5.結局のところ
応接室に通されて、サーシャは改めてアウロと向き合っていた。
またしてもサーシャがアウロに会いに来た形となるが、今回は理由がまるで違う。
サーシャが受けた指名を取り下げてもらうためにやってきたのだから。
出鼻はくじかれてしまったが、サーシャの意思は固い。
先ほどもアウロに対して、サーシャの意思ははっきりと告げた。
「一週間は時間をやる、という話だったはずだがな」
「そんなに長い時間は必要ないです。初めに言った通り、私は補佐官という立場を望んでいませんから」
きっぱりとサーシャはその意思を伝える。
アウロはサーシャの言葉を聞いて少し悩んだような仕草を見せる。
「こういう話はあまり得意じゃないんだがな……」
(だったら指名なんかしなければいいのに――って、苦手だからしたのかな)
「その……騎士団長は私のどこを気に入ったって言うんですか」
サーシャは疑問に感じていたことを口にする。
はっきり言って、サーシャからすればアウロから評価されるようなことはしていない。
ただ話しに行って伝えたいことを伝えただけだ。
「そらぁお前、初対面の人間に悩みとか聞けるところとかだろ」
(そ、そこかぁ……!)
初対面というか、サーシャからすればよく知っている――いや、知っていた人物と話しに行っただけだ。
多少は気が引けたけれど、そこまで難しい話ではない。
だが、サーシャが評価されている点はそこにあった。
「俺にも怖がらずに話しかけられるお前なら、他の奴らとの仕事の話もうまくやってくれそうだと思ってな」
「……それって騎士団長が言っていいことなんですか?」
明らかに騎士団長には向いてなさそうだが、アウロの所属しているのが対魔物を主流としている部隊だから成り立っているのかもしれない。
その部隊の頂点に置くのなら、象徴として実力のある者を選ぶのは悪い話ではない。
結果としてそれが上手く機能していないようではあるが。
「分かってるさ。だが、俺は昔からそういう人間だ。お前には直せと言われたがすぐにできることでもねえ」
「……私と話している感じは普通な気がしますけど」
「それも理由の一つだな。何だか分からんが、お前は話しやすい感じがする」
「な、何ですか、それ……」
アウロにそう言われて、サーシャの表情が強張る。
それは、サーシャがアウロの親友であったフォルの記憶を宿しているからだろうか。
アウロが求めているのは、話しやすい補佐官なのかもしれない。
けれど、言い換えればサーシャが必要とされているのではない。
フォルの記憶を宿したからこそ、親しみやすいサーシャが必要とされているだけだ。
(それなら、この人が変われば上手くいくことだし……)
こんなことを考えてしまう自分のことが少し嫌だったけれど、サーシャの考えはやはり変わらない。
「……正直、士官学校にいながらこんなこと言うのもいけないと思うんですが、騎士団長の部隊は危険が伴うと思ってます」
それを嫌がるのは士官としてはどうかと思うが、実際のところ士官学校でも危険の伴う仕事を率先してやりたがる者は多くはない。
サーシャも《戦闘狂》と呼ばれるような部類ではないのだから、当然のことではあった。
「別にお前に魔物狩りをメインでやってもらおうとは思ってねえ。あくまで管理系の仕事をやってもらおうと思ってる」
「管理、ですか?」
「ああ、初めからそっちの方を主流にやってもらうつもりだ」
サーシャが断りの流れに持っていこうとするが、アウロは引き下がらなかった。
むしろ、サーシャが懸念していた危険な仕事はさせるつもりはないと言っている。
それが信用できるかどうかは別だが――少なくとも、サーシャの知るアウロは嘘をつく男ではない。
「それに、《魔法士教官》を目指してるんだろ。あの時はきちんと話せてなかったがな。お前の魔法の実力は知ってる。補佐官からそっちの方への異動もできるだろう」
「それは、確かにそうですけど……」
騎士団長補佐官という仕事は、そもそも優秀な人物が選ばれるものだ。
その役職についた時点で、騎士団ではそれなりの立場が保証される。
そこでの仕事が評価されれば、より早い段階での魔法士教官への道が拓けるのは事実だった。
気が付けば――固い決意をしていたはずのサーシャの意思が揺らいでいる。
それは、断りを入れてもなお引き下がらないアウロに対して気持ちが動いてしまっていた。
これもきっと、フォルの記憶を宿してしまっているからなのかもしれないが。
「いや、まあ……それでも嫌だっていうのなら、指名は取り下げるさ。お前が拒否したんじゃなくて俺が取り下げれば角は立たねえからな」
「!」
(この人、こんな顔もできるんだ)
サーシャは少しだけ驚く。
出会ったばかりのアウロは、およそ少女に向けていいとは思えない威圧感のある表情をしていた。
話を終えたあとは、記憶の中にあるアウロらしい笑い方をしていた。
そして今は、少し悲しげな表情をしている。
およそ人々から畏怖される《戦神》の噂とはかけ離れていた。
――こういう人を放っておけないと思ってしまうのは、きっとフォルの記憶は関係なしにサーシャの性格なのだろう。
「まあ、体験――じゃなくて、決定でもなく……その、試用という形でなら、やってみても構わないですけど……」
「おお? 受けるってことか?」
「いや、だから試用ってことです。一先ず一週間とかでもやってみて、お互いやってから合わないなんてこともあるでしょうし」
「それでも十分だ。お前が合わないと思ったら俺が指名を取り下げる――そういう形でいいんだな?」
「そういうことです」
(いやそういうことって、断りに来たはずだったのに……)
自身の言葉にすかさず突っ込みを入れるサーシャ。
これがフォルであったのなら揺らぐことなく拒否できたのかもしれない。
いや――むしろアウロの補佐官になることをフォルが嫌がることはないだろう。
「はははっ、お前なら受けてくれると思ったぜ」
「だからまだ受けてないですって!?」
アウロの言葉にも突っ込みを入れるサーシャ。
サーシャの固いはずの決意は、簡単に絆されてしまったのだった。