軌跡 プロローグ RAINY
0
帰リタイ 帰リタイ?
アノ時ニ アノ場所ニ
帰リタイ? 帰リタイ!
彼等ノ モトニ
帰リタイ! 帰リタイ!!
アナタノ 所ヘ!!
1
暗闇の中に浮かぶ、格子状のライン。そのラインは、空と大地とをまるで鏡を合わせたかのように存在していた。そして、その空には、大小様々なボックスがぶら下がる形で、あちらこちらに連なっている。そう、これが、俗にいうサイバーネットの世界だ。その世界にまた一人、入ってくる者がいる。
「さて、今日の獲物は何かしら?」
ふわりと栗色のポニーテールが舞い降りる。ゴーグルを付け、左腕にはごつい機械が小手のように取り付けられていた。どうやら、まだ若い少女のようだ。彼女はふと、何かを感じた。
「来たわね」
少女が振り向いた先には、鎧を体中に着込んだ大男が立っていた。兜の奥の瞳が青く光る。
「READY?」
男は、手にしていた巨大なランスを振り上げ、少女に突進した!
と、それを少女は軽やかに躱した。さらりとミニスカートが揺れる。
男が振り返り、また、少女に狙いを定めたとき。
「GO!」
少女の腕の機械に光の矢が現れ、打ち出された!
瞬く間に光の矢は男を捕らえ、鎧の中に吸い込まれるように当たった。男の鎧に突然、ノイズが走る。そのノイズは体の全てを飲み込んだ。
「ぐあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
鎧が大きくなり、小さくなり、そして、最後には跡形もなく消えた。男は消えてしまった。
「ふう、これで今日は3人目ね。珍しく良く来るな。ハッカーさん達」
少女は、光の弓矢をしまうと空を見上げた。
いつもと変わらぬ、格子状のラインを……。
「お疲れ様、沙夜。今日はどうだった?」
その少女は、そういって飲み物を渡した。ここは溟海学園の図書館の一室。そこに二人の少女が向かい合わせに座っていた。
「まあまあ、てトコかな。動きも鈍いし、相手は弱いし、ちょっとつまんないかも。でも、何人も相手にするのは流石に疲れちゃうよ」
ポニーテールを大きなリボンで結んだ少女、沙夜が、渡された飲み物を受取り、口を付ける。
「そうね~。今日は結局、6人のお相手を勤めたんだもん。そりゃ、疲れるわな」
「前は一人来ればいいところだったんだけどね」
「そうそう。しかも、沙夜以外のダイバーは皆、休みだったしね」
「まいっちゃうよ、もう。聖流もダイバーだったら良かったのにな」
聖流と呼ばれた、ショートヘアの少女は苦笑した。
「ごめんね、ダイブ出来なくて」
「そう、拗ねないでよぅ。あ……」
沙夜は部屋の窓から、雨が降り始めたのに気付いた。
「今日は、自転車なのに……」
「まあ、頑張ってくださいな?」
ぽんぽんと聖流は沙夜の肩を力なく叩いた。
2
傘を差し、キコキコと軋んだ音を響かせながら、沙夜はママさん自転車を漕いでいた。暗く人気のない商店街へと自転車は入って行く。
「うう~。歩いて行けば良かったかなぁ?」
今日の仕事の疲れがあるのか、ぶつぶつと愚痴を零す沙夜。滴る雨水を拭ったとき、何かが動いた。自転車が急に止まる。
「何? 誰かいるの?」
細い、路地裏に沙夜は声を投げ掛ける。
パチッ。
返事の代わりに何かが弾ける音がした。
「誰かいるのね? あなたは、誰?」
自転車を路地のすぐ側に止め、沙夜は先程の音がした所へと、近づいて行った。
パチパチッ!
