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19.怒られるのも仕事のうち

 王都でも有名な騎士というのは何人かいる。

 《戦神》と呼ばれるアウロはその筆頭とも言えるが第一騎士団の団長もまた、有名な人物だ。

 第三騎士団の団長は、ある意味で有名であると言えるが、その特質上例外的と言える。


 一般的に有名になるのは団長や副団長という立場のある者になるが、騎士団内部で有名な人物というのも存在している。

 それは大きく二種類に分けられて、優秀な人物であるか問題児であるかという何とも相反する分け方だった。


「なるほど、貴女がサーシャ・クルトン団長補佐官ですか」

「は、はい……」


 名前を呼ばれて、サーシャは小さな声で返事をする。

 サーシャの補佐官としての初仕事は、アウロの作成した書類を経理課に提出することだった。

 シンプルで難しいことでもない話なのだが、サーシャは今とんでもなく緊張している。


「話は聞いています。へリオン第二騎士団長の補佐官として、僅か十五歳ながらも選ばれた優秀な魔法士官であると」


 そう、サーシャを鋭い目付きで見るのは綺麗な銀色の髪の女性だった。

 騎士団本部にいる者の制服は緑で統一されており、女性は定められた通りに着ている。

 女性の名はフィーリア・クルツ。

 《王国騎士団経理課》に所属する魔法士官であり、《氷の魔女》と呼ばれている人物だった。


 それは決して、彼女が氷の魔法を使うからではない。

 フィーリアが経理課に配属されてから付いた名だった。

 その視線は氷よりも冷たく、人を殺す――そう言われている。

 サーシャもまた、その視線に晒されていた。


(この人の、視線が刺すような感じが……)


 ――視線で人を殺す、と言われても信じてしまうレベルだった。


「え、えっと……優秀かどうかは分かりませんが……」

「優秀かどうか分からない?それは自己評価がまだできていないということですか?」

「い、いえ、そういうわけではなく……」

「……失礼、今はあなたの話をする時間ではありませんでしたね。ではこちらの申請にあるものをもう一度確認致しますが、『地下水道の破損部位』に関する申請とあります。こちら理由の記載が『戦闘時の魔物への攻撃の際に俺が傷つけた』とありますが、この『俺』というのはへリオン第二騎士団長で間違いありませんか?」

「そ、そうです」

(『俺』って……書類に何書いてるの……!)


 実際のところ、それで処理が通ることもある。

 申請した本人だと分かれば、書類の処理など確認しなくても可能だろう。

 だが、フィーリアは違う。

 必要な項目には必要な情報を、それが彼女のスタンスなのだ。


「次からはきちんと書くように通達をお願い致します。それからこの戦闘時にはあなたもいたとの記載がありますが、へリオン第二騎士団長が『戦闘時の魔物への攻撃で破損』させたというのは事実ですか?」

「そう、ですね」


 アウロの一振りは魔物を一撃で倒すほどの威力はあったが、同時に地下水道の床や壁の一部を破壊していた。

 アウロが申請しているのはその修復に関する経費申請だ。

 鋭い目付きで、フィーリアが書類の端々まで確認している。


「攻撃による破損での申請ですが、第二騎士団からはそういった報告が散見されますね」

(え、そうなの……?)

「えっと……戦うときにはそういうことも――」

「もちろん理解しています。理解した上でこちらも警告しなければなりません。へリオン第二騎士団長だけでなく、第二騎士団に所属しているメンバーに通達するように。それも騎士団長補佐官であるあなたの仕事になります」

「はい……」


 何故か今日会ったばかりのフィーリアに仕事について注意される羽目になるサーシャ。

 ――サーシャの初仕事は、アウロの代わりに怒られることだった。


「……なんで私が怒られないといけないんですかっ」


 それから数十分後、アウロと合流したサーシャは開口一番に不平を漏らした。

 アウロは特に悪びれる様子もなく、


「基本的にはああいう申請をするときに怒られるからよく覚えとけ」

「覚えて何の意味があるんですか!?」

「精神的な面で覚悟しとけってことだ。勉強になったろ。俺の代わりに怒られてくるのも仕事ってわけだ」

(な、何なのその仕事……!)


 今後もサーシャが経費の申請について行う機会が多くなる。

 その都度あの視線に晒されると思うと、サーシャは少しだけ胃が痛くなる感じがした。

 単独で地下水道に突っ込んだ、という事実までフィーリアに怒られたのだから。


(完全に目付けられちゃってるし……)

「と、とにかく、経費については通しましたが必要以上には壊さないようにと怒られました」

「必要に応じて壊してるんだが」

「そうですよね――って、壊している意識はあるんですか!?」

「そらな。『あ、やべえ怒られるかも』くらいの意識は」

(それを私に任せるなんて……!)


 むしろこういうときこそ恐れられているというアウロの真価が唯一発揮されるのでは、とサーシャは考えた。

 しかし、アウロとフィーリアが対面すると二人の威圧感が合わさって周りの方が耐えられないという話があるらしく、今後はアウロではなくサーシャが行くことになるのは確定的だ。

 お金の管理、という仕事の意味ではフィーリアは非常に優秀なのかもしれないが。


(怒られるって分かってるなら少しは努力してよね……)


 サーシャは小さくため息をつく。

 まだまだアウロには改善してもらうべきところがたくさんあると改めて考えた。


「さて、戻ってきたところで俺の申請も受理された。ここからが本題だぜ」

「……本題、ですか?」

「ああ、団員から報告が入った。王都の北東部にある森の近くで《放浪型》の魔物が見つかったとよ。その調査に来週向かうことになった」

「っ! 放浪、型……?」


 サーシャはその言葉に大きく反応した。

 アウロはサーシャの反応を見て、少し驚いた表情を見せる。


「どうした?」

「あ、いえ……何でも、ないです」


 サーシャは言葉を濁す。

 サーシャが思い出していたのは――かつて自身の暮らしていた村を滅ぼした《放浪型》の魔物のことだった。

 けれど、それだけではサーシャも反応をすれども大きく動揺することはない。

 ただ、アウロが向かわなければならないという事実が、サーシャの中では引っ掛かっていた。


「……ちなみに、その魔物の名前は?」

「姿を確認する限りでは、《一角狼》の可能性が高いとのことだ。希少種ではあるが温厚な性格とも言われている。だが、過去には村一つを――」


 そこまでアウロが言ったところで、アウロも何かに気付いたように顔をあげる。


「お前……」

「大丈夫、です。来週ですよね、私も行きますから」


 そう答えたサーシャが見せた表情は今までにないものだった。

 そうなってしまうのも無理はない。

 ――一角狼は、かつてサーシャの村を襲った魔物なのだから。

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