痛い目に遭うよ?」

 ステッキを振り、呼び出したのは。

「イッツ・ザ・ショータイムッ!!」

 ライオンの形をした、巨大な炎!

「言っておくけど、そんなんじゃ……」

 彩波は一枚のディスクを取り出し、起動させた。

「あたしを倒せないわっ!」

 光が彩波を飲み込んだ。出てきたのは。

「何?」

 その変貌振りに思わず目を見張るファントム。

 天使の翼を持つ、光のヴァルキリー。

「ライオン相手には勿体ないかもしれないけどね」

 腕の端末でディスクを読み込んでいく。

 それは勝利への旋律のように。

「ブレイズ・フロッドッ!」

 空高く舞い上がり、光を纏ったヴァルキリーこと彩波は一撃でそのライオンを消し飛ばした。

「へえ。お姉ちゃん、なかなかやるね」

 ファントムは感心したように頷く。

「そうだわ、あんたにも聞いてあげるわ。空谷ネット・コーポレーションを襲ったハッカーのこと、知ってる?」

 彩波は持っていた鎌をファントムに向けながら、そう訊ねた。

「空谷ネット・コーポレーションの火災事件のことだよね? それなら知ってるよ」

「何ですってっ?」

 彩波の目の色が変わる。

「でも、教えてあげない」

「教えなさいっ< コーポレーションを襲ったハッカーは誰なのっ?」

 詰め寄る彩波に動せずにファントムは続ける。

「次ので勝ったらね。レッツ・ザ・ショータイム!」

 そう言ってファントムは3匹のライオン炎を呼び出した。

「何匹来ても同じよっ!」

 ばたばたとライオン炎を躱す彩波。台詞だけは強がってはいたが、誰から見ても戦況は不利だ。彩波はライオン炎達を躱すだけで精一杯なのだから。

「水よ! 風よっ!」

 それを救ったのは後から追いついた瑠璃。雫のイラストが入った札を片手で三枚放ち、もう一方でも三枚のそよ風を模したイラストの入った札を放った。それを同時に操る瑠璃。それをもろに受けたライオン炎達はあっという間に消滅した。

「へえ、後から来た札使いのお姉ちゃんの方が強いね?」

 にこにこと楽しそうにファントムはステッキを振る。

「でも、札使いのお姉ちゃんが勝ったから、さっきの取引は無効だね。……えっ?」

 突然、ファントムの顔が青くなる。

「分かったよ、今戻るよ、ルナ」

 エレンはふと、彩波達の方を見た。

「ごめんね。呼び出しみたいだよ。せっかくだけど、取引はまた今度ね」

 丁寧にお辞儀をして。

「待ちなさい!」

 消えた。

「後もう少しでハッカーの情報が聞けると思ったのにっ! あのファンファンめっ!」

「あの子供はファンファンでも、ファントムでもなく、エレンというらしいですよ」

「えっ?」

 瑠璃の言葉に彩波は。

「何、それ?」

 何も分かっていなかった。

 

 

