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1

○空撮 琵琶湖

湖上に帆を膨らませて滑る何隻ものヨッ

ト。

賑わう浜辺の海水浴場。


堀田(ほった)大学・全景

彦根城の傍に建っている古風な校舎。

激しく鳴く蝉。


○同・校門

重厚な門構え。

その奥に幾本かの桜の巨木。

インサート―プレート「堀田大学」

ポツリ、ポツリと出入りする若者達。


○同・図書館・内

人気が少なく、がらんとしている。

机で分厚い資料を広げて、ノートに内容

を必死でメモしている冨貝哲子(20)。

ひっそりと哲子に近寄って、哲子のノートを覗き込む三峰悠(ゆう)(21)。

メモに熱中している哲子。

ふと気配に気が付いて振り返る哲子。

哲子と目が合ってにっこりとする三峰。

慌てて机の上の資料やノート、筆記用具

を鞄にしまい込み、席を移動する哲子。

不思議そうな表情の三峰。

机にリュックをドンと置いて席につく三

峰。

インサート―三峰の机の上「公務員試験

問題集」

折りたたんだ紙を三峰の机の上に置いて

席に戻っていく哲子。

哲子を不思議そうに眺める三峰。

紙を広げて、確認する三峰。

インサート―紙に書かれた文字「集中出

来できません」

三峰「普通に話さない? 誰もいないんだし」

 一瞬ペンを止めるも無視して作業を続け

る哲子。

三峰「ごめん」

その紙に書き加える三峰。

哲子の机に持っていく三峰。

メモを取り続けている哲子。

去っていく三峰をチラッと見る哲子。

置かれた紙を見る哲子。

インサートー紙に書かれた文字「何の勉

強?」

横目で軽く三峰にお辞儀をして、再びノ

ート作業に取り掛かる哲子。

軽くお辞儀を返す三峰。


○同・校門(夕)

リュックを背負って出てくる哲子。


○琵琶湖沿いの歩道(夕)

広がる琵琶湖。

賑やかに泳いで遊ぶ若者達。

ヘッドホンをして歩く哲子。

ヘッドホンから漏れる落語。

突然ハハハと笑う哲子。

離れた場所で釣りをして沖を眺める金田

(43)。

大きな魚を吊り上げる金田。

金田の方を興味深そうに見つめる哲子。

再び竿を投げる金田。

近づいていく哲子。

哲子の方をチラッと見るが、沖へと視線

を戻す金田。

ピクピクとして地面に横たわるブラック

バス。

哲子「(じっと見つめて)……」

金田「ブラックバスだよ。ブラックバス」

哲子「死にます」

金田「琵琶湖からこいつを無くす為の手助け

だよ」

  ブラックバスを眺める哲子。

金田「何、お嬢ちゃん。この辺の子か」

哲子「(ブラックバスを見つめて)……」


○スーパー・表(夕)

レジ袋を両手に出てくる哲子。

立ち止まる哲子。

  引き返す哲子。

  

○同・ペットショップ・店内(夕)

亀や蛇を眺めてにっこりする哲子。

店員に小さく手招きする哲子。

店員「コオロギとミルワーム、いつもの量で」

  頷く哲子。

  ニッコリする店員。


○学生寮・全景(夕)

湖畔に建つ、鉄筋コンクリート造りの四

階建ての建物。


○同・表(夕)

インサートープレート「女子棟」

一階の開いた窓辺に近づき部屋を覗こう

として、茶化し合う男子学生A、B。

歩いてくるヘッドホンをつけた哲子、両

手にレジ袋。

哲子に気付き、物陰に隠れる男子学生A

、B。

首を振りながらリズムに乗る哲子。


○同・ロビー(夕)

ひっそりとした棟内。

閉まりかけのエレベーターが開く。

頭を下げて乗る哲子。


○同・エレベーター内(夕)

ボタンの前に立つ怜(19)と後ろに立つ哲

子。

怜「帰らないんですか?」

 哲子、リズムをに乗り続けて無言。

  振り返る怜。

 何?という表情でヘッドホンをはずす哲

子。

 ヘッドホンから流れる落語。

怜「落語?」

哲子「……あ、え、あはい」

怜「帰らないの? 実家」

哲子「落語、好きです」

怜「……面白くないの?」

哲子「あ、はい。え? 何がですか」

怜「死んだ人が帰ってくるらしいよ」

哲子「お疲れ様です」

怜「(笑って)あんた、ウケる」

  レジ袋からミルワームを取り出して怜に

差し出す哲子。

哲子「人間も食べられますけど」

  悲鳴をあげる怜。


○同・哲子の部屋・内(夕)

