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20.そのための力

 日が暮れる頃には、サーシャは仕事を終えて支部の方へと戻ってきていた。

 基本的にやっていることは書類の申請と整理――その辺りは特に変わらない。

 今日中に本部の方でできる申請はやっておきたい、というアウロの考えがあったからだ。


「あ、サーシャちゃん戻ったのね! 今日のお仕事はどうだった? ぬいぐるみなら準備――ってサーシャちゃん、大丈夫?」

「え、どうしてですか」

「ちょっと暗い顔してたから」


 アルシエに会ったばかりでそう指摘され、サーシャは驚く。

 そんな素振りを見せているつもりはなかった。

 アウロにさえ、悟られないようにしていたのだから。

 ただ、サーシャはアウロと出会ったときも詳しくは話していないが、家族や友人を失ったという話はしている。

 それで全てを察するようなことはないだろう、とサーシャは考えていたが。


(……大丈夫。同じ種類の魔物ってだけなんだから)


 サーシャの村が《一角狼》に襲われたのはもう五年も前の話だ。

 個体としては非常に大柄で、片眼と角の傷が特徴的だった。

 同一種の中でも紛れもなく上位の個体であることは間違いない。


「すみません、ちょっと忙しかったので……」

「そうよねぇ。まだ怪我も治ってないんだから、無理はしちゃダメよ?」

「……大丈夫です。来週には治しますから」

「来週?」

「い、いえ、それよりぬいぐるみ!本当にいただいてもいいんですか?」

「もちろんよ、サーシャちゃんのために梱包しておいたから」

「こ、梱包って……ありがとうございます」


 サーシャは箱詰めのぬいぐるみを受け取ると、アルシエとは別れを告げて寮の方へと戻ってきていた。

 休んでいけば、というアルシエの提案もサーシャは断っていた。

 今は一人になりたい気持ちの方が強かったからだ。


「……」


 寮に戻ったサーシャは、そのままベッドに横になる。

 少なくとも今週中は寮にはいられるが、サーシャは引っ越しの準備もしなければならない。


(……そう言えば引っ越しの話、全然聞いてなかった。まあ、いっか)


 今はそれよりも、一角狼の方がサーシャにとっては気がかりになってしまう。

 気にするな、と言われても無理だろう。

 ただ、サーシャのことに関しては気が利くところはある。

 それはサーシャも分かっていた。


 変に動揺したところを見せてしまうと連れていかない、と言われてもおかしくはない。

 サーシャのするべきことは変わらない――もし、一角狼が人を襲うようならば、自分に起きたような出来事は繰り返させないと誓ったのだから。


(温厚な性格……だったら、なんでよ)


 アウロの言っていたことが、サーシャには引っ掛かっていた。

 温厚だというのなら、サーシャの村をあそこまで襲う必要などなかったはずだ。


(あんなことには……)


 サーシャはまた、昔のことを思い出す。

 魔物との戦いを経て、魔物に対する苦手意識もきっと和らいだと思っていた。

 それでも、サーシャの村を襲った魔物と同じかもしれないと考えただけで、少し身体が震えた。


 一角狼は単独で行動する《放浪型》の魔物であり、その生態については詳しく知られていない。

 ただ、鋭い牙や大きな爪ではなく、額から生えた一本の角で他の魔物達を一蹴する強さを持っているとされている。


(アウロさんが行くってことは、やっぱりそれだけの強さがあるってことなんだ……)


 実際には、現地に行って調査をしてから対応を決めるのだろう。

 それでも、アウロが直接向かうということは戦う可能性は十分にある。

 もしそうなれば――


「約束、したから」


 小さな声で、サーシャが呟く。

 サーシャがアウロのことを魔法で守ると約束をした。

 アウロが覚えているか分からないけれど、サーシャが覚えていれば十分だ。


(私には、そのための力がある)


 フォルに比べれば、サーシャの力は弱いものだろう。

 魔力の総量も違えば、体質的に言えばサーシャは魔法士官に向いているとはいえ、平均レベルでしかない。

 高い身体能力もなければ、負荷の高い強化魔法を使えばまだ若いサーシャの身体の方が持たない可能性の方が高かった。


(――そっか、私……まだやれることやってないよね)


 サーシャはまた、一つの決意をした。

 自身の使えるレベルの魔法――その範囲をもう一段階引き上げよう、と。

 一週間程度なら、サーシャの知識があれば十分に間に合う。


(強くなろう、なんて考えたのはいつぶりなんだろう)


 それはきっと、フォルの記憶から数えても久しいことだった。

 魔力の使い方と知識があれば、サーシャは十分だと考えていた。

 フォルは十代の頃から完成された強さを持つ天才だった――その頃から、フォルもまた強くなろうと考えることはしていない。


(もしも、フォルだったら……)

 ――それなら一つ、約束をしよう。僕は必ず戻る。だから君は――

(っ! これって、あの時の……?)


 サーシャが不意に思い出したのは、また断片的ではあるがアウロとの別れのときの記憶だった。

 そのやり取りから察するに、フォルはアウロと何か約束をしていたようだった。


(……仕方ないけど、守れてないよね。約束……うん。だから、私は守るよ)


 アウロだけではない――サーシャの力で守れるものを守るのだと、決意を新たにしたのだった。

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