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13.騎士団長の戦い

 目の前に現れたアウロに、サーシャは驚きを隠せなかった。

 確かにアウロが来れるように合図を送ったのはサーシャ自身だ。


 だが、それはあくまで建前でしかない。

 アウロが来ても、暗闇の地下水道を一人で進んでくることはあり得ない――そう考えていた。

 色々な考えが巡る中、サーシャが最初に気がついたのは、


(私の、名前……)


 最初にサーシャの名を呼んだときとは違う。

 強制されたものではなく、アウロ自身がその名を口にした。


「アウロ……」

「お前、俺のいないところだと呼び捨てにしてたのか?」

「っ!」


 サーシャも無意識のうちにその名を口にしてしまったらしい。

 ハッとして口元を押さえる。

 アウロは蜘蛛の魔物の方を向いたままだ。


「蜘蛛か……このサイズとなるとそれなり――おっと!」

「わっ!?」


 サーシャの身体を軽々と持ち上げて、アウロが距離を取る。

 蜘蛛の魔物のもう一方の足が振り下ろされたのだ。

 サーシャを下ろしたアウロは、そのまま蜘蛛の魔物の方を向く。

 蜘蛛の魔物は、突然現れた来訪者を警戒しているようだった。

 その場から様子を見るように動かない。


(この暗がりで何て反応速度……というか――)

「ど、どうしてここに?」

「どうしても何も、お前が呼んだんだろ」

「そ、そうじゃなくて……この暗闇でどうやって……まさか、ヘリオン騎士団長にも見えてるんですか?」

「いや、見えねえ」

「……は?」


 まさかの即答だった。

 アウロはそのまま続ける。


「見えねえっていう言い方は正しくねえな。水が流れてるのは音で分かる。暗くても道が分かれてんのは分かる。逆に言えば、それだけ分かれば十分だ」

(それだけって……)


 それだけの情報で、やってくる人間はどれだけいるだろう。

 数メートル先も見えない状態の真っ暗な道を、アウロは進んできたというのだ。


「それだけしかないのに、来たんですか?」

「言ったろ、それだけあれば十分だ。子供二人が中にいるっていうのに俺が躊躇するわけがねえ」

「わ、私は子供じゃ――」

「子供だろうが。ったく、勝手に突っ込みやがって……」


 サーシャの知るアウロとは違う。

 けれど、根本的には変わっていない。

 ただ、もっと不器用になって、一人でもこんな場所を進めるくらいに強くなったのだ。


(……本当に、強くなったん――)


 ゴスンッ、とサーシャの頭部に重い一撃が落ちる。

 思わず頭を押さえるサーシャ。

 暗くてよく見えないが分かる。


(グー……グーで殴った……!)

「い、いきなり何するんですか! 女の子の頭を、それもグーで!」

「いきなりじゃねえ。危険な状況だったから先にやるの忘れてただけだ」

「忘れてたって……」

「危険な場所に一人で突っ込むな。基本的なことだ。それは怒られるところだぜ」

「だって……!」

「だっても何もあるか、そこは反省しろ」

「……はい」


 実際のところ、アウロの言うことは正しい。

 アウロはサーシャを下ろすと、今度は優しくサーシャの頭を撫でる。


「そんでもって、よくやった、だ。順番を間違えたな」

「あ……」

「お前が足止めしてくれなかったら間に合わなかったかもしれねえ。だからよ――」

「キシュアアアッ!」


 アウロの言葉を、蜘蛛の魔物の雄叫びが遮る。

 ドン、ドンと大きな音を立てながら、真っ直ぐアウロの下へと駆けてくる。

 アウロが振り返り様に再び剣を構える。

 アウロの身体に並ぶほどの大きな剣で、再び蜘蛛の足を受け止めた。


「ここからは、俺の番だ」


 ギシリと金属の軋む音が周囲に響く。

 アウロの体格を遥かに上回る蜘蛛の攻撃を、アウロは正面から受け止めた。

 わずかに身体が後方へと押されるが、


「おら――よッ!」

「キシュ!?」


 蜘蛛の足をアウロが弾き返す。

 アウロには魔法を使える才能はない――それは今も変わっていないようだ。

 サーシャは再び目に魔力を通わせる。

 痛みはあるが、再びクリアになった視界でアウロの戦いを見据える。


 アウロは身体の中に流れる魔力を上手く使い、瞬間的な怪力を生み出している。

 アウロがバランスを崩した蜘蛛の魔物の懐に入ると、そのまま腹部に大剣を突き立てる。

 そして――蜘蛛の魔物を持ち上げた。


「グシュゥゥゥ!」

(い、いくら強化してるって言っても、力強すぎ……!)


 その戦い方に驚きを隠せない。

 剣技よりも、ただ力任せに相手をねじ伏せるような戦法。


「ふんっ!」


 蜘蛛の魔物の巨体が宙を舞う。

 地面へと叩きつけられた蜘蛛の魔物は慌てて態勢を立て直したが、すでにアウロは跳躍し追い討ちをかけている。


「これで終わりだ――」

「っ! ヘリオン騎士団長っ!」


 サーシャが叫ぶ。

 跳躍したアウロに向かって、蜘蛛の魔物が咄嗟に飛ばしたのは消化液。

 霧状に噴出されたそれを、アウロは空中ではかわせない。


(くっ……間に合――)

「心配すんな」


 サーシャが魔力の壁でアウロを守ろうとしたとき、そんな声が響く。

 アウロが前に広げたのは、アウロの上着。

 音を立てながら溶け始めるが、霧状の消化液を一度受ける分の耐久力は十分にあった。


「――」


 ズンッ、とアウロの大剣が振り下ろされる。

 そこから発せられる衝撃で地面は割れ、地響きが鳴る。

 蜘蛛の魔物の巨体を、アウロは容易く両断した。


「ま、こんなもんだな」

(つ、強い……)


 サーシャはその光景に驚きを隠せない。

 サーシャとして、初めてアウロの戦いを見たが、それはすでにサーシャの知るアウロのものではなかった。

 アウロがサーシャの元へとやってくる。


「サーシャ、まだ魔力は残ってるか?」

「え、の、残ってますけど……」

「それならこの辺りの魔物の卵を処理してから戻るぜ。ここが奴の巣ならもう危険はないと思うが、また後で確認が必要だな」

「わ、分かりまし……っ」


 サーシャは立ち上がろうとするが、身体の痛みで上手く動けない。

 先ほどまでは戦いに集中していたのもあったが、思い返せば蜘蛛の魔物の一撃をまともに受けている。

 骨がやられていてもおかしくなかった。


「怪我してるのか?」

「平気、です。それより卵を――って、うわぁ!?」

「おいおい、変な声出すなよ」

「い、いきなり抱きつかないでくださいっ!」

「抱きついてんじゃねえ。怪我してるなら運んでやろうってんだ。無理すんな」

「だ、大丈夫です! 大丈夫ですか……痛っ!」

「だから、無理するなって言ったろうが」

「……はい」


 サーシャは抱えられたまま、魔物の卵の処理をすることになる。

 アウロはよく見えていないようだが、サーシャから見ればアウロの方ははっきりと見える状態だった。


「へ、変なところ触ったら怒りますからね」

「変なところってどこだよ」

「ど、どこって……とにかく怒りますからっ!」

「あー、分かったから処理して早く戻るぞ。怪我してんなら診てもらわねえといけねえしな」

「分かりましたよっ!」

(……私に優しくできるなら、他の人にもそうやって接すればいいのに……)

 

 サーシャはそう思いはしたが、今回は口にしなかった。

 アウロに助けられたという事実が、サーシャにとっては大きかったからだ。

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