備え付けのベッドと机でいっぱいの感じ。

アンティークな座卓、カーテンの無い窓。

机の上に飾られた陶器の破片、トカゲの

水槽。

本棚に分厚い古代史の本。

ドアを閉め、鍵をかけて入ってくる哲子。

リュックを床に置いて、レジ袋からミルワームを取り出す哲子。

哲子「(トカゲの水槽に近寄って)ただいま」

  ピンセットでミールワームをつまんでト

カゲに食べさせる哲子。

哲子「(餌を与えながら)くわっちーさびらー

、まーさん?」

沖縄民謡を口ずさみながらレジ袋から野

菜や肉を取り出して冷蔵庫にしまう哲子。

そのまま踊り出す哲子。

突然、金縛りに合いポーズをとったまま

動けなくなる哲子。

空間が歪んでいく。


〇 歪んだ哲子の部屋

  カラフルな色が蠢いている。

  幼い子の笑い声が響くが姿はない。

  草原が空に広がり、地に空が広がる。

  突然、地響きと共に草原が焼け、草が散


って降り注ぐ、地の空は血で染まってい

く。

合戦の声が聴こえてくる。

チャイムの音。


〇 学生寮・哲子の部屋

  その場に倒れ込む哲子。

ドアが開く。

ドアの前に立ち当番札を差し出す由香

(18)。

  受け取る哲子。

由香「(苦しそうな哲子を見て)……大丈夫で

すか? 特に引継ぎは無いんで」

哲子「うっす」

  ドアの表のノブに札をかける哲子。


○同(朝)

アンティークな置時計の目覚まし音。

目覚まし音を消してゆっくり起き上がる

哲子。

キッチンで弁当を作りながら、トマトを

つまんで食べる哲子。


○同・駐輪場(朝)

自転車で走り出す哲子。


○JR彦根駅・全景(朝)

 プレート―「JR彦根駅」

 ロータリーに井伊直政の銅像。

 駅前に止まる数台の乗用車。

 急いでいるスーツ姿のサラリーマン。

 

○同・改札

 定期券をかざして入っていく軽装の哲

子。


○JR長浜駅・階段(朝)

 プレート―「長浜駅」

 降りてくる哲子。


○市街地・発掘現場(朝)

 仮設の塀で仕切られた一画。

 入っていく哲子。


○同・中(朝)

 一メートル近く掘り下げられた現場。

 現場片隅に二階建てのプレハブ。

 突如鳴き始める蝉。

  シャベルで掘削作業をする頭にタオルを

巻いた作業着姿の藤堂(62)。

歩いてくる哲子。

藤堂「(哲子に気が付いて)よっ」

哲子「(暗い感じで)あ、はい」

    ×  ×  ×

  キャップを被って、軍手、ジャージ姿で

掘削作業をする哲子と加藤輝美(22)。

やや離れた所に藤堂、八重田(63)、高橋

(48)、その他数人の男性作業員。

輝美の目線の先には汗を拭う黒田悟(24)

の姿。

哲子のこめかみから滴り落ちる汗。


○同・プレハブ・二階の休憩場

 輝美と二人で弁当を食べる哲子。

  視線の先に賑やかに話をする藤堂と八重

田、高橋。

輝美「(額の汗を拭って)死ぬ」

  黙々と弁当を食べる哲子。

輝美「あ、そう。この間、占ってもらったの」

哲子「死ぬの?」

輝美「違うよー。ほらほら。(掌を哲子に見せ

ながら)結婚線。ここ、一本長いのあるで

しょ。これ、ここが五十歳だとしたら…

もうすぐなのよ!」

  哲子、興味なさげに魚の骨を手でとる。

輝美「ねえ、聞いてる?」

 汗を拭いながら、近づく黒田。

黒田「てっちゃん、29、30入れる?」

  ビクッとする輝美。

哲子「あはい」

黒田「助かるよ! 皆、帰っちゃって人足り

てないんだよね。てっちゃんは、好きなん

だな。ここが」

哲子「あはい」

魚の骨を見ている哲子。

黒田「だから、君のことを探していたんだ」

  去っていく黒田を惚れ惚れと見ている輝

美。

輝美「かっこいいよねー(哲子に向かって)

