62.少女の理解は歪曲する
サーシャ・クルトンという少女が、『サーシャ』であることには間違いない。
サーシャを形成する人格は、紛れもなく彼女本人であるのだから。
それでも、彼女の中にフォルという男の記憶があることもまた事実だ。
それによって、少なからずサーシャの性格に影響が出ているということも。
サーシャは本当の両親のことは好きだ。今の両親のことも好きだ。友人は少ないが、サーシャ自身が好きだと感じる人間は、少なからず存在している。けれど、それだけだ。――サーシャには、それ以上の感情がよく理解できない。
「私には、誰かを好きになるっていう感覚がないんです、きっと。言葉では分かるんですけど、その感情が分からないっていうか……。家族を好きになると、どう違うのかなって」
「どう違うって……サーシャちゃん難しいこと考えるのね」
「……ごめんなさい、変な質問でしたよね。そういう話じゃなくて、えっと、私にはそういう話は、やっぱり向いてないかなって」
サーシャは笑顔で誤魔化す。
サーシャがアウロに抱く気持ちは、サーシャの中にある『フォル』の記憶によって、心配しているに過ぎない。
そのはずなのに、アウロと一緒にいるとサーシャは普段とは少し変わってしまう。
かつての親友と話すように――ではなく、どこまでも歳相応の少女のように。そして、どうにか並び立とうと背伸びをしてしまう。
アウロに認められたいと思って、実は認められていて……その後は、どうしたいのだろう、と。
そんなサーシャに対して、アルシエは少し悩んだ表情をしながら、
「んー、別に変な質問でもないと思うわ。家族のことが好きっていうのも、人を好きになるっていうのも、そこまで違うわけでもないと思うし」
「え……そうですか?」
「だって、誰かを好きになって、それで付き合ったとするじゃない? お互いに好き同士なら、いつか家族になるわけでしょう? 別に違う感情というわけではないと思うのよ」
「それは、そうかもしれないですけど」
「サーシャちゃんの考えていることと違ったらごめんね。けれど、そんなに難しいことじゃないのよ。その人のことが気になって、一緒にいたい――そう思ったのなら、それでいいんじゃないかしら? それが、『好き』ってことなのよ。違いとかどうだっていいと思わない?」
「――」
サーシャは驚いた表情で、アルシエを見る。
人を好きになることに、違いなんてない。そんな風に考えることなんて、サーシャはしなかった。
サーシャはフォルの記憶を持っているだけの少女で、アウロと一緒にいる資格があるのは、フォルの記憶を持つサーシャでしかないのだ、と。
「だから、サーシャちゃんが別にヘリオン騎士団長を好きになってもいいと思うわ」
「……そうですね――って、私の話じゃないですって!」
「あ、あー、そうだったわね。また勘違いしちゃった」
舌を出して、アルシエがいたずらっぽい笑みを浮かべる。
サーシャもため息をつきながら、それでもアルシエに感謝した。
今のサーシャの気持ちは、間違ったものではないのだと、アルシエの言葉で理解できた。……サーシャの理解は、少し歪曲したものになってしまっているが。
(私は……アウロさんのことが『好き』。それは家族としての意味とも、変わらないんだ。うん、それなら、何だか納得できる)
異性として意識するのではなく、家族のように感じるから好きなのだと。
そう納得することで、サーシャの中では自然とすっきりした気持ちになっていた。
フォルの記憶に引きずられて、サーシャがアウロのことを異性として好きになっているのではないかと――サーシャは考えていたのだ。
だからこうしてアウロのことばかり考えてしまうのではないか、と。
……それは決して間違ったことではないのだが、サーシャはそれに気付かない。
「……時間取らせてすみません。おかげでスッキリしました」
「ふふっ、いいのよ。サーシャちゃんは真面目だから。子供なんだからもっと柔軟に考えていきましょ?」
「あの、子供ではないのですが」
「あら、そうだったわね。そう言えばサーシャちゃんがいない間に可愛いぬいぐるみが手に入ったのだけれど、ほしい?」
「! ぜ、是非!」
にやりと笑うアルシエに対し、ハッとした表情を浮かべるサーシャ。
色んな意味で、サーシャはまだまだ子供だった。




