第六話 不運に向き合え
悠磨とそのモンスターはにらみ合っている。
敵が一歩踏み込んだその刹那――
悠磨は低い姿勢で、一気に間合いを詰めた。そのほんの一瞬で、ナイフを逆手に持つ。
(皮膚は銃弾すら通らなかった。口も効かない。ならば――)
悠磨はスレスレのところで頭による攻撃を躱し、ナイフを敵の右目に突き刺した。
ぐしゃりとした、確かな手ごたえを感じながら、瞬時にナイフを引き抜く。
さすがに効いたらしく、モンスターはグギァァ――と唸っている。
「大抵のモンスターは目が弱点だよな」
噴出する血飛沫を、顔に浴びないように右腕で防ぐ。
このまま左目も、そう思った瞬間――
体を回転させ、尻尾をぶつけてきた。
ほとんど予備動作のない、唐突な動き。回避は明らかに間に合わない。それほどの攻撃速度。
悠磨はとっさの判断で、ナイフと腕でガード態勢をとる。だが、予想以上に重く、
「ぐっ……!」
ガード態勢のまま後ろに少し跳び、威力を軽減しようとしたが、タイミングが遅く、二メートルほど吹っ飛ばされる。
だがそれで終わる彼ではなかった。
地面に接触する際に受け身をとって、素早く起き上がる。倒れたままでは、大きな隙となってしまうから。
即座に自分の状態を確認する。かすり傷程度に収まり、大きなダメージにはならなかった。だが、ナイフが割れてしまっていた。
モンスターは一歩近づく。悠磨は一歩後方に下がる。
絶体絶命の大ピンチ……に見えるが、
(おおむね予定通りだな。アレにも少し近づけた)
そう、アレとは、あの女の子が持っていて、悠磨が避けた刀だった。
刀といっても、刀身の長さ、横幅共に、日本刀と比べてまあまあ大きい。だが、刃は片方にしかないので、刀というべきか。
今の立ち位置は、悠磨の真正面にモンスター。お互いに向かい合っている。
右斜め前に、制服姿の女の子。
そして、左斜め前にあるのが、長刀。
(右目はつぶしたから、死角になってるはず)
先ほど左ではなく、右目をつぶしたのは、このための布石。
最初から刀を使う作戦を立てて、行動していた。
モンスターが動き出す。今度はジャンプして、足で踏みつけようとしてくる。
これを左に、敵の右側にステップで回避。
だが、敵は着地した直後、しっぽで叩きつけてくる。
意図した攻撃か、偶然かはわからないが、まともにくらえばピンチになりかねない。
しかし、それすら予測していた悠磨は、腰を低くしつつ足を強く踏み込み、前回り受け身で回避。
瞬時に起き上がり、一気に刀のもとへたどり着く。
「ちょっとコレ借りるぞ」
すぐさま両手で拾い上げた、その瞬間――
「…………!」
モンスターとの距離は一メートルもなく、大きな口が迫る。
そして、鮮血が噴き出る。
だが、悠磨に傷はついてない。モンスターの噛み付き攻撃は、空を切った。
その出血は悠磨ではなく、敵のものだ。
悠磨は反射的に水平斬りで、モンスターの下あごに斬りつけながら、右に移動していた。
横に飛びながら繰り出したので、傷は浅い。
だが、態勢を立て直すことはできた。
再びモンスターが迫る。
悠磨は居合斬りの構えで、タイミングをうかがう。
敵がまた同じように口を開いたその刹那――
「はあっ……!」
口の付け根に思いっきり斬りつけ――――
「はあぁぁぁぁぁぁ!!」
走りながら、敵の身体を切り裂く。
大量の血が霧散し、体が真っ二つに分かれた。
悠磨は振り向き、次を警戒する。
だがモンスターは、ピクピクッと手足が動いたが、やがて全く動かなくなる。
たった二回の攻撃で死んだという、あまりにもあっさりとした決着。
(もっと苦戦すると思ったんだが……)
心の中でそう思いながらながら、片手でブンブン刀を振り回す。
「すごい威力だったな。あのモンスターと戦う用の武器か……?」
「あ、あの……」
悠磨は制服を着た女の子に話しかけられ、振り向いた。
「た……助けてくれてありがとうございます」
「いや、俺も危なかったし、コイツのおかげです」
そう言って、長刀を持ち上げる。
「なんでそんなに軽々と持っていられるのですか?」
「え……? そうか? 割と軽いですけど」
「え……ええっ!?」
確かに、見た感じは重そうだ。だが、さっきここに飛ばされた時に、疑問に思っていたことがある。
他にもいろいろ気になることがあるので、質問しようとした。
だが、悠磨が口を開くより先に、
「そういえば、どこから来たのですか? 見たことない服装してますけど……」
「あ……」
――――さて、どうしよう。なんて言い訳しよう。
一、万能な言い訳、東の方から来たと言う
二、記憶喪失ってことにする
三、素直に異世界からきたと言う
一はないな。東に人がいるか分かんねぇ。というか、東がどっちかも分かんねぇし。
二は……一見よさそうだが、普通は病院で目覚めた時だろう。さっきからちゃんと会話して、戦って、それなのに記憶喪失ってのもなんだかな……だし。
三も混乱させちゃうからダメだ。てかそれ以前に異世界かどうかすら微妙だし。別の惑星ってのも似たようなモンだな。
そういえば言葉は通じてる。だが、文字はまだ分かんねぇ。音声言語は通じて、文字言語は通じないってのがよくある異世界モンだよな。だとすれば……。
てか、今そんなこと考えている場合じゃない。なんて答えるべきか……。
悠磨は十秒ほど黙って考え込んでいる。女の子が不審がっていることも気づかずに。