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28.できること、やれること

《一角狼》と遭遇した場所から少し離れたところにサーシャとアウロはいた。

 周囲の様子を確認してから、問題ないと判断したところだった。


「一先ず一角狼には遭遇できた。こうなると、今日は草原のところが目標だな」

「はい。暗くなる前には戻らないと、ですね」

「お前の腰が治ったら出発したいところだが」

「っ! すみません……」

「別に構わねえよ」


 仕事の話ばかりしていたが――アウロには話すと決めたことだ。

 サーシャは不意に口を開く。


「一角狼のこと、なんですけど」

「ああ」

「私の村を一角狼が襲ったのは、もう五年くらい前の話です」

「五年……丁度報告書にある時期と一致するな」

「その村の……唯一の生存者ですよ、私は」

「……やっぱりそうか」


 アウロの言い方からすると、気付かれていたようだ。

 昔の思い出は、サーシャにとって大事なものだ。

 両親との思い出、友達との思い出――だが、村で過ごした日々を思い出すたびに、悲惨な過去を思い出すことにも繋がる。


「いつもと変わらず、朝起きて、家の手伝いをして……それから友達と遊ぶ約束もしてました。村の近くの森には時々魔物も出るんですが、安全なところでしたし。でも、一角狼がやってきたのも、さっきみたいに突然でした」


 気配というものはなく、気付けばそこに巨大な狼がいた。

 サーシャが遠目から見たとき、その角が貫いていたのは人――それも、サーシャの父親だった。


 思い出すだけで身体が震える。

 一角狼は次々と村人をその角で貫き、角でなくても――その鋭い爪や牙に襲われれば無事ではいられない。

 一緒にいた友達も、サーシャを庇った母親も、全て一角狼に殺された。

 唯一サーシャが生き残ったのは、突如フラッシュバックするように思い出した前世の、フォルとしての記憶が無意識のうちに魔法でサーシャを守ったからだ。

 それでも、サーシャの身体には大きな傷が残っている。


「みんな、みんなですよ……一角狼が私の全てを奪ったんです」

「……」

「そんなの見せられたら、一角狼が危険だって思うのも仕方ないじゃないですか」

「……確かにそうだな」

「もし、同じ一角狼だったのなら、アウロさんには止められたとしても戦うつもりではありました。でも、違う一角狼だったのに、動くこともできなくて……っ」


 ただ、その存在に圧倒されただけだった。

 実際、サーシャがまともに動けたとしても一角狼に勝てるか分からない。

 ――勝てるかどうかも分からない。

 ――動くこともできなかった。

 一角狼が相手だったとしても、サーシャが戦いを挑むことは間違いだとは分かっている。

 魔物相手に動けなかったことも、自分の力も勇気も足りなかったからだと分かっている。

 お前の役割を果たせとアウロは言ったが、サーシャにはその役割が分からない。


「守れるって、思ったんですよ。でも違うんです……この前の女の子のときだって、アウロさんがいないと守れませんでした。今だって、私一人だったらどうなっていたか分かりません。それでも、私にできることって……あるんですか?」

「お前にできること、か」


 サーシャの表情を見てか、アウロは考え込む。

 自分のことを知ってもらった上で、サーシャがどうするべきかの答えを求めたのだ。

 アウロはしばらく黙っていたが、やがて静かに話し始める。


「……昔の話だが、俺にも親友と呼べる男がいた」

「っ、その人って……」

「ああ、お前に初めて会ったときに話した奴だ。あのときははぐらかしたが、そいつはもうこの世にはいねぇ」

「……そう、なんですね」


 サーシャもそれはよく知っている。

 アウロが言っているのはフォルのことだ。

 そのフォルの記憶を持っているのがサーシャなのだから。


「そいつは自他共に認める魔法の天才ってやつでな。実力だけで言えば、今の俺でも勝てるか分からん」

「……そんなに強い人だったんですね」


 サーシャにもよく分かる。

 フォルという男は中々に自信家で、それでいて冷静な判断力を持つ男だった。


「だが……そんな奴も戦争で犠牲になった。俺がもっと強ければって、何度も思ったさ」

「忘れられたら、楽だと思いませんか?」

「そうだな……だが、失ったという事実は忘れる必要はねえ。悔いたところでどうしようもねえ。取り返せねえことだからな。……俺はそのとき約束したことがある」

「……約束?」


 サーシャも断片的に記憶している、フォルとアウロの約束のことだろう。

 アウロは頷いて言葉を続ける。


「その約束があって、今の俺がある。強くある必要が俺にはあった」

「っ!」


 アウロの言葉を聞いて、サーシャは一つの約束を思い出した。


 ――それなら一つ、約束をしよう。僕は必ず戻る。だから、君は僕よりも強くなることを約束してくれ。君が僕と共に戦いたいと思うのなら、生きて強くなることだよ。君が僕を守れるくらいに強くなったのなら……その時こそ共に戦おう。今は、君にできることをしてくれ。


 それは、共に戦いたいと言うアウロのためにかけた言葉。

 そう願うのであれば、アウロにとって必要なことだとフォルがした約束だった。


(アウロさんは……その約束を……っ)


 十六年も前に死んだ男の言葉だ。

 アウロはその約束を果たしている――騎士団長となり、《戦神》と呼ばれるまでになったアウロのことならば、きっとフォルは背中を任せることを選んだだろう。


「その時の俺にできることは戦うことじゃねえ。親友一人置いて、逃げることだけだった。この話を聞いて、お前は俺を責めるか?」

「そんなこと……しないです。アウロさんは何も悪くないですから」

「なら、お前を誰も責めたりしねえさ。お前の両親も友達も、一角狼と戦うために生きろとは思わないだろう。後はお前がどうするか、だ」

「私が……?」

「俺は逃げて、仲間と共に反撃することを選んだ。お前が一角狼の前に立って動けない、戦えない、なら――それ以外のところで動ければいい。いつものお前にみたいにな。それがサーシャ、お前にできることだ。だから、そのあれだ……こういう話は苦手でな」


 アウロが困ったような表情を見せる。

 そこまで聞いて、サーシャは思わず笑ってしまう。


「もう答え言っているじゃないですかっ」

「ん、そうだったか……色々と考えるのは苦手でよ。まあとにかく、やれることをやれってことだ」

「それだと私のできることはって話に『やれることをやれ』って答えですよ。何の答えにもなってないです」

「確かに……って、俺が納得させられちまってるじゃねえか」

「もう、仕方ないですね……」


 何ともアウロらしい結論だったが、サーシャの話を聞いた上でもそう言ってくれることがありがたかった。

 今やれることをやる――無理なら、アウロを頼ればいい。


(約束、守ってくれてるよ……アウロさんは)


 サーシャはフォルではないけれど、もしもフォルが生きていたのなら、きっと今のアウロには背中を任せることができるだろう。

 そう感じるサーシャだった。

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