38.得意料理
「――それで、わたしのところに来たってわけね」
「はい、すみません。お休みの日に」
「いいのよぉ、どうせ暇だから」
たまたま休みだったアルシエの自宅――もとい、第二騎士団の支部をサーシャは訪れていた。
基本的には休日でも支部は受付を実施している。
緊急を要する案件以外は入口のポストに用件を入れておくという形になるが。
サーシャがアルシエの下を訪れたのは、料理の相談をするため。
アウロに対して見栄を切ったはいいが、サーシャはそこまで料理が得意なわけではない。
サーシャが持つ知識はあくまで魔法に関すること――そして、十歳で地方の貴族に引き取られたサーシャは、お世辞にも料理は得意な方ではない。
もちろん、人並みにはできるが。
「ヘリオン騎士団長に料理、ねぇ……。何が好きとか分かるのかしら?」
「お肉とか、お肉とか、お肉とか……?」
「お肉しかなくない?」
「あとお酒……」
「もはや完成されたセットね」
サーシャの記憶にあるアウロとの付き合いを思い返しても、アウロが好きなものというと肉や酒ということになる。
正直、そこまで料理にはこだわっていない。
アウロは昔から食べられさえすればいいという考えだった。
そしてフォルもまた、料理にそこまでこだわりのあるタイプではない。
もちろん、美味しい料理は好きだがあくまでお店で食べること前提の話だ。
サーシャが求めているのは手料理だった。
「サーシャちゃんが作った料理なら、わたしは何でも嬉しいけどねぇ」
「そういう感じを求めているわけではなくてですね……」
「うーん、じゃあヘリオン騎士団長に振り向いてもらおうって感じの?」
「……振り向く?」
ちらりとサーシャは後ろの方を見る。
「いやいや、サーシャちゃんそんな天然のボケ入れなくてもいいわよ」
「えっと、どういうことですか?」
「もう、サーシャちゃんもまだ子供ねぇ」
「そ、それは今関係ないことですけど……」
サーシャは少しむっとした表情で答える。
子供扱いされることは相変わらず気にしていることだった。
アルシエは意味ありげな表情でサーシャに言う。
「だから、気を引くってことよ。手料理作りたいってそういうことじゃなくて?」
「……はっ、はあ!?」
思わずサーシャはそんな驚きの声を上げる。
アルシエの言う、振り向いてもらうというのは――アウロの気を引くということ。
つまり、サーシャがアウロに気があるということを言っているのだ。
サーシャにそんなつもりは毛頭ない。
「そ、そういうのではないですっ! 断じて!」
「そうなの? 強く否定するところは――」
「断じて、あり得ないですっ!」
「そ、そこまで言うのなら、そういうことで構わないけれど……」
(手料理を作るってそういうことになるの……!?)
アルシエの発言を聞いて、サーシャはそんなことを考える。
アウロにはすでに作ると宣言してしまっている。
ひょっとしたらアルシエだけでなく、アウロにもそう思われてしまっているのだろうか。
そんなところにまで考えが及んでしまう。
(違う、違うっ……私はただ本当に栄養のバランスとか、そういうことを考えたからであって……)
誰に言うわけでもないが、言い訳がましくサーシャは心の中で呟く。
アウロに対してそんな感情を抱いているわけではない、とサーシャは改めて言い聞かせてアルシエとの話を続ける。
「とにかく、そういう気……? 気を引くとかではなくてですね、バランスの良い食事を提供しようっていう、親心……? みたいな」
「サーシャちゃん……!」
サーシャの言葉を聞いて、何故か感動するような仕草を見せるアルシエ。
そして、サーシャの手を取ると、
「わたしのお母さんにもなって!」
「……何言っているんですか」
サーシャは少し呆れたように答えた。
「サーシャちゃんの考えは分かったわ。ヘリオン騎士団長にバランスの良い食事を作りたいっていうことなら、わたしも協力するわ」
「あ、ありがとうございます!」
紆余曲折あったが、何とかアルシエに協力を仰ぐことができた。
「それで、サーシャちゃんの得意料理って何かあるの?」
「得意料理、ですか?」
「そうよぉ。一概に作るって言っても、やっぱり得意料理っていうのは重要だと思うのよね! ちなみにわたしはカレーが得意よ!」
「カレーですか……。私の得意なものっていうと……野菜の盛り合わせ、とか?」
「サーシャちゃん、それは料理じゃないわ。ただの盛り付けよ」
ガッと肩を掴まれてそう言い放たれるサーシャ。
若干凄むアルシエに、サーシャは一歩後退りをする。
「えっと……目玉焼き?」
「焼くだけなら誰でもできるわ。でもそうね、一概に料理と言っても簡単に言ってしまえば切る、焼く、煮る辺りの組み合わせとも言えるわね! カレーなんか大体それしかないしっ! でも、一つだけ分かったことがあるわ」
「な、何でしょうか?」
「サーシャちゃん、得意料理何もないわね」
――まったくもってその通りで、だからこそアルシエのところにやってきたのだという事実を改めて突き付けられたのだった。




