78.里帰り
カタカタと揺れる馬車の中――サーシャ・クルトンは神妙な面持ちで外を見ていた。景色は変わることなく、開けた平原が続いている。
ちらりと、サーシャは正面に座る男を見た。目を瞑ったまま腕を組み、先ほどから動きはない。
アウロ・ヘリオン――《戦神》と呼ばれ、多くの人々から畏怖される存在。そして、サーシャの直属の上司でもある。
サーシャから見ると性格は大雑把で、およそ騎士団長という立場に向いているとは言えない。
だが、驚くべきはその戦闘力。かつて――サーシャの前世の記憶であるフォル・ボルドーの知る者とは比べ物にならないほどの力を、彼は手に入れていた。
そんなアウロと共に向かう場所。サーシャの今の悩みは、向かっている先にあるのだ。
(まさか、こんな形で戻ることになるなんて……)
サーシャとアウロが向かっているのは、クルトン家が領主を務める地、《ファレス》。この地に向かうことになったのは、ほんの数日前のこと。
クルトン家の領主――すなわちサーシャの父、ゴルバ・クルトンから依頼を受けたことから始まる。
ファレス近隣に出没するようになった魔物について、対応を願いたいとのことであった。
もちろん、サーシャの父からの依頼だからと言って、サーシャが向かうことになったわけではない。
報告を受けた魔物の対処に、アウロが必要とされたからだ。
そして、アウロが向かうことになる以上――自ずとサーシャもついていくことにはなる。
こうして、アウロと共に里帰りをすることになったのだ。
「……」
(……こういう時、アウロさん本当に何も喋らないんだよね)
二人きりの馬車の中なのだから、少しくらいアウロから話を振ってくれてもいいと思うのだが、期待するだけ無駄なことは分かっている。
昔はもっと話すタイプだったはずだけれど、今は騎士団長になって、随分と寡黙な男になってしまったのだ。
故に、アウロとの円滑なコミュニケーションを図るのもサーシャの仕事の一つである。
「いい天気ですね」
「ん、そうか? 曇っていると思うが」
「そ、そうでした」
――残念ながら、サーシャもそこそこに口下手である。
まず、お互いに共通の話題というものがない。
いざ話してみようとすると、中々話題というものは出ないものだ。
(普段意識してないから、余計に話題が浮かんでこない……)
里帰りすることもあってか、少し緊張しているのかもしれない。
結局話もろくに続かないままに、また二人の間に沈黙が訪れ――
「いつ以来だ」
「え?」
「故郷に戻るのはいつ以来だって話だ」
「あ、その話ですか。えっと、学園に入って……すぐにアウロさんの引き抜きにあってしまったので、それから騎士団のお仕事をして……半年くらいぶり、でしょうか?」
「……そこまで久しぶり、というわけでもないか」
「んー、まあ、そうかもしれないです。でも、なんだかそれなりに長い間、戻ってないような気もします。色々ありましたし……」
「お前が勝手にクビを突っ込んだ件もあるが」
「うっ!? そ、それは、でも、結果的には犯罪組織も取り締まれて万事解決だったじゃないですか!」
「結果的には、だ。元々、お前には書類仕事をメインにやってもらうつもりだったんだが……意外と戦うのも好きだよな」
「そういうわけじゃないんですけど……」
――戦うのが好きなのではなく、アウロを一人で戦わせるのが心配なだけだ。
彼の戦いは、サーシャの知る『過去』よりもずっと煩雑で、一歩間違えば命を落としてもおかしくないような、そんな戦い方ばかりだ。
サーシャでなくても、アウロの傍にいれば心配くらいする――そう思うが、彼の傍に長くいられた者は、一人としていないというのだから、仕方のない話だ。……すでにサーシャの今の時点で、最高記録を更新中だと言うのだから。
「私だって、今回せっかく帰るんですし、ゆっくりできるなら家でゴロゴロさせてもらいたいですよ」
「いいぞ」
「まあ、アウロさん一人だと――え?」
アウロの言葉に当てつけるつもりで言ったつもりが、そんな即答があった。
思わず、サーシャは聞き返す。
「いいぞ、と言ったんだ。そもそも、今回お前を連れてきたのは、そこが目的でもある」
「え、え? そこが目的って、里帰りさせることが、ですか?」
「そうだ。せっかく戻るなら、お前もゆっくりしたいんだろう?」
アウロにそう言われ、サーシャは反論できなくなる。何せ、たった今自分で口にしてしまった言葉なのだから。
サーシャは思わぬ休暇を手に入れることになってしまった。
めちゃ久々ですみません……。
体感600年ぶりに更新します。




