23.森の中で
村の北東部には森が広がり、村人がよく水浴びなどに利用していた川がある。
実際、この辺りは特に利用する機会が多かったらしく、《一角狼》の出現は村人達の生活にも影響を及ぼしていた。
「実害がまだあったわけじゃないが、放置するわけにもいかねえな」
アウロが地面を確認しながら、一角狼の行動範囲をさらに絞ろうとしていた。
他の場所でもまだ人に見かけられていないだけの可能性もあるが、基本的に見つかっているのはアウロとサーシャのいる方角だけだ。
(……魔力の痕跡は、この辺りにはなさそうだけど)
時間が経過しているのか、小さな魔物の足跡は見つけることはできるが、一角狼の痕跡は見当たらない。
サーシャの目には現在、《魔力追跡》の効果が付与されている。
《遠視》まで含めれば遠くの痕跡を見ることができるが、木々に阻まれて近くまでしか確認できない。
(さすがに《透視》はできないし……)
物体を透かして見る魔法――実際には、広い範囲で魔力による探索を実施し、それを視覚情報に変換するという高度な魔法だ。
だが、森の中というのは範囲があまりに広すぎる――それに、《透視》は魔力の消費も激しく、他の魔法効果との併用は、サーシャには難しかった。
「何か分かったか?」
「いえ、この辺り魔力痕跡は残ってはいないみたいですが……」
「そうか。俺の方もないな――というか、目で見ただけで分かるのか?」
「っ! ま、まあ……そういう魔力の使い方は、得意なので」
サーシャは自然と答えてしまっていたが、目で見ただけで魔法効果を発動させるのは――いわゆる《魔法眼》と呼ばれるものに近い。
これは本来、生まれたときの才能によって宿すものだが、後天的に魔法を複合させて作り出すものも存在する。
アウロが魔法に詳しくないために「そうか」の一言で済んでいるが、同じく魔法を扱う者――魔導師だったのなら、サーシャのやっていることが異常であることにはすぐに気付くはずだ。
(別に私がそれをできるからって、アウロさんには関係ないかもしれないけれど……)
サーシャは少しだけ気にしていた。
かつて、フォルが得意していたことの一つ――魔力を自在に使っての疑似魔法眼。
もっとも、フォルはサーシャとは違い生まれついて魔法眼を持っていたのだが。
魔法による合図の件といい、あまりサーシャはフォルと酷似したことばかりすることは良しとしなかった。
サーシャとフォルは、同じ人間ではないのだから。
(記憶が蘇らなかったら、きっと私はここにはいないけどね)
サーシャが生きていられるのは、一角狼に襲われたときに魔法で身を守れたからだ。
それでも重症で、生きていられたのは奇跡に等しいかもしれない。
(一角狼は野放しにはできない……何とかしないと――)
ここで、ふとサーシャは思ったことを口にする。
「アウロさんは、その……一角狼の調査をして、どうするんですか?」
「また突拍子もない質問だな」
「気になったので……やっぱり、殺すんですよね?」
サーシャの問いに、アウロは少し驚いたような表情をする。
「『やっぱり殺す』というのは正しくねえな。必要がないならやらねえ」
「……え?」
「そりゃそうだろ。どの魔物でも邪魔だから殺す――そんな風な考えなら調査なんてやらねえ。問答無用で殴り込む」
「そ、それは……そうかもしれないですけど……」
納得はしたが、問答無用で殴り込むのはおそらくアウロくらいのものだ。
魔物に対しての調査というのは相手の動きを見るためでもある。
もちろん、サーシャもそれは理解している。
「お前の気持ちは分からんでもないがな」
「っ! わ、私は、別に……」
「とにかく、だ。そのために調査するのが第二騎士団の仕事だ。地味とか言うなよ?」
「……言わないですよ」
やはりアウロはサーシャが過去、一角狼に襲われたという事実を知っているのかもしれない。
(アウロさんには分からないよ、私の気持ちなんて……)
――自分が、殺すべきだと考えているのは村のためというわけではない。
一角狼がそれだけ危険な魔物だということは、サーシャにとってすでに身を以て知っていることだからだ。
アウロの言いたいことがサーシャに分からないわけではない。
襲ってこないのなら無闇に刺激する必要もなく、村の安全を考えるのなら一角狼の動向を観察して別の場所に移動するのを待つか、移動するように誘導するのが正しい。
「もう少し南東の方にも拡げてみるか」
「……分かりました」
そう言って歩き出すアウロの後ろに続く。
一日目の調査は、新しい発見もなく終わることになった。
それは逆に、一角狼の行動範囲を裏付ける証拠にもなるのだった。




