18.補佐官としての仕事
前を行くアウロを追うように、サーシャは歩く。
歩幅はアウロの方が大きいため、少しだけサーシャは早歩きをして合わせる。
それでも時折遅れるため、都度小走りになって追いついていたが、不意にアウロが歩く速度を緩めた。
(む、結構気が利くところもあるじゃない――って、そうじゃなくて)
「あの、アウロさん」
「なんだ」
「仕事って言いましたけど、どこに行くんですか?」
「ああ、アルシエの奴から聞いてるのはたぶん王都内での仕事だろ? 確かに書類の整理やら報告は補佐官の務めだ。その辺りはやってもらうが、教えなくてもお前ならもうできるだろ」
「まあ、それくらいなら……」
「《騎士団長補佐官》っていうのは名前の通り、騎士団長の仕事を補佐するもんだ。つまり、俺の仕事を手伝うことになる」
「それは分かっていますって。だから、何の仕事をしに――まさか、魔物の討伐ですか?」
サーシャが思いつくのはやはり、《第二騎士団》が主流で担当する魔物との戦いだ。
サーシャが入院して、実際に第二騎士団に就くまでの間、何かあったとしてもおかしくはない。
むしろ、サーシャを第二騎士団に引き入れるためにアウロがしばらく士官学校の近辺に留まっていたのだとしたら、実のところ仕事が溜まっていたのかも、という考えもサーシャの中に浮かんでくる。
(……まあ、さすがにそんなことはないよね)
「お前はまだ怪我も治ってねえだろ。それに、極力危険な場所にはお前を連れていくつもりはねえ」
アウロの言葉を聞いて、サーシャはむっと少し怒ったような表情をする。
確かに蜘蛛の魔物との戦いでは不覚を取ったが、サーシャは第二騎士団に入りアウロの補佐官となった以上――魔物と戦うことだって覚悟しているつもりだった。
「それは、私が足手まといだということですか?」
「そうは言ってねえ。そうじゃなきゃお前を補佐官にはしねえよ」
「なら、危険な場所に連れて行かないっていうはどういうことですか?」
「どういうも何も、そのままの意味だろ。補佐官になったって言っても、お前はあくまで補佐官だ。俺の仕事の補佐をしてもらうが、危険な魔物との戦いにまで連れて行くつもりは――」
「だから、どうして連れて行かないって言うんですか?」
「……そもそもお前が嫌がったんだろうが」
「……あ、そうでしたっけ?」
てっきりアウロがサーシャの実力が足りないと思ってそう言っているのかと思っていた。
サーシャも思い返してみれば、第二騎士団に入る前は色々と言い訳をして入りたくないオーラを出していた。
魔物と戦いたくもない――そんな発言もしていた記憶がある。
「自分で言って忘れるなよ。まあ、言われなくても補佐官まで危険な目には合わせるつもりはねえよ。それともそういう逆境が好きって性質か?」
「そ、そんなわけないじゃないですか! 危険な仕事は、それはもちろん避けたいところはありますけど……」
(うっ、私の言いたいことはそうじゃないのに……!)
サーシャが魔法で、アウロが剣で――二人はそれぞれを守るとそう約束した。
サーシャはそのつもりだったが、アウロは覚えていないのだろうか。
けれど、それをもう一度聞くのは恥ずかしい気持ちの方が上回り、サーシャは今の仕事の話へと戻す。
「それでは、今からの仕事っていうのは何なんですか?」
「まあ、お前の言う通り魔物の関連であることは間違いねえが、一度《騎士団本部》の方に寄る」
「本部、ですか?」
「ああ、色々と申請するものがあるんでな。お前にもそこでやってもらうことがある」
騎士団本部――王都の中心部である《王城》のすぐ傍に大きな建物がいくつかある。
第一から第三まで存在する騎士団の本部であり、経理や人事といった関連の仕事はこちらで処理されている。
申請ということは、サーシャの第二騎士団への入隊の件の処理なのかもしれない。
(私にやってもらうことって、何か書類書いたりとか……? そう言えばあまりそういうのやってないかも)
サーシャは気付けば第二騎士団所属、という状態になっていた。
これが士官学校の学校長であるセインと、騎士団長であるアウロの根回しによってすでに書類の引き渡しが行われているのもあったが、それでもサーシャ本人の確認などはあるはずだ。
きっとその関連だろう、とサーシャが考えていると、アウロが口を開く。
「とりあえずお前にやってもらうことは簡単だ。騎士団の経理課に言って、俺の書いた書類を出す。それが俺から任せる初仕事だ」
「初仕事……」
「簡単だろ?」
「簡単も何も、書類を渡すくらい誰にだってできますから」
「頼もしいな。なら、しっかり頼んだぞ」
(……? 随分念押ししてくるような……)
サーシャは少しだけ疑問を感じたが、アウロに仕事を教えてほしいと頼んだのはサーシャだ。
アウロがそういうことを得意としていないことは、サーシャも理解している。
アウロもアウロなりに、サーシャに対して教えてくれているのだろうと考えた。
(不器用だけど、まあ頑張ってるからよしとしようっ)
そう思っていたサーシャはこの後、本部ですぐにアウロに対する考えを改めることになるのだった。