71.囚われの
「……っ」
ズキリ、とした腹部の痛みでサーシャは目を覚ます。
視界に入ってきたのは、木箱が山積みにされた倉庫部屋であった。すぐに身体を起こそうとするが、身体のバランスが取れない――後ろ手に拘束されているのがすぐに分かった。
(……魔力が上手く流れない。『魔封じ』くらいはしてくるよね)
おそらく拘束具に魔法効果が付与されているのだろう――作成者の技量にもよるが、高い魔力を誇る者であれば破壊するのはさほど難しくはない。
フォルであれば、封じている魔法効果を自身の魔力で破壊することはできるだろう。
だが、サーシャの魔力量はあくまで普通なのだ。身動きを封じられ、魔法も使えない状態になってしまっては普通の女の子でしかなかった。
「だ、大丈夫ですか?」
「……フィルさん、ご無事でよかったです」
「す、すみません。私がヘマをしたばかりに……」
「いえ、私の方こそ注意不足でした。……最初の門番の態度の時点で、もっと警戒すべきでした」
違和感は初めからあった――いくら雇われた身とはいえ、騎士を名乗ったサーシャに対してもあの横柄な態度だ。
おそらく入口にいた門番と、中の先ほどの警備の男は繋がっている。サーシャ達が倉庫街に入った時点で連絡をし、動行を監視していたのだろう。
サーシャは何とか身体を起こす。腹部に残る痛みは、男に殴られたものだ。気絶するほどの勢いであったとすれば、骨まで響いていてもおかしくはない。
顔をしかめながらも、サーシャは改めて部屋の構造を確認する。乱雑に置かれた木箱を見るに、ここは物置としてしか使われていない。
扉は一つ――金属で作られたものだが、おそらく外側から施錠されているだろう。
「ここは、さっきの倉庫で間違いないですよね?」
「は、はい。動物の鳴き声、すごく近くに聞こえます」
何とか中に入ることはできたが、捕まってしまっては元も子もない。
後ろを振り返ると、小さな鉄格子で塞がれた窓から明かりが漏れている――そこから見える外の様子から察するに、部屋の場所は地下にあるようだ。
(入口から脱出するのは、このままだとまず無理だろうし、鉄格子もどうしようもない。それに……)
誰かの助けはまず期待できない――ここにサーシャとフィルがいることを知っている人間など、誰もいないのだから。
ここで拘束しているということは、少なくともサーシャとフィルをすぐに殺すつもりはないのだろう。
サーシャは念のため、フィルに問いかける。
「さっきの男達、私達をどうするとか言っていましたか?」
「……っ、そ、それは……」
フィルの表情に動揺が走る。それだけで何となく察した。
サーシャは少しだけフィルの傍に寄ると、
「大丈夫です。私が何とかしますから」
サーシャはそうはっきりと告げる。フィルが悩みながら、ゆっくりと口を開いた。
「に、人間は取り扱っていない、けれど、扱っているところに売る、とか……」
「……そうですか」
やはり、ここで鳴き声の聞こえる動物達はペットとして売られている――けれど、何か隠さなければならない事情があるのだろう。
考えられるのは、王国で認められていない魔物の販売――特に、魔物のペットは多くの種類で国の許可を必要とする。
サーシャが面倒を見ているクリンの許可も、申請から随分と時間を要した。
それくらい、魔物の扱いというのは危険なのだ。
そんなペットとは違うが、サーシャとフィルもどこかに売るつもりらしい。人身売買――そこまでいってしまえば、完全に違法行為となる。
(フィルさんがそれを聞いているのなら、この倉庫を制圧するだけには十分な理由がある……なら、『これ』をどうにしかしないと)
サーシャは自身の両手を拘束する枷に触れる。金属でできたそれは冷たく、頑丈なものだ。
どこかにぶつけただけで壊れるような代物ではないし、これを外すには鍵が必要となる――あくまで非番であったサーシャは特別道具を持っているわけではない。
それに、ここに閉じ込められた際に荷物は奪われてしまったようだ。フィルも、これと言って何かを持っている様子はなかった。
(こうなったら、嵌ってはいる状態だけど……手首を曲げ、て)
サーシャは手を細めるようにしながら、何とか枷から両手を外そうとする。
どちらかが外れさえすればいい。努力をしてみるが、やはり鉄製のそれから抜け出すことは難しかった。
試しに近くの箱の中身を覗いてみるが、空箱ばかりだ。……はっきり言ってしまえば、今の状態では完全に打つ手がない。
フィルもどうにか脱出を試みようとしているようだったが、やはり手立てがなかった。
(前世の記憶があって、魔法の知識もあるのに……魔法が使えないと私には何もできないなんて……)
この状況で認めたくはないが、サーシャの才能はどこまでも凡人だ。前世のフォル・ボルドーのような英雄になれる器ではなく、彼の記憶を持って生まれた少女に過ぎない。
それを、こんなところで分からされることになるとは思わなかった。それでも――
(諦めるわけには、いかないよね)
何より、サーシャには約束がある。猫のユーカを探し出して、飼い主に届けるという約束だ。
このままサーシャまで戻らなければ、余計に彼女のことを傷つけてしまうことになるかもしれない。それだけは、避けなければならないことだった。
(何か、方法は――!)
サーシャはそこで、鉄格子の先にいるその姿に驚きながらも目を見開く。
先ほどおやつに夢中になって、仕方なく置いてきた――一角狼の、クリンの姿だ。
「わうっ」
「クリン……!? そ、そっか。あなたはまだ捕まってなかったんだ――って、こんなところにいたら危ないから! 見つからないように逃げてっ」
サーシャは木箱の上に乗って、クリンに話しかける。
通じているのか分からないが、サーシャの言葉にクリンは悩んでいるような表情を見せた。サーシャが少なくとも、危機的な状況にあることを理解しているのだろう。
「……いい? ここから逃げるの。もしも、できるのなら助けを呼んでほしいけど……無茶はしないこと。クリン、分かった?」
サーシャは諭すようにクリンに言うと、「わう」と頷くようにクリンが答える。
そうして、その場から地面を蹴って駆け出した。通じているのかどうか、サーシャには本当に分からない。
けれど、一緒に過ごしていて思うのは、幼くても一角狼は賢い生き物だ。
言うこともある程度聞いてくれるし、子供であるためいたずらも好むが、サーシャが本当に嫌がることはしようとしない。
だからこそ、ここで捕まって何かひどい目に合うような事態は避けたかった。
サーシャは木箱から降りると、申し訳なさそうにフィルに言う。
「……ごめんなさい。あの子は賢いけど、たぶん頼れないと思います。今の状況、私が何とかするから、フィルさんは心配しないでください」
「そ、そんな……。サーシャさんばかりに負担をかけるつもりは、ないです。私の方が年上なんですし、どうにか二人で脱出しましょうっ」
「……はいっ」
サーシャとフィルは頷いて、ここから出る方法を考えることにした。
そんな時にふと、フィルが先ほどクリンとやり取りした鉄格子の方を見上げる。
サーシャも釣られてそちらの方角を見ると、一羽のカラスがジッとこちらを見ていた。
時間にしておよそ数秒足らずだが、カラスはふいっと視線を逸らし、羽ばたきながらどこかへと飛んで行ってしまう。
「……? 何か、今のカラスってこっちを見ているみたいでしたね」
「……そうですね」
サーシャの言葉に、フィルがこくりと頷く。
だが、カラスのことなどに気にしている場合ではない。――二人の少女は、以然捕らわれたままだった。




