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7.二人の名前

 サーシャが王都にやってきてからまだ日は浅い。

 石造りでできた家は、特徴的なものもあるがサーシャから見れば同じに見える。

 裏通りなども含めれば、王都の中心部から離れているここはやや複雑な作りをしているところもあった。

 地図を片手にサーシャはアウロの下へと歩いていた。

 王都の中はやはりサーシャの記憶とは異なるところも多い。

 行き交う人々がちらりとサーシャを一瞥する。

 騎士団の制服を着ているから、というのもあるだろうが、なにより見た目が若すぎる。

 子供が騎士団の制服を着て遊んでいるのでは、と勘違いされてもおかしくはない。

 脇に抱えた書類のおかげでかろうじて体裁を保てているくらいだった。

 そもそも、王都の全容を全て把握している人間も早々いないだろう。


(地下水道かぁ……やっぱり問題にはなるよね)


 王都の中を流れる水源であり、地下水道と言いながらも小川から繋がってトンネルの方へと流れていくようになっている。

 王都にはそう言った水源地が多くあり、そこから水を汲み上げて使用している。

 問題となるのは、基本的には地下という管理の難しい場所ということだ。

 当然、民衆の使う水への安全の配慮は考えられるが、地下水道の問題はそこに魔物が住まうことのある点にある。

 以前から、王都に住む子供達の肝試しの場としても使われることがある。

 危険だからと立ち入り禁止区域は多いが、それでも毎年数名の子供達が地下水道に行っては保護されるという事態は発生している。


(まあ、行きたくなる気持ちも分からなくはないけど……)


 王都で暮らす子供達からすれば、身近な冒険が楽しめる場所だ。

 ダメだ、入るなと禁止されたら入りたくなる――そういう気持ちをサーシャも理解できないわけではない。

 ただ、危険が伴うというのもまた事実だ。


(あの人が直接見に行ってるってことは何かしら問題がありそうだけど……)


 サーシャが予感するのは、やはり魔物に関すること。

 騎士団長であるアウロが直接見に行っているのだとしたら、それ相応の魔物が住み着いてしまったのでは、と考えてしまう。


(でも、それならとっくに動いてそうな気も――って、いた!)


 サーシャが考えていると、ジッと小川の方を見るアウロの姿があった。

 アルシエの言った通りの場所にいてくれたので、一先ずは安心する。

 だが、アウロの視線の先には小川と――その先に続くトンネルがある。

 地下水道への道だった。


「中に入られていたらどうしようかと思いましたよ」

「お前か」


 アウロから返ってきたのはそんな一言だった。

 相変わらず出会い頭は愛想の欠片もない。

 サーシャはむっとした表情で答える。


「お前じゃなくてサーシャです。サーシャ・クルトン、名前くらいはしっかり覚えてください」

「別に忘れたわけじゃねえが……」


 アウロのこういうところは改善させた方がいいとサーシャは考えている。

 アウロの今後のことを考えれば、少しでも改善していってもらった方がいいだろう。


「初めて会ったときもそうですけど、そういう態度が他の人を怖がらせるんですよ? しっかりと相手とのコミュニケーションを取るならまず名前を呼ぶようにしないと――」

「じゃあ、サーシャ」

「な、いきなり名前で呼ばないでください!」

「お前が呼べって言ったんだろうが」


 まったくもって正論だが、サーシャの言いたかったことは違っていた。


「そ、そうじゃなくて、クルトン補佐官とか、そういう仕事上の呼び方があるじゃないですか!」

「アルシエにはサーシャちゃんとか呼ばれてただろ」

「うっ、それはそうですけど……」

「それにまだ、お前は補佐官じゃないからな」


 アウロにそう言われて、サーシャも返す言葉がなかった。

 アルシエにもしっかりと言っておくべきだったと反省する。


「と、とにかく……騎士団長にはもっと相手と穏便に話せるようになってもらいたいだけです」

「努力はする――というか、俺も別に喧嘩腰で話してるつもりはねえが」

(嘘つき……最初に話した時も威嚇するみたいに――って、もしかして今はそれが素なのかな)


 実際のところ、サーシャが知っているアウロはフォルとしての記憶の中にあるだけのものだ。

 かれこれ十六年前――それだけの時があれば、人も変わる。


「それで、お前は何しに来たんだ。今日は初日で色々と教えることがあるって話だったが」


 アウロに言われて、サーシャは抱えていた書類をアウロへと渡す。


「……アルシエさんから騎士団長に渡すようにと言われたので」

「ああ、報告書か。ちょっと待ってろ。すぐに確認する」


 アウロはその場で書類の確認をする。

 これらの書類の内容を見て、アウロが対応しなければならない問題もあるかどうか確認するようだ。

 パラパラとアウロが書類をめくりながら、ふと気付いたように呟く。


「そう言えばお前、名前がどうとか言ってたが、俺のことは騎士団長って呼ぶんだな」

「……? 何か問題がありますか?」

「いや、騎士団長っていう役職は俺だけじゃねえんだ。俺は別に気にしないがな」

「……!」


 サーシャはアウロに指摘されて少し動揺する。

 サーシャは――アウロの名前を呼んでいない。

 アウロのことをよく知っているのはフォルの記憶であって、サーシャではない。

 その気持ちが、アウロのことをどう呼ぶのが正しいか分からなくさせていた。

 それでも、アウロに言われてサーシャは小さく息を吸って、


「ヘ、ヘリオン騎士団長……これでいいですか?」

「何でそんなぎこちないんだ、お前……」

「わ、私だってヘリオン騎士団長に話しかけるときは緊張するんです! 強面だから!」

「はっきり言うじゃねえか。とても緊張してるようには見えねえよ」


 実際のところ、サーシャの持っていた緊張感は少しベクトルが違う。

 ヘリオン騎士団長――そう呼ぶのがきっと、今のサーシャとアウロの正しい距離感だと確かめたのだった。

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