 沙夜達は研究所の前に来ていた。

「どうするんだ?」

 航一郎は周りを見ながら訊ねた。

「入るに決まってるだろ?」

 当然と言い切るエ・ディット。

「でもさ、ダイバーの皆が研究所の情報を掴んでいるかもしれないよ。この端末でダイバーの皆に聞いてみたらは?」

 晃から預かった端末を開いて春斗が言う。

「それもそうだな」

 その言葉にエ・ディットは頷いた。

「じゃあ、端末で聞いてみようよ☆」

 何処か楽しそうな沙夜は端末の画面を誰よりも先に見つめる。

「一つ、思うんだが……」

 航一郎が口を開いた。

「何々?」

 わくわくとしている沙夜が聞いた。

「ダイバー達ときちんと打ち合わせして、回線NOナンバーとか聞いてあるんだろうな?」

「…………」

 誰も何も言わない。

「あれえ? もしかして……皆、分かんないとか?」

「そういう沙夜ちゃんは知ってるの?」

 春斗が訊ねる。

「知らない☆」

 ごちん。

「いったーい! 何も殴ることないじゃないのよっ!」

「丁度そこに頭があったからだ。じゃあ、仕方ないな。このまま入ることにしよう」

 沙夜の言葉を無視して、エ・ディットは拳銃を肩に掛けた。

「金髪魔人、ニクダルマ」

 ぼそりと憎しみを込めて言う沙夜。その声にエ・ディットの歩く足が止まった。

「それが駄目なら、金髪魔人ヘベレケペー。金髪魔人ヒョットコポンもあるわよ」

 ぼそぼそと聞こえないように呟いた。

「ぷっ」

 思わず側にいた春斗が吹き出した。

「お前なあ……そんなくだらん事をいうのはこの口かっ?えっ?」

 ぐいいいと沙夜の口を引き延ばすエ・ディット。

「はにふんにょにょーっ! おろめのくりをひっはるはってーっ!」

 何すんのよ、乙女の口を引っ張るなんてっと言いたいらしい。

「それはこっちの台詞だっ!」

「ボク思うんだけど」

「早く行かないか?」

 春斗と航一郎の言葉に、2人は黙って離れた。

 

 

 一方その頃、政彦の方では。

「こんなにドアが沢山あるなんて……どうしようかな?」

 ふうっとため息をついた。

 と、突然目の前に。

「ティンヴァさん?」

 豹は政彦の目の前を横切り、とあるドアの前で立ち止まる。

「待って下さい! ティンヴァさん!」

 ティンヴァは政彦の言葉に振り向いた。

「気を付けて下さい、マサ様」

 そう言い残してティンヴァは消えた。

「気を付けるって……何になんだよ?」

 首を傾げてティンヴァのいたドアの前に来る。

「んーと、ここは……大丈夫みたいだね」

 トラップが掛かっていないのを確認してから、そっと扉を開いた。

「うわ……もしかして、ここって制御室?」

 政彦の言う通り、そこには様々な場所に設置された隠しカメラの映像が映し出されていたり、制御のためのコントロールパネルが並んでいた。これを使えば、研究所の内部地図はおろか、研究所を乗っ取ることも出来るだろう。

「とにかく、まずは内部地図をダウンロードしよう!」

 政彦は直ちにそれに取りかかろうとした、その時。

『取引ですって?』

 女性の声が響く。それは聞いたことのある声。

「ルナっ?」

 政彦はとっさに近くのパネルに隠れた。

「ああ、そうだ。そちらにやっかいになっている少女を一人返して貰いたい」

 もう一人いる。それはダイバーの……。

「レンっ!」

 その光景に政彦は目を見張った。レンは今は女性だ。今はメタル系のライダースーツの上になにやら、白いプロテクターの様な物を身につけているようだ。

 政彦はそれを確認した後に、映像が映し出されている画面に視線を移した。画面の一つにはルナが、もう一つには桂花とその側に震えてしがみついている幼い少女を映し出していた。桂花と少女だけではない。聖流もジュラも一緒だ。

 と、ルナの方の画面が点滅した。

『でも、それは出来ないわ。残念だけどね』

 ルナはそう、笑っていた。

「言っておくが貴様に選択権はないのだよ」

 レンは手元にあるコントロールパネルの一つを叩く。

 画面に表示されていた地図の全ての光が、その行動一つで消えてしまった。

『! もしかして、貴方っ< 貴方のいる場所は……』

「制御室。ライフラインをここで全て管理しているらしいな、ルナ」

 そういうレンの瞳は、凍てつくような視線を生み出していた。

「今度は水でも止めようか? それとも電気の方がいいかな?」

『……分かったわ』

 ルナのその表情は変わらなかったが、声は少し震えているように聞こえた。

『でも、少し時間をくれないかしら? 他の職員と話し合いたいの』

「まあ、いいだろう。では、後2時間後に連絡する。それまでにいい返事を用意することだな」

 そう言い放ち、レンはルナの写った画面を閉じた。

 これって、もしかして非常にヤバイ状況?

