軌跡 第5話 HUNTER
0
誰にでも訪れる 年に一度の良い日
私も含めた友人や家族からの
暖かい『おめでとう』メッセージ
心がくすぐったいような
ホクホクするような
嬉しいね 良かったね
人だけじゃなく 物 場所
そして時間に感謝しているね
貴女とは長い付き合いだけど
やっぱり着実に大人になってる
良い意味でも 悪い意味でも
性格は笑っちゃうくらい
変わっていないけどね
幾つか恋を失っている貴女
『私のこと、好きって言ってくれたんです』
『こんな私を愛してるって言ってくれているんです』
そう言って微笑む貴女は別人みたいだった
心の傷に効く薬があったら
真っ先に貴女に飲ませたかった
今だから言うけど
かなりブスになってたよ
でも踏み留まってくれたよね
正直 心配していなかった
おとなしそうに見えても
中身は強い女性だってこと
本当は知っていたから
身体の中に燃えさかる炎がある
大木もなぎ倒す水流が存在してる
貴女が恋愛する度に
私、再確認させられている
思い出して
貴女には友達が沢山いるってことを
支えてくれる人達がいるってことを
私は貴女が大好きだってこと
たとえ世界中が敵に回っても
私は貴女の味方だよ
貴女という私へ
『ハッピーバースディ』
1
約束、していたのに。
2
ぽかぽかな春の陽気の中で天羽春斗は、ほのぼのと図書館のカウンターで料理の本を見ていた。
「明日は、どんなサンドイッチにしようかな?」
春斗の頭の中は、明日に行うメロン狩りのことで一杯だった。
「ハムと卵のでもいいけど、ここでちょっと変わったサンドイッチを作っても良いよね」
その瞳は遠くの天井を見ているようで、見ていない。
「そして、メロン(はあと)。 赤いメロンかな? 青いメロンかな? はあ~楽しみだなぁ」
自分の世界にはまっているようだ。春斗の目はメロンになっていた。
「あの」
と、突然声が掛かる。
「はあ、メロン……はい?」
「あのう、天羽……さんですよね?」
「あ、はい。ちょっと待って下さい!」
わたわたと手にしていた本を閉じるため、栞を探す。
「あれ? ここに置いていたのに……」
カウンターの下も覗いてみるが、見あたらない。
「ううん。しょうがないなあ」
ポケットから取り出した、龍の絵が描かれたカードをその本に挟み込む。
「ごめんね、ロウ。ちょっとそこで待っていてね」
と、やっと目の前の女子学生に目を向けた。
「お待たせしました。何か本をお探しですか?」
笑顔で応える。
「あたし、銀髪のオートマータを探しているんです。知りませんか? 早く見つけないと大変なことに。エンゲージ研究用の特別仕様のオートマータなので、接触した人がエンゲージに罹る恐れがあるんです。もしかしたら、天上人にも罹るかも!」
「もしかして、それって!」
『銀髪のオートマータ?』
二人は申し合わせたように綺麗にその言葉をハモった。
「大変だっ! すぐ知らせなきゃっ!」
がたんと立ち上がる。
「あっと、これも持って行かなきゃ!」
急いで春斗は駆けだした。その手に先程見ていた料理の本を持ちながら。
一方、ここは図書館事務室。ぱちぱちとキーを叩く音が響く。
「頑張っているようね? 晃」
キーを叩く音が止まった。城前寺晃は振り向き、見上げた。
「ティナさん」
「そろそろ休憩しましょう。番茶でいいかしら?」
そう言って、ティナは手早くお茶を用意する。とくとくと、急須から注がれるお茶は、熱い湯気を吐き出しながら湯飲みに入っていった。
「……」
無言の空気が部屋中に満たされる。
『あ』
二人は同時に声を上げた。
「晃からどうぞ」
ティナがすかさず、口を開く。お茶もそっと置いた。
「ティナさん、実は聖流さんにメロン狩りに誘われたんですが」
晃はそのお茶を受け取りながら、話し始めた。
「あら、そう。じゃあ、行けばいいじゃない」
「しかし……」
そのティナの声に浮かない顔で応える晃。
「晃」
いつになく真剣な眼差しをティナは晃に向ける。
「貴方、最近休み取っていないでしょう? 今、倒れられたら、そっちの方が問題よ。良い機会だわ。たまには休息でもしたらどうかしら?」
最後には優しい笑みを浮かべて、晃に問いかけた。
「……わかりました。そうさせてもらいます」
晃も微笑んだ。
さて、走っている春斗だが、目の前に奇妙な人物を発見した。
「透君?」
それは同僚の一人。ややぽっちゃりとした身体を持つ、銀髪の青年。その彼が付けているのは……
「何、付けているの? 透君。それってジオ君のアンテナみたいだよ?」
ふふふと笑いながら、春斗は声を掛けた。
「これはね、『愛の証』なんだよ」
うっとりとした目つきで、透は遠くを眺めている。
「はあ?」
「それより、何でそれ、持っているの?」
透は春斗の持っている料理の本を指差して言った。
「あ、ちょっとね。大事な物があるから」
「?」
透が首を傾げた。
「あっと、いけない! ボク、急いでいたんだ! ごめん、また後でね!」
そう言って、また春斗は駆け始めた。
「何、急いでるのかな?」
また、首を傾げた。
「それにしても、早く来ないかな? 僕の想い人……」
