2
黒田「ああああああああ」
うんざりする三峰。
三峰「一応、これデートなんすよ。悪いです
けど、落ち着いたら別行動にしませんか」
黒田「うああああああ」
三峰「嘘です。冗談ですよ」
黒田「……僕たちは本当に産まれてきてよか
った。決めたんだ……産まれる前に。てっ
ちゃんと僕で」
大きなため息をつく三峰。
三峰「僕の事変わってるって言ったこと撤回
してくれませんか?」
黒田「あの子を見つけ出せなかった」
三峰「天女と出会えたんですか?」
黒田「僕のせいだ。僕のせいだ」
三峰「しゃんとせい。ばーか」
〇 古民家(夕)
料理が置かれた囲炉裏の前に座る哲子、その前に孝江と加納。
細長い形の天ぷらを箸で持ち上げて、怪しげに見つめる哲子。
加納「こんな、ど田舎にお嬢ちゃん一人でのお」
哲子、あらぬ方向を見ている。
ハッハと笑う加納。
加納「何もねえじゃろ。ワシと釣りでもせんか?」
哲子「ブラックバス。殺しますか?」
加納と目を合わせる孝江。
孝江「ご旅行?」
哲子「……」
加納「釣り嫌いか?」
孝江「じいさん」
哲子「生きとし生けるもの、仕方ありません。
それが生きるということならば」
孝江「……」
加納「ガハハその通りじゃ。今じゃったら、
ヘラブナがうじゃうじゃだ。どうじゃ、明
日」
不安げな孝江。
○余呉湖・湖岸(朝)
トンビが優雅に空を飛んでいる。
畑が湖のすぐ傍に広がり、子供達が虫取りに走り回っている。
釣り竿を担ぐ加納の後ろについて歩くバケツを持った哲子。
加納「学校は?」
哲子「夏休みです」
加納「違うわい、どこの大学じゃ」
哲子「堀田大です」
加納「ほう……堀田大学、えらいかしこいのお」
哲子、空を見ている
加納「彼氏は」
哲子「彼氏。あ」
〇 トタン屋根の小屋(朝)
コンクリートで二人寄り添うように眠っ
ている黒田と三峰。
三峰、目を覚まし、寄りかかって来る黒
田をどける。
○余呉湖・湖岸(朝)
歩く加納と哲子。
加納「(足を止めて急に怒鳴り出すように)こら! 洋介! 畑ん中に入るな言うとるだろ!」
畑から逃げていく虫取り網を持った洋介(6)。
驚いて足を止めている哲子。
歩き始める加納。
加納「あいつ」
沖縄民謡を歌い始める加納。
驚いたように加納を見つめる哲子。
加納「お前が俺の母ちゃんだった頃のこと覚
えとるか」
加納の歌声に合わせて、鼻歌をうたう哲
子。
哲子「たしかに」
加納「ハハ。何を言うとる」
○湖面(朝)
伝馬船を漕ぐ加納と両手で船べりを掴み
周囲を眺める哲子。
× × ×
湖面にポツンと漂う伝馬船。
輝く湖面に垂れる二本の釣り糸。
隣同士で釣り竿を垂らしている加納と哲
子。
湖面から見渡せる山、畑の雄大な景色。
強く引かれる哲子の釣り竿。
慌てる哲子。
自分の釣り竿を置いて哲子の釣り竿を支
える加納。
加納「駄目じゃ。コイじゃ」
必死に竿を掴む哲子。
加納「無理じゃ。竿がもたん」
ポケットからカッタ―を取り出して釣り
糸を切る加納。
楽しそうに笑う哲子。
哲子を愛おしく見つめる加納。
× × ×
バケツの中に数匹のヘラブナ。
易々とヘラブナを吊り上げる哲子。
釣り竿を垂らして湖面を眺めている加納。
湖を見渡す哲子。
ヘラブナを吊り上げる哲子。
哲子がふと、横を見ると加納の姿はない。
ヘラブナが一匹飛び跳ねるように湖に戻
っていく。
湖面に漂う伝馬船には哲子のみ。
目を閉じている哲子。
○加納家・居間(夕)
フナ料理が置かれた囲炉裏の前に座る哲
子と孝江。
フナ寿司を見つめて怪訝な表情をしてい
る哲子。
孝江「臭いのよ。でも、栄養はたっぷりよ」
おそるおそる口に運ぶ哲子。
まあ食べれない事はないという表情で頷く哲子。
哲子「秘密知っていますか」
笑う孝江。
孝江「やあねえ、もう。秘密って何なのよ」
