21.カヤールの村
一週間という時はあっという間だった。
サーシャはアウロと共に北東の森の方へと向かっていた。
王都の北東といってもそれなりの距離がある。
馬車で数時間程度――そこにあるのは、《カヤール》という小さな村だった。
ぽつぽつと家が並び立ち、行き交う人々も疎らだった。
ただ、馬車の方に視線が集まってきているのは言うまでもない。
(まあ、結構珍しかったりするからね)
馬車から降りたサーシャはどこか懐かしい雰囲気に浸る。
「自然のあるところって良いですよね」
「地方の出身だったか。お前のところもこういう感じだったのか?」
「そうですね。地方はどこも似たような感じかもしれないですけど」
アウロの問いにサーシャが答える。
滞在期間は最長で二週間とのことだ。
週に一度迎えの馬車がやってきて状況確認をするとのことで、早ければ一週間後には戻ることになる。
アウロが申請したのは《遠征申請》というもので、基本的に第二騎士団でもっとも多い申請書だった。
騎士団長のアウロが二週間も離れるというのは、一人とは言え多少問題はあると言える。
「大丈夫なんですか、二週間も」
「そろそろレイスのやつが戻ってくるから問題ねえ」
「……レイス?」
「ああ、言ってなかったか。副団長だよ、副団長」
「初めて聞きましたよ……」
実際のところ、サーシャはまだ第二騎士団のメンバーと会ったことがない。
フォルの記憶を加味しても聞いたことのない名前だったが、第二騎士団にもしっかりと副団長という立場の人間がいた。
「ちなみにどっちもいない場合は《団長代理》として誰かを置く必要がある。基本はお前だな」
「そうなんですか――って、何で私なんですか!?」
「場合によってはそうなることもあるって話だ。覚えとけよ」
「そんなこと言われても……」
すぐに団長代理をすることはないだろうが、サーシャはまだ仕事を始めて一週間程度だ。
そつなくこなしているとも言えるが、それはあくまで書類整理や申請での話――団長の仕事ともなればやることは他にもあるだろう。
(今から心配しても仕方ないことだけど……そういうところはきちんと説明してほしい)
面と向かって第二騎士団について、アウロから詳しく聞いたことはない。
せっかくの機会なので、この遠征中に話を聞いてみるのも悪くない――そう思っていると、
「お、お疲れ様です! へリオン騎士団長!」
「お疲れです……っ」
緊張した面持ちで、二人組の男女がやってくる。
一人は腰に剣を提げており、魔法士官でも剣を持たないわけではないが――雰囲気からして騎士だと分かる。
もう一人の女性も若いが、魔法士官だろうか。
《一角狼》についての報告をした第二騎士団のメンバーだった。
(アルシエさん以外の人は初めて会った……)
「状況は?」
「はっ、現在はこの村の近辺にはいないようですが……村人達が森でその姿を目撃しております。やはり近づいてくるのは間違いないかと……」
「そうか。この辺りの地図は持ってるな? 具体的に発見された場所を聞きたい」
「わ、分かりました。宿の方でよろしい、でしょうか」
「おう、案内頼む」
(物凄く緊張してるのが伝わってくる……)
ハキハキとした声で青年は話しているが、時折視線が泳ぐ。
やはり、アウロと面と向かって話すことはプレッシャーなのだろうか。
(そんな怖い人じゃないよって、言ってあげたいところだけど……)
「あの、それでこちらの子供は……?」
青年の後ろに控えていた女性が、サーシャの方を見てそう言った。
子供、という扱いを受けたことにサーシャの眉がぴくりと動くが、端から見ればその通りなのでサーシャも特に目くじらを立てるようなことはしない。
「通達してるだろ。俺の補佐だが」
「は、え……あっ、し、失礼しました!」
「い、いえ、そんな頭を下げるようなことでは……」
「い、いえ、団長補佐官殿に失礼を……申し訳ございません」
(……え? 団長補佐官殿?)
サーシャはあまり考えていなかったが、騎士団長補佐官というのは、いわゆる一兵卒に比べたら階級持ちのような扱いだった。
つまり、騎士団長の直属の部下であるサーシャは第二騎士団のメンバーから見れば比較的地位の高い存在となる。
二人の動揺した様子を見れば分かる。
「い、いえ……本当に気にしないでください。私こんな感じの子供……なので」
自分で言って自分の胸に突き刺さるサーシャ。
アウロだけでなくサーシャにまでプレッシャーを感じてほしくはない、というところだった。
「その通りだ。むしろお前らが仕事を教えてやってくれ」
「あなたが一番やるべきことなんですが……!」
アウロの言葉にサーシャが突っ込みを入れる。
第二騎士団のメンバー二人はまだ少し動揺しているようだったが、それは先ほどまでの動揺とは違う。
アウロとサーシャの雰囲気を見てのことだろう。
(こういう感じで馴染める雰囲気を少しずつ作っていければ……)
目論見は上手くいきそうだと――サーシャはそう感じていた。
***
「あんな小さな子がへリオン騎士団長の補佐官になるなんて……きっと見かけによらずすごい子なんだろうなぁ」
「き、聞こえちゃいますよ!」
アウロとサーシャに聞こえないくらいの小声で、青年と女性は話していることに、サーシャは気付いていなかった。