遠く、遙かな夢を見ながら、透はその場に暫く居続けた。
もう一人、図書館を歩いている者がいる。
「はあ、沙夜さんどうしたんでしょう?」
深いため息を幾度と無く繰り返しながら、松沢桂花は地下のコンピュータルームに足を運んでいた。
「桂花お姉ちゃん!」
前から走ってくる少女。明るい茶色い髪を肩まで伸ばした、まだ小学生の少女。
「まあ、遙さん?」
桂花が声を上げる。
「この前はありがとうね! 桂花お姉ちゃん!」
遙は元気良く、お礼を述べる。
「いいえ。困っていた方を放っておく事は出来ませんわ」
先日、遊んでいた遙のスカートが綻んでいたのを、桂花がその場で直してあげたのだ。
「あのままだったら恥ずかしくて、お家に帰れなかったよ」
「でも、大したことなくって良かったですわ」
微笑みながら、遙を見つめる。
「おじいちゃんとおばあちゃんに、ちゃんとお礼言っておきなさいって言われちゃった」
「あら、お父さんとお母さんは?」
「ママはね、死んじゃった。パパは何処にいるか知らないの」
笑いながらそう言いのける遙を見て、桂花は胸が詰まるのをぐっと堪えた。
「ごめんなさい、言ってはいけないことを言ってしまったようですわ」
「ううん、そんなことないよ! それにね遙、淋しくないよ。おじいちゃんとおばあちゃんがいるし、レンもいるしね!」
「そうですわね」
その元気を、あの人に分けてあげたい。
桂花はそう、強く思った。今、元気のない、あの人の事を。
「ああん、もう! あたしのバカバカ!」
由比藤・彩波がぽかぽかと頭を叩く。どうやら、間違ってプログラムを消してしまったらしい。
「何を作っているでござるか?」
それを覗き込むように九条忠宗が顔を出す。
「攻撃用プログラムのようですね」
天川瑠璃があっさりと答えた。
「あ、ちょっとまだ動かないで。もう少しで終わるから」
瑠璃のメンテナンスを行っている麗華・ハーティリーがコンピュータ越しに声を出した。
「沙夜、元気がないな」
ジオがぽつりと言った。
「え? そ、そんなことないよ。いつもと同じだよ?」
急なジオの言葉に沙夜はあわてて答えた。
「そうなのか?」
こきっと音が鳴りそうな程、頭を傾けるジオ。
「そうだよ☆」
そう言って笑った。それは誰でも分かるくらい作られた笑い。
と、部屋の扉が大きな音を立てて、勢い良く開いた。
「ジオ君いるっ?」
春斗だ。余程急いで来たのだろう。彼の吐く息が弾んでいる。
「ジオならここにいるわよ?」
レイカが春斗に答えた。
「じゃ皆、離れて!」
大きな声で春斗は叫ぶ。
「その、春斗殿。いったいどうかしたのでござるか?」
忠宗が眉を寄せて尋ねた。
「どうもこうもないよ! 大変なんだよ! ジオ君、エンゲージ研究用の特別仕様で、どんな人でもエンゲージに!」
「それなら、私以外の人達は全てエンゲージですか?」
瑠璃はメンテナンスを終えて、すくっと立ち上がる。
「へ?」
拍子抜けのする春斗の声。
「ねえ、ジオ。本当なの? 春斗君の言ったこと」
沙夜が本人に尋ねる。
「俺は知らない」
はっきりと答えるジオ。
「それってさ、もし春斗君の言葉が本当なら、あたし達、もうエンゲージになっているんじゃない? でも、そんなことないよね? っていうことは……」
彩波はノートタイプコンピュータのディスプレイを、ぱたぱたと弄びながら言った。
「ああああっ< 騙されたあああぁぁぁ?」
『おーまいがー』という勢いで、持っていた本を床に叩き付ける春斗。
「勘違い、ですか?」
ぽんぽんと慰めるように叩く瑠璃の手が、いっそう空しく感じる春斗だった。
3
そして、決戦の日が……いや、メロン狩りの日が来た!
「結局、瑠璃さんは来ないそうです」
晃が大きなリュックを背負いながら、溟海学園の校門の前に来ていた。晃の他は瑠璃と沙夜、ジオを除いたお馴染みのメンバーが揃っていた。
「また、遅刻みたいね?」
彩波は被っていた帽子の鍔を動かした。
「もうすぐ来ますわ」
水筒に小さなクーラーを肩に掛けた桂花が応える。
「それって、沙夜殿のことでござるな?」
くうっと伸びをしながら、忠宗が尋ねる。
「はあぁ~(はあと)。 メロン……何て甘美な響きなんだろう。オレンジ色の果肉に濃厚な香り漂う夕張メロン……かと思えばエメラルド色にさっぱりとした喉ごしのプリンスメロン……どっちも好きだなぁ~」
うっとりとメロンの世界にどっぷり填っているのは、大きなバスケットを持った春斗だ。春斗のその台詞を聞いて、彩波もうっとりとよだれが……零れた。
「おっと、いけねえ」
いつの間にか江戸っ子である。彩波は、ぐいっと活きにそれを拭うと何事もなかったかのように、首を回し始めた。
「それにしたって遅すぎない? もう、30分も……」
ぴきーん!
レイカは自分の台詞を言い終える前にそれに気付いた。レイカの博士的ブレインカンピュー……いや、コンピュータがいち早くその答えをはじき出した。
それは置換!
気が動転していたらしい。もう一度。
いや、痴漢!!
その痴漢さんの手がレイカの肩に乗るかな? 乗らないかな? っという瞬間にレイカの身体が反応した!
