14.条件
「サーシャちゃん!」
地下水道から外に出ると、真っ先に抱きついてきたのはアルシエだった。
「ア、アルシエさん……痛いですっ」
「怪我してるからやめとけ」
「え、どこ!?」
「だ、大丈夫ですから」
サーシャはそう言って笑顔で答える。
もちろん大丈夫なわけではないが。
暗い地下水道から戻るときはアウロがさらわれた少女を抱え、サーシャは道案内として前を歩いた。
アウロは両方抱えられると言っていたが、サーシャの方が意地を張ったと言える。
もちろん、足を踏み外す可能性のある場所がいくつもある地下水道でアウロが踏み外せば少女の身が危ないということもあった。
「おかあさんっ!」
アウロに抱えられていた少女が母の下へと駆け寄る。
二人が強く抱き締めあっているのを見て、サーシャもようやく安心した。
「お姉さん! ほんとに約束守ってくれたんだ!」
二人の少女がサーシャの下へとやってくる。
サーシャが、友達を取り返すと約束した子達だ。
「ううん、私一人だと無理だったんだけど、あの人が――って、あれ?」
「お姉さん?」
先ほどまで近くにいたアウロの姿が見えない。
アルシエは母親と子供の傍にいる。
(こういうところで気を使わないでほしいのに……)
はあ、と小さくため息をつくサーシャ。
二人の少女の頭を優しく撫でると、
「約束したからね。さっ、あの子のところに行ってあげて?」
「うんっ」
「ありがとう、お姉さんっ!」
手を振る少女達にサーシャは手を振り返した。
サーシャ一人の力ではないが、無事に少女を取り戻すことができた。
サーシャは少し離れた物陰の方へと向かうと、
「どこで気を使っているんですか……」
「気配は消したつもりだが、やるな」
「やるな、じゃないですよ。その図体で隠れようってのが無理な話なんですっ」
サーシャに指摘されて、困ったような表情を浮かべるアウロ。
「体格ばかりは直しようがねえな」
「別に直せとは言ってません。でも、さっきのところはきちんと騎士団長が助けたっていうところで胸を張るべきところでした」
「お前が助けるって約束したんだ。それならそれでいいだろうが」
「ダメですよっ! 私一人じゃ――」
「お前が助けたんだ。誰かがやったからじゃねえんだぜ。お前が助けたいと思って行動したから今がある。胸を張っていいのはお前だ、サーシャ」
「……っ」
そこまで言われると、サーシャも返す言葉がなくなる。
助けたいと思ったから地下水道に行ったのだ。
(誰かのため、か)
サーシャは以前、母と話したことを思い出す。
やりたいことが見つかったときに、人のためになることを――きっと当たり前のことを母はサーシャに教えたつもりなのだろう。
母と子――二人が無事を確かめ合う姿を見て、サーシャは一つの決意をした。
「……無愛想なところは直してもらいます」
「ん?」
「仕事も、アウロさんが教えてくださいね」
「! お前……」
アウロが何か言いかけたが、サーシャがそのまま言葉を続ける。
「それと、無理に突っ込むような戦い方もダメです。危険なので」
「お前が言うのか」
「私は一応、身を守れるので」
「何言ってんだ。結構危なかったろうが」
「だから……私が魔法で守るので、あなたはその剣で私を守ってください。それが約束できるなら、なってもいいですよ、補佐官」
サーシャはそう言って手を伸ばす。
やりたいと思えることに、なったからだ。
「随分上から言うじゃねえか」
「私が指名されたんですから。色々と改善できるって約束できるなら――」
「最初に言ったろ。考えといてやるよって」
アウロがサーシャの手を取る。
――サーシャはアウロの騎士団長補佐官となることになった。
特別士官という立場は変わらないが、正式にアウロの部下ということになる。
「あ、ちなみにさっきの話だが……胸を張るように努力しろって言うのはいいが、張る胸がないっていう苦情は受けねえぞ」
「今言います!? そういうところも全部含めて直してもらいますからねっ!」
一瞬でサーシャの怒りが頂点になると同時にやるべきことを成したサーシャはその場で崩れ落ちた。
痛みもあったが、ずっと我慢していたのだ。
「――ったく、俺より無茶してんじゃねえか」
気絶したサーシャを抱えて、アウロは立つ。
安心した表情で眠るサーシャに、アウロも安堵した。
「その剣で私を守れ、か。言われなくても、そのつもりだ」
眠るサーシャにそう声をかけるアウロだったが、今のサーシャにはその声は届いてはいなかった。
***
夜――地下水道の魔物の件を経て、サーシャから口頭でも騎士団長補佐官をやるという旨の言葉を受けたアウロは書類を確認していた。
そこはアウロがよく行く丘の上。
仕事終わりにはよくここへやってくる。
「……何か用か?」
「何か、とは。君の書類の不備を指摘しにきたのだが」
アウロの問いかけに答えたのはセイン。
魔法士官学校の学校長だった。
「それなら明日でもいいだろうが」
「建前だよ、建前」
そう言いながら、セインはアウロの隣に座る。
「私にも一杯もらえるか」
「たけえぞ」
「彼女を君の補佐官にするよう迅速に手を回したのだから、むしろ奢ってもらいたいものだが」
「最終的には本人の意思だ」
「それはそうだろう。でも、やらないの一点張りだったらどうするつもりだったんだ?」
「それでもやることは変わらねえさ」
「そうか。君らしいな」
セインはそう言って、アウロから渡された酒を飲む。
「あまり旨くないな……」
「何期待してんだ」
「祝いの酒かと思ったのだが。あのフォル・ボルドーに並び立つとも目されるサーシャ・クルトンを補佐官にしたのだから」
「まあ、教えてくれたお前には感謝してるさ」
「なに、君の頼みなら少しはね。《魔法士団》にはどうしても渡したくないんだろう?」
「そういうわけでもねえさ。あいつの夢は《魔法士教官》 らしいからな。いずれはそっちの道を目指すんだろ」
「いいのかい? 君は魔法士団を信用していないじゃないか。だから、わざわざクルトン君を引き入れたんだろう?」
セインの問いは間違っていない。
ここにサーシャがやってきたのは偶然だった。
ただ、アウロがサーシャのことを補佐官にしようと思っていたのは――サーシャと出会う前からだった。
(性格も見た目もまったく似てねえが……どうしてか被りやがる)
初めて出会った場所も、アウロに対して悩み事を聞いてきたこともそうだ。
そして、あの合図。
――緑の光は君を呼ぶ合図としよう。僕がこれを発したときは君を呼ぶ合図だよ。
かつて、フォルがそうアウロと交わしたものだった。
もう見ることはないだろうと思っていたそれと、サーシャは同じものを使った。
偶然なのか――それをアウロが問いただすつもりはない。
ただ、サーシャがいずれフォルと並び立つ魔導師となるというのなら、それを守るのがアウロの役目だと、そう考えていたのだった。