5 白銀の父子
王の執務室に足を踏み入れることなど王女であってもほとんどないはずだ。本来なら。
「で、ルシャたんは何をしに来たの~? パパなんでも聞いてあげちゃうよぉ~!!」
二人用のソファーにアレクとルルシャロワが座り、テーブルを挟んだ向かいにある対のソファーへリーナが座っている。机の上には大量のお菓子と二つの紅茶があり、ルルシャロワはもふもふとしたクッションを抱えさせられていた。
今だショート中のリーナをちらりと見、目の前にいる自分の父親を見た。
「では、えんりょなく申し上げてもよろしいですか?」
父親を前にして毅然とする姿に、ただ事でないと考えたのだろうか。アレクの顔が為政者のそれへと変わる。それを確認し、ルルシャロワは口を開いた。
「申し上げたいことは二つございます。一つ、侍女、兵士を含むすべての使用人の経歴の見直しときょういくのし直し。また、これにわたくしも関与する許可をいただきたい。二つ、わたくしに教育係をつけること。以上にございます。これらの及ぼすふりえき、りえきについてもご説明が必要でしょうか」
どう考えても五つの子供が言うべき台詞ではない。あまりにも成熟し過ぎている。止まっていたリーナでさえも我に返った。
やがてアレクは重々しく口を開く。偉丈夫の前髪に隠れて野生の獣のような鋭い眼光がルルシャロワを射抜く。
「……それは、国政に関わりたいと言うことか? 我が愛娘よ」
「いいえ」
ルルシャロワは静かに首を振る。
「わたくしの求めるものは己の平穏。わたくしはわたくしのできる範囲で幸せに生き、幸せに死にたいのです」
「お前の主張は分かった。では何故、経歴の見直しと教育のし直しが必要なのだ」
「聡明なお父様なら分かるはずです。明らかにこの王城の使用人の質はわるい。掃除の手もいきとどいていません。マナーもいきとどいていません。そして何よりも、狙われる立場にあるわたくしたちが、どうして信のおけぬものをそばに置かねばならぬのですか」
父子変わらぬ色彩を持ち、またその中身すらもルルシャロワは受け継いでいる。
「もし仮にお前の案を受け入れたとしよう。しかしどう進めるのだ。人材は? 資金は? 人も資金も集めるのには人望やそれなりの地位が必要となる。齢五つに過ぎぬ小娘に何ができるのだ」
「人材はわたくしが集めましょう。資金はわたくしの予算から出しましょう。まだ人望も人脈もありませんが、幸い地位ならありますからわたくしが自ら出向けば聡明な方はお手伝いしてくださるはずですわ」
クッションをソファーに置き、立ち上がって膝を折る。臣下の礼だ。
「ドレスも宝石もいりません。自由にしろとわがままも言いません。いずれあなたの命で誰とも知らぬ男に嫁ぐその日その時まで、わたくしはあなたの臣下にございます。ですからお願いいたします。わたくしは大人にならなければならないのです。子供のままではいられないのです! いつまでも誰かにすがって生きるわけにはいかないのですっ!! これでも王族。誇りくらいは持っていますわ!!」
机の上の、紅茶が揺れた。