「いやあああああ< ち・か・んんんんん!!」
レイカの黄色い叫び声は、周りにいた者全ての耳をくわんくわん言わせた。が、周りの者がそれよりも驚いたもの。それはレイカの痴漢さんに炸裂したその技だった。
では、スローモーションで見てみよう。
「きぃやゃあああああ!」
まず、肩を乗せようとした手を掴み、それは誰もが『一本!』と判定するような見事な一本背追いが披露された。全く、惚れ惚れするキレの良さだ。痴漢さんは見事に地に伏した。
「いやいやいやいやいやあああ!」
地に伏した痴漢さん目掛けて、レイカのハイヒールキックが炸裂! ごごごごと煙が舞い、どこをどう蹴っているのかスローなのにも関わらず、判別不可能だ。とにかく痛そうだとしか言えない。数えてみると最低でも25HITはしただろう。
「天誅ぅぅぅぅ!」
仕上げはお母さんならぬ、最後のトドメ。どうやって入れていたかは本人の希望のため言えないが、背中から取り出したるバットが仕上げの技に使用された。只のバットではない。どうやらそれは木製のバットで、ひしゃげた釘が何本か打たれてあった。それにバットの先は何故か、何年の月日をかけた血がこびり付いたかのように赤黒い。も、もしや……これは一度だけではなく、過去にも何回か使用されているものなのだろうか? とにかくそれを掴んでレイカは、
「ホームラン!」
を打った。それもまた素晴らしいスイング! プロ野球の監督なら、誰もが欲しがるくらいだ。今回のスイングのトップスピードは時速130キロ。いい調子のようである。この一連のコンボは、全て30秒間の間にて行われた。ちなみにこの記録はレイカの新記録となった。
そうして、哀れ、痴漢さんの末路は遠くに煌めくお星様だった。
「ふう。これで悪も滅びたわ」
爽やかに汗を拭きながらレイカは言った。
「あ……流和兄……」
呟くように聖流は止めようとしていた手をぶらぶらさせながら、お星様を眺める。
「え?」
レイカの顔色が急変した。一面真っ青である。
「それって本当?」
レイカが確かめる前に。
「ねえねえ! さっきの何々? 新しい花火? くうう、遅刻しちゃったからきちんと見れなかったあ!」
沙夜とジオがやってきた。
「大丈夫ですわ、沙夜さん。このビデオでばっちりですわ」
そういって微笑んだ桂花の顔が、レイカにとって悪魔のように映った。
メロン狩り。これから始まるというのに、もう、波乱が起こっている。痴漢と間違えられた聖流の兄、流和はぼてっと大きな音を立てて星から一応、無事に生還を果たした。なーむ。
ラインにまた、光が走る。碁盤の目を思わせる幾億のライン。そして、天井から突き出る建物のオブジェ。ここはお馴染みのサイバーネットだ。
「KOUMEI……何処かで聞いたような?」
瑠璃は強化されたCPUと攻撃プログラムの動作チェックを行っていた。どうやら、CPUの処理能力を上げたお陰か、今までよりも反応速度が上がったように思える。いや、それよりも現在、瑠璃の手にあるものは先程、忠宗から預かったものである。前回のウイルス事件で残されたプログラムの欠片、であった。
「相手の手がかりは、今のところはこれだけのようですね」
ふうっとため息をついてみた。
と、ネットのラインが揺れる。誰かが来たらしい。瑠璃はとっさに攻撃用プログラムを立ち上げた。その手に新しい札が握られる。
「誰ですか?」
瑠璃の言葉に応えるかのように、その者は姿を現した。
「誰なの?」
それは、エメラルドの髪の女性。謎の訪問者。
「私は天川瑠璃です。貴女は?」
「私はクォンタイズ」
その長い髪を揺らめかせ、瑠璃を見る。
「貴女は、私と同じ匂いがする」
クォンタイズは言った。
「私と、同じ?」
瑠璃はその言葉の意味がよく理解できなかったようだ。と、クォンタイズはその手で、瑠璃の両頬を包むように触れた。
「どうして、貴女は存在するの?」
「?」
「どうして、私はここにいるの?」
「?」
「どうして?」
囁くように、クォンタイズは瑠璃に話し掛ける。
「どうして、私はあの方の側にいるの?」
「あの方?」
瑠璃がやっと言葉を紡いだとき。
「はい、マスター」
くるりと振り返り、何も告げずに消え去った。残ったのは、ネットの揺らめきだけ。
「あ……」
瑠璃は一つの事柄を思い出した。先程のクォンタイズとは関係ないことだが。
「KOUMEI、確かネットで出会った者は、ことごとくロストしていく……」
闇のネット暗殺者。
それが、KOUMEIの正体か?