良いの? せっかくの夏休みだよ」

  輝美をボーっと見つめる哲子。

輝美「代わってあげても良いけど」

  哲子、輝美の顔を見つめたまま魚の骨を

  口に含んで呑み込む。

藤堂の声「本当なんだよ! なあ黒田」

黒田「ねえ! ……ってなんですか」

藤堂「知らねえのか? 羽衣伝説、衣を奪われた天女」

黒田「はい?」

八重田「聞いてやってくれ。頼むよ」

藤堂の方を見ている哲子。

輝美「仕事熱心だよね。黒田さん。同じ職場

 に運命の人がいるって言われちゃったあ。

フフフ、そーだよね。そういうことだよね」

 哲子、輝美の話には無関心に藤堂を見て

いる。

高橋「藤堂さん、生粋のロマンチストだから」

藤堂「黙りやがれ。(黒田に)空がピンク色に

なって、そこから背中に羽根の生えた女が降りて来た。たしかに。そうだったよ」

黒田「なるほど」

  笑う八重田、高橋。

八重田「優しいな、黒田は」

黒田「それで」

藤堂「俺にキスした」

黒田「で」

藤堂「消えた」

黒田「……」

  見つめ合う黒田と藤堂。

藤堂「こりゃあ、(手で腕に注射するフリを

して)始めちゃったんだよ。不景気のせい

だ」

高橋「(笑いながら)それはないですよ八重田

さん。ここ建てる資金も無理算段するくらい俺達追い詰められてんのは、何も藤堂さんだけの責任じゃないですよ」

  気にもせず、見つめ合う黒田と藤堂。

  やってくる食べかけの弁当箱を持った哲

子。

  哲子を同時に見つめる黒田と藤堂。


○学生寮・哲子の部屋(夜)

水槽の中のトカゲを見つめる哲子。

哲子「ゆくいみそーれ」

部屋のライトを消して、ベッドに入る哲

子。

天井を見上げてボーっとする哲子。

目が慣れてくると、虹色の粒子が部屋中

に見える。

隅々まで見ている哲子、呼吸が荒くなる。

起き上がって部屋のライトをつける哲子。

パソコンのスイッチを入れて何かを検索

するようにキーボードをたたく哲子。

パソコン画面を見つめる哲子。

インサート―パソコン画面「バイク車載

カメラで撮った余呉湖周遊の映像」

肘をついて見つめる哲子。


〇 堀田大学・食堂

  透明の窓際で一人素うどんを啜っている

哲子。

  哲子、大量に唐辛子を入れるとまた啜る。

  哲子、どんどん啜る。

  哲子、何かに気が付いて固まる。

  目の前には手を振っている三峰の姿。


〇 同・講義室

  スクリーンの前に立つ教授。

  まばらに座っている若者達。

  スクリーンには「統計学」の文字。

  一番前の席で真剣にスクリーンを眺めて

いる哲子。

隣には三峰。

三峰、哲子をチラっと見ている。

哲子、ノートに写そうとする。

ノート、最終ページでもう書けない。

三峰、自分のノートを一枚ちぎり哲子の

前に置く。

哲子、何の躊躇もなくそれに写し始める。


〇 図書館(夕)

  本棚の前で立ち止まる哲子。

  やってくる数冊の本を抱えた三峰。

  哲子、一冊本棚から抜き出し、三峰の持

  つ本の上にのせる。

  本『滋賀の歴史』

三峰「(小声で)こんなに?」


〇 琵琶湖沿いの歩道(夕)

  スタスタと歩く哲子。

  後を追うように三峰。

  三峰の手には本でいっぱいになった手提

げカバン。

三峰「ねえ、並んで歩こうよ! これじゃ、

ストーカーみたいだ!」

 哲子、無視して猛進。

 遠くには釣りをしている金田の姿。

 金田、哲子と三峰の姿を見ている。


〇 学生寮・入口(夜)

  入っていく数人の女子学生達。

  立ち止まってしゃがみ込み物陰に隠れる

哲子。

後から歩いてくる三峰。

三峰「へえ、寮に住んでんだ」

  哲子、三峰の頭を押さえてしゃがませる。

三峰「ちょっ」


〇 同・エレベーター内

  じっと立っている哲子。

  その隣には三峰。

哲子「男子禁制なんで」

三峰「君って一体どういう子なの」

哲子「着きます」


〇 同・哲子の部屋・内

  辺りを見渡す三峰。

  三峰、トカゲを見つめる。

  哲子、ベッドに座って『滋賀の歴史』を読み始める。

三峰「ねえ。落ち着いたみたいだし、もう一

度聞くよ。君ってどういう子なの」

哲子「(三峰を見て)……」

三峰「そうだね。僕から名乗るべきだ。僕は、

三峰悠。ファイナンス科の三年。写真サー

クルに所属している。今は公務員試験に向

けて勉強中だからあんまり活動はできてい

ないけど。ここ滋賀県で働きたいって思っ

てる。滋賀の景色を守りたいんだ。……え

ーっと、男、血液型はA型」

哲子「(本を見て)うへへ」

三峰「(自分に笑ってくれたと思い)ははは」

  哲子、本に夢中。

  哲子、三峰に本の一ページを見せつける。

本『余呉 羽衣伝説』

三峰「余呉、羽衣伝説」

哲子、ニタッと笑う。

哲子「やっぱり知ってる」

三峰「好きなの?」

哲子「そのような気がした。一緒にいこう」

三峰「やっとちゃんと話せたね」

哲子「いこう」

三峰「それはデートってこと?」

  哲子、ベッドに横たわって再び読み始め

る。

三峰「そうだよね! だって、部屋に入れて

 くれたんだもん。しかも、ここ女子寮だぜ?

ってことは、そういうことだよね。僕、君

の名前をまだ知らないんだ。君の事がタイ

プなんだ。つまり、この部屋の感じも素敵

だし。君は、何て言うんだろう。滋賀の

宝って感じがするんだ。僕が君を守る。君

を守るということはその、滋賀を守るとい

うことだ。つまり」

  哲子、真剣に本を読んでいる。

  三峰、哲子の隣に添い寝する。

三峰「つまり」

  哲子、本のページを捲る。

三峰「こういうことだ!」

  三峰、哲子の胸を揉む。

  哲子、発狂し、手に持っていた本で三峰

  の頭を殴りつけ、さらに別の本を持ち上

げて三峰にぶつける、殺す勢い。

  トカゲ、見ている。

三峰「すまん! すまん!」

  ドアが開く。

  固まる哲子と三峰。

  ドアの前に立っている由香。

由香「(叫ぶように)きゃー! 男子―!」

  慌てて、窓から出ていく三峰。

  が、そこで待ち構えていた怜に背負い投

  げをされて、四の字固めで取り押さえら

れる。


〇 同・暗い一室

  窓からかすかに光が差し込む。まるで牢

  獄のよう。

  窓際に立たされる三峰。

  デジカメで三峰の写真を撮る怜。

怜「次、横」

  しぶしぶ横を向く三峰。

怜「しゃんと立て!」

  ピンと背筋を伸ばす三峰。

  シャッター音とフラッシュ。

  デジカメのモニター『犯罪写真のように

  写る三峰の姿』

  一人正座させられている三峰。

  丸椅子に座ってタバコを吸う怜。

  その両隣に立つ哲子と由香。

  由香の手には金属バット。

由香「殺しますか?」

怜「まあ、焦らないで」

三峰「本当に誤解です! (哲子の方を指

さして)この子に無理矢理連れてこられ

たんです!」

怜「(哲子に)そうなの?」

哲子「わたしの乳触った」

  静まり返る一室。

  固まって小刻みに首を振る三峰。

三峰「違う! 違うんだ!」

  タバコをゆっくり地面に置いて足で揉み

消す怜。

  座ったまま後退していく三峰。

  目と目を合わせる怜と由香。

  一歩、三峰の方へ踏み出す由香。

  地面をついた金属バットの音が響く。

  立ち上がる三峰。

三峰「余呉に一緒に行くんだろ! 俺は余呉

 の秘密を知っている! 俺が死んだらその

秘密も一緒におじゃんだぞ!」

怜「(フッと笑って)何、ほざいてるの。こい

つ」

  怜、由香に顎で行けという。

  由香が再び歩み始めたところ哲子が由香

の肩を抱く。

哲子「これ、彼氏にする」

  腰を抜かして座り込む三峰。


〇 学生寮・廊下(朝)

  掛け時計を気にしながら掃き掃除をして

いる哲子。

  札を隣の部屋にかける哲子。


〇 電車・車内

  窓の外を眺める哲子。

  天女が空を飛んでいる。

  驚きもせずそれを見つめている哲子。


○市街地・発掘現場・中(朝)

手作業で掘削作業をする作業着姿の哲子

と黒田。

黒田「(汗を拭って)ふう」

  黙々と作業を続ける哲子。

黒田「(哲子を見つめて)真面目だなあ。てっ

ちゃんのおかげで、毎回シフト組むの困ら

ないよ。助かってます」

土器の断片を手に取ってにんまりと笑う

哲子。

呆れたように笑っている黒田。

黒田のモノローグ「なんてな。俺達は必然的

にここにいる。そんな気がする」

    ×  ×  ×

鳴き止む蝉。 

プレハブより出て来るジャージ姿の哲子

とその後ろに黒田。

黒田「てっちゃん、土日休みだよね」

哲子「あはい」

黒田「何かするの?」

哲子「あはい」

黒田「何するの?」

哲子「余呉行きます」

黒田「やっぱり。俺も気になってたんだ」


○電車・車内(朝)

シンプルなTシャツに紺のミニスカート

姿で四人席に座っている哲子。

隣に大きなカバン。

ワクワクした表情で景色を眺める哲子。

その目の前には、黒田と三峰が互いに気

まずそうに座っている。


○JR余呉駅・ホーム

畑に囲まれて、閑静な様子。

去っていく電車。

佇んで気持ち良さそうに空気を吸い込む

哲子。続いて降りて来る黒田と三峰。


○田んぼ道

上空で自由に飛び交うトンビ。

歩く哲子。

哲子の足に飛びつくカエル。

驚く哲子。

しゃがんで嬉しそうにカエルを見つめる

哲子。後をただ無言でついてくる黒田と

三峰。


○天の衣掛け柳・根元

建てられた木製の看板。

傍に止められたロードバイク。

水を飲みながら看板を見つめる男性。

ロードバイクに乗って去っていく男性。

看板の傍に駆けつける哲子。

インサート―看板「天の衣掛け柳につ

いて」

  食い入るように見つめる哲子。

黒田と三峰「(同時に)これか!」

  黒田と三峰顔を合わせる。

三峰「あの、どういうご関係なんですか」

黒田「あなたこそ」

三峰「……僕は三峰です。あの子の彼氏です。

 一応」

黒田「これはどうも。俺は黒田。てっちゃん

のバイト先の先輩です。お世話になってい

ます」

三峰「てっちゃんって言うんですね。あの子

の名前」

黒田「え?」

三峰「何のバイトですか」

黒田「発掘調査です。けど」

三峰「やっぱりそういう感じですか」

黒田「どういう感じです? 本当に付き合ってます?」

三峰「まあ、はい。(何かを思い出したかのよ

うに黒田と振り向き直して)あの!」

黒田「え」

三峰「(小声で)余呉について何か知りませんか。何か、秘密的なことと言いますか。伝説の裏側と言いますか、噂と言いますか。僕、何にも知らないんですよ。ここのこと。あ、てっちゃんには秘密ですよ。だから、その。あのそうです。公務員試験でこの土地について問われる可能性があるので、あ、僕、公務員目指しているんですけど、何かご存知ないですか」

