65.雑貨屋にて
部屋の片付けを一段落終えたサーシャは、クリンと共に町に出ていた。
犬の散歩……というわけではないが、こうして定期的にクリンを連れ歩くことはある。
もっとも、クリンはサーシャの頭の上に乗っている状態だが。
「……クリン、少し重くなった?」
「わう?」
サーシャの問いかけに、首をかしげるクリン。
サーシャの頭の上が好きらしいクリンだが、だんだんとサーシャの首への負担が大きくなってきた気がしていた。
首輪とリードを一応付けているのだが、正直このままだとあまり意味をなさない。
これがさらに大きくなれば、頭の上どころかじゃれただけでもサーシャは押し倒されてしまうことだろう。
(……対策とかはしようがないけど)
大きくなることを止めるわけにもいかないし、むしろ無事に成長してくれたらそれでいい――サーシャはそう考えていた。
今はクリンを連れて、雑貨屋に向かうところだ。
普段使うような小物を揃えるにも丁度いい。
白を基調にしたシャツに黒のスカートと、いつもの制服姿ではないサーシャは寄り道することなく真っすぐ目的の場所へと向かう。
十字路の角に店を構える、木造のお洒落な店があった。
「ちょっとここで待っててね」
サーシャは店の前の看板の支えにクリンのリードを括り付け、店の中へと入る。
特段、買う物を決めてきたわけではない。
商品を眺めながら、必要な物やほしい物があれば買う――そういうつもりでやってきた。
……店に入って早々に目に入ったのは、並べられたぬいぐるみだったが。
「! 中々良い品揃えね……」
どこかの商人でもあるかのように、サーシャはそんなことを呟く。
――ぬいぐるみに関しては、サーシャはそれなりのこだわりを持っている。
ぬいぐるみに使われる素材から、材質。柔らかさに弾力……抱いた時の感覚というのは、何よりも重要なものだ。
元よりここを見ることも目的の一つであったが、サーシャは店の中を回る前に並べられたぬいぐるみの方へと向かい、
「あの部屋なら少し大きめでもいいかもしれない。けど、やっぱり小さい子をいくつか並べた方が……ああ、でもクリンが持っていっちゃうしなぁ……」
小さい物から大きい物まで――主に動物や魔物を模したぬいぐるみを見ながら、すっかりサーシャは買うこと前提で品定めをする。
数少ないサーシャの趣味とも言えるぬいぐるみ集めは、給料をもらっているサーシャのお金の使い道でもあった。
おおよそ貯蓄してしまっているサーシャだが、ぬいぐるみに対しては財布の紐がゆるくなりやすい。
ひたすらに真剣な表情でぬいぐるみを吟味していると、一つのぬいぐるみに目が留まる。
(これは……!)
白と黒のカラーリング――熊のような見た目をしているが、どこか模様は特徴的だった。
緑の葉を食べている姿はとても可愛らしく、サーシャを釘付けにする。
《グランドパンダ》と名札には書いてあった。
残り一つしかないそのぬいぐるみにサーシャは手を伸ばす――それとほぼ同時に、同じぬいぐるみに手を伸ばす人物がいた。
「「あ」」
二人の声が重なる。
サーシャはちらりとその人を見た。
帽子を目深に被り、大きめの眼鏡を掛けた女性だった。
女性はサーシャを見るや否や、慌てた様子で手を引っ込めて、
「あ、えっと……!? そ、そのぬいぐるみ、か、買われるんですよね!?」
「あ、えっと……そのつもりですけど、あなたも買うつもりで?」
「そ、そうですけど……えと、あなたが買うなら、大丈夫、です……!」
女性は怪しげな仕草を見せながら、サーシャに顔を合わせないように視線を逸らす。
サーシャはそんな女性の行動を見て、訝しむように女性の顔を窺う。
(……? どこかで会ったことがあるような……?)
見覚えはある気がするのだが、帽子と眼鏡でよく見えない。
普通の眼鏡ではなく、色も少し変化させているようだ。光を反射して、表情はうまく確認することはできない。
どうにもサーシャには見られないようにしているようだった。
「……えっと、失礼ですけど、どこかでお会いしたことあります?」
「そ、そんな、あるわけないじゃないですか……? そ、そんなことより、そのぬいぐるみ……どうぞ買って行ってください」
「え、でも、一つしかないですし……あなたも買うのなら――」
「わ、私は大丈夫ですので! それでは!」
「あっ! ちょっと!」
サーシャが制止する間もなく、女性はそそくさと店の外に出て行ってしまう。
どこかで見た気はするのだが、サーシャは思い出せないでいた。
(私にそんなに知り合いは多くないし……って、言ってて悲しくなるけど……)
そうは思いつつも、知り合いに同じようなぬいぐるみ趣味の女性がいるのだとしたら、少しくらい話してみたいという気持ちはあった。
一人残されたサーシャは、一先ずぬいぐるみを手に取ってようやく店の中を歩き始める。
気になることはあったが、サーシャの買い物はようやく始まるのだった。