「本当にすみませんでした!」
深々とレイカは黒髪を一つに纏めた青年、流和に頭を下げた。
「いいえ。何も言わずに寄っていった僕も悪かったのですから」
笑いながら流和はハンドルをゆっくりと右に切った。
ここは流和の運転する小さな白いトラックの中。人数が多いため、聖流が流和に頼んで運転して貰っていた。
「それにしても、私、荷台の方でなくって良かったの?」
聖流が気遣ってか声を出す。
「いいのよ、聖流ちゃん。あのメンバーでここに乗ろうとしたらメロンを狩る前に日が暮れちゃうわ」
レイカがぽんと方を叩く。
「そう、ですか?」
まだ腑に落ちないらしい。
「聖流、目的地に着いたよ」
流和の声に聖流は後ろに呼びかけた。
「着いたってさ!」
どうやら、後ろでアカペラカラオケが行われているらしく、大いに盛り上がっていた。
「ちょっとお、ジオ。何で棒読みになるのよ?」
震える目頭を押さえつつ、彩波は言った。
「あははははっ!」
お腹を押さえながら、涙を流すのは春斗である。
「ジオ殿、そこまでいくとある種の芸術を感じるでござるよ」
苦笑しながら忠宗も言う。
「皆! 着いたって!」
もう一度、聖流が叫んだ。
「あ、皆さん。目的地に着いたようです」
やっと桂花が聖流の声に気付いた。
「ここが……」
初めて見るメロン畑にジオは目を見張った。
「メロン畑だね☆」
沙夜はジオの言葉に頷いた。一面に広がるビニールハウスの中から覗く緑色に輝くメロンの葉と蔓に一同は胸を躍らせた。
4
大きなビニールハウスが建ち並ぶこの畑では、
「第一回、メロンでいっぱいもぎもぎ選手権!」
聖流がのりのりにマイクを持つように、青いじょうろの口を握って熱血していた。
「えー。一番にもぎもぎ王になった方には、金一封とメロン一箱が贈られます! メロンもぎもぎ王になりたいかぁ!」
『おおっ!』
大いに盛り上がっているっ! って、どうやら、メロンよりも密かに金一封を狙っているらしい。目がマジだ!
「よおおし! じゃ、用意。スタートッ<」
聖流の張り切った声がハウスに響き渡る。彼等はちりぢりに散っていった。そして、もぎもぎを始めている。
今回、もぎもぎするにあたって、聖流から全員、ハサミと軍手を借りている。軍手はメロンによるかぶれを防ぐため、ハサミはメロンの蔓を切り取るためにであった。
「忠宗さん……」
そんな激戦を繰り広げながらも、そっと桂花は忠宗に話し掛ける。
「何でござるか? 今、忙しいでござるから、手短にお願いするでござる」
もぎもぎしながら、桂花の言葉に応えた。
「沙夜さん、何かあったんですか?」
そっと小声で問いかける桂花。
「私も、気になっていたんですけど……」
晃も話に加わる。三人はもくもくと、もぎもぎしながら話していた。
「……実はここだけの話なんでござるが」
そう前置きして話し始めた。どうやら話は長くなりそうだ。
「かくかくしかじかでござるよ」
と思ったら、かなり短かった!
「なるほど、そういうことがあったんですのね?」
桂花は沙夜の落ち込みの原因をやっと知った。かくかくしかじかで分かったのはここだけの話。
「そうですか。いらない子とは……。ご両親が亡くなったことは知っていましたが」
「おろ? 何で知っているでござる?」
「沙夜さんのお父さんと、同じ職場で働いていましたから。とても優しい方で、気さくな方でもありましたね」
そういって晃は、ハウスの遠くに視線を飛ばしていた。
「私も話には聞いていました。沙夜さんのお父さんが図書館でダイバーをやっていらっしゃるって。それはもう、自分のことのように誇らしげに仰っていましたわ」
桂花も頷きながら話す。
「では、拙者はこれにて……ああ! 彩波殿! それは拙者が目を付けていたメロンでござるよっ!」
その言葉を残して、戦士は戦場へと戻っていった。
「私もそろそろ戻りますわ」
桂花もいそいそと動き出す。
「えっと……」
残されたのは晃、ただ一人。
「おっとごめんよ」
どかっと流和がぶつかる。
めこ。
上手い具合に晃は、目の前のメロン畑に顔を突っ込んだ。
そうして桂花は沙夜の元へと、もそもそと移動した。
「ジオ、こっちの方が大きいよ」
「そうか?」
沙夜の言葉に耳を傾けながら、ジオはメロンを次々と取っていく。
「沙夜さん……ちょっといいですか?」
思い切って桂花が言った。
「何?」
「その、二人で話したいことが……」
「あ、分かった! 恋話ね?」
一人で変な風に納得する沙夜。桂花が何かを言おうとする前に……。
「ジオ! 暫く私、ケイと話しているから。私がいいって言うまで来ちゃダメだからね!」
そう叫ぶと沙夜は桂花の隣に行き、メロンをもぎもぎし始める。
「で、お相手は誰?」
「だから、違いますわぁ」
桂花はむうっと泣きそうに言った。
「そうだ! まだ話していないよね?」
沙夜が言う。
「パパとママの話」
「ええ、まだですわ……」
そう言って微笑んでみせる桂花。
「パパとママね、駆け落ちだったの」
ぱちりとメロンの蔓をハサミで切る。
「はい」
「パパとママと会ったのは、溟海学園の図書館でね。パパはその時、まだ図書館職員見習いで。ママは高校生だったの」
ぱちり、ぱちり。
「まあ、そうだったんですね」
「それでね、二人は恋に落ちて、ママが卒業したら結婚しようと決めたの。でも、出来なかった」
「何故……ですか?」
ぱちん。
「ママの両親とその親戚が反対したんだって」
「また、どうして?」
「職がまだ見習いだったことと……パパね、孤児だったの」
「……」
ぱち、ぱちん。
「生まれの分からない人と結婚は出来ないんだって」
「そんなこと、関係ないじゃないですか」
ぱちっ!
