52.サーシャとエル
「……」
「……」
設営されたテントの中で、サーシャはちらりと後ろを見る。
そこには、黙ったままのエルが立っていた。
エルのアウロとサーシャと一緒にいたいという申し出は受理された。
エルはレイスの補佐官であるために、当然何か言ってくるのかとも考えたが、「分かりました。それではエルをお願いします」とだけ言い残し、レイスはその場を去っていった。
アウロはアウロで、他のメンバーに指示があると言ってテントを去ってしまう。
サーシャとエルの二人だけの、気まずい空気が流れていた。
(……どうしてエルさんは残るなんて)
疑問に思いながらも、今までのエルの態度からなかなか切り出せない。
嫌われている――特にそう感じるところが大きかったからだ。
(で、でも、何か話さないと――)
「……クルトン補佐官」
「! は、はい!?」
思考を巡らせている途中に話しかけられ、サーシャは素っ頓狂な声を上げる。
エルはというと、申し訳なさそうな表情をしながら続ける。
「その、いきなり一緒にいたいっていうのは、迷惑だとは思う、けど」
「い、いえ全然! むしろ仲良くしたかったのでいいんですけど、えっと、私のことはどちらかと言うと……?」
「嫌い、とかじゃない。ただ、負けたくない」
「……どういうことですか?」
サーシャにはそれがよく分からなかった。
最初からエルは、サーシャに対して対抗心を燃やしている、それはよく分かる。
ただ、そんな対抗心を燃やさせるようなことなど――
(……あ)
サーシャはそこで、ようやく自分がどういう立場にあるのかを思い出した。
サーシャ自身がそういうことを気にしないから気付けなかったのだろう。
《特別士官》として、《騎士団長補佐官》に任命された異例の存在。
サーシャは他の騎士団に所属する人間から見れば、特に異様なのだ。
ましてや同じ第二騎士団の、副団長の補佐官であればそれは顕著に感じるのだろう。
突然、自身より上の存在がやってきたのだから。
対抗心を燃やすのも当然だ。
「あ、えっと……」
そして、サーシャはそういう相手にどう声をかけるべきか分からなかった。
決して人生経験が豊富というわけではない。
エルよりも記憶だけなら長生きしていることになるが、記憶だけではどうしようもない。
コミュニケーション能力というのは、サーシャによるものだからだ。
「だから……負けたくないと思ったけど、クルトン補佐官の実力は本物だから、近くで見ておきたいと思った」
「あ……」
エルの言葉は、迷いのない真っすぐな言葉だった。
話し方はどこか迷いはあるけれど、その意思は本物だ。
サーシャの魔法を、エルは離れたところでも感じ取っていたのだろう。
それだけの実力があるから、騎士団長補佐に選ばれた――それを、森の中の戦いで自然と証明していたのだ。
お互いに魔法を扱う者だからこそ、分かる。
サーシャもまた、気を使ってエルと同等の実力であると偽ったのだから。
ただ、他ならぬエルの言葉で、それが間違いだと気づかされる。
(そっか……エルさんは私の魔法から、学ぼうとしてるんだ)
サーシャに負けたくないと思いながらも、それ以上に向上心がある――だから、負けたくないと思っている相手でも、すぐ近くにいる機会があるのだから、吸収しようとしているのだ。
それはむしろ、サーシャから見ても尊敬できることだった。
そして、自身の行為を恥ずべきことだとも理解した。
気を使って実力を偽るなど――騎士団に所属している者として、やってはいけないことなのだろう。
「……エルさん。私の魔法なんかでよければ――ううん、私の魔法は、少なくともエルさんより上です」
「! やっぱり……」
「でも、その……私はズルっていうか、うまく言えないんですけど」
「……?」
フォルという男の記憶がある――何よりも、サーシャが魔法を得意とするのにはそこに起因する。
ただ、それを説明するわけにはいかない。
だから――
「私の魔法でも参考になるところがあれば、見てください。私も、エルさんから学びたいことはあるので」
「! ……ありがとう。クルトン補佐官」
「えっと、その呼び方はあまり慣れないので……サーシャでいいですよ」
「サーシャ?」
「はい、エルさん!」
ようやく、少しだけれど第二騎士団のメンバーと仲良くなることができた気がした。
今後、仕事をしていく上でも仲間のことを知っておくのは重要なことだ。
(……そういう意味だと、レイスさんとも交流した方がいいんだろうけど)
レイスはレイスで、気難しそうな感じがするとサーシャは思っている。
少なくとも、クリンのことに対する一言など、サーシャがレイスに抱くイメージはあまりいいものではない。
騎士団長であるアウロとも、決して仲がいいとも言えないのだから。
(エルさんに聞けば分かるかな……?)
「あの、エルさん。レイス――ファルマー副団長はどういう人なんですか?」
「! 副団長……?」
「あ、いや、せっかくなので聞いておきたいなー、と」
エルの反応を見て、慌ててサーシャは理由付けをしようとする。
だが、エルの反応は、サーシャの思っていたものとはまるで違うものだった。
「ファルマー副団長は、とてもかっこいい人、だよ?」
「……へ?」
顔を赤らめて、そんなことをエルは言い放ったのだった。