哲子「秘密……」
孝江「わたしの知っとるもんが秘密ならねえ」
うんうんと頷く哲子。
孝江「夢物語」
嬉しそうな哲子。
孝江「賤ヶ岳の戦い。羽柴秀吉と柴田勝家の
大きな決戦。追い詰められた勝家派の藩主
が菩提寺から金の招き猫を持ち出して、船
で余呉湖を渡って逃げようとした。しかし、
その途中で不運にも船に水が入り込んで、
その招き猫と一緒に沈んでしもうた」
じっと聞いている哲子。
孝江「その噂を聞きつけた秀吉派の一味が沈んだと思われた場所を隈なく探し見つけ出した。だが、どうもその招き猫偽物らしくて、本物の金で出来たもんでは無かったそうだ」
哲子、孝江の目の奥を見つめる。
笑い始める孝江。
孝江「どうせ死ぬ。秘密は言えないから秘密になっているだけなんだよ。ありがとう。あなたに出会えて良かった。ありがとう。
しかし、これが聞きたかった事かい?」
哲子、首をかしげる。
加納の部屋の方を見つめる哲子。
孝江「爺さんは、信仰深い人だったんよ」
○同・加納の部屋
拝んでいる加納の後ろ姿。
加納の拝む先に壁にかけられたマリアの
画。
加納の背後に立っている哲子。
○三峰の夢・余呉湖
血で染まった湖。
釣り上がる血に染まった招き猫。
○三峰家・寝室(夜)
ハッと目を三峰。
起き上がる三峰。
月が覗くように怪しく光る。
○同・居間(夜)
囲炉裏の前に座って食事をする孝江、向
かいに加納。
互いの姿が消えたり、現れたりしている。
○同・玄関・内(朝)
リュックを背負っている哲子。
哲子を見送る孝江と加納。
孝江「(深々と頭を下げて)どうも、ありがと
うございました」
哲子「(深々と頭を下げて)ありがとうござい
ました」
孝江「また是非」
加納「もう一泊していかんか」
哲子「あ、いえ。今日はバイトです」
加納「そうか」
○道(朝)
歩く哲子。
○回想・湖面
伝馬船の上で釣りをする哲子と加納。
加納「からくりさ。拝む時だけマリア様の像
が出て来る仕掛けになっとったんよ」
哲子「からくり」
加納「招き猫がパカッと開いてね」
哲子「パカッと」
加納「バレないように拝めるようにじゃな」
哲子「……」
加納「余呉の教会に、千代という神父の娘が
いてなあ。毎日欠かさず、隠れてマリア様
の像を崇拝しておったそうなんじゃ。賤ヶ
岳の戦い。その戦いが起きる数か月前、千
代の夢の中にマリア様が出てきて、『私を隠
して』と。そのお告げを信じた千代は神父
に頼んで招き猫の中にマリア様を隠して貰
ったんだ。戦いは秀吉の優勢、と同時に隠
れキリシタンへの弾圧が始まった。教会は
焼け撃ちに合い、神父も追放。招き猫を抱
えたまま古寺に逃げ込みそこの住職に世話
をしてもらっとった千代だったんだが、招
き猫の噂はどこぞと漏れてしまってなあ、
その寺も焼け撃ち。これ以上、巻添えはで
きないと覚悟を決めた千代は招き猫を抱え
たまま招き猫を抱えたまま山の洞窟に閉じ
こもった。洞窟の噂を聞いた敵の大名が駆
けつけた時には既にその洞窟は崩れて無く
なっておった。マリア様を最後まで守り抜
いたのだよ。ばあさんには秘密じゃよ。い
や、老人の言う事は聞き流しなさい。しか
し、これが聞きたかったことかい?」
首を傾げる哲子、しかし、その目には涙。
加納「三百年前の話じゃ。ばあさんも俺も見
当違いかも分からんな。ところで今は何年
じゃ?」
哲子「二千十九年です」
加納「ハハハ。こりゃいかん、そうすると今
から四百年前の話じゃ」
○道
山の方を見つめている哲子。
近くで駆け回る子供達。
洋介の声「昔いっぱい死んだんや。キリストの人ら」
驚いて振り向く哲子。
短パン姿の洋介。
洋介「あの山。幽霊だらけ」
山の方を見つめる哲子。
洋介「行くんやったら、どんなんやったか教
えてな」
ダッシュで去っていく洋介。
洋介の後ろ姿を見つめる哲子。
○ 三峰の夢・山の中
登っていく三峰。
木陰に現れる白い人影。
その方を不思議そうに見つめる三峰。
白い人影が消えると同時に溢れ出る一筋
の光。
光の方向を凝視する三峰。
三峰の視線の先で揺れる一本の柳。
その方向に進んでいく三峰。
三峰の目に現れる前に苔の生えた十体程の小さな地蔵。
面の剥がれた地蔵や胴体の欠けた地蔵。
突然、吹きおろす風。
一歩一歩後ずさりする三峰。
木の根に躓いて後ろに倒れる三峰。
こちらを見ている一体の三峰。
立ち上がろうとする三峰。
木の根に引っかかる三峰のリュックの紐。
破裂する地蔵の頭。
目の前に寺が燃えている。
三峰「千代!」
○電車・車内
ハッと目を覚ます三峰。
窓から外を眺める三峰。
綺麗な湖や山の景色。
○学生寮・哲子の部屋(夜)
トカゲを手に取って撫でている哲子。
哲子「がちまや」
チャイム。
開くドア、由香の姿。
由香「彼氏、来てるよ」
〇 琵琶湖沿い
歩く哲子と三峰。
三峰「僕たち本当に付き合ってる?」
哲子「(思い出したように)秘密!」
三峰「君が勝手にいなくなっちゃうからだよ。
今時、携帯持ち歩かない子とかいる? て
っちゃんの先輩とずっと探したんだから。
本当に心配したんだよ。分かってる? 僕
はちょっと怒ってるんだよ?」
哲子「秘密……」
三峰「(足を止めて)ねえ! 俺のこと好き?
本当に好き?」
哲子、照れて俯く。
三峰「色んな事、秘密にしてるのは君の方じ
ゃないの?」
走って逃げていく哲子。
三峰「僕は、君の事を守るから! 見捨てて
たまるもんか! ……見捨てる? 見捨て
るってなんだ」
○市街地・発掘現場・中(朝)
軍手を装着して、スコップで土をかき分
けるジャージ姿の哲子と黒田。
冴えない表情で、手元がおぼつかない哲
子。
黒田「今日、元気ないね」
ボーっとする哲子。
笑う黒田。
黒田「陰いって休憩しなよ」
○田んぼ道
はしり抜けていく電車。
○余呉駅
電車から降りて来る哲子と黒田。
○畑沿いの道
歩く哲子と黒田。
○賤ヶ岳・入口
哲子の後ろについてくる黒田。
薄暗く続く一本道。
洋介の声「あー!」
振り向く哲子と黒田。
黒田と哲子を交互に見つめて佇む洋介。
ダッシュで去っていく洋介。
振り返って山道を登り始める哲子。
○同・岩崎山砦付近(夕)
登っていく黒田と哲子。
山肌の前に並ぶ沢山の地蔵。
呼吸を乱して黒田にしがみつく哲子。
黒田「もう、何一つ臆することはないんだ」
○堀田大学・図書館(夕)
一人、机で勉強している三峰。
辺りを見渡すが、誰もいない。
○電車・車内(夕)
リュックを枕替わりにだらしなく眠って
いる三峰。
○三峰の夢・森の中
暗闇に吸い込まれていく。
ジタバタしても、身動きがとれない。
突然神々しい光に包まれる。
一瞬、浮かぶマリアの顔。
○堀田大学・図書館(夕)
目を覚ましてボーっとしている三峰。
窓の外を眺める三峰。
○賤ヶ岳・入口(夜)
暗く先の見えない山道。
佇む哲子と黒田。
鞄から懐中電灯を二つ取り出して一つを
哲子に渡す黒田
明かりをつけて進んでいく黒田。
後を追う哲子。
○賤ヶ岳・俯瞰
山の中でチラチラとする二つの小さな光。
○同・岩崎山砦付近
ライトに照らされる地蔵。
懐中電灯で辺りを照らしている黒田と哲
子。
怯えた様子の哲子。
地蔵を照らして見つめる黒田。
地蔵の目線の先が山肌を見ている。
山肌の方を見る黒田。
山肌を掘っている黒田と佇む哲子。
黒田「(スコップを哲子に渡して、ニコッとし
て)大丈夫。いつも通り」
黙々と山肌を掘る哲子と黒田。
合田の声「わー!」
飛びのく黒田と哲子。
自分の顔に懐中電灯を当てて立っている
合田翔(59)。
○交番・内(夜)
壁に野球のポスターや掛け時計。
隣に置かれた小さな薄型テレビ。
机を挟んでパイプ椅子に座る哲子、黒田
とカップラーメンを啜りながら向き合う
合田。
合田「(笑いながら)現行犯」
無言で俯く哲子と黒田。
合田「(ラーメンを啜りながら)一応、他人の敷地だからねえ。流石に、こんな田舎で光チラつかせてたら皆不審に思うよ(俯く二人を見て)あ、食べる?」
黒田「大丈夫です」
カップラーメンを啜る哲子と黒田。
タバコを吸いながら向き合う合田。
合田「宝探しねえ、良いねえ。(声を出して欠
伸をしながら)まあまあまあまあ」
黒田「すいません勝手に」
合田「(掛け時計を見て)ああ、こんな時間、
電車無くなっちゃったね。泊まって泊まっ
て」
哲子の方を見る黒田。
黒田と目を合わせる哲子。
○同・留置室・表(夜)
鉄格子で囲まれている。
扉の前で、輪でつながった沢山の鍵を一
つ一つ確認する合田。
合田の背後で待機する哲子と黒田。
合田「どれだったかなあ」
黒田「(一つの鍵を指差して)これ、じゃない
ですか? 印ついてます」
合田「あああ、ほんとうだ。さんきゅーさん
きゅー」
鍵を開ける合田。
合田「あんまり使わないからねえ」
○同・内(夜)
6畳程度の畳部屋。
傍に畳まれた敷布団。
部屋を見渡しながら入って来る哲子と黒
田、合田。
合田「狭いけど、ごめんね。一日だけだから
我慢できるでしょ。あ、明日僕朝早く出る
から起きたら適当に帰って。鍵差しとくか
ら」
黒田「ありがとうございます」
合田「やばい、始まる」
そそくさと去っていく合田。
ドアに差されっぱなしの鍵。
奥から聞こえて来るテレビの音。
野球の歓声音。
合田の声「おいおい、いきなりかよ! ピッ
チャー変えろ!」
再び顔を見合わす哲子と黒田。
× × ×
暗くなっている室内。
敷布団の上で仰向けになり天井を見上げ
て目を開いている哲子と黒田。
黒田「俺たちはどうやらあの山に何か見つけ
出そうとしている」
哲子「マリア様」
黒田「どうして?」
哲子「余呉の人に聞いた」
黒田「どんな人」
哲子「昔、私の息子だった人」
黒田「今生では初めて会ったのか?」
哲子「もう死んでた」
黒田「そうか。僕たちはどうして、何かを探
しているんだろうね」
哲子「次はいつ」
黒田「明日かな」
哲子「バイト」
頷く黒田。
黒田「風邪でも何でも適当に言って、後輩に
代わってもらったら大丈夫だ」
哲子「あ……はい」
黒田「チーフだからシフトも自由に組める」
唐突に哲子に身を寄せる黒田。
転がって、黒田から離れる哲子。
黒田「あの世からの仲じゃないか」
哲子「彼氏いるんで」
黒田「そっか」
哲子「あはい」
黒田「俺も会いにいきたい。おじいちゃんに」
○加納家・表(朝)
佇むシャベルや鍬がはみ出したリュック
を背負う黒田と哲子。
加納の声「やあやあ」
慌てた様子の哲子と黒田。
庭の方からスタスタと歩いてくる加納。
加納「おお、哲子ちゃん。(黒田の方をチラッ
と見て再び哲子に目線を移してニヤッとす
る加納)」
哲子「彼氏じゃないです」
加納「何も言っとらん」
〇 余呉湖・湖畔
佇む三峰の姿。
三峰「てっちゃーん!」
返事はない。
優しい風が吹く。
ふと、後ろを振り返ると白装束姿の千代
(17)が立っている。
三峰、軽く頭を下げる。
三峰「……天女ですか?」
〇 加納家・居間
胡坐をかいている加納、テーブルを挟ん
で哲子と黒田。
黒田「失礼ですが、おじいちゃんは亡くなっ
ておられます」
加納「ガーハッハッハ。そうじゃな。天女が
ようやく最近になって、迎えにきたんじゃ
が、どうも百年余りこっちで待っとったら、
こっちの方が居心地良い気がしての」
黒田「千代さんには会えないんですか?」
加納「知らん。あっちに行けば会えるんかもしれんがな。どうにも、ここが好きなんじゃ。
湖もあの山も。わしの宝じゃよ。それに」
黒田「それに?」
加納「千代はまたこの世に生きておる」
黒田「そんなはずはありません。僕たちには
感じるのです。あの湖の泣き声が。あの山
の悲鳴が。僕たちは産まれる前に、約束し
たんです。どうして約束したかは思い出せ
ません。しかし、あの山に埋まったマリア
像こそが、千代さんが守り抜いたという何
よりもの証拠なのです。僕たちは天女に会
いました。天女に抱きしめられました。産
まれる前の目的を思い出しました。千代さ
んがここにいたことを皆に伝えなければ」
加納「皆、分かっとる。焦らなくていい。そ
れにお前は、ワシといるべきだぞ」
?という表情の黒田。
哲子、無表情のまま目から涙が零れ落ち
ている。
不思議そうに自分の涙を手に取ってみる
哲子。
〇 田んぼ道
三峰の後ろをついてくる千代。
千代は泣いている。
三峰「天女でないとするならば、あなたは誰
ですか。この時代の人じゃないのは僕でも
わかります」
振り返る三峰。
三峰「泣いている訳は?」
○道
両側に広がる稲穂。
優雅に飛ぶトンビ。
リュックを担ぐ黒田とその後ろについて
いく哲子。
後ろからくる原付バイク。
道端に哲子を誘導する黒田。
通り過ぎていく原付バイクに乗った猪田
隆司(48)。
× × ×
肩を並べて歩く哲子と黒田。
空を眺める哲子。
前方に優雅に飛ぶトンビが三羽。
突然、急降下してくるトンビ。
かがむ哲子に気付いて足を止める黒田。
黒田「(トンビに気が付いて)あっ」
後方へと飛び去っていくトンビたち。
目で追う哲子と黒田。
黒田「なに?」
後ろから歩いてくる一人の中年男性。
歩き始める黒田と哲子。
空を見つめる哲子。
哲子の方を見つめる黒田。
黒田「戻りたいと思うの」
哲子「いいえ」
黒田「俺は、空高く飛びたい」
哲子「あはい」
黒田「俺たちは俺たちとして生きなければ」
哲子「……」
黒田「ん、俺は今なんと言った?」
哲子「俺たちは俺たちとして生きなければ」
黒田「そうか。そうだ。空はずっと青いよ。
天女も言ってただろう。歴史は、寂しがり
屋だけれど、大きくあなたたちに手を振っ
ているって。そうなのか?」
哲子「あ、はい」
黒田「その時がくるまで」
前方から原付バイクに乗った猪田。
二人の横を通り過ぎていく猪田。
振り返る黒田と哲子。
後ろから歩いてくる二十人程度の集団。
沈黙して歩く二人。
再び振り返る哲子。
黒田の手をグッと掴む哲子。
黒田「歴史を振り返るな」
十m程後ろから五十人くらいの集団が通
り過ぎていく。
佇む黒田と哲子。
一斉にこちらに振り向き佇む集団。
後ずさりをして、その場を逃げ去る哲子。
後を追う黒田。
× × ×
呼吸を乱す黒田と哲子。
黒田「俺が片をつける」
黒田の手を引く哲子。
〇 道
歩く三峰と千代。
三峰、向こうの方で走っている黒田と哲
子の姿を見つける。
三峰「あ、あいつら! 俺に黙って」
追いかけようとする三峰の腕を掴む千代。
三峰「どうして。君は何も話さないじゃない
か。あれは、僕の彼女なんだ。浮気現場を
今、目撃したのかもしれないんだ。だから
行かなきゃ」
首を横に振る千代。
三峰「どうして……」
千代の顔を見ていると力が抜けていく三
峰。
三峰「君……可愛いね」
○定食屋・店内
余呉の町の写真や画が壁に飾られている。
座席の窓から余呉湖が一望できる。
カメラを首にかけた客たち。
椅子に置かれたシャベルや鍬のはみ出し
たリュック。
机を挟んで座る冷やを飲む黒田と怪訝な
面持ちの哲子。
黒田「さっきは誰かに思考をのっとられたよ
うだった」
哲子「……」
黒田と哲子の元へ店員A。
店員「ご注文は」
黒田「心配すんな。大丈夫」
浮かない表情の哲子。
哲子「(グッと黒田を見つめて)怖い」
佇む店員。
黒田「(凛々しく)俺となら大丈夫。マリア様
さえ見つければ、この宿命は果たせる。君
の不安も全て取り除かれる」
店員「あの注文は……」
哲子「(冷やを飲んで)……」
店員「あの!」
○余呉駅・ホーム
電車を待つ三峰と白装束の千代の姿。
三峰に寄りかかる千代。
千代から離れる三峰。
寂しげに三峰を見る千代。
三峰「駄目だ。僕には彼女がいるんだ。これ
以上一緒にいたら、君の事好きになってし
まう。あいつが浮気していようと、僕には
関係ない。僕は全うな男になるんだ。公務
員になるんだから」
三峰を見つめる千代。
三峰「なんだよ」
ホームに着く電車。
乗り込んでドア付近の座席に座る三峰。
ついて座る千代。
三峰「駄目だ。帰りなさい。僕には、どうす
ることもできない。霊能者じゃないんだ。
霊感があるだけなんだよ」
千代、三峰を見ている。
三峰「降りなさい!」
駅のアナウンス「扉が閉まります。ご注意下
さい」
三峰「早く!」
千代を見つめる三峰。
閉まる扉。
発車する電車。
三峰「降りろっていったじゃないか」
いつかの哲子のように頬を膨らませて、
怒った顔をする千代。
三峰「なんだよ」
突然、何かに怯えて辺りを見渡す千代。
三峰「どうしたの」
千代、そのままドアをすり抜けて消えて
いく。
三峰「……」
○賤ヶ岳・入口(夜)
佇む黒田と哲子。
黒田、山へと進もうとしたところ突然、
草木に隠れていた数人の男性に捕えられ
る。
黒田「違う! あなた達の為だ! 離して!」
山の奥へと消えていく黒田の姿。
震えている哲子、逃げ出す。
○交番・表
駆けつけて来る哲子。
扉を開く哲子。
○交番・内
辺りを見回す哲子。
テレビゲームをしている洋介。
テレビゲームに夢中になって気付く様子
のない洋介。
ゲームオーバーの効果音。
洋介「さいあくっ(哲子の様子に気が付いて)
わっ……幽霊の姉ちゃん」
テレビゲームをする洋介と少し離れたと
ころで座っている哲子。
哲子「おまわりさん!」
洋介「(夢中になって)……」
ゲームオーバーの効果音。
ガッツポーズする洋介。
洋介「ぼくんち、ゲームないねん。合田のお
っちゃんやったら今日帰ってこんし」
哲子「どこにいる?」
洋介「教会」
哲子「え」
洋介を見つめる哲子。
洋介「(ゲームに夢中になりながら)僕んちく
る? ええもん見せたるわ」
哲子「教会! 連れてって!」
洋介「幽霊の姉ちゃん、また勝手に山登った
やろ」
哲子「……そう! そう! 連れていかれ
た。先輩!」
洋介「あーあ、合田のおっちゃん言ってもし
ゃーないで。掟やからな」
哲子「掟?」
洋介「僕もカブト捕まえに行きたいんやけど
な」
○田んぼ道
洋介の後ろについて歩く哲子。
嬉しそうに田んぼの稲の先を手ではたき
ながら歩く洋介。
哲子「(洋介を見つめて)……ねえ、先輩が」
洋介「まあええから。しゃーないやん。でも、
幽霊の姉ちゃんも一回登ったんやろ? ど
んなんやった? カブトおった?」
哲子「いや……」
○橋本家・表
古い瓦屋根の一軒家。
一階の通り沿いの部屋が、日用品や装飾
物など何でも置いてあるような雑貨屋と
なっている。
○同・雑貨屋・店内・売り場
赤ん坊に授乳させて居眠りしている橋本
登美〈とみ〉(33)。
歩いてくる洋介と哲子。
売り場の冷凍庫からアイスを取り出して
哲子に渡そうとする洋介。
困った表情の哲子。
洋介の頭を叩いてアイスを取り上げる登
美。
登美「(哲子に向かって)いらっしゃいませ」
軽くお辞儀をする哲子。
アイスを手に持ちながら哲子を見つめる
登美。
慌てて財布を取り出して、百円玉を登美
に渡す哲子。
洋介「(哲子を見て)幽霊の姉ちゃん」
登美「(ニコッとして)洋介のお知り合い?」
哲子「あ、はい」
登美「そう」