「ケイもそう思う? 私もそう思うよっ! ……でもね、ママの両親達は違ったみたい。ママのお家って日本のお金持ちさんで、実はもう、ママには婚約者までいたんだって。パパのことが好きだから、お断りしたママは次々と来る婚約の話にうんざりだったの」
「それで、駆け落ちなんですね?」
ぱちん。
「そう。実はね、ここだけの話、パパが怒って連れ出しちゃったんだって」
そう言って苦笑を浮かべる沙夜。
「本当はママがママの両親を説得するつもりだったみたいなんだけど、パパ、短気だから我慢出来なかったみたい」
「それで、どうなったんですか?」
「うん。それで、結局パパとママは空谷村で生活を始めたの。本当はもっと別なトコに行こうともしていたんだけど、その時にはもう、ママのお腹には私がいたみたい」
その沙夜の言葉に思わず、微笑みを浮かべる桂花。
「で、そのままここに居着いちゃったの。私が大きくなるまでずっとね。それでね、パパもママも私がいるって言うのに熱々なんだよ? でも、ちっとも嫌じゃなかったの。むしろ楽しかったもの。幸せって何気ない家族の営みなんだよね」
「ええ、そうですわ……」
桂花は沙夜の言葉に頷いた。
「パパとママがいなくなって、初めて知ったの」
「……」
「その日はね、パパとママとで約束していたの。一緒にお買い物に行こうって」
「……」
「ほら、さっきも言ったじゃない。パパ、短気だからきっと帰りの遅い私を待ちきれなかったみたい。その日は食料品と新しい洋服を買う予定だったの。だから、先に食料品を買いに行こうとしたみたい。帰ってきたら、留守電にメッセージが入ってた」
「……そうですのね」
「食料品を買ったから、これから帰るってメッセージがね。それ聞いて1時間後にお父さんが来たの。パパとママが病院に運ばれたから、今すぐ行こうってね。着いたらね、看護婦さんが案内してくれたの」
ぱちん。
「……」
「慰安室。二人とも白い布を被っていてね。でね、確かめるために捲ったの。これは嘘だって。悪い夢を見ているんだって」
無言のまま、桂花はそれをただ、聞いていた。
「でも、本当だった。そのまますぐにお葬式とかあって、それで、ママの親戚とかが一杯来たの。そこでね、私のこれからを話していた」
「……」
「私、いらないんだって。パパの血が流れているから、汚れているからダメなんだって」
「そんなの……そんなのおかしいですわ」
「お父さんも言ってた。だから、私を引き取ってくれたの。パパとママの親友だったお父さんが……」
「だったら」
「でも、いらないのかも知れないってたまに思うの。私、皆に迷惑ばかりかけているし。役に立っているとはあまり思えないし」
「そんなことないですっ!」
力強く、反論する桂花。
「私が言いたかったのは」
桂花はそう、切り出した。
「その、沙夜さん」
「何?」
「私がエンゲージだって言ったらどうしま……」
「嫌っ!」
とたんに泣きそうな、涙が今にも零れそうな瞳で沙夜は叫んだ。
「そんなの嫌だよっ! もう、人が亡くなるの見たくないよ、見たくないっ! 死んじゃうなんて嫌だから……」
最後にはとうとう、泣き出してしまった。
「沙夜さん……たとえ話ですわ」
「え?」
ふと涙を拭いながら沙夜は顔を上げた。
「や、やだ。ケイったら、冗談言わないでよね」
その声はまだ震えていたが、その顔は笑みを浮かべていた。心からほっとした、そんな笑みを。
「沙夜さん。この世にいらない人はいないんです。必ず、誰かが沙夜さんを必要としています。今、貴女が私のために泣いてくれたように。かつて沙夜さんのお養父さんが沙夜さんを引き取ったように」
「ケイ……」
「だから、いらないなんて悲しいこと、言わないで下さいね?」
その言葉に沙夜は頷いた。
「もう言わないね。約束!」
乾いた涙をそのままに、沙夜はもう一度笑って見せた。
「よく言ったわ! 沙夜ちゃんっ!」
急に後ろから声が上がる。
「そう言って、元気を出しなさい。沙夜ちゃんには笑顔が一番なんだからっ!」
メロンを両手に高く掲げながら、元気良く彩波が登場した。
「そう、元気が一番です」
晃が両手に一杯のメロンを抱えながら出て来た。
「やっぱり、笑っている沙夜殿を見るのが、拙者は嬉しいでござるよ」
いつの間にか忠宗は、背負っている大きな籠に、これまた一杯に入ったメロンを落ちないように支えていた。
「私もそれに賛成だわ」
レイカもワゴンに積み上がったメロン山盛りの籠、4箱を転がしていた。ややっ! この勝敗は……
「ふふふー! もぎもぎ王はこのボクがいただきだねっ!」
籠を5箱を積み上げた春斗が言った。これで勝敗は分からなくなる。
「そうか?」
そう言って10箱の籠を乗せたワゴンを転がすジオ。こちらも強い?
ぴぴぴぴぴぃー!
