33.小さなもの
小さな子供の《一角狼》は寝ているようだったが、親が来たのが分かったのか――身体を起こして巨体を見上げる。
「こいつがこの辺りに居座っていたのは子供がいたから、だな。考えられる理由としては、一番あり得たことだ」
「そう、だったんですね……」
アウロがもうこの村から離れると言ったのは、親の一角狼が守っているのが子供だったからだ。
手を出せば当然襲ってくる可能性はあったが、アウロとサーシャがやってきた時点では匂いを嗅ぐだけに終わった。
他の人間でもそうだ――一角狼は匂いで相手を覚え、一度出会った人間をわざわざ見に行くようなことはしなかったのだ。
戦う気がないのであれば手を出さない――それはサーシャの知る一角狼とはまるで違う姿だった。
(でも、こんなことって……)
アウロとサーシャの傷が原因というわけではない。
そもそも、一角狼の負った傷は致命傷だった。
それでも動いていたのは、子供を守るためだったことになる。
「っ! まさか、一角狼の傷は……」
「子供を爆発から庇った可能性は高いな」
アウロが先ほど驚いていたのは、一角狼が爆薬によって致命傷を受けたという事実だった。
小さな子供はそれを避けることはできない――狙うことで大型の一角狼にダメージを与えることができたのだろう。
「どうしてそんなこと……!」
「それは後で生存者に確認する。俺達にはまだやることがある」
「やること……?」
サーシャの問いかけにアウロは答えない。
親の一角狼は口に含んだ薬草を咀嚼すると、それをペースト状にして子供に飲ませる。
薬草が病気に効くというのが分かっているようだ。
やがて、力なく親の一角狼は地面へと倒れた。
子供に薬草を渡して満足したのか、ゆっくりと目を瞑る。
「わうっ!」
子供の一角狼は動かなくなった親の一角狼に元気に鳴いて見せていた。
親の怪我の状態もよく分かっていないのかもしれない。
近寄って傷口を舐めては反応を確かめる。
もう、親の一角狼の反応はない。
その光景に、サーシャは胸が締め付けられるような感覚がする。
(どうにもできなかったけど、でも……)
そんなサーシャの横で、アウロが剣の柄を掴む。
その行動に、サーシャは目を見開いて驚いた。
「な、何をするつもりですか……!?」
「こいつの親はもう死んだ」
「だ、だったら――」
「殺す必要はねえ、か? お前の言うことは間違ってねえ。だが、一角狼は群れでは行動しない。親がいなくなったこいつはもう生きていく当てがねえんだ」
「で、でも……!」
サーシャは食い下がる。
理屈で言えば、アウロの言うことは正しい。
それでもなんとか言葉を出そうとする。
そんなサーシャに向かって、アウロは続ける。
「こいつは助けたい、か? お前のそれは同情から来るもんだ。今必要なもんじゃねえ」
「……っ」
アウロが剣を手に取る。
一角狼の子供は、そんなアウロの方を見た。
特に警戒する様子もなく、パタパタと尻尾を動かしている。
サーシャは咄嗟に、小さな一角狼を抱えた。
アウロが少し驚いたような表情をするが、すぐに冷静に言い放つ。
「どけ。お前ももう分かってるだろ」
「アウロさんの言うことは正しい、ですよ。でも、認められないです……!」
「そいつだけは特別か? お前、今後もこういうことがあるたびにそうやって庇うつもりか?」
「そ、それは……」
言葉に詰まる。
初めて、アウロと話していて怖いと感じた。
何を言っても、アウロはきっと一角狼の子供を殺すだろう――そんな気迫を感じさせる。
サーシャは自分の思っていることを口にする。
「この子は、私と同じなんですよ……。親を失って、でも、私は運よくクルトン家に拾われて……。だったら、この子にだってそういう機会があったっていいじゃないですか……っ」
「……お前の村を襲った一角狼だ。それでも庇うのか?」
「……それでも、です」
サーシャはそうはっきりと答える。
駄々をこねる子供のような理屈だ。
アウロにはとてもそれは通じるとは思えなかった。
サーシャに考えがあるわけでもない。
サーシャはただ、訴えることしかできないのだから。
「……ちっ、悪かったな。お前の村の話まで持ち出すつもりはなかった。その前に引き下がると思ったんだが……思ったよりも頑固だな、お前は」
そう言いながら、アウロは剣から手を離す。
そして、サーシャと子供の一角狼の前にしゃがみこむと、
「そこまで言うんなら、お前が面倒見ろ」
「え……?」
「一角狼は希少種だ。その生態を知る、とかそれらしい理由を付ければ保護する名目にはなる。できねえなら……そいつは俺に寄越せ」
「っ! わ、分かりました。私が、面倒見ますから」
サッと手を伸ばしたアウロから子供の一角狼を離す。
子供か、とアウロから言われたが、この時ばかりはサーシャも言い返せなかった。
「わうっ?」
「……ごめんね、私にはこれくらいしか、できないけど……」
すでに動かなくなった親の一角狼の方を見る。
先ほどまでは恐ろしい姿だったはずの一角狼も――サーシャの両親と同じだ。
子供を守るために戦っていた。
そう思うと、不思議と怖くはなかった。
今も、子供とはいえ一角狼に触れることができている。
サーシャは小さな一角狼を抱えて、去っていくアウロの背を追った。




