第四話 絶望と不運のどん底で
悠磨はハッと我に返った。
(マズイ! 早く逃げろよ!)
リュックを背負い、ナイフを持った。
そして振り返ると、モンスターと目が合ってしまう。
ヤツは悠磨を見つけるや否や、口を大きく開けながら車ごと喰うかのごとく飛びついてきた。
すかさず彼は車から脱出する。
なんとか避けることができた。あと一歩出るのが遅かったら、ヤツの餌食になっていただろう。
振り返って見ると、そのモンスターは車をバリバリと喰っている。
(車も喰うのかよ!?)
だが、これはチャンス。
悠磨はゆっくりと、足音を立てないように下がる。
だが、七、八歩下がったところで、小枝を踏んでしまい、パキッと音が鳴ってしまった。
幸い気づかれることなく――――
なんて都合のいいことはなく、モンスターは音に反応し、こっちを向いた。
また不運が、いや、これは悠磨の不注意だ。
すぐに全速力で走った。
モンスターも獲物を逃がすまいと猛スピードで追いかけてくる。
(やばいやばいやばい! どうすんだよ考えろ俺! 戦う? ナイフだけじゃ無理だ! 装備が弱すぎる。逃げるしかねぇ! 木に登る? ダメだ、あいつは木も喰うだろ! 車も喰ってたんだから!)
そう考えながら走って、森を抜けたら、目の前は崖だった。
向こう側は暗くてよく見えないが、おそらく山。つまり渓谷。
悠磨は崖の下を見て、川があるかどうか確認する。
「川は……見えねぇ。水の音も聞こえねぇ。相当深ぇなコレは」
すると後ろから、ドスドスと足音が聞こえてくる。
(イチかバチかで飛び降りるっつーのはナシだ。運任せじゃまず死ぬ)
モンスターはどんどん迫ってくる。残り約二十メートル。
(背水の陣ってやつか。クソッ! 戦うしか……!)
そう考え、ナイフに手をかけようとした時、
(違う! 落ち着け俺!)
パニックになりかけて、固くなっていた思考をいつも通りに戻し、冷静になる。
残り約十メートル。
(生き延びるために……考えろ)
残り約五メートル。
(ギリギリのタイミングで避けて、ヤツを落とす。これしかない!)
判断を変え、息を整え、敵の動きを見極める。
そしてモンスターは、ジャンプして飛びついてくる。
悠磨はギリギリで回転しながらかわし、起き上がってモンスターを見届ける。
そしてヤツはその勢いのまま崖から落ち――――
なかった。
「チッ! マジで運悪いな! 今日の俺!」
相変わらずの不運。心身共に疲れ果てて、ストレスの限界でキレぎみになっていた。
再び全速力で走りだす。
また森に入り、うまく木を避けながら、時折後ろを確認する。
だが、モンスターとの距離も少しずつ縮まっていく。
それによって若干の焦りが生まれてしまい、何かが右足に引っかかって転びかけてしまう。
(このまま倒れたら喰われる!)
そして、倒れまいと踏ん張る――のではなかった。
あえて引っかかってない左足を強く踏み込み、飛び込むような姿勢になる。地面にぶつかる寸前に腕を曲げ、右腕、右肩、背中(というよりリュック)、左足の順に着地した。すなわち、前方回転受け身。
止まってしまえば追いつかれる、と判断したのだろう。間違いではない――が、正解でもなかった。
着地後、即座に立ち上がり、走り出した一歩目の右足は、予想した場所より数十センチ下にあった。つまり…………
急斜面だった。しかも角度はかなり急だ。
悠磨はバランスを崩し、勢いよく滑り落ちていく。
やがて見えた平らな場所。やっと止まれる、と思ったのもつかの間。
その少し先は……なにも見えない。
要するに――崖だ。
さらにその平らな場所は非常に狭い。
(着地失敗したらジ・エンドじゃねえか!)
立て続けの不運。もう本当の意味でがけっぷち。
(着地の瞬間に足を曲げ、衝撃吸収。そして後ろに重心をかけろ!)
行動を決定し、準備態勢に入る。ところが、予想外の事態が起きる。
地面まで残り二、三メートルのところで、背中側にあった地面の感触が消える。
そう、斜面の角度がさらに急になったのだ。
すざましいスピードで、空中に放り出されるような形となった。
一瞬動揺したが、やることは同じ。
つま先が数センチ出たギリギリのところで着地。だが、勢いを弱めきれず、前に身体が傾いてしまう。
「くっ……!」
歯を食いしばり、なんとか踏ん張って後ろに下がる。
後ろに一歩、二歩と下がり、「ふぅ」と息を吐き、座って、壁に寄りかかろうとした。
しかし、またしても不運が。
そこは洞窟だった。
しかもまた急斜面。入口から急斜面だった。
悠磨は頭から一気落ちていく。
(頭から落ちるのは避けねえと!)
悠磨は腹筋に力を入れ、後転し、面に対してうつ伏せになる。
そして止まろうとするも、斜面はなぜかツルツルで、手を引っかけるデコボコすらない。
(ならば……!)
ポケットに入れてあったナイフを突き刺そうと試みる。
だが、斜面に一ミリたりとも刺さらず、滑る勢いは全く緩まない。
(おいこれどこにつながって……まさか……マグマなのか!? ここまで来て、とうとう死ぬのか……)
自分の死を予感して、あきらめて、目を閉じた。
※ ※ ※
落ち始めてから約三十秒経過した。しかし、止まる気配は一向にしない。それどころか、熱くも感じない。
ふと疑問が浮かんだので、頭の中で簡単な計算を始めだす。
(二分の一、九・八、三十の二乗……四四一〇……)
この暗算に、一秒もかからず、
(地球の半径、六三七一……核の半径は確か……三五〇〇)
思い出すのに二秒かかり、
(地表からは……二八七一……んんっ!?)
明らかにおかしいと気づき、目を開けたその刹那――
「なっ……!?」
強烈な光によって、再び目を閉じてしまう。
その瞬間、今度は身体がふわっと浮かび――――
ドスッと音を立てながら、背中から落ちた。
恐る恐る目を開ける。
視界に入ったのは……
血の色に染まった空。荒野に、枯れ果てた木や草。大きな岩。