ホイッスルがハウス中に響き渡った。
「メロン狩り終了です! では、集計に入りますので狩り取ったメロンを各自で持ってきて下さい」
ごろごろごろ。ワゴンを転がしながら、聖流の前に集まる一行。それぞれ籠を置いて、ハウスの外に出る。
後は集計を待つばかり。
「じゃ、そろそろお昼にしようよ、皆!」
春斗のかけ声で、御一行はお昼タイムに突入した。
昼食は和やかな雰囲気の中でとられた。
「澄んだ青空……澄んだ空気、そして青々した緑の絨毯。素晴らしいわね……」
ほうっと感嘆のため息をつきながら、レイカはがつがつとサンドイッチ、おにぎりを交互に楽しむ。その頬にはお弁当が数粒付けられていた。
今回のメニューは……春斗の作った特製サンドイッチ、晃の作った和風弁当(おにぎり付き)、桂花の家の喫茶店で出しているプリン。そして、先程取ったばかりのメロン。
「美味しいぃぃぃ! でりしゃすだわよっ!」
その隣で、そりゃもうかなりの凄まじさを醸しながら、レイカの勢いを凌ぐ、そのスピードで彩波は弁当だけでなく、デザートのプリンとメロンまで食べていた。しかも台詞に変な訛りも加わっている。
「まあまあ、彩波さん。デザートは逃げはしませんわ」
桂花が微笑みながら、彩波達を眺めていた。否、その隣にいた沙夜、だ。
「それにしても、桂花ちゃんのプリン、おいしいねっ!
メロンも甘くって美味しい! くうう、来て良かったああ!」
春斗は嬉しそうにプリンとメロンを食べていた。
「あ、春斗君。このサンドイッチ、材料は何ですか? 良ければ教えて下さい」
サンドイッチを食べながら、晃は言う。晃は隠すほどでもないのだが、料理が得意で、実に男らしい贅沢な料理を好んで作っていた。それ故、春斗の作ったサンドイッチが無性に気になっていた。
「これはね、ボクのお姉ちゃんから教えて貰ったんだけど……」
そう前置きして、晃と料理の話で盛り上がる。
「はううう☆ 美味しい☆ メロンも、お弁当も、プリンも美味しいっ☆」
☆のオンパレード。沙夜はうっとりと、その幸せを噛みしめながら堪能していた。
「美味しいのか?」
ジオは目の前にある食べ物をじっと見つめた。
「……わからん」
ぽつりと呟くジオ。食べれないのだから、無理もないだろう。
「はい、お待たせしたでござるよ。ジオ殿」
そう言って忠宗は、淡い緑色した液体の入っているコップをジオに渡した。
「確か液体なら大丈夫だと言っていたでござるから、特別に聖流殿に頼んで作ってもらったでござる。あっと、みんなの分もあるでござるよ」
「かたじけない」
先程、こっそりと忠宗が教えた言葉をさっそく使うジオ。そう言って、コップを受け取った。飲もうとジオが思っていたとき。
「ちょっと待ったあああっ!」
ご飯粒が舞い散る中、彩波がすかさずストップをかけた。
「飲み方がなっていないわっ!」
そんな彩波の指摘に、
「そういえば、何だかその雰囲気だと、一人淋しい独身男性が家でちびちびとお酒を飲むような体勢ね」
レイカと、
「そうそうっ! もっと大胆に爽やかに飲まないと!」
沙夜が同意した。
「そうですわね」
桂花も加わる。
「そう、良く気付いたわ、皆の衆っ!」
彩波は満足そうに笑みを浮かべて叫んだ。おや? 彩波の目がやや据わっているようにも見えるが? そう言えば、顔も心なしか赤い気がする。
「男なら、こうよっ!」
急に彩波は立ち上がり、どこから出してきたのか、シャンペンの入った瓶を片手で持ち、手ぶらな手の方を腰にがっちりと付けた。そして、ラッパを吹くような格好で豪快にそれを飲んで見せる。
『おおおっ!』
その場にいたメンバー全員が声を上げた。
「ぷはー」
彩波はまた、満足そうに笑った。目は更に据わっている。も、もしやそろそろヤバイのでは?
「このぷはーも忘れずにねっ! さあ、やってみなサーイ?」
妙な訛りでやってみるよう、ジオに指示を出す。
「頑張って、ジオっ! 男になるのよ!」
沙夜は彩波のノリが感染したらしく、妙に力が入っていた。
「ああ、分かった」
力強く、それに頷くと。
ビシィッ!
ジオはメロンジュースの入ったコップを装備した。
バシィッ!
ジオは左手を腰にがっちりと付けた。
ズギャアアアン!
ジオはコップを傾ける。
ゴクッゴクゥゴクッ!
ジオは豪快に飲み干し。
「ぷはああ!」
豪快に言ったあっ!
『おおおおおっ!!』
一斉に拍手が巻き起こるっ!
「ジオも……これで立派な男ね……」
ほろりと沙夜が涙ぐむ。
「私、今、猛烈に感動しているわっ!」
ぶわっと涙をまき散らしながら彩波は感動を噛みしめていた。泣き上戸?
