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8.やりたいこと

 アウロが書類を確認している間、サーシャは待つことになっていた。

 たまにほとんど見ないでめくることもあり、正直に言ってしっかり見ているか不安になる。


(ちゃんと見てるのかな……)


 ――とはいえ、それを言葉にするのはさすがに失礼だとサーシャも考える。

 アウロに対してサーシャが物怖じせずに話しかけられるのはアウロのことを知っているからだが、実際にサーシャが知るアウロとは色々と異なる部分はある。


(真っ当にいけば皆の憧れの騎士様みたいになってたと思うんだけど――って、なに考えてるんだろ、私)


 周囲を行き交う人々は、アウロとサーシャの方に視線を送る。

 何か小声で話しているようにも見えるが、サーシャのところからは聞き取れない。

 ただ、あまり良いことを言っているようには見えなかった。

 人の評価というのは、実際に相手のことを知らなければ分からない。

 話してもみないで――とサーシャは思わなくもないが、話しやすい雰囲気のないアウロにもやはり問題があると感じる。


(でも騎士団長を勤めるくらいの人が悪いわけ――)

「まあ、大体こんなもんか」


 ボスッ、とサーシャの頭の上に書類の束が置かれる。

 身長差で言えば、アウロから見てそこは丁度いい位置だったのかもしれない。


「……だから、女の子にそういうことしますか?」

「悪いな、お前がちょっとよそ見してるみたいだったんでよ」

(誰のせいだと思ってるの……!)


 サーシャは心の中では少し怒りを感じつつも、それを見せるようなことはしない。


「……こういうところも、ヘリオン騎士団長を知らない人から見たら暴力的だとかあらぬ噂が立つことに繋がるんですから。それに、流し見しているみたいでしたけど、本当に内容確認――って、あ……」


 サーシャは思わず書類の件も口走ってしまう。

 アウロはサーシャの言葉を聞いて、 スッと手をサーシャへと向ける。

 反射的にサーシャは目を瞑る――が、やってきたのは最初に会ったときのように頭を揺らされる感覚。


「そういう指摘できるところが補佐官には必要だぜ。まあ、書類はしっかり見てるけどな」

「……ならいいですけど――って、褒めるなら口頭だけで十分ですからっ」


 パシッとサーシャはアウロの手をはねのける。

 アウロは笑いながら、「お前の頭が丁度いい位置にあるもんでな」と言う。

 明らかに子供扱いされていることには不満を覚えるが、サーシャとこうして話しているアウロは、サーシャの知るアウロに近かった。

 もちろん、それはサーシャの記憶ではなくフォルのものだが。


(私が近くにいたら、他の人にもこういう感じで話せるようになれるのかな……って、そんなの、私の役目じゃないし……)


 サーシャの目標はあくまで《魔法士教官》だ。

 いい歳したおっさんとも言えるアウロの世話係ではない。

 それこそ、本来ならば心配する必要もないはずの相手なのだから。


「書類の確認も終わったので、私は戻ります」

「おう、ご苦労さん」

「……ヘリオン騎士団長はまだ戻られないんですか?」

「ああ、あと何ヵ所か地下水道の入り口付近は見ていく予定だ」

「地下水道……っていうと、やっぱり魔物ですか?」

「ここに来て日は浅いと聞いたが、地方のやつでも分かっちまうか」

「! ま、まあこういうところに魔物が出没しやすいのは常識、ですし」


 サーシャは少しだけ誤魔化した。

 以前から問題になっているのを知っているような口振りになってしまったからだ。

 アウロは疑問に思う様子もなく続ける。


「その辺りの認識が意外と薄いもんでな。実際地下水道は万一の避難経路にも使われるわけだが……整備はそこまでされていないのが現状だ。実際使われたことはもう十年以上ないわけだからな」

「それだけ平和ってことですか」

「そうだな。悪い話じゃない。俺の仕事も本来はない方がいいからな」

「そう、ですね。仕事なくなると食べていけないかもしれないですけど」

「お前な……俺が魔物と戦う以外能のない人間だと思ってんのか?」

「……ヘリオン騎士団長とはまだ、知り合って間もないのでよく分からないです」


 サーシャはそんな風に笑顔で答える。

「なんだ、そりゃ」とアウロは肩をすくめた。

 話してみると、やはりアウロの根幹にある部分は変わっていない。

 騎士としての仕事をこなし、騎士としての考えを持っている。

 サーシャとしては、そこだけは安心できるところだった。


「でも、ヘリオン騎士団長が地下水道を確認するってことは魔物が侵入したっていう話があるってことですか?」

「ああ、城壁を見回ってた第一騎士団のやつらからの報告でな。何かしら侵入した形跡がある、とのことだ。一応、討伐隊は編成したが魔物はまだ見つけられてない」

「そうなんですね……封鎖とかしないんですか?」

「まあ、侵入自体は珍しい話じゃないからな。それに魔物も好んで人がいる場所にはやってこねえ。近付かないように封鎖の申請はしてあるがな。この辺りが完全に封鎖されるまではまあ、数日はかかる」

「それで見回ってたんですか」

「まあな」


 騎士団長がするには地味な仕事のようにも思えるが、この辺りにアウロが居座っているのはサーシャがいるから、というのもあるのだろう。

 地下水道で何か起これば、アウロは真っ先に向かうことになるが。


「……見回るのはいいですけど、無理はしないでくださいね」

「そんなことも言われた記憶がほとんどねえな」

「まあ、ヘリオン騎士団長なら心配しなくてもっていうのもあるんでしょうけど」

「そうだな。俺の心配をするやつがいたら、まず自分の心配をしろとは思う――が、お前も俺のことが心配ならついてきてもいいぞ?」

「……今日は書類を渡すようにしか言われてないので」

「おう、そうか。じゃあ頑張れよ」


 アウロの答えはそんな簡単なものだった。

 サーシャのことを無理に引き連れる――そんなイメージもあったがアウロはそんなことはしてこない。

 まだ仮の立場にあるからかもしれないが。

 実際にサーシャが補佐官になれば、アウロに付き従って色々なところに行くことにはなる。


(まあ、それなら私じゃなくてもできると思うけど)


 サーシャの思うところはそこにある。

 結局、騎士団長補佐官という立場にサーシャがなる必要はない。

 アウロに選ばれた、と言ってもまだ十五歳の少女だ。

 他の団員達とも上手くいくとは限らない。

 むしろ若いから、と下に見られる可能性だってある。

 まだ一日目とはいえ、六日後には答えを出さなければならない。


(やりたいことじゃないっていうのがやっぱり大きいのかな……。まあ、今考えても仕方ないけど)


 決めるのはサーシャ自身だ。

 このままやって、やりたいと思えるかどうかもサーシャには分からなかった。

 この日は結局、アウロと別れて支部の方へとサーシャは戻った。

 新たに送られてきた書類の整理やアルシエの追加の説明を受けて、サーシャの初仕事は何事もなく終わったのだった。

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