80.何も考えていない
サーシャにとっては久々の故郷であるが、特に変わった様子はない。
見渡せばすぐ目の前には大自然があって、すれ違う人々はどこかのんびりとした雰囲気を漂わせている。
「あら、サーシャちゃん帰ってきたの、大きくなったのねぇ」と、正直あまり成長していないサーシャにその言葉はどうだろう、と考えつつも、笑顔で返事をする。
すでにこんなやり取りが七回ほど繰り返されたところで、サーシャは小さく溜め息を吐いた。
「む、どうした。サーシャよ、やはり疲れているのではないか? 今からでも馬車を――」
「大丈夫です! 少し近くを見て回りたいと思っただけなので……。というか、なんで父様がついてきているんですか」
「久しぶりに帰ってきた娘が屋敷に寄らず、村を見て回りたいと言うから心配しているのではないか!」
「こんな静かな村でどこに心配する要素が……。アウロさんも、仕事の話があるんですよね?」
「当の本人がお前についてきてるからな。話だけなら、歩きながらでもできる」
「……父様、さっきは仕事を優先させるって言ってましたよね?」
「それはサーシャが一緒にいると思ったからであって……」
今度は大きく、溜め息が出る。あまり言いたくはないが、ゴルバは親バカだ。
サーシャはすでに騎士団に所属して働いている――すでに大人の仲間入りをしていると、少なくとも本人は思っている。
だが、ゴルバにとってはまだサーシャは小さい子供のような扱いで、その点に関しては不服に思っていた。あまり口にはできないが。
「だったら、ここで仕事の話をしましょう。父様だって、アウロさんを呼ぶくらいなんだから」
そう言ってサーシャが足を止めたのは、『ベリー・シープ』のいる牧場の前だった。
見た目がまるで葡萄のように見えるからその名がつけられた羊の魔物だが、温厚な性格をしていて雑草などを主食としている。毛皮が比較的高値で取引されており、この村でも何名かが飼育している。
「おお、サーシャよ……気を使わせてすまない。だが、気配りができる優しい子に育ってくれて、私は嬉しいぞ……!」
今にも涙を流しそうなゴルバを見て、サーシャは引き気味な笑みを見せる。
――アウロにこんな父と一緒にいるところを見られるのが恥ずかしい。
だから、あまり一緒にいたいと思っていなかったのだが。
「――では、娘の好意に甘えて……アウロ殿。件の魔物について話をさせてもらおう」
アウロの方に向き直ると、キリッとした表情を見せるゴルバ。初めからこうであってほしい。
「ああ、領内に出没するようになったっていう魔物だな。この近辺はあまり凶暴な魔物が出る、って話は聞かないが」
「その通り。私兵が見回っているし、魔物だって人里にわざわざ近づこうとしない。だが、例外も存在する。厄介なことに、その魔物は我々には対処できるものではなかった」
「うちの奴らからも聞いた。サイズはそこまで大きくないらしいが、動きは相当速いらしいな?」
「うむ。姿自体、まだ確実に捉えた者はいない。だが、攻撃的で危険な奴だ」
「攻撃的……村の人に被害も出ているんですか?」
「おお、よくぞ聞いてくれた! サーシャよ! お前もこの村のことが心配だろう……! だが、安心――」
「やっぱりいいです。アウロさん、話を進めてください」
サーシャが無表情で言うと、アウロは静かに頷いてゴルバに問いかけた。
「被害はどうなってる?」
「幸いにも死者は出ていない……が、時間の問題というところか。討伐隊の中には大怪我をした者もいる」
「なるほどな。確かに、こうなってくると俺の出番ではあるか」
随分と自信ありげに言うアウロだが、実際その通りなのだろう。
常人に狩れない魔物であるなら、アウロがやるしかない。騎士団長の役割は本来、団員を指示してまとめるところにあるが、アウロにはこういう役割の方が性に合っている。ただ、
「動きが速い相手となると、アウロさんでは不利なのでは」
サーシャは素直に思っていることを口にする。
アウロはいわゆるパワー系――というより、シンプルに脳筋タイプだ。
真っ向勝負であれば、魔物相手でも後れを取ることはほとんどない。
それは、サーシャも認めているところだ。
だが、アウロの剣の動きは決して速いわけではなく、力任せな部分がある。
まだ誰も動きを捉えられていない、というのなら――むしろサーシャが対応する方がいいとさえ考えた。
「お前の言うことも一理ある。ま、作戦がないわけじゃない」
「え、意外ですね」
「俺のことを何だと思ってる?」
「す、すみません。ちょっと口が滑りました」
故郷に帰ってきて、少し気が緩んでいるのかもしれない、と反省した。
「肉を切らして骨を断つ、これでいいだろう」
「全然よくないんですが!?」
前言撤回――アウロはやはり、何も考えていない。
お久しぶりの更新で申し訳ない。