「拙者、ジオ殿に真の武士魂を見たような気がするでござる!」
「私も何だか生まれて初めて、良いものを見たような気持ちで一杯です……」
忠宗と晃は眩しいものを見たかのように目を細めていた。
「うわあああ。こういうのってボク、ダメなんだよねぇ」
ずびずびびとティッシュで鼻をかみながら、春斗は感動していた。
「何だか、今までのことが走馬燈のように思い出されるわ……。私も直した甲斐があったってものよね」
目頭を押さえつつ、レイカも頷いていた。
そんなこんなで、昼食は終わりを告げるのであった。
一方、そんな感動的な場面に居合わせなかった、実にもったいな……いや、淋しい人物、瑠璃は未だネットで調整を続けていた。
「先程のクォンタイズといい、KOUMEIといい。何かあるのでしょうか?」
自分で作り上げたモンスタープログラムを相手に調整を続けながらも、先程のことが頭から離れられなかった。
「このカードも、もっと調べないと……」
目の前のモンスターが消える。
「こんなものでしょうか。では、戻りま……」
そんなとき。
「何でしょう? こんな時間にメールなんて?」
メールが届く音が瑠璃のところに流れる。
そのメールを受け取り、封を開いて読んでみる。
「詩……でしょうか?」
そこに書かれていたのは、詩のような文面。
瑠璃はとにかく、それを自分のハードメモリーにインプットすると、ライズを始めた。
「いやあ、楽しかったねっ!」
春斗が元気にメロンが入った籠をトラックに乗せた。
今、沙夜達はメロン狩りをさせてくれたお礼として、場所を提供してくれた流和の手伝いをしていた。
そうそう、気になるもぎもぎ選手権の結果だが……
「いやあ、ごめんねえ。一等を取っちゃって」
流和が取っていた。まあ、プロなのだから仕方のないこと、らしい。
「何か今日は特別、調子が良くて。僕もびっくりだよ。頭を打ったのが良かったのかなあ?」
これが彼のコメント。
「あ、ジオ。その籠とって」
沙夜がジオに頼む。
「これか?」
その籠を持ち上げた。
「そうそう、それ。こっちに持ってきて」
「ああ、わかった」
そう言って籠をトラックに乗せた。はずだった。
ぱぁんっ!
乾いた、鋭い音がトランクの荷台を貫いた。はらりとジオの髪の毛先が散る。その銃弾は、ジオの後ろの方から撃たれたもののようだ。
「沙夜っ!」
とっさにジオは沙夜を庇うため、地に伏せた。
「皆も伏せなさいっ!」
レイカが叫ぶ。
ぱんっ!
また、撃たれる。先程と同じ場所からだ。
「きゃあっ!」
トラックの奥のハウスから悲鳴が聞こえた。聖流の声だ。
「聖流さんっ!!」
側にいた晃がそれを庇う。
シュン!
と、微かな音が、近くの草むらを駆け抜けた。先程の二発の銃弾が放たれた場所に向かって。
「何? 今度はっ?」
彩波はトラックの側のメロンの薫りが充満する地面で、顔を僅かに上げてみる。どうやら、草むらに人がいるようだ。その人物は右手を押さえながら立ち上がった。女性? 先程の微かな音も銃弾なのか?
「このっ……せっかく人が楽しんでるって言うのにっ!」
彩波の後ろから春斗の声が聞こえた。
「許せない! ロウ、行ってっ!」
手にしていたカードを天に向かって上げた。カードはくるくると回りながら光を放つ!
グオオオオオオン!
その咆哮と共にそれは姿を現す。
「龍っ?」
彩波が小さく悲鳴を上げた。
中国の古典に描かれたような長い身体を持つ、シルバーブルーの色をした龍。それが春斗の。
「御霊?」
桂花がそれを言い当てた。
春斗の御霊、東洋の龍のロウは一目散にその人物を捉える。
「もう、逃がさないよっ」
ばしゃんっ!
側にあった小さな銃をロウは壊した。ロウの吐き出す水流によって。
春斗はいつの間にか、その者の前にいた。
「警察に連れて行くんだから」
「あ、あ……」
じりじりと後退していく女性のような人物。
明らかに春斗の方が優勢だと誰もが認識した瞬間。
ヒュン。
先程の音とは違う、別の音。何か丸い物体が二つ、宙に浮いている。その丸い物体が出している音らしい。
それは、犯人を庇うかのように。
「何?」
現れた。
アメジストの輝きを持つ女性。どうやらそれは、丸い物体から映し出された幻影のようである。
無害。
春斗は思った。
「そんなんで脅かしたってダメだよ」
しかし。
『動くなっ! 動けばお前を』
そのアメジストの髪の女性はその腕を春斗に向ける。
『殺す』
「!!」
とたんに春斗の身体がぴたりと止まる。つうっと汗が春斗の頬を滑り落ちた。動きたくても動けないのだ。前からではない。
後ろからの、殺気によって。
「ちょっと、どうなっているの? あれってホログラムだよね? そんなのへっちゃらじゃない。何で止まっているのよ、春斗君は」
彩波は春斗の様子にいらだっているようだ。沙夜達から見る春斗は左に、犯人は右に位置して向かい合うように草むらの影に立っていた。それを挟むかのように、女性の画像が浮かんでいる。
「KOUMEI」
「え? 何でござるか?」
晃の声に忠宗が反応する。晃の視線はその画像で止まっていた。
「KOUMEIだ。あれは……」
「何なの? それは?」
レイカが伏せながら、晃に尋ねる。
「私にも分かりません。ですが、きっと何かあります。春斗君が動けない理由が。あの女性は……私のパーソナルデータを一瞬で読み抜いた者です」
「それって、ネット内で、でござるかっ?」
忠宗が驚く。無理もない。ダイバーのパーソナルデータを読むのには、最低でも5分から10分ほど時間がかかるのが普通だからだ。
「ってことは、春斗君。実はめっちゃヤバくないっ?」
彩波の台詞に無言で頷く晃。
「じゃあ、助けなきゃっ!」
沙夜がメロン畑から、立ち上がろうとする。
「駄目だ」
それを止めるジオ。
「どうしてっ? 春斗君が危ないんだよっ?」
「でも、今沙夜達が出ていったら、助けられるのも助けられない」
「?」
「俺が行く」
ジオは短く告げると立ち上がった。が、その前に春斗達の方で動きがあった。
春斗は頭の中でどうしたらいいのか考えていた。
目の前の犯人を捕まえたい。
だが、後ろを狙われている。
何かいい方法は?