 政彦は汗をかきつつ、そっとその場を後にしようとした、が。

「おや、久しぶりだな、マサ。相変わらず猫のままらしいな……白くしているのは、大方、図書職員達と共同で何かをしているということかな?」

 見つかってしまった。

「ま、まあねぇ。いろいろあってさ。じゃあ、おれ、そろそろ行かなきゃ……」

 と、政彦はそそくさと逃げようとした。

「マサ……」

 レンのその瞳はルナに向けた冷たい視線。

「はい?」

 だらだらと汗を流しながら、返事をする。

「ちょっと話があるんだが、いいかな?」

「でも、その、待ち合わせ時間に遅れると大変……」

 レンは何やらその手で印のような物を結んで政彦の方向に翳した。

「白炎っ!!」

 政彦の先程隠れていたパネル目掛けてレンの白いプロテクターから、十数発ののレーザー光線が放たれる!

 レーザーに貫かれたパネルは音も立てずに、何も残さず綺麗に消えた。

「もう一度言おうか? ちょっと話をしたいんだが、よろしいかな?」

「はい、どうぞ! 言って下さい!」

 汗はなおもしたたり落ちる。

「マサにスパイをやって欲しい」

 レンが告げた言葉は有無を言わさぬものだった。

 

 

 沙夜達一行は、目の前にいるガードマン達の様子を観察していた。

「参ったな、どれもいい女だ」

「エ・ディット……何処を見ているんだ」

 すかさず航一郎が突っ込みを入れる。

「とにかく、あの人達を退けて中に入らないと」

 春斗の言う通り、ガードマンの後ろに中へ入るためのドアがあった。

「そうだな……彼女達をなるべく傷つけないように何かで注意を引きつけて、その隙に潜入するのが一番だと思うが、どうだ?」

「はーい! ヘベレケペーさんの言う通り、彼女を傷つけない案に賛成!」

 沙夜が言う。

「そうか、じゃあ……ん? ちょっと待った! お前、さっき何て言った?」

「彼女を傷つけないようにする案に賛成だって言ったのよ、ヒョットコポンさん」

 その後ろで笑いを堪える春斗と眉を潜めた航一郎がいた。

「お前はっ! まだ懲りないのかっ?」

「あ、エ・ディットさんっ!」

 大声を張り上げたエ・ディットに春斗は叫んだ。

「何だ、今、取り込み中……」

 沙夜の頭をきりきりと両手で押しつけているエ・ディットが振り向いた。

「大人しくしろ」

 先程のガードマン達に囲まれてしまった。

「でも、これで中に入れるよ? ニクダンゴさん」

「うるさいっ!」

 彼等はガードマン達に連れられて研究所の中に入っていった。

 

 

「まあ、待っていたわ。沙夜ちゃん」

 うっとりと眺める視線で沙夜を見つめるルナ。

「そういえば、紹介が遅れたわね。私の名はクリスタルナ・エヴァン。アカーシャ総帥の秘書にして、ユコヴァック様から選ばれた使徒、七天使(セブンス・ヘブン)の一人でもあるわ」

 そう言ってルナは目を細めた。

「一体、お前は何を考えているんだ?」

 縛られながらも、航一郎は言う。

「貴方に喋って良いとは言ってないわよ」

 ルナは航一郎を睨み付ける。

「でもよかった、来てくれないかと心配していたのよ」

 ころっと表情を変えるルナ。

「それよりも、来てあげたんだから、ジオの心を返して!」

 沙夜はルナに叫ぶ。

「いいわよ、あげるわ」

 そう言ってルナはぱちりと指を鳴らした。ガードマンの一人がジオのAAシステムを持ってきた。

「でも、一つ条件があるの」

「何よ」

「沙夜ちゃん、貴女と引き替えにね」

「!」

 その言葉に一瞬静まり返る一行。

「そんなの前には言っていなかったことだよっ!」

 春斗が思わず叫んだ。

「貴方にも喋れと言っていないわよ」

 にらみを利かせるルナ。

「あら、何か言いたそうね、エ・ディット」

 ルナをずっと睨み続けていたエ・ディットを見て、微笑んだ。

「ほんと、あの人にそっくり。怒る貴方はね」

「親父と一緒にするな」

「はいはい。あ、そういえば、貴方に会わせたい人がいるのよ、来なさい藤丸」

 ルナはその人を呼んだ。

「何かご用ですか? ルナ」

 そこに現れたのは、一人の青年。

「馬川・藤丸君よ。知っているでしょう? 本当はかつてエムだった人なのよ。今では元の34歳に戻っているはずなんだけど、薬の副作用かしら? 何故か年齢に反して少し外見が若いのよね」

