2.補佐官指名
(なんでこんなことに……!)
サーシャは一人、学園内の廊下を歩いていた。
アウロに出会ってからまだ一週間しか経過していない。
士官学校と言っても通っているのはまだ若い学生達――サーシャ自身もこれから友人を作り、真っ当な学生生活を送るつもりだった。
《トレルタ魔法士官学校》――貴族も多く通うこの学校において、トップの成績で合格したサーシャは入学当初から一目置かれる存在であった。
サーシャ自身、目立つことを嫌うわけではない。
自身の腕を買われて、サーシャの夢である《魔法士教官》になれるのなら過去の記憶も上手く使っていくべきだ、と。
サーシャの持つ前世の記憶――すなわち、王国最強の魔導師と呼ばれたフォル・ボルドーの記憶はそれをするだけの十分な知識があった。
身体に流れる魔力の使い方から、《魔法》に関する知識までサーシャには備わっている。
それはすでに、魔法士官学校を卒業するには十分なレベルだ。
そんなサーシャだからこそ、望めば若くして魔法士教官になることもできると考えていた。
安定で高額な収入が望める魔法士教官は人気の職業だ。
魔法にも深く関わっていくことができる仕事でもあり、サーシャ自身魔法の研究もできるのなら一石二鳥の職業であると思っている。
(それなのに……!)
入学してまだ間もないサーシャに通達されたのは、《王国第二騎士団》の騎士団長からの直々の指名。
簡潔に言ってしまえば、サーシャを《騎士団長補佐官》に任命する、というものだった。
サーシャが向かっているのはその確認のためにやってきたアウロが待つ学校長室。
学校内には、すでに第二騎士団の騎士団長であるアウロがやってきたことで話題が持ち切りだった。
補佐官にサーシャが任命されたという事実も、どこから漏れたのかすでに広まっているらしい。
サーシャはドアをノックすると、返事を待つことなく学園長室へと入っていった。
そこにいるのは二人――一週間前に会いに行った、フォルの親友であり騎士団長でもあるアウロと、魔法士官学校の学校長であるセイン・カーターだった。
壮齢の男性で、長年この魔法士官学校で働いている。
サーシャの持つフォルの記憶では直接関わり合いになったことはないが、名前くらいは知っていた。
「やあ、待っていたよ。サーシャ・クルトン君」
「学校長、と……」
「こちらが騎士団長の――」
「存じていますっ」
ピシャリ、とセインの言葉を遮ってサーシャが答えた。
およそ一週間前に会ったばかりの男なのだから、当然だ。
ちらりとサーシャが視線を向ける。
椅子に腰かけて悠長に茶を啜るアウロはこれといった反応を見せない。
サーシャは迷うことなく、アウロの方へと詰め寄る。
「一体どういうことですか!」
バンッと机を叩きながら、サーシャは言った。
セインが少し驚いた表情でサーシャを見る。
騎士団長であり、さらに人々から恐れられるような存在となっているアウロに対して物怖じすることもなく話しかけているのだから当然とも言える。
「まあ、落ち着いて茶でも飲みながら話そうじゃねえか」
「こ、これが落ち着いていられますか! この補佐官指名ってなんですか!?」
「書いてある通りだ。俺はお前みたいに俺にはっきりものが言える補佐官がほしかったんだよ」
「な、ななな……」
アウロの言葉に呆気に取られるサーシャ。
丘の上で再会したアウロが悩んでいるように見えたのは、事実だったのだ。
けれど、それはアウロの補佐官についてのことだったらしい。
《騎士》と《魔法士》は明確には所属する組織は違うが、協力関係にある。
指名があれば同じ部隊に組み込まれてもおかしくはない。
――だが、アウロの部隊は特に魔物を主流としたものに対応する部隊。
非常に危険の伴うところであり、安全な魔法士教官あたりを目指しているサーシャにはまさに思ってもみなかった事態だった。
「わ、私は魔法士教官を目指しているんです!」
「ああ、さっき学校長から聞いた」
「君の成績は優秀だからね。その道について私は反対するつもりはないよ」
セインはそう言うが、視線を向けたのはアウロの方だった。
アウロはにやりと笑ってサーシャの肩に手を置く。
「今の補佐官が――というか、俺に合う補佐官が中々いなくてな。そこに丁度、士官学校の生徒とはいえ俺に意見できる奴が来たってわけだ。丁度いいと思わねえか?」
「丁度いいって……そんな理由で選ばないでください!」
「いや、それだけじゃねえ。何より、俺はお前が気に入った。はっきり言って好きだぜ、お前みたいな奴は」
「……っ!?」
恥ずかしげもなくそんなことを言うアウロ。
突然そんなことを言われて、サーシャは少し顔を赤くする。
そういう意味ではないと分かっているが、面と向かってそんな風に言われるのは初めてのことだった。
「ま、まだまだ小娘だけどな!」
「な、この……!」
座っているアウロに、思わず蹴りを入れてしまう。
こんなことができるのも、きっと前世の記憶を持っているからだろう。
だが、蹴りを入れたサーシャの方がダメージは大きい。
「おいおい、大丈夫か?」
「へ、平気です……!」
「ははっ、クルトン君がこんなにアグレッシブだとは驚いたよ」
サーシャとアウロのやり取りを見て、そんな感想を漏らすセイン。
実際、普段のサーシャならばこんなことはしない。
相手がアウロであるからこそとも言える。
顔をしかめながらも、サーシャはアウロに向かってはっきりと言い放つ。
「と、とにかく……私は補佐官なんて望んでいませんから! それを伝えに来たんです!」
サーシャがここに来たのは、騎士団長補佐官としての指名を拒否するため。
指名と言っても、サーシャに拒否権がないわけではない。
魔法士としての心象は多少悪くなるかもしれないが、魔物討伐部隊に所属するような危険は避けられる。
サーシャの実力ならば拒否したとしても問題はない。
(相手が相手だし……いや、別にアウロのことが嫌いなわけじゃないけど……)
――アウロは多くの人々から恐れられている。
だからこそ、サーシャが指名を受けて、それを拒否するという流れも自然だった。
誰もサーシャを責めたりはしない。
けれど、そういう理由で拒否したとサーシャは思われたくはなかった。
「それに……義父様や義母様に学校に入れてもらったばかりだというのに、いきなり補佐官なんてきっと驚かれて――」
「ああ、その点については問題ないよ。すでに確認して許可を取っているから」
「……へ?」
何かしら理由を付けようとして出した両親のことだったが、突き付けられたのはすでにサーシャが騎士団長補佐官になることを認められたという事実だった。