61.サーシャの相談事
「サーシャちゃん、おかえりなさいっ」
「わうっ」
「ただい――うわっ!?」
仕事を終えて、アルシエの下を訪れたサーシャに飛びついてきたのはクリンだった。
角があるため勢いよく来られると刺さりそうなものだが、サーシャはそれをうまくキャッチする。
「クリンったらサーシャちゃんの帰りをずっと待っていたのよ?」
「わう!」
ペロリ、とサーシャの頬を舐めるクリン。
まだ世話を始めたばかりだというのに、クリンはサーシャのことを《家族》として認識しているようだった。
その姿を見て、サーシャの頬も緩む。
「待たせてごめんね。私もお仕事があるから――」
「じゃあな。今日のところはこれで解散だ」
「え、アウロさん!? どこ行くんですか!」
一緒に支部に入るのかと思ったら、アウロはそう言い残して早々に去っていこうとする。
「報告は明日でいい。疲れただろうから今日は休め」
「いや、だからどこに行くかって――」
「わうっ!」
サーシャの問いかけはクリンのじゃれつきによって阻まれる。
クリンをあやしているうちに、アウロは姿を消してしまう。
「……もう、どこに行くかくらい教えてくれたらいいのに」
「ヘリオン騎士団長って仕事終わった後、いなくなるの早いのよねえ」
「そうなんですか?」
「ええ。目立つ人だから情報収集とかすれば簡単に見つかるかもしれないわよ」
「それはそれでどうなんですか……。とりあえず、クリンのこと、ありがとうございます」
サーシャは頭を下げてお礼を言う。
アルシエを見る限り、大きな問題はなかったようだ。
王都を離れる上ではある意味一番の心配事だったと言える。
「いいのよ。これも仕事のうちってね。サーシャちゃんも今日はお仕事終わりなんでしょう? ゆっくりしていったらどう?」
「……そう、ですね。アウロさんもああ言っていましたし、今日はそうさせてもらいます」
「! 素直なサーシャちゃんも可愛いわ!」
「や、やめてください。可愛いとか言うの……」
クリンを挟むようにして抱きつくアルシエに対し、照れくさそうに答えるサーシャ。
褒められることは当然嫌いではないが、あまり言われるのも得意ではなかった。
ただ、サーシャもここに残ると言ったのにも理由がある。
(エルさんに感化されたから……そういうわけじゃないけど)
「あの、アルシエさん」
「んー、何かしら?」
「その前に、ちょっと離れてもらっても? クリンが苦しそうなので」
「わう……」
「わっ、ごめんね。可愛い子を見るとつい……それで、何かしら?」
改めて、アルシエに問いかけられる。
サーシャはクリンを抱きしめたまま、どう切り出したものか、と悩み始める。
元々、そんなことを考えたりしたこともない――だが、最初に聞いてきたのはアルシエだ。
だからこそ、アルシエはそういうことにも詳しいのだとサーシャは思っている。
「えっと、ですね……」
「なに、そんなに言いにくいこと?」
「そ、そういうわけではないんですけど……。その、アルシエさんって――好きな人とか、いたことありますか?」
「……んん?」
サーシャの問いかけに、笑顔のまま首をかしげるアルシエの姿があった。
***
(――信じて仕事に送り出したサーシャちゃんが女の子になってた……)
心の中でそんなジョークをかましながら、アルシエは口元で手を合わせて、サーシャと向き合っていた。
視線を逸らしながら、恥ずかしそうに俯くサーシャはどう見ても女の子。
もちろん、アルシエから見てサーシャは可愛い女の子であることには違いない――問題となるのは、サーシャの質問が恋愛に関わることであったということだ。
「まずは紅茶でも飲んで落ち着きましょうか」
「は、はい……」
アルシエに促された通り、サーシャがティーカップを手に持って紅茶を口に運ぶ。
その動きはどこかぎこちない――アルシエの返答が気になって仕方ない、というのがよく分かる。
(正直可愛すぎて今すぐ抱きしめたいけど、そういうことするとサーシャちゃん怒りそうなのよね)
アルシエはすでに、サーシャの問いかけから思考を巡らせて、一つの答えに辿り着いている。
アルシエに「好きな人がいた」かどうかを聞くなんて、恋愛相談以外の何でもない。
そして、それを聞くということは――サーシャにもそういう人がいるということになる。
その筆頭となるのはもちろん、
(ヘリオン騎士団長……そういうことになるのよね。一つ屋根の下……一緒に仕事も終えたばかり。これは確実よ、わたしの頭は今冴えまくっているわ!)
「それで、アルシエさんには好きな人、とかいたんですか?」
「うんうん、そのお話ね。ところで、どうして急にそんなこと?」
「! そ、それは……お仕事も早く終わったので、たまには女の子らしい話でも、しようかなって……」
そんな風に答えるサーシャ。
仕事終わりに切り出してくるような話でもない――サーシャが明らかに何かを意識しているというのがよく分かった。
「んー、わたしにも好きな人は、もちろんいたわよ」
「! そ、そうなんですね! その人とは……?」
「付き合いはしなかったわねぇ。お互い、仕事で忙しくて」
「騎士の人、とか?」
「よく分かったわね。その通りよ」
「そうですか……」
アルシエの言葉を聞いて、わずかに表情を曇らせるサーシャ。
すぐさま、アルシエはフォローを入れる。
「別に騎士と補佐官が無理なんて話はしてないわよ?」
「……私も別に騎士と補佐官の話はしていないですが」
「! そ、そうよねぇ。わたしったら、何を言っているのかしら」
(……危ないわ。サーシャちゃんも大人っぽく見えて実のところ相当子供っぽいし頑固だもの。変に機嫌を損ねるとここで話が終わってしまうわ……)
サーシャの問いかけの真意が聞きたいアルシエにとっては、話の途中で終わらせるわけにもいかなかった。
だからこそ、アルシエはすぐに話を戻す。
アルシエにとっての本題――どうして、サーシャがそんなことを聞くのか、だ。
「サーシャちゃんもお友達から恋愛相談を受けたとか?」
「いえ、私に友達は――ではなく、そうです!」
一瞬悲しい返答がありかけたが、サーシャが慌てて頷く。
取り繕ったのがよく分かるが、アルシエは表情を変えることなくサーシャの話を聞く。
「あ、えっと……友達の話というか……、まあ、その、参考までにどういう感情なのか、とか聞いておきたくて」
「感情……?」
サーシャの言葉の意味が、アルシエにはよく理解できなかった。
だが、すぐにサーシャの問いかけの意味を知ることになる。
サーシャがこくりと頷いて、改めてアルシエに問いかけた。
「その、人を好きになるって、どういうことなのかなって……」
「それは、ただの友達としてではなくってこと?」
「はい。私には、そういう感情がよく理解できなくて」
サーシャの言葉は、まさに言葉通りの意味なのだろう。
人を好きになる――サーシャには、それが理解できないような言い方だった。
おかげさまで第七回ネット小説大賞の二次選考を通過しておりました。
こちらの作品もできる限り早く更新できるように頑張りますので、楽しんでいただけますと幸いです!