 そう言ってルナは彼を抱き寄せる。

「エムだと? そんなまさかっ?」

 ルナの告げる真実に驚愕するエ・ディット。

「ねえ、何か彼に言ってあげて?」

 ねだるようにルナは妖しく藤丸を見つめた。

「私の額の傷、覚えていますよね? それに……」

 そう言って黒のタートルネックを少し下に降ろした。そこに現れたのは見たことのあるエンゲージの荊。

「これも見覚えあると思うのですが」

「……本当に、エムなのか? あの、愛らしいエムなのか? 嘘、だろ? さっきまで小さかったじゃないかっ! 嘘だと言ってくれ、エムっ!」

 エ・ディットは叫ぶ。

「それに、もうエムは存在しません。私は『馬川・藤丸』です」

 冷たく、彼は言い放つ。

「そういうこと。今後は私達に協力してくれるそうよ。残念だったわね、エ・ディット……」

 満足そうに微笑みながら、ルナはまた藤丸の肩に手を回した。

「そうそう、それともう一つ。沙夜ちゃん以外は……」

 この場で殺してあげる……。

 ぞっとする声色で彼等の脳の中で響き渡った。

「駄目っ!」

 沙夜は叫ぶ。

「お願い、この人達を殺さないで! 私の大切な人達だからっ!」

「でも、私の言いつけを守らなかったのよ?」

「お願い……私、貴方の言う通りにするから。何でもするから、彼等を殺さないで……」

 最後にはぽろぽろとその瞳から涙が溢れ落ちていく。

「ああ、泣かないで、沙夜ちゃん。分かったわ。彼等は殺さずにおいてあげるわ。だから、もう泣かないで」

 ルナは沙夜の涙をそっと拭いてあげた。

「……」

 なおも零れる涙を見て、ルナはふうっとため息をついた。

「わかったわ、今回は私の負け。AAシステムも、彼等も解放しましょう。だけど、さっきの言葉は偽りではないわよね?」

「言う通りにするって、こと?」

 しゃっくりを上げながら、沙夜は言う。

「そう、それよ。沙夜ちゃんがここに残って私に協力してくれるのなら、だけど」

 一瞬何かを考えているようだったが、それでも、沙夜は力強く、ルナの言葉に頷いた。

 

 

「こんなのってないよ……」

 コードが繋がったAAシステムを見つめながら、春斗は呟いた。

「……」

 航一郎は何も言わずに黙々とジープのある茂みへと歩いていく。

「仕方ないだろ? あの時はああするしかなかったんだ」

「でもっ!」

 春斗は続ける。

「こんなのって悲しすぎるよっ!」

 

10

 

 静まり返った部屋で凛と響くレイカの声。

「状況はかえって不利になったと言って良いわね」

 ここはレイカの豪邸。そこで皆が集まっていた。

「ですが、それを裏手に取ればなんとかなるのかも知れません。それに、私達には研究所の全体図があります」

 晃は先程ダイバー3人組が奪ってきた地図を持ってきていた。いや、正確には政彦が手に入れてきたと言っても良いだろう。

「と言っても、1F部分だけなんだけど」

 政彦は苦笑する。

「それに、ルナの部下の2人が臥竜で、ルナにあまり協力的ではありませんでした」

 瑠璃が報告する。

「あたし、アイツ等をぎゃふんと言わせたいわ。そのためなら、何でもするわよ! エレンとかいうあのガキにもお仕置きして情報を貰わなくちゃ!」

 彩波はなにやら、やる気のようだ。

「ボクも行くよっ! 今度は沙夜ちゃん達を皆助けてあげるんだっ! 神崎先生も来るよね?」

 春斗も意気込んでいる。

「ああ。怪我人が出たら治すのが俺の役目だからな」

 航一郎は春斗の呼びかけに頷いた。

「拙者もやるでござるよ! 一刻でも早く捕らわれている皆を助けたいでござるよ」

 忠宗も言った。

 

 

