31.二人の戦い
アウロと一角狼が対峙する。
サーシャは薬草が生えている方を確認した。
そこは荒らされているような形跡はなく無事だった。
一角狼の周辺に倒れている男達は武装しており、とても村からやってきた者達とは思えない。
(……冒険者? でも、爆薬なんて……)
冒険者ならむしろ、村を訪れてから仕事をするだろう。
考えられるのは、ここに群生する薬草などの採取――それを秘密裏に行おうとして、一角狼と遭遇したということ。
あるいは、誰かの依頼でここにやってきたのか。
いずれにせよ、そこにいる男達が普通のルートでやってきたわけではないのは明白だった。
(アウロさん……っ)
アウロは一角狼のことを問題ないと言っていた。
だが、今は一角狼の前に立ち、大きな剣の柄を握りしめている。
戦うという意思は明白だった。
一方の一角狼もまた、傷から流れ出る血など気にすることもなく、アウロの方を見る。
その瞳にあるのは闘争心――引くことはできないという明確な意思であった。
お互いに向き合ったまま、動くことはない。
だが、助けを求めた男が逃げ出そうとしたとき――一角狼が動いた。
大きな身体で地面を蹴ると、額から生えた角を男へと向ける。
ガンッという鈍い音が周囲に響いた。
アウロが一角狼と男の間に立つ。
大きな剣で、一角狼の角を受け止めていた。
「悪いが、お前の相手は俺だ」
(しょ、正面から受け止めるなんて……!)
アウロの戦いは基本的に剣によるものだ。
魔法を扱うことはできないが、その身体能力はサーシャから見ても逸脱している。
アウロの身体すらも軽く上回る一角狼の体重の乗った一撃を受け止めたのだ。
(でも……)
サーシャから見ても分かる。
蜘蛛の魔物のときとは違い、アウロは一角狼の攻撃を全力で受け止めている。
一角狼もまた、アウロに反撃の隙を与えない。
角でアウロの剣を押さえたまま、鍔迫り合いのような形になる。
すぐに動いたのは一角狼の方だった。
右前足を振りかぶると、そのままアウロをはたき飛ばす。
「っ! アウロさん!」
まるで子供に投げ飛ばされた玩具の人形のように、アウロの身体が地面を転がる。
だが、サーシャの声を聞いてすぐに反応した。
サーシャを制止するような動きだった。
「――」
「……っ」
サーシャにはアウロの声は届かなかった。
だが、何を言おうとしたのかは分かる。
「心配ねえ」とアウロは言ったのだ。
(そんなこと、無理に決まってるじゃない……!)
左肩から出血しているが、アウロは迷うことなく駆け出した。
一角狼もまた、一撃で倒れなかったアウロのことを完全に敵と判断したようだ。
アウロに向き合うと、休む暇を与えることなく攻撃を開始する。
一角狼が地面を蹴ると、周辺に花びらが舞う。
アウロもまた、舞う花びらの中で剣を振るった。
ギィン、と一角狼の角とアウロの剣が再び交差する。
(また正面から……!? でも、それじゃあさっきと同じ……)
サーシャの心配していることは、アウロも当然懸念している。
だからこそ、今度は正面から受け止めると同時に――
「オオオオオッ!」
「ッ!」
アウロの雄叫びが響くと、ぐらりと一角狼の大きな身体が押し出される。
バランスを崩した一角狼に対して、アウロは迷うことなく追撃をする。
ズンッ、とアウロが一角狼の腹部に一撃を叩き込む。
一角狼の怪我を見ても、アウロの一撃には容赦がない。
一角狼の大きな身体がそのまま倒れる――
「ちっ、浅いか」
そのまま、一角狼は勢いに任せて角をアウロに向けて振り下ろした。
アウロが後方へと跳ぶ。
地面に角が突き刺さると、一角狼は勢いよく頭を振るった。
「っ!」
アウロの視界を遮るつもりなのだろう。
一角狼は駆け出すと、アウロに向かって真っ直ぐ角を突き立てた。
――だが、その一撃がアウロに届くことはなかった。
「サーシャ、お前――」
「下がってろ、とは言わないでください……っ」
アウロならば、きっとその攻撃も受けきるだろう。
サーシャが何もしなくても、このままアウロと一角狼の戦いは続く。
ずっと離れたところで見ていることが、サーシャの役目だと思っていた。
足を引っ張らないことが、サーシャにできることだと。
だが、アウロは一人で一角狼と戦っている。
傷付いても構うことはない――そんな戦い方に、いてもたってもいられなくなったのはサーシャの方だった。
(私が、できること……!)
見ていることだけが、サーシャにできることではない。
一角狼を見ただけでも震えていたサーシャは、気が付けば自然と身体が動いていた。
魔力の壁が、一角狼の攻撃を受け止めていたのだ。
「私も、戦います。アウロさんのことを守るって約束しましたから……!」
「俺は守られるほど弱くねえ――だが、お前が決めたのなら任せてやる、サーシャ」
「……はいっ」
サーシャの身体も心もまだ、一角狼に恐怖している。
けれど――それ以上に恐ろしいことは、サーシャの前でこれ以上誰かが犠牲になることだった。