そこにいたのは、一人の青年。
「どうかしたの?」
声を掛けてから、沙夜は気付いた。店の壁に寄り掛かるように、座っている青年は『壊れて』いる事に。片腕が千切れて、かろうじで数本のコードのお陰で繋がっている。銀の長い髪は焼けて焦げてしまっている。着ている服も大きく破れて、そこからも機械が見える。
「……もしかして! あなた、オートマータさんね?」
腕のコードがまた、ぱちりと音を出す。ゆっくりとオートマータの青年は顔を沙夜の方へと向けた。キリキリと嫌な音がする。頭部の半分が壊れていた。そして、またゆっくりと青年は後退りした。
「壊れちゃったのね? 大丈夫! 私が来たからには怖いモノなしよ! だから……」
沙夜は青年に手を差し延べた。
「だから、怖がらないで……」
青年は後退りを止めた。
パチ。
そして、彼は手を延ばす。その手を沙夜は受け止めた。
「じゃあ、行きましょ! ここにいても壊れているのが直る訳じゃないし。私、心当たりがあるの。オートマータに詳しくて、腕のいい人! そうと決まったら、早く行きましょう!」
彼を自転車の側まで連れていくと、自転車の後ろの荷物置きに、巻き付けられていた紐を解いた。沙夜は彼を後ろに乗せると、自分と青年を先程解いた紐で結び付ける。
「落ちるといけないから、しっかり付けとくね」
全てが完了したとき、
「出発進行!」
元気な沙夜の声と共に、青年を乗せた自転車が動き出した。
3
ここは空谷村の麓にある街、ジョージタウン。そこのホテルでは、空谷村に向かう調査員でいっぱいだった。
「おい、聞いたかよ? とうとう、アイツ、ダイブしてやられちまったんだって」
「LOSTしちまったんだってさ。俺も聞いた」
「て、ことは植物人間か……」
「いいヤツだったのにな」
「なあなあ、新しいハードが出たんだって! CRESCENDO43。略してクレド43だって」
「何? つい最近、新しいのに買い替えたばっかなんだぞっ」
「あ、僕、君の持ってるパソコン、中古で見つけたよ」
「マジ?」
そんな他愛のない会話がロビーで繰り広げられていた。そんな中、一人のある青年が席を立つ。
「どうした? エ・ディット」
席を立った青年が振り向いた。短い金髪にやや日に焼けた逞しい体と、鋭い三白眼が印象的な彼、それが、エ・ディットと呼ばれた青年だった。
「もうすぐ、俺の『女神』が届くんでね」
にっとエ・ディットは笑うと、自分の部屋へと戻って行った。
「そうか。今日だったのか、ダイバー専用オートマータが届くのは」
エ・ディットが去った後、彼の友人は葉巻で煙の輪を宙に浮かべた。
コンコン。
ノックが二回、部屋に響いた。
「どうぞ」
ノックした主を迎える低い声が聞こえる。
「失礼します」
その声とともに現れたのは、まるでミロのヴィーナスを思わせるほどの、美しい女性。
ヒューと部屋にいた青年、エ・ディットが口笛を吹く。
「お初にお目にかかります。私はティンヴァレス・ロー、HS-5と……」
ウエーブの肩に掛かるまでの長い髪から、アンテナのようなものが耳の部分から覗かせている。そんな彼女の声をエ・ディットが遮った。
「ティンヴァ、だっけ? さっそくだが、あんたの実力を見せて貰おうか。細かいことはその後でな」
そう言って握手を求める。
「喜んで。わが主、エ・ディット様」
それまで無表情だった彼女の顔が笑顔を作った。
「エ・ディット様のご期待にお応えしますわ」
そして、エ・ディットと握手を交わす。
「OK。では始めるか」
エ・ディットはテーブルに置かれたパソコンに電源を入れた。
4
沙夜が壊れたオートマータを拾った、その次の日。学園の図書館のロビーにある掲示板に、張り紙が貼られた。
『バイト募集。ダイバーでハッカーを退治できる方。ただし、学生・教師はご遠慮願います。時間は1日5時間程度。詳しいことは、1Fカウンターまで』
5
帰リタイ 帰レナイ?
アノ場所ヘ アノ時ヘ
モウ、二度ト 帰レナイ?
アノ場所ヘ アノ時ヘ
デモ、何処ニ 帰ルノ?
分カラナイ? 分カラナイ……
●次回GP
軌跡K1 沙夜とオートマータ起動に立ち会う
軌跡K2 エ・ディットと共に
軌跡K3 図書館のバイトに応募する