そんなことを小刻みに震える足を押さえながら考えていた。汗で張り付くような服を背中で感じながら。
『行け』
女性は犯人に告げた。
『早く行けっ!』
「はうっ」
肯定とも悲鳴とも言える声を上げて、犯人は走る。草むらの奥へと。
「あっ……」
『動くなっ!』
春斗の身体が、また止まる。この女性はあの犯人を逃がすために現れたのか。
それは確信になる。
『私がいいと言うまで動くな』
ゆっくりとそのホログラムは、犯人が逃げた方向に同じく下がっていく。
ごくり。
頷くかわりに春斗の喉が鳴った。
そして、ホログラムは何処かへ消えた。
それと同時に殺気も消える。
春斗は安心したようにへなへなとその場にしゃがみ込んだ。ぱらりとその春斗の前にロンのカードが落ちてきた。
「春斗君っ!」
沙夜達が一目散にやって来る。
「あ、皆……」
思わず、涙が零れた。
「あれ……もう、終わったのにね……。何でだろ……」
そんな春斗の様子にレイカは彼の前にしゃがみ込んだ。
「春斗君……」
レイカはそっと彼を抱きしめた。
「そう……。もう、終わったから。もう、怖くないから……だから、安心しなさい」
いつもよりも優しい響きでレイカは言葉を紡ぐ。
「う……レイカさん……」
とたんに泣き出す春斗。
周りにいた者はただ、見守るだけ。
「沙夜……」
ジオは沙夜の後ろからそっと抱きしめた。
「何よ……甘えん坊ね?」
沙夜が言う。
「沙夜、お前も震えていた。だから」
「……ありがと、ジオ……」
「あ、晃先輩! その、さっきはありがとうございました」
深々と頭を下げる聖流。
「無事で何よりですよ」
「そんなことないです! あのままだったら、私……」
と、聖流の瞳が止まる。
「あ、やだ! 血がでてるじゃないですかっ!」
「え? あ、本当だ」
気付いていなかったらしく、晃は言った。
「大丈夫ですよ、これくらい。ただの擦り傷ですし……」
その前に聖流は持っていたチェックのハンカチを怪我をしている左足に巻き付けた。
「本当は消毒とかしなきゃ駄目なんですけど、あいにく持っていなくって。後でちゃんと消毒しましょう、先輩」
その聖流の言葉に晃は苦笑した。
「ちょっと。私達、取り残されてるわよ?」
彩波が口を開く。
「仕方ありませんわ。今は入る余地がありませんもの」
「桂花殿……鋭い突っ込みでござるなぁ」
忠宗が切なくなりながらも応える。
「とにかく、早く帰った方が良さそうですわ」
「賛成!」
そうして、波乱続きなメロン狩りは幕を閉じたのであった。
5
翌日。沙夜達は瑠璃の呼びかけで地下のコンピュータ室に集まっていた。
「皆さんに見て貰いたい物があるんです」
そう言って皆に見せたのは、あの突然届けられたメール。
「何? これ?」
彩波が真っ先に声を上げた。
「知らない詩だね。素人さんが書いたのかな?」
春斗が言う。
メールの内容はこうだ。
あなたに警告を 暗闇の場所で
冷たい池の畔を見よ
一つのビーズは始まりを表し
その道は日の沈む方向に
落ちる缶に身を任せ
次 右を向いて進めば
その月夜は語る
道標だと
46 ケイン
「これって、絶対洞窟だわ!」
沙夜が興奮して言った。その目は生き生きと輝いている。
「それよりも、私はもっと別の意味があるのだと考えますが?」
瑠璃は言った。
「拙者はこの文は、カタカナあるいはひらがなに直してみたら分かる気がするでござるよ」
忠宗が眉をひそめた。
「とにかく、調べる価値がありそうですね? それに日の沈む方向って何かの方角を表していると思いますわ」
桂花の眼鏡が鈍く光った。
「あの……」
レイカがおずおずと声を出した。
「何でござるか? レイカ殿」
「もしかして……いえ。ただの一個人の意見として言っておくわ」
そう言って前置きをする。
「ケインって、もしかするとあのオートマータの感情システムで有名なケイン博士……いや、そんなことはないわよね。今のこと聞かなかったことにしてくれる?」
そう言って乾いた笑いを上げた。
が、誰もその言葉に笑う者はいなかった。
充分にあり得る仮説、だから。
6
落ち込むあなたに
元気になって欲しくって
私はあなたに辛いことを言った
触れて欲しくない過去
話したくない秘密
私はあなたの力になりたかった
そのために知りたかった
あなたの事を
あなたの全てを
あなたの声で
いらないものは何一つない
必要としているから存在する
あなたがそう、感じているように
私はいつも願っている
あなたの無事を
あなたの幸せを
遠く澄んだ空の下
どこまでも続く白い雲
私はどこにいても
この地球に住んでいるかぎり
あなたを思い続けるの
叶わないかも知れない
時には不安になるときもあるけど
あなたの微笑みを思い出して
私は歩いていく
私はあなたが好きだから
あなたと一緒にいてもいいですか?
答えはまだ、聞けないけれど
いつかあなたに聞きたくて
●次回GP
軌跡K1 ダンジョンに挑戦!
軌跡K2 メールを解読!
軌跡K3 ハッカーと決闘
軌跡K4 あなたの事が知りたい
軌跡K5 これが気になる
軌跡K6 俺様的旅に出る