 暗闇の支配する部屋で小さな少女、遙は鼻を啜っていた。

「怖くないと言えば嘘になりますけど。でも、きっと皆さんが助けに来て下さりますわ」

 遙の背中をさすってやりながら、桂花は言う。

「それにしても、油断したわ……。ゴールディ無事かしら……?」

 ジュラはぷんすかと怒りながら外の様子を伺う。ドアに付けられた小さな窓から見えるのは、3人の女ガードマンと廊下だけ。

「とにかく、脱出する方法を考えないとね」

 聖流は提案する。と、ジュラが桂花達の座っている場所へと戻ってきた。どうやら、誰かが来たらしい。

「入っていろ」

 ガードマンに言われて入ってきたのは。

「沙夜さんっ?」

「ごめんね。捕まっちゃった☆」

 そういう沙夜の瞳は少し赤い。泣いたのだろうか?

「ちょっと、どうしちゃったのよ? AAシステムは手に入ったの? それとも皆、捕まった訳?」

 ジュラが扉が閉まるのを見届けてから、口を開いた。

「AAシステムと皆の保護と引き替えに捕まったの」

 ぽつりと呟く沙夜。

「はあ、何だか変なことになっちゃった。本当にここから出られるのかなぁ?」

 聖流が弱気にそう言った。

「一つだけいい情報があるわ」

 ジュラが言う。

「あたし、実は発振機を持ってるのよ。晃さんって言ったっけ? あの人の持ってきた端末に付いていたもの」

 そう言って胸元から取り出したのは、沙夜も見覚えがある一本のピンだった。

 

 

 セピア色の世界。

『私ね、おっきくなったら、パパのようにつよーいだいばーになるのっ!』

 頭に大きなリボンを着けた幼い少女は自分にそう言った。

『沙夜はダイバーにならなくても大丈夫だよ?』

 優しく少女にそう言った。そして、彼女を自分の膝の上に乗せる。

『ええっ? だって、一緒にだいぶして、パパと悪いやつ倒すんだもん! 駄目?』

 自分はその言葉にため息をつく。

『俺が戦っている相手は悪いやつじゃないよ?』

『へ? 違うの?』

『いろんな理由があって、俺の所に来るんだよ。悪い人はいないと思うよ?』

『……沙夜、わかんない……』

 その言葉に自分は苦笑する。少女はそして、じっと自分を見つめた。

『ねえ、どうしてパパは青い目なの? 髪の毛も黄色なの? 沙夜もパパと同じがいい!』

『俺は、沙夜の蜂蜜色した、綺麗な瞳と髪がよかったよ』

 と、少女は自分を見上げて笑顔で。

『本当? 沙夜の瞳と髪、きれい?』

『ああ、本当だよ』

 フラッシュ。

「ジオ、目を覚ましたのかい?」

 そこには、見覚えある男性がいた。

「ケイン博士……」

 周りは先程の暖かさはない。何処か冷たい雰囲気を持つ、レイカの修理室だ。

「俺は……」

「ん? 何だい? ジオ」

「いえ、何でもないです。……ところで、沙夜は?」

 そのジオの言葉に、ケインは目を伏せた。

 

 

 ばたん。

 と、レイカ達のいる扉が開いた。

『ジオっ?』

 皆の声が同時に響く。

「俺も行く。沙夜を助けたい」

 そのジオの目には迷いがない。

 レイカはそれを見て、息を吐いた。

「だろうと思ったわ。わかった、私も行くわ。貴方に何かあったら他の人じゃ細かい修理とか出来ないでしょうから」

 それを見て、航一郎が口を開いた。

「では、作戦を立てるぞ」

 航一郎の声に皆は力強く頷く。

 

 

戦いは、始まったばかり……。

 

 

 ●次回GP

貴蹟K1 救出部隊結成っ!

貴蹟K2 ダイブしてフォロー(ダイバー専用)

貴蹟K3 研究所から脱出っ!(桂花&ジュラ専用)

貴蹟K4 スパイ大作戦!(政彦専用)

貴蹟K5 ルナの元で暗躍!(藤丸専用)

貴蹟K6 あなたに関わります

貴蹟K7 アイツと対決っ!

貴蹟K8 何だよ、文句あっか?

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