黒田「ええ。ありますよ。ハハハ。さすがて

 っちゃんの彼氏。変わってるね」

三峰、表情が明るくなる。

  哲子、楽しそうに看板を見つめ続けてい

る。

黒田「(木を見て、淡々とした口調で)はるか

昔の話。ここに天女が衣を掛けていたんで

す」

 インサート―『看板』


○小道

広がる畑、ポツポツと農家が並ぶ。

  キョロキョロしながら歩く哲子。

  後ろからついてくる黒田と三峰。

黒田「羽衣伝説」

  小刻みに頷く三峰。

黒田「天女に惚れた男が天女の羽衣を隠して

しまって、天に帰れなくなった。その後、

その男と結婚をしたが、羽衣を見つけ出

して再び天に帰ってしまうという話」

小道の向こうに壮大な湖の姿が見えてくる。

 湖面がきらめいている。

 走っていく哲子。

黒田「本当にいるんです。今もこの街を見守

っているようで」

三峰「はい。……はい?」

黒田「余呉湖の上空は、異世界とのつながり

 が最も深い場所なんです。最近、天女の目

撃談が絶えないのです。それは、私達人類

の魂レベルが向上していることを示してい

ます。つまり、空間に波長が合うと天女の

姿がアウトプットされて視えるようになる

んです。遂に、俺の職場にも目撃した人間

が現れました。人間が集まるとそこには霊

界ができます。そこにいる人が見えたとい

うことはつまり俺達にも視えるかもしれな

いということです」

三峰「何を言っていますか?」

黒田「三峰さんとの間の霊界はまだできあが

 っていませんから、三峰さんは三峰さんの

他の霊界を利用するしかなさそうですね」

三峰「……何を言っていますかあなた」


〇 余呉湖・周辺

  煌めく湖。

  哲子、天に向かって両手を掲げる。

  哲子を微笑ましい表情で見ている三峰。

三峰「不思議な子ですよね」

  三峰、ふと横を見ると、同じように天に

両手を掲げている黒田。

  黒田の目から涙が落ちていく。

三峰「ええ!?」

黒田「ああ。ああああああああ」

  三峰、辺りを見渡すがただ静かに湖が揺

らめく。

  三峰の元に全速力で機械のように走って

来る哲子。

哲子「秘密ってなに」

三峰「いや、あ、その前にどういう状況? コ

レ」

黒田、しゃがみ込んで自分を抱きしめて

いる。

哲子「秘密ってなに」

三峰「分かった。分かった。いや、まだ教え

られないよ。それを知ってしまえば、この

旅がつまらなくなる」

  哲子、頬を膨らませる。

三峰「え、何それ。え、そんなの初めてじゃ

ん。かわいい。え、好きだよ」

  哲子、全速力で逃げていく。

 黒田、大泣きしている。

三峰「待って! てっちゃん!」

  追いかけようとするが蹲る黒田の方を振

り返る三峰。

三峰「荒唐無稽、魑魅魍魎、支離滅裂! く

そ!」


〇 小道

  こぢんまりした古民家の前で立ち止まる哲子。

  インサート―遠慮がちに書かれた小さな紙の札「泊まれますよ」

  歩き出す哲子。

  古民家の方へ戻ってくる哲子。


○古民家・玄関・内(夕)

花瓶にカーネーションの花。

引き戸をそっと開いて中を覗く哲子。

  そっと入る哲子。

  じろじろと室内を見回す哲子。

  後ろから洗濯かごを抱えて腰を曲げて歩いてくる加納孝江(73)

孝江「何か、御用?」

  驚く哲子。


○同・居間(夕)

小さな台に置かれた小型のテレビ。

部屋の真ん中に備え付けられた囲炉裏。

囲炉裏の前に正座する哲子。

哲子の前にお茶を運んでくる孝江。

孝江「ありがとうございます」

  深く頭を下げる孝江。

  慌てて深く頭を下げる哲子。

哲子「ありがとうございます」

  演歌を歌いながら首に白タオルを巻きパンツ一丁で襖を開けて入ってくる加納義男(76)。

  加納と目が合う哲子。

孝江「ちょっと! お客さん!(加納を押して、隣の加納の部屋に押し込める孝江)」

加納「な、なんだよ! ばあさん。若い子と

話したいんだ! たまにはよ」

  ボーっと室内を見ている哲子。

  慌てて戻ってくる孝江。

孝江「ごめんなさいねえ、お客さんなんて滅多に来ないもんだから」

哲子「あはい」

孝江「(腰を低くしてゆっくりした口調で)すいません、ありがとうございます」

哲子「あはい」

孝江「何にもありゃしませんが、どうぞ、ご

自由に」

  去っていこうとする孝江。

哲子「秘密知ってますか」

ゆっくりと振り返る孝江。

哲子「……(俯く)」

  ニコッ?とする孝江。


〇 田んぼ道(夕)

  黒田に肩を貸しながら歩いている三峰。

三峰「見失っちゃいましたよ」

  泣いている黒田。

三峰「いつまで、泣いてんですか?」


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