第七話 一旦落ち着いた不運
ここで、悠磨が言ったのは、
「すみませんが、今はちょっと言えません」
(怪しまれるだろうが、これでいい。面倒な追及を避け、とりあえず早くここから移動して、安全な場所まで行きたい)
女の子の反応を見ると、やはりと言うか、首をかしげている。
(とりあえずこの世界の情報も欲しいが……)
まず一番に気になったことを、悠磨は質問した。
「そっちこそ、どっから来たんですか」
「えっと、ホントは何人かで試験の練習できたのだけど、マセイに出くわして、必死で逃げたら途中ではぐれてしまいまして……」
知らない単語が出てきたが、それ以上に気になったワードがあるので、先にそれを尋ねる。
「試験? 試験ってなんの?」
「えっ、高校のですけど」
(はあァァァ!? 高校!? こんな荒廃した世界に!? 世界観どうなってんだよ!?)
心のなかでツッコんだ。
そして、いったん落ち着いて、
「その高校どこにあるの?」
「それが、道に迷ってしまって……それに、外に出たのは初めてなので……」
(外? とゆうことは、街を防壁で囲んでるとか、そういう感じか?)
「とりあえず、その高校とやらに戻るために――」
その時、誰かの叫び声が聞こえた。五、六人くらい、さらにモンスターの咆哮も。
「あっちからだ。おそらく君の仲間だろう。走れるか?」
「歩くくらいなら大丈夫ですけど、走るのはちょっと……」
「じゃあおぶるから、早く!」
悠磨はしゃがんで、背を向けた。
「いや、そ……それは……」
「いいから早く!」
「わ、わかりました……」
悠磨は女の子を背負って、腹にリュックをかけ、片手に武器を持って走る。
「あの……武器に、私に、お……重くないのですか?」
「いや、全然軽いよ」
軽いと言われて、おんぶされて、しかも密着状態。みずなの顔が赤くなって、恥ずかしがっている。
だが、顔が見えないせいか、悠磨はそれに全く気付かず、走りながら突然質問をした。
「そういえば名前は?」
「ふえっ!?」
「あの……名前は?」
「あ……えっと、久遠みずなです。みずなって呼んでください。それで君は?」
「俺は、天倉悠磨。呼び方は……何でもいいや。よろしく」
※ ※ ※
少し走ったところで、大きな岩が増えてきた。あまり見晴らしがいいとは言えない。
なので、モンスターに目の前で遭遇するのを避けるべく、耳を澄まし、慎重に早歩き。
すると突然、
「あの、ユーくんは――」
「へ?」
いきなり名前どころか、あだ名を勝手につけられていた。確かに何でもいいとは言ったものの、出会って間もなくあだ名で呼ばれるのは予想外だ。
「あ、えっと……昔の知り合いに……、その…………」
ごにょごにょしながら言っていたので、悠磨はよく聞き取れなかった。
「ご、ごめんなさい。嫌ですよね。えっと……なんて呼べば……」
「いや、いいよそれで。というか、敬語使わなくていいよ」
「え……?」
「だって、さっきぶつかった時のしゃべり方のほうがなんか自然だった。素って感じでさ。敬語、無理に使わなくていいよ。それに、多分同い年だし」
(なんか違和感あったんだよな。敬語の使い方、若干違うし。そういや、俺もいつの間にか、敬語からため口になってたな)
違和感を敏感に感じとり、鈍感主人公どころか、普通の人すら気づかないところに悠磨は気づく。運が悪いからこそ身についた実力。
だが女の子は、はわわあぁ――と動揺しながら、
「さ、さっきの……忘れて!」
「え?」
どうゆうこと? と尋ねる前に、みずなが言った意味を悟り、
「あ、あーそっちかー」
「お……思い出さないで!」
「……はい」
耳元で怒鳴られ、悠磨は黙った。別の意味で鈍感だった。
※ ※ ※
しばらくすると、岩が減ってきて、枯れ木が多く見受けられるようになってきた。
そして、今度はみずなから話しかけられる。
「ユーくんはさあ、なんでそんなに強いの?」
「…………運が悪いから」
「え……? どういうこと?」
「俺は運が悪いから、生き延びるために、努力して、実力をつけた。ただそれだけ」
「あ……そう……」
みずなはそれっきり、話しかけてこなくなった。
やがて、葉っぱのついた木が視界に入った。
うまく木や岩を避けながら、速めのスピードで走っている。
ここで悠磨は、また新たな疑問が浮かぶ。
(そういえば、呼吸はちゃんとできてるな。空気は薄くねえし、それどころか酸素もちゃんとあるみてえだ)
木と空を一瞬見た後、
(俺は運が悪いから、空気か、もしくは酸素がない星にワープされてデッドエンド、って可能性もあったんだがな。そういや、なんでこんなに酸素があるんだ? 気体として酸素が、しかも二十パーセントくらいある星なんて地球以外に聞いたことねえぞ。やっぱここは異世界か? にしても、日光もねえし、どうやって光合成すんだ? おまけにモンスターはたくさんいるだろうから、枯渇していてもおかしくねえはずだが…………)
そう考えているうちに、森に入る。
「いた。アレか」
やっと見えた、声の発生源。
状況は、さっきとは違うモンスターが一体。戦闘態勢の人が二人。後ろに負傷者と思われる人が四人。
悠磨は百メートルほど手前で、みずなとリュックをおろした。
「歩けるか?」
「うん、一応……」
「じゃあゆっくりでいいからけが人たちと合流してくれ。俺はあいつをぶっ倒してくる。だからコレ借りるぜ」
「でも……プロのハンターいるし、それに、疲れてないの?」
「問題ない。あと、このカバン持っててくれ」
「え……うん、分かった」
(プロのハンター……か)
悠磨は一度深呼吸をした後、気づかれないように、モンスターへと側面から接